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	<title>rionaoki.net &#187; 知的財産</title>
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		<title>中国の翻訳サイト</title>
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		<pubDate>Sat, 26 Jun 2010 08:27:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Rion</dc:creator>
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		<category><![CDATA[中国]]></category>
		<category><![CDATA[知的財産]]></category>
		<category><![CDATA[著作権]]></category>

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		<description><![CDATA[コラボレーションに基づく中国の翻訳サイトが紹介されている。 The Wikipedia of news translation: Yeeyan.org’s volunteer community Aside from r &#8230; <a href="http://rionaoki.net/2010/06/4327">Continue reading <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>コラボレーションに基づく中国の翻訳サイトが紹介されている。</p>
<p><a href="http://www.niemanlab.org/2010/06/the-wikipedia-of-news-translation-yeeyan-orgs-volunteer-community/?utm_source=feedburner&amp;utm_medium=feed&amp;utm_campaign=Feed%3A+NiemanJournalismLab+(Nieman+Journalism+Lab)">The Wikipedia of news translation: Yeeyan.org’s volunteer community</a></p>
<blockquote><p>Aside from reading stories, users can perform two basic actions: recommend a story or a URL for translation, or translate a recommended story.</p></blockquote>
<p>Yeeyan.orgは英語のサイトを中国語に翻訳して公開するサイトだ。読者は訳して欲しいページを送ったり、逆にそういったページを翻訳することができる。</p>
<blockquote><p>The site’s design encourages participation in a number of different ways. The front page prominently displays a staff-curated selection of recommended but as-yet-untranslated articles.</p></blockquote>
<p>もちろん翻訳者を集める方が難しいので、そのために一通りの工夫がしてある。ユーザーごとに翻訳したストーリーのリストやコメントの数、バッジを表示するなど、大抵のフォーラムにあるサイトへの貢献を促す仕組みを備えている。</p>
<blockquote><p>Beginning translators tend to produce rough texts and make many mistakes, says Kitty, but “it is cruel if we don’t even provide a chance.”</p></blockquote>
<p>さらに、翻訳の質にはこだわっていない。厳しい管理をすると翻訳を始めようとするひとを遠ざけてしまう。これはQ&amp;Aベースのフォーラムなどで重要な視点で、初心者を上手く取り込むための試みだ。フォーラムであれば初心者向けの専用ページを作るのもその一つだ。</p>
<blockquote><p>Under international law, permission from the copyright holder is generally required to create or publish a translation. By publishing user-supplied translations of arbitrary news material, Yeeyan creates a public good in a legally dubious fashion.</p></blockquote>
<p>しかし、勝手に翻訳を公開するのは、翻訳権の侵害である。これは日本でも英語サイトを全訳する場合に問題となる（例えばこのブログでは全訳は避け、常に自分の意見が主になるように心がけている）。</p>
<blockquote><p>Even so, Yeeyan is actively seeking agreements with copyright holders to create and publish translations of their work.</p></blockquote>
<p>そのため、Yeeyanは著作権者に対して翻訳を作成・公開する合意を取り付けるべく努力していて、既に有名サイトである<a href="http://www.readwriteweb.com/">ReadWriteWeb</a>の中国版を公開している。</p>
<blockquote><p>But there’s money to be made offline if you have access to a huge pool of translation talent, and connections to publishers on both sides of the language divide.</p></blockquote>
<p>Yeeyan自身は著作権の問題もありあまり広告収入を上げていないが、翻訳家のプラットフォームとして機能することで収益をあげているようだ。翻訳で稼ぎたい人が集まりYeeyan上でニュースなどを翻訳、そこで認知され、実際の仕事を受注する。仕事を手に入れる評判作りとスキルアップのために、公共財を提供するというのは（仕事につながらない）Wikipediaよりもオープンソース開発に近いだろう。</p>
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		<title>ブックスキャン</title>
		<link>http://rionaoki.net/2010/04/3910</link>
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		<pubDate>Fri, 16 Apr 2010 22:30:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Rion</dc:creator>
				<category><![CDATA[Regular Posts]]></category>
		<category><![CDATA[Google]]></category>
		<category><![CDATA[知的財産]]></category>
		<category><![CDATA[著作権]]></category>

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		<description><![CDATA[スキャニング代行合法化には賛成だが、理由はちょっと違う。 本のスキャニング代行サービスはもうそろそろ合法としようか だって、代わりにやって欲しいもの（笑）。 スキャン代行合法化のメリットは個々の人間が合法とされている個人 &#8230; <a href="http://rionaoki.net/2010/04/3910">Continue reading <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>スキャニング代行合法化には賛成だが、理由はちょっと違う。</p>
<p><a href="http://blog.livedoor.jp/businesslaw/archives/52006794.html">本のスキャニング代行サービスはもうそろそろ合法としようか</a></p>
<blockquote><p>だって、代わりにやって欲しいもの（笑）。</p></blockquote>
<p>スキャン代行合法化のメリットは個々の人間が合法とされている個人複製を外注、分業できることだけではない。<strong>本当のメリットは、もし代行が合法でならスキャンされる書籍の権利者・出版社がデジタルデータを提供するということだ</strong>。スキャン代行を合法にすることでスキャン代行自体必要なくなる。</p>
<p>理由は簡単で<strong>スキャン代行というのは社会的にみて異常に非効率だ</strong>からだ。既に印刷されおそらく劣化した紙媒体を裁断した上でスキャン、OCRという作業には費用がかかる。だからこそ今回低価格を売りにする業者の登場が話題になった。しかし、代行業者が幾ら費用を切り詰めようと出版社には勝てない。元のデータを持っているのだからそれを販売すればいいだけだ。但し幾つかクリアすべき壁がある。</p>
<p>一つの問題は、<strong>単にデジタルデータを販売するだけでは、書籍を購入した人ととそうでないひととの間に価格差をつけられない</strong>ことだ。紙媒体所有者は再び全額を払いたくないので低価格を望むが、市場のなかで既に紙媒体を所有していてかつ電子化を望む人の割合が小さければ、出版社にとっては単に彼らを無視しているほうが利益になる（均一価格かそもそも電子版を出さない）。しかし<strong>この問題は単に紙媒体を出版社に提出させれば解決する</strong>。スキャン代行でも原本は商品価値を失う程度に破壊されるので消費者としても問題はないだろう。</p>
<p>もう一つは、<strong>出版社が原本をデータとして保有していない場合</strong>だ。実際にそのような例がどれくらいあるのかは知らないが、そういうケースでは出版社自身がスキャンする必要があるかもしれない。しかしこの場合でも、<strong>出版社ないし出版社が委託した業者（Googleでもいい）が行えば一度電子化するだけで終わりなので、紙媒体一つずつをスキャンするという膨大な無駄は回避できる</strong>。</p>
<p>著作権制度は、コンテンツを作成するために私的独占を通じてインセンティブを与える制度だ。<strong>どの程度の権利を著作者に与えるかはインセンティブと独占の弊害とのバランスによって決まる</strong>。</p>
<p>今、本のスキャニング代行という極めて非効率なサービスが注目を浴びているというのはそこに需要があるということであり、それを妨げる制度の弊害が大きくなっているということだ。<strong>独占の弊害というコストが増大しているのであれば、ベネフィットが変わっていなくてもそのバランスは再調整される必要がある</strong>。</p>
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		<title>引用と剽窃</title>
		<link>http://rionaoki.net/2010/04/3898</link>
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		<pubDate>Thu, 15 Apr 2010 05:30:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Rion</dc:creator>
				<category><![CDATA[Regular Posts]]></category>
		<category><![CDATA[剽窃]]></category>
		<category><![CDATA[特許]]></category>
		<category><![CDATA[知的財産]]></category>
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		<description><![CDATA[久しぶりにリファラを覗いたところ名指しされていたので（釣られている気もするが）取り上げてみよう。 どうせならパクられて喜ぶ人の記事をパクってほしい 以前、「剽窃の検証」で説明したが、「ビジネスをしてお金を稼いで社会のため &#8230; <a href="http://rionaoki.net/2010/04/3898">Continue reading <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>久しぶりにリファラを覗いたところ名指しされていたので（釣られている気もするが）取り上げてみよう。</p>
<p><a href="http://deztec.jp/design/10/04/13_copyright.html">どうせならパクられて喜ぶ人の記事をパクってほしい</a></p>
<p>以前、「<a href="http://rionaoki.net/2009/12/2382">剽窃の検証</a>」で説明したが、「<a href="http://rionaoki.net/2009/12/2130">ビジネスをしてお金を稼いで社会のためになろう</a>」という記事がkeitaro-newsというサイトにほぼ丸々コピーされたことがあった。こちらから連絡を入れたものの、開き直りとしか取れない発言を連発するばかりで最終的には記事が削除されただけで音信不通となった。</p>
<p>先日、同じサイトが再び他のサイトの文章をほぼ丸写ししたということが話題になった。今回リンクしているのはそれに対する反応だ。</p>
<blockquote><p>keitaro2272さんの特徴は、参照した記事を大幅にリライトすることだ。元の記事を自分のブログのフォーマットに変換し、わかりにくいと思った部分は大胆に書き換えたり、バッサリ削ぎ落としたりする。</p></blockquote>
<p>著者の徳保さんは上のようにコピーを行っているサイトの運営者を特徴付けている。私の記事の場合には正直わかりにくくなっているだけだった。</p>
<blockquote><p>原典へのリンクがあれば、fromdusktildawnさんや青木さんは、こうした記事の書き換えを認めただろうか。fromdusktildawnさんはどうかわからないが、青木さんは「引用」という形式を守ることを求めていたので、おそらく認めなかったろう。</p></blockquote>
<p>私の考えが推測されているので答えておくと、「書き換え」は「引用」とは異なるので認めない。<strong>「書き換え」であるなら少なくとも「書き換え」だと明示するべきだ</strong>。別に難しいことではないだろう。これは「書き換え」自体を否定しているわけではない。時折記事の掲載を依頼されるが、その際には「書き換え」は了承している。ちなみに細かな修正以外はその旨表記されるし、実際の掲載前には確認の連絡が入るのが普通だ。</p>
<blockquote><p>いまのウェブには、編集者が欠けている。カウンター文化が後退し、自分の文章が読まれる場所はRSSリーダーでもtumblrでもいいよ、という感覚が広まってはきたが、一見してパクリだとわかるような「書き換え」まで許容されるようになっただろうか。まだ、そこまでは進んでいないだろう。</p></blockquote>
<p>編集者が欠けているのはその通りだ。自分の文章が読まれる場所はどこでもいいよという感覚も広がっている。しかし、<strong>その延長に自分の文章がパクられてもいいは含まれていない</strong>だろう。「進む」という表現はおかしい。</p>
<blockquote><p>タイトルを変え、本文に手を入れることで、原典のままではリーチし得なかった層に届くようになる、というケースは少なくないと思う。それを「もったいない」と思う感覚は、私の中にもある。が、記事のリライトはハードルが高い。まず認められない。だからゲリラ的にやっていくんだ……しかし当然、それでは叩き潰されることになる。</p></blockquote>
<p>「タイトルを変え、本文に手を入れ」るというのは編集者の仕事だろうが、その後に自分の名前をつけて売る編集者はいない。<strong>どうして「タイトルを変え、本文に手を入れ」た後にその旨を表示して編集者として掲載するという穏当な中間地点は考慮されないのだろうか</strong>。</p>
<blockquote><p>keitaro2272さんは、過去の多くの同種の事例とは異なり、剽窃を指摘されてもブログを畳んでこなかった。私はここにひとつの希望を見る。</p></blockquote>
<p>私は、<strong>剽窃を指摘されてもブログを畳まないのはそれが（主に金銭的な）利益になるからだと考えるがどうだろう</strong>。法的手段に訴える人はほぼいない。</p>
<blockquote>
<div id="_mcePaste">keitaro2272さんとしては非常に厳しい制約になるが、その自由に使える記事だけをネタ元として、半年くらい更新を頑張ってみてはもらえないか。もし、keitaro2272さんのリライトによって、全く注目されなかった記事が世間で大受けするといった事例が相次ぐならば、「盗用でもいいからネタ元に加えてほしい」というブロガーが少しずつ増えていくのではないかと思う。</div>
</blockquote>
<p>この提案には二つの問題がある。一つは<strong>「著作者名の詐称もOK」というサイトだけでは同じような運営はできない</strong>ことだ。<strong>多くの人にとって記事を書くために時間を投じるのは何らかのリターンを期待しているからだ</strong>。ブログ自体が無料であるかとは関係ない。知名度を上げるでもいいし、広告収入を見込むでもいい。前者であれば少なくとも誰の文章かすら明示されない剽窃はマイナスでしかないし、後者では（将来を含め）トラフィックが発生しなければ意味がない。</p>
<p>もちろん、<strong>単に自分の文章を読んでもらえれば満足という人もいるだろう</strong>。しかし、<strong>それだけの理由でまとまった費用を支払う人はあまりいない</strong>。とにかく読んでもらいたくてしょうがないか、機会費用が低いか、時間をかけずに書いている、という状況が多くなるだろうが、そうやって出来た記事をどれだけ読みたいだろうか。</p>
<p>文中で挙げられている2chのまとめ系ブログは確かにとても面白い記事が多い。しかし、署名なしで書き込まれた文章の（リンクなし）<strong>転載</strong>と、署名のあるブログの記事の<strong>盗用</strong>を同列に比べるのはどう考えても無理がある。</p>
<p>二つ目は<strong>「盗用でもいいからネタ元に加えてほしい」のであればそれはもはや盗用ではない</strong>ということだ。</p>
<blockquote><p>どうせならパクられて喜ぶ人の記事をパクってほしい</p></blockquote>
<p>というタイトルになっているが、それなら確かに誰も文句は言わない。</p>
<blockquote><p>パクられてもOKな人が世の中には何人もいるのだ。両者をうまくつなぐ仕組みの不在こそが問題なのである。</p></blockquote>
<p>しかし<strong>問題は「パクられてもOKな人」とパクリたい人をつなぐ仕組みの不在ではない</strong>。<strong>「パクられてもOKな人」な人の文章をパクリたいひとがいない</strong>（ないし非常に少ない）のだ。著作権に限らず知的財産権は、簡単にパクることができるものを保護する制度だ。それによってパクられることをあまり心配せずに、コンテンツを生産することができる。コンテンツからの利益とそれが配布されることの社会的便益とのバランスをとっているわけだ。一定のバランスを強制するわけでもない。ただ広まって欲しいのであれば転載・改変を許可すればよいだけの話だ。</p>
<p>ウェブの発達は、無料のコンテンツを増やした。これは<strong>無料でも広まってくれた方が著者にとってプラスであることが多いからだが、そのコンテンツから著者というタグを取り外してしまうというのは全く別次元の問題だ</strong>。自分の作った文章がぱくられてでも流通して欲しいというのは自由だし、現行制度・文化的にも問題なくできる。しかし、全ての文章がそうでなければならないなら世の中に流通するコンテンツは大幅に減ってしまうだろう。</p>
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		<title>日本版フェアユース</title>
		<link>http://rionaoki.net/2010/01/2781</link>
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		<pubDate>Tue, 19 Jan 2010 04:17:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Rion</dc:creator>
				<category><![CDATA[Regular Posts]]></category>
		<category><![CDATA[法律]]></category>
		<category><![CDATA[知的財産]]></category>
		<category><![CDATA[著作権]]></category>

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		<description><![CDATA[アメリカでは著作権侵害の申し立てに対し、フェアユースが抗弁として用いられる。フェアユースが認められるかどうかは以下の四点（17 U.S.C. § 107）にしたがって総合的に判断される（balancing test）：  &#8230; <a href="http://rionaoki.net/2010/01/2781">Continue reading <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>アメリカでは著作権侵害の申し立てに対し、フェアユースが抗弁として用いられる。フェアユースが認められるかどうかは以下の四点（<a href="http://www.law.cornell.edu/uscode/17/107.html">17 U.S.C. § 107</a>）にしたがって総合的に判断される（balancing test）：</p>
<blockquote><p>(1) the purpose and character of the use, including whether such use is of a commercial nature or is for nonprofit educational purposes;<br />
(2) the nature of the copyrighted work;<br />
(3) the amount and substantiality of the portion used in relation to the copyrighted work as a whole; and<br />
(4) the effect of the use upon the potential market for or value of the copyrighted work.</p></blockquote>
<p>(1)使用目的(2)著作物の性質(3)利用の程度(4)市場への影響である。日本でもフェアユースを導入しようという議論が進んでいるが、<a href="http://d.hatena.ne.jp/copyright/">Copy &amp; Copyright Diary</a>さんでその内容が紹介されている。</p>
<p><a href="http://d.hatena.ne.jp/copyright/20100119/p1">日本版フェアユースの範囲 &#8211; Copy &amp; Copyright Diary</a></p>
<blockquote><p>日経の記事では、フェアユースとして認められるものとして</p>
<p>1. 広告で利用する写真にたまたま美術品などが写り込んでいるケース<br />
2. 合法的な利用に必要なケース（CDをインターネット配信する場合のサーバーでの楽曲複製など）<br />
3. 本来の利用でない複製（言語分析のために小説を複写するなど）</p>
<p>があげられている。</p></blockquote>
<p>これらは技術的理由・取引費用の観点で正当化できる。配信のための複製は著作権者にとっても必要だし、一部に入り込んでしまう程度の二次利用は<strong>取引費用がなければ簡単に合意できるはずだが、現実には交渉費用・裁判費用・支払いに伴う費用などにより難しい</strong>。よって、当該著作物の<strong>市場価値への影響がなければ</strong>（＝取引費用がなかったとしても極めて少額の使用料になる）、<strong>最初から利用可能としておくことが望ましい</strong>。</p>
<blockquote><p>朝日の記事では、フェアユースとして認められないものとして</p>
<p>* 社内会議で配るために書籍の一部をコピーすること<br />
* 他人の著作物を利用して新たな創作をするパロディー</p>
<p>の2つが例としてあげられている。</p></blockquote>
<p>逆にフェアユースにならない例として社内利用やパロディーが挙げられている。おそらく商用利用は基本的にアウトということだろうが、いずれも程度によるだろう。小規模の企業内利用で元の作品の収益が悪化するとは考えられない。逆に商用目的のパロディであれば交渉費用は複製の規模に対して比較的小さいのでフェアユースにならないのも妥当に思える。</p>
<p>ただし、<strong>アメリカにおけるフェアユースは一般規定であり認めらるもの・認められないものを列挙するというのは趣旨が異なることには注意する必要がある</strong>。あくまで個別ケースについて四つの観点からチェックするという構造だ。日本版フェアユースという言葉遣いは（同様の構成をとらないのなら）誤解を招くように思う。</p>
<p>本題とは関係ないがちょっと気になった部分がある：</p>
<blockquote><p>法制問題小委員会では日本版フェアユースの導入について検討を行っているが、秋より具体的な検討は権利制限の一般規定ワーキングチームで行われていた。ワーキングチームは非公開で行われていたので、そこでの議論は全く分からなかった。</p></blockquote>
<p>フェアユースに関する議論は非公開のようだ。朝日新聞と日経新聞がその内容を報じているが、それもインターネット上には存在しない。著作権に関する議論がこれほど閉鎖的でいいのだろうか。</p>
<p>フェアユースについてはこれからも注目していきたい。</p>
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		<title>出版社・芸能事務所・フリー編集者</title>
		<link>http://rionaoki.net/2010/01/2732</link>
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		<pubDate>Thu, 14 Jan 2010 02:25:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Rion</dc:creator>
				<category><![CDATA[Regular Posts]]></category>
		<category><![CDATA[知的財産]]></category>
		<category><![CDATA[競争]]></category>
		<category><![CDATA[著作権]]></category>
		<category><![CDATA[電子書籍]]></category>

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		<description><![CDATA[電子書籍化が国内出版社同士の協力を促しているというニュース。気になったのは電子書籍の出版権についての記述だ。 asahi.com（朝日新聞社）：電子書籍化へ出版社が大同団結　国内市場の主導権狙い &#8211; 文化 著 &#8230; <a href="http://rionaoki.net/2010/01/2732">Continue reading <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>電子書籍化が国内出版社同士の協力を促しているというニュース。気になったのは電子書籍の出版権についての記述だ。</p>
<p><a href="http://www.asahi.com/culture/update/0113/TKY201001120503.html">asahi.com（朝日新聞社）：電子書籍化へ出版社が大同団結　国内市場の主導権狙い &#8211; 文化</a></p>
<blockquote><p>著作権法ではデジタル化の許諾権は著作者にある。大手出版社幹部は「アマゾンが著作者に直接交渉して電子書籍市場の出版権を得れば、その作品を最初に本として刊行した出版社は何もできない」と語る。</p></blockquote>
<p>現状では出版社は電子書籍の出版権を持っていない。よってアマゾンのような第三者がその権利を著作権者から直接取得してしまう可能性がある。</p>
<blockquote><p>日米の「綱引き」で作家の取り分（印税）が紙の本より上がる可能性は高い。出版社から見れば、作品を獲得するためにアマゾンとの競争を迫られることになる。</p></blockquote>
<p><strong>作家の取り分が紙の本より上がることは社会的にみれば望ましい</strong>。ある書籍のがもつ潜在的な市場規模のうち、著作権による独占で得られる著者の取り分はかなり少ない。よって本来社会的には価値のある著作も、著者の個人的見返りに見合わないために執筆されない。<strong>作家の取り分が増えればより多くの著作が世に出回る</strong>。</p>
<blockquote><p>講談社の野間省伸（よしのぶ）副社長は「経済産業省などと話し合い、デジタル化で出版社が作品の二次利用ができる権利を、著作者とともに法的に持てるよ うにしたい」との考えだ。新潮社の佐藤隆信社長は「出版社の考えが反映できる場を持つことで国内市場をきちんと運営できる」と語る。</p></blockquote>
<p>そうすると、<strong>電子書籍の権利の話は出版社が自分の取り分を維持したいだけのようにも聞こえるがそうでもない</strong>。何故なら<strong>電子書籍の売上と紙媒体での売上には外部性があるからだ</strong>。出版社にとっては営業努力をして紙媒体で売った作品を電子書籍でばらまかれては努力が無駄になってしまう。逆に、新規の著作では電子書籍が紙媒体のプロモーションのために使われるだろう。</p>
<p><strong>このような問題を解決する簡単な方法は二つの販売経路を一つの主体が管理することだ（内部化）</strong>。そうすれば、紙媒体の売上への影響も計算にいれた上で電子書籍のプロモーションを行うことが出来る。</p>
<p><strong>出版社も新しい出版契約についてはデジタル化の権利まで含むものにするだろう</strong>が、過去の契約については作家と再交渉が必要、つまり作家への見返りが必要であり、これを政策的になんとかしてほしいというのが上の発言だろう。</p>
<p>ただ、この流れが電子書籍の権利までに止まるかは疑わしい。音楽市場においてデジタル化は音楽の販売によって利益を上げるというビジネスモデル難しくした。アーティストはライブパフォーマンスで稼ぐようになっており、既に有名アーティストがコンサートプロモーターである<a href="http://en.wikipedia.org/wiki/Live_Nation">LiveNation</a>のような企業と契約している。これは上の理屈と全く同じで、ライブと音楽販売との間の外部性を内部化するビジネスモデルだ。前者の重要性が増せば、ライブを本業とする企業がレコードレーベルに優位に立つのも頷ける。</p>
<p>書籍でも執筆者にとって著作の売上自体の重要性は減っていっている。収益化の難しいデジタル化はその流れを加速させるものだ。<strong>本を出版することで知名度・ネットワークを築き、別の経路でその金銭的リターンを享受しようとする人が増えれば、出版は個人のプロモーションの一部でしかなくなる</strong>。</p>
<p><strong>そうなったときに出版社が競争優位を持っているとは限らない</strong>。個人レベルのプロモーションでは例えば芸能事務所に分がある。今ならソーシャルメディアのコンサルタントがプローモーターとなることもありうるだろう。プロモーションを一手に引き受けるものが出版も手がける。</p>
<p>また<strong>利益の回収方法が多様化すればそれを適切にカバーするビジネスがなくなるかもしれない</strong>。そうなれば、将来稼ぐことを見越して出版社が作家を囲い込むことはできなくなる。有名になったとして出版で稼いでくれないなら投資を回収できないからだ。結果、<strong>著者自身がリスクを負った上で必要に応じて外部と契約することが多くなるだろう</strong>。これはフリーの編集者という職業を生む。</p>
<p><strong>現在の出版社が生き残ろうと思うなら、音楽業界がたどった道を分析し、それに抗うのではなくうまく乗っていくべきだ。</strong></p>
<p>追記：</p>
<p>「<a href="http://www.kotono8.com/2010/01/14digitalization.html">紙の本の出版権とデジタル化権の抱き合わせには反対</a>」に実際の業界の慣習を交えた興味深いエントリーがある。これについても後ほど考察したい。</p>
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		<title>剽窃の検証</title>
		<link>http://rionaoki.net/2009/12/2382</link>
		<comments>http://rionaoki.net/2009/12/2382#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 24 Dec 2009 10:49:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Rion</dc:creator>
				<category><![CDATA[Regular Posts]]></category>
		<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[剽窃]]></category>
		<category><![CDATA[知的財産]]></category>
		<category><![CDATA[著作権]]></category>

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		<description><![CDATA[Tweetやはてなブックマークお願いします。 問題のエントリーは保存してありますが著作権の問題があるかもしれないので公開していません。以下に引用してあるほぼ丸写しの部分で元記事の八割以上です。 追記：現在までの経緯 剽窃 &#8230; <a href="http://rionaoki.net/2009/12/2382">Continue reading <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong><span style="color: #ff0000;">Tweetやはてなブックマークお願いします。</span></strong></p>
<p><strong>問題のエントリーは保存してありますが著作権の問題があるかもしれないので公開していません。以下に引用してあるほぼ丸写しの部分で元記事の八割以上です。</strong></p>
<h3>追記：現在までの経緯</h3>
<ol>
<li><strong>剽窃行為が行われる</strong></li>
<li><strong>アクセス解析で発覚、相手ブログのコメント欄で抗議、本検証記事の執筆</strong></li>
<li><strong>ご本人から<a href="http://rionaoki.net/2009/12/2382/comment-page-1#comment-1118">コメント</a>あり。参照先の訂正だけが行われるが、相変わらず盗作状態は続く</strong></li>
<li><strong>こちらは、記事の削除ではなく、適切な引用および剽窃行為があったのことの明示を求める（本ブログおよび相手ブログのコメント欄）</strong></li>
<li><strong>対応がなされないまま一日経過。その間にも相手ブログは更新される</strong></li>
<li><strong>誠意がみられないので、要求を当該ポストの削除および謝罪の掲示に切り替える</strong></li>
<li><strong>再びご本人からコメントがあり、当該ポストの削除のみが行われる</strong></li>
<li><strong>現在：事実関係の説明および謝罪ポストを要求中</strong></li>
</ol>
<p><strong>最初のコメントでは：</strong></p>
<blockquote><p>気を悪くされたみたいで申し訳ありませんでした。LINKについては即刻、訂正させていただきました。私は以下の信条でサイトを運営しております。</p>
<p><a rel="nofollow" href="http://d.hatena.ne.jp/keitaro2272/20091107/1257543330">http://d.hatena.ne.jp/keitaro2272/20091107/1257543330</a></p>
<p>お気に召さないようでしたら、即刻記事を削除いたします。</p>
<p>追伸：他記事において参考にさせていただいた様々なブログ主様とは記事のリライト等を通じて交流させていただいています。できれば、rionaoki様とも交流を継続していきたいと考えております。厚顔無恥を重ねてお許しください。</p></blockquote>
<p><strong>とあるが、剽窃行為を自分の信条として正当化、単なる盗作を記事のリライトを通じた交流（！）と称している。二回目のコメントでは、</strong></p>
<blockquote><p>手前の都合上、返信が遅れてしまいました。思想の違いは乗り越えられそうにありませんので、元記事は削除したいと思います。ご迷惑をおかけしました。そして、当ブログとは今後リンクを貼らないことを約束いたします。まことに申し訳ありませんでした、</p></blockquote>
<p><strong>剽窃行為の指摘をまたも思想の違いと主張している。剽窃行為は剽窃行為であって、他人の文章をあたかも自分が書いたように見せ掛けることは正当化できないことだ。当該エントリーは削除されているが、既にそれを読んで彼が執筆したと勘違いした読者は多数いると考えられ、引き続き事実関係の明示並びに謝罪の記事掲載を求めていく次第である。</strong></p>
<h3>検証<strong><br />
</strong></h3>
<p>まるで自分が書いたのでは錯覚するほどに、自分のエントリーとそっくりな文章を発見した。事実関係としては、</p>
<ul>
<li><a title="ビジネスをしてお金を稼いで社会のためになろう" href="http://rionaoki.net/2009/12/2130">ビジネスをしてお金を稼いで社会のためになろう</a>（12/11）に酷似した記事、<a href="http://d.hatena.ne.jp/keitaro2272/20091224/1261605027">「金儲け＝悪」という方程式は成り立つか</a>（12/24）が公開されている</li>
<li>記事中には参考記事の最後に<a title="「金儲け＝悪」の話を絵で説明してみる" href="http://rionaoki.net/2009/12/2169">「金儲け＝悪」の話を絵で説明してみる</a>へのリンクはあるが、<a title="ビジネスをしてお金を稼いで社会のためになろう" href="http://rionaoki.net/2009/12/2130">ビジネスをしてお金を稼いで社会のためになろう</a>へのリンクはない</li>
<li>これは本質的な問題ではないが、どちらの記事へもトラックバックはない（アクセスログのリファラーで気付いた）</li>
<li>当該記事（<a href="http://d.hatena.ne.jp/keitaro2272/20091224/1261605027">「金儲け＝悪」という方程式は成り立つか</a>）中で私の記事どちらからも引用はない</li>
<li>私の（参照されていない）記事と当該記事との類似性は結果として似たというレベルではない</li>
</ul>
<p>問題は以下だ：</p>
<ul>
<li>参照した文章を明示する必要がある（リンクが不適切）</li>
<li>引用であることを明示する必要がある（引用になってない）</li>
<li>改変して自分の文章とすることは許されない</li>
</ul>
<p>これは学術的には当たり前のことだし、著作権上も黒だろう。検証を行っても新しい文章がこの世に出るわけでもなく時間の無駄であるが剽窃と言わざるをえないのでここで明らかにしたい。悪気はないという可能性もあるが、この程度のことはレポートを一度でも書いたことがあれば分かることだ。</p>
<p>二つの文章を読めば明らかだが、以下、二つの記事がどれほど酷似しているかを順に検証する。当該記事からの引用と私の（リンクされていない）記事からの引用を対比していく。わかりやすいように後者はイタリックとする。</p>
<p><a href="http://d.hatena.ne.jp/keitaro2272/20091224/1261605027">「金儲け＝悪」という方程式は成り立つか &#8211; keitaro-news</a></p>
<blockquote><p><strong>そもそも『金儲け』するためにはいったいどうすればいいのでしょうか</strong>。簡単な金儲けの例を挙げますと『お客に商品やサービスを提供して代金を支払ってもらう』ことです。その商品やサービスが1000円だったとすれば、原価を除いた部分に利益がでます。これが儲けになります。<strong>別に強制しているわけではないので</strong>、これは<strong>お客様が望んだこと</strong>です。お客は商品を手にして満足する。売った方も儲けが出て満足します。誰も損していないのです。</p></blockquote>
<blockquote><p><em><strong>お金を稼ぐとはどういうことだろう</strong>。例えば、レストランであればお客さんに食事を提供することだ。客はお金を払って＝他の消費を犠牲にして食事を注文している。<strong>別に強制しているわけではないので</strong>これは<strong>客にとって望ましい</strong>ことなはずだ。その食事は1000円だっとする。レストランはそれを1000円で自分から提供しているのだからそれで利益がでるはずだ。二人が自発的に取引を行っているということはそれが二人にとって望ましいということだ。</em></p></blockquote>
<p>文章の構成及び内容は同一だ。1000円という数値例も一致している。強制の有無に関する指摘も同じだ。</p>
<blockquote><p>商売の本質は社会をうまく回すシステムにあります。商品を作ることが出来る人と商品が欲しい人を結びつけるのです。商売は価値を生みだし、それを交換することで成立します。<strong>ビジネスが基本的には価値を作り出す＝社会を豊かにすることは明らか</strong>です。</p></blockquote>
<blockquote><p><em>解消する非効率が全体のパイで、利益はその分け前だ。ないパイは分けられないので、<strong>ビジネスが基本的にはパイを作り出す＝社会をよくするものなのは明らか</strong>だろう。</em></p></blockquote>
<p>「パイ」が「価値」に、「よくする」が「豊かにする」になっているだけだ。</p>
<blockquote><p><strong>金儲けの一番簡単な方法は人々に望まれていることをすること</strong></p></blockquote>
<blockquote><p><em><strong>お金を稼ぐ一番簡単な方法は人々に望まれていることをすること </strong></em></p></blockquote>
<p>「お金を稼ぐ」が「金儲け」になっただけだ。</p>
<blockquote><p>相手を騙して利益を得るようなことがあれば、それは犯罪となります。<strong>取引を強制するようなことはほとんどの場合が犯罪となります</strong>。<strong>強制的に物品を奪い取るのは強盗であり、金をだまし取るのは詐欺です</strong>。<strong>これらの行為は何も生産しないどころか、その過程で暴力のような価値自体を破壊します</strong>。また、社会を崩壊させるような麻薬取引や武器の密売などの商売も同様です。</p></blockquote>
<blockquote><p><em>レストランの話は客が自発的に食事を注文していることが前提だ。もしレストランがぼったくりだったら、悪いことだろう。しかし、ぼったくりが犯罪であるように、<strong>取引を強制することはほとんどの場合に犯罪となる</strong>。これは偶然ではない。自発的でない取引は一般に望ましくないので、それを犯罪としているのだ。<strong>強制的に物品を奪い取るのは強盗であり、金をだまし取るのは詐欺だ</strong>。<strong>これらの行為は何も生産しないどころか、その過程で暴力のようなパイ自体を壊す行動を伴う</strong>。</em></p></blockquote>
<p>取引を強制することが犯罪になるという箇所や、強盗や詐欺への言及、まとめに至るまで「パイ」＝「価値」のような言い換えがある程度でほぼ同じだ。</p>
<blockquote><p><strong>社会的に望ましくない商売は、割に合わないように社会で設計されている</strong>（していく）のです。犯罪に至りませんが、社会的に公平を保てない商品やサービスには高い税金が課されています。タバコや酒などは完全に禁止して取り締まるコストを支払うよりも、<strong>税金で適当なバランスをとったほうが社会を回すのに効率が良い</strong>からです。</p></blockquote>
<blockquote><p><em>だからそれは違法とされており、<strong>社会的に望ましくないビジネスは割に合わないように社会は作られている</strong>。犯罪にするほどではない場合には税金が課される。例えばタバコを吸うことは本人にとってはプラスなので完全に禁止するよりも<strong>税金で適当なバランスをとったほうがいい</strong>からだ。</em></p></blockquote>
<p>最初の一文は「ビジネス」が「商売」に、「作られている」が「設計されている」になっているだけだ。タバコへの税金の箇所も同じだ。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>何故雑誌は新聞よりうまくいくか</title>
		<link>http://rionaoki.net/2009/12/2111</link>
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		<pubDate>Wed, 09 Dec 2009 22:17:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Rion</dc:creator>
				<category><![CDATA[Regular Posts]]></category>
		<category><![CDATA[2SM]]></category>
		<category><![CDATA[Google]]></category>
		<category><![CDATA[ニュース]]></category>
		<category><![CDATA[メディア]]></category>
		<category><![CDATA[知的財産]]></category>
		<category><![CDATA[著作権]]></category>

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		<description><![CDATA[デジタル化した市場で雑誌の未来は新聞のそれよりも明るいという話： 雑誌の未来、新聞よりは明るい？ 光沢は失えど先行きに希望　JBpress(日本ビジネスプレス) データベースのメディアファインダー・ドット・コムの試算では &#8230; <a href="http://rionaoki.net/2009/12/2111">Continue reading <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>デジタル化した市場で雑誌の未来は新聞のそれよりも明るいという話：</p>
<p><a href="http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/2318">雑誌の未来、新聞よりは明るい？ 光沢は失えど先行きに希望　JBpress(日本ビジネスプレス)</a></p>
<blockquote><p>データベースのメディアファインダー・ドット・コムの試算では、北米では今年1～9月期に383誌が廃刊になった。だが、ここ数カ月、生き残った雑誌は意 外な自信を見せ始めている。紙媒体についてもデジタル版についても、雑誌の命運は必ずしも一緒にスタンドに並ぶ新聞と同じではないと考えるようになったの だ。</p></blockquote>
<p>新聞より雑誌がうまくデジタル化に対応できるのはその通りだろう。しかし、元記事で挙げられているその理由はあまり正確なように思えない：</p>
<ul>
<li>時間に敏感でないのでアグリゲーターの影響を受けない</li>
<li>E-bookリーダーが雑誌なみに画質を再現</li>
</ul>
<p>私は雑誌の未来が明るい理由は次のようなものだと考える：</p>
<ol>
<li>デジタル化は市場を広げるためニッチなセグメントで雑誌が活動するのを容易にする</li>
<li>新聞はもともと様々な情報を集めるアグリゲーターなのでGoogle Newsのようなアグリゲーターと競争になるが、雑誌は直接競争にはならない</li>
<li>雑誌の内容はニュースではなく著作物であり知的財産として保護される</li>
</ol>
<p>1はネットがない時代を考えるとわかりやすい。紙媒体がカバーできる面積には限界がある。大都市でニッチな産業が発展するように、ネットは情報面での人々の距離を縮めニッチなビジネスを可能にする。</p>
<p>2は見落とされがちな点だ。新聞各社はGoogle Newsを批判する。それは単に彼らがGoogle Newsと同じ土俵で戦っており負けているからだ。<strong>もともと新聞というビジネスの本質は、情報の生産者というよりもアグリゲーターだ</strong>。<strong>新聞社が記者やコラムニストを囲っていたのは単なる垂直統合に過ぎない</strong>。垂直統合を有利にしていた技術・経済的背景が変化し、記者やコラムニストがデジタル時代に新聞社から分離していくのはその帰結だ。もともとアグリゲーターとしての機能が小さい雑誌はGoogle Newsのようなサービスとの競争を心配する必要がない。</p>
<p>3は何度か述べているが、ニュースという事実を保護するのは技術的に難しい。雑誌の内容は普通の著作物なので単純にコピーされる心配はないだろう。</p>
<p>追記：はてなブックマークで</p>
<blockquote><p>Google Newsには新聞は勝てないが雑誌は著作権というアドバンテージで勝てるという話。いまひとつ腑に落ちない。</p></blockquote>
<p>とあるが著作権の話がメインではない。最大のポイントはGoogle Newsと新聞は競争相手だが、雑誌は勝てる・勝てない以前に同じ土俵にはいないってこと。もちろんそれゆえに雑誌は成功するっていうわけでもない。ニッチを狙うビジネスとメインストリームを狙うビジネスとでは最適な戦略が全然違う。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>現代版ハリソン・クロノメーター</title>
		<link>http://rionaoki.net/2009/12/2085</link>
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		<pubDate>Wed, 09 Dec 2009 19:39:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Rion</dc:creator>
				<category><![CDATA[Regular Posts]]></category>
		<category><![CDATA[イノベーション]]></category>
		<category><![CDATA[特許]]></category>
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		<description><![CDATA[ジョン・ハリソンは18世紀に英国議会の賞金に応じ、海洋での正確な経度測定を可能にするクロノメーターを発明した。この時に天文学者で構成される緯度委員会が賞金の支払いに二の足を踏んだことはDava Sobel（デーヴァ・ソー &#8230; <a href="http://rionaoki.net/2009/12/2085">Continue reading <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ジョン・ハリソンは18世紀に英国議会の賞金に応じ、海洋での正確な経度測定を可能にするクロノメーターを発明した。この時に天文学者で構成される緯度委員会が賞金の支払いに二の足を踏んだことはDava Sobel（デーヴァ・ソーベル）のLongitude（<a title="経度への挑戦—一秒にかけた四百年" href="http://www.amazon.co.jp/%E7%B5%8C%E5%BA%A6%E3%81%B8%E3%81%AE%E6%8C%91%E6%88%A6%E2%80%95%E4%B8%80%E7%A7%92%E3%81%AB%E3%81%8B%E3%81%91%E3%81%9F%E5%9B%9B%E7%99%BE%E5%B9%B4-%E3%83%87%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A1-%E3%82%BD%E3%83%99%E3%83%AB/dp/4881355058">経度への挑戦—一秒にかけた四百年</a>）に詳しい。</p>
<p>簡単に説明しよう。緯度の測定は北極星を使って比較的簡単に可能だが、経度の計算は難しい。太陽の位置と正確な時計があれば時差から計算できることは分かっていたが、時計の精度や信頼性の問題があった。緯度委員会はこれを天文学的に解決する方法を求めて、誤差のない緯度測定方法に賞金をかけた。</p>
<p>しかしジョン・ハリソンは時計職人で、この問題を実際に精度が高く、悪辣な環境でも動作しつづける時計を作ることで解決した。これに対し、緯度委員会は賞金の全額支払いを拒んだ。彼らが望んだ解決方法ではなかったからだ。最終的には国王が介入し、ハリソンは現在の特許制度のように再現可能な設計図とサンプルを提供し全ての賞金を受け取った。</p>
<p>ハリソンと緯度委員会との問題は賞金を用いたイノベーション促進の欠点として取り上げられるが、現代においても同じ種類の問題は起こっている：</p>
<p><a href="http://www.freedom-to-tinker.com/blog/felten/darpa-pays-mit-pay-someone-who-recruited-someone-who-recruited-someone-who-recruited-som"> DARPA Pays MIT to Pay Someone Who Recruited Someone Who Recruited Someone Who Recruited Someone Who Found a Red Balloon </a></p>
<p>もちろん緯度委員会はもう存在しない。代わりを務めるのはのは通称DARPA、米国防高等研究計画局だ。先端技術の軍事転用のための組織であるDARPAは30億ドル以上の研究予算を持ち、インターネットの前身であるARPANETを開発したことで特に有名だ。</p>
<blockquote><p>DARPA, the Defense Department&#8217;s research arm, recently sponsored a &#8220;Network Challenge&#8221; in which groups competed to find ten big red weather balloons that were positioned in public places around the U.S. The first team to discover where all the balloons were would win $40,000.</p></blockquote>
<p>今回DARPAは10個の観測バルーンをアメリカ国内に設置しそれを最初に全て見つけたチームに$40,000ドルの賞金をかけた。</p>
<blockquote><p>On DARPA&#8217;s side, this was inspired by the famous Grand Challenge and Urban Challenge, in which teams built autonomous cars that had to drive themselves safely through a desert landscape and then a city.</p></blockquote>
<p>規模は違うが、自動走行型のロボット開発を促すための他のプロジェクトから発想を受けたのではないかと指摘されている。</p>
<blockquote><p>MIT let anyone join their team, and they paid money to the members who found balloons, as well as the people who recruited the balloon-finders, and the people who recruited the balloon-finder-finders.</p></blockquote>
<p>しかし、結局賞金を手にしたMITのチームは工学的な解決策をとらなかった。バルーンを見つけた人と、その人を紹介した人、その紹介した人を紹介した人、というように発見者と紹介者全てに賞金を分配すると宣言したのだ。これにより大量の人々がバルーン探しに加わって最初に全てのバルーンを発見するに至った。</p>
<p>賞金が少ないこと、そもそも宣伝目的ではないか、など色々な事情はあるが、賞金によってイノベーションを促進するのは実は難しい。近年非難されることの多い特許制度では、イノベーションの対価はそのイノベーションが市場で生み出す価値にリンクされているのでこのような問題は軽微だ。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>Twitterとイノベーション</title>
		<link>http://rionaoki.net/2009/11/1600</link>
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		<pubDate>Mon, 16 Nov 2009 06:13:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Rion</dc:creator>
				<category><![CDATA[Regular Posts]]></category>
		<category><![CDATA[Twitter]]></category>
		<category><![CDATA[はてな]]></category>
		<category><![CDATA[イノベーション]]></category>
		<category><![CDATA[フォーラム]]></category>
		<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[数学]]></category>
		<category><![CDATA[特許]]></category>
		<category><![CDATA[知的財産]]></category>

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		<description><![CDATA[はてなブックマークの人気エントリーページがリファラにあったので見に行ってみたら、最近書いた記事複数に関連するエントリーがあった： 小野和俊のブログ:Twitterの危険性 はてなの伊藤さんがTwitterを使っていない挙 &#8230; <a href="http://rionaoki.net/2009/11/1600">Continue reading <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>はてなブックマークの人気エントリーページがリファラにあったので見に行ってみたら、最近書いた記事複数に関連するエントリーがあった：</p>
<p><a href="http://blog.livedoor.jp/lalha/archives/50276465.html">小野和俊のブログ:Twitterの危険性</a></p>
<p>はてなの伊藤さんがTwitterを使っていない挙げた理由の一つが取り上げられている：</p>
<blockquote><p>私も含めて、Twitterを始めてからブログの更新頻度が激減した、という人はかなり多いのではないかと思うが、こうした現象がなぜ起こるのかを考える と、感情が蓄積し、ある程度の時間をかけてブログのエントリを起こそうというところまでたどり着く前に、Twitterで思ったことをポロッとつぶやい て、同調したり、同情したり、コメントをくれたりする人がポツポツと現れたりしている過程で、蓄積しつつあった感情が心の蛇口から漏れてしまう、というの が最大の原因であるように思える。</p></blockquote>
<p>これは先週書いた次の二つのポストと共通する問題だ：</p>
<ul>
<li><a title="知的財産権はうまくいかない？" href="http://rionaoki.net/2009/11/1464">知的財産権はうまくいかない？</a></li>
<li><a title="オンライン数学コラボレーション" href="http://rionaoki.net/2009/11/1530">オンライン数学コラボレーション</a></li>
</ul>
<p>前者は経済学者が特許制度に書いた学術論文が題材で、後者は数学者がウェブ上で協力して研究を行うことが題材だった。これとTwitterの危険性とがどうからむのか。</p>
<p>先の<a title="A Model of Discovery" href="http://dklevine.com/papers/aea_pp09.pdf">論文</a>においてBoldrinとLevineはこう述べている：</p>
<blockquote><p>In this model, that is unambiguously bad, as scientific resources  are misallocated to industrial applications when it would be better, from a social point of view, to use them in producing more original research that would, optimally, be brought to industrial fruition somewhat later.</p></blockquote>
<p>特許が存在するために、本当ならより深く掘り進めてから最終的な成果を発表すべき研究が早すぎる段階で公表されてしまうと言う。これは、うまく特許制度を設計することで累積的なイノベーションの各段階に適切なインセンティブを与えようという一般的な文献とは相反する考え方だ。そしてこの違いがどこからくるかについて以下のように書いた：</p>
<blockquote><p><strong>知的財産権に関する経済学の問題はアイデアの実現に対して適切なインセンティブを与えることだ</strong>。よって、<strong>まずアイデアがどのように社会で生成されるかという創造的環境に関する仮定が必要になる</strong>。一つは既知の課題への解を見つけるというモデル、もう一つはアイデア自体が希少な場合だ。もちろんはこれらは両極端で実際には様々な程度がある。</p></blockquote>
<p>これは経済的問題だけにとどまらない。根底にはアイデアがどのように生まれてくるかについての二つの考え方がある：</p>
<ul>
<li><strong>アイデアは希少で、いかにそれを公開させるかが課題</strong></li>
<li><strong>アイデアは豊富で、いかにそれを実現させるかが課題</strong></li>
</ul>
<p><strong>ブレインストーミングは前者を前提にしたテクニックだ</strong>。いいアイデアを思いついた人はその場でそれを口にする。そのアイデアがよければ瞬時にまわりの人間から同調や建設的発展という心理的報酬を得る。先に引用したTwitterでつぶやくことによる感情の蓄積からの開放はこれに近い。例えば、輸入品のネット販売をしている会社が新しい商品分野の開拓を考えているとしよう。この場合社員にブレインストーミングをさせるのは適切な方法だ。商品が決まればどういう風に輸入して売るかというのは決まってくる。アイデアを出す段階でそこまで考える必要はないし、売り方を知らない人がアイデアを出しても構わない。それよりも早く公開させることで他の人が別のアイデアを思いつく材料になるかもしれない。</p>
<p>逆に<strong>建築のコンペは後者に立脚したメカニズムだ</strong>（ビジネスに関するコンペでもよい）。例えば、家族のコミュニケーションの流れを壁のスリットを使って表現した建築というアイデアがあったとしてもそれ単独ではあまり価値はない。本当に難しいのはそのアイデアをどう実現するかであってアイデアそれ自体ではない。そもそもアイデアの価値自体がそれがどう具現化されるかによって決定されるといってもよい（スリット云々は私がたった今でっちあげたものだ）。このような状況では、早い段階から参加者に討論をさせても生産的ではないだろう。そこでいくら議論を深めても最終的な形＝価値が見えないからだ。もちろんある程度のやりとりは重要だろうがその場合でも言葉ではなく例えばデッサンによるものになるだろう。</p>
<p><strong>Twitterの危険性は本来後者が有効なタイプのイノベーションについて前者のような方法が取られてしまうことの問題点と理解できる</strong>。これはオンラインで共同研究をやるときの注意点と同じだ。研究の場合の課題は手間のかかる論文の生産を避けて遥かに簡単なブログ記事の執筆で終わってしまうことだが、ブログとTwitterの関係も程度の差こそあれ本質的には同じ問題だ。</p>
<p><strong>しかし、オンラインでの研究・Twitterと特許制度の問題との間に重要な質的な差が存在する</strong>ことには注意が必要だろう。<strong>特許制度においては前者が適切な場合に後者を適用したり、後者が適切な場合に前者を適用したりすることが問題となる</strong>。だが、どちらが適切かを考えて適用するのは制度設計者だ。<strong>後者が適当だと考えているのに前者を適用してしまったなどという問題は起きようがない</strong>。これは先のブレインストーミングやコンペの場合でも同じだ。ブレインストーミングをするか、企画書の提出を要求するかを決めるのは経営者だ。経営者はより適切な方法を選択する。同様にコンペにするか特定の設計事務所に相談にいくかを決めるのは建築主だ。つい間違った方法を選んでしまう人はいない。ではTwitterや研究の場合にはなぜ「危険」が存在するのか。</p>
<p>二つの原因がある。一つは<strong>Twitterや研究の場合にはアイデアを思いつき実行する主体が、そのアイデアによって長期的な利益をでる人間と一致する</strong>ことだ。上の輸入業者や設計事務所の例ではアイデアを出す人間は経営者や建築主によって雇われており、彼らが最適な方法を選択する。しかし、個人が思いついたことをTwitterに書くべきかブログに書くべきかを指示してくれる外部の人間は通常存在しない。もう一つの原因は<strong>技術進歩</strong>だ。Twitterが存在しなければTwitterとブログで迷うことなどありえない。インターネットがなければ研究についてブログに書くか、論文を完成させるかなどという問題は生じない。これはTwitterや研究に限らない。例えば、VoIP技術の発展は海を跨いだブレインストーミングを可能にした。しかし、企業はブレインストーミングが不適切な状況でビデオ会議はしない。<strong>「危険」は上の二つが同時に当てはまる場合にのみ顕在化する</strong>。</p>
<p>この問題への対策は二通りだ。一つはどういう風にアイデアを公開すべきかをよく考えて慎重になることだ。リンク先の、</p>
<blockquote><p>Twitterでもときどきやる気や意気込みを宣言している人を見かけるが、これはTwitter + やる気宣言のあわせ技で、相当量の感情がこぼれ出てしまっていると思われるので、よく注意しながら宣言することをお勧めしたい</p></blockquote>
<p>という助言がそれだ。<strong>ある目標を達成しようとする自分とアイデアを出し実行する自分とを分けて考えることによって一つ目の原因を解消する</strong>。それなりの地位にある人間であればネット上での発言を管理する人間を雇うのもよいだろう。</p>
<p>もう一つの方法は当然二つ目の原因を解消することだ。これははてなの伊藤さんがTwitterを利用していないというのに該当する。<strong>そもそも利用しないことで「技術進歩」をなかったことにする</strong>（一つ目の対策の極端な場合と捉えることもできる）。</p>
<p>どちらにせよ、技術進歩が生み出した新しい問題に自分の状況に合った対応をすることが必要だ。自分が書く題材はアイデアが重要なのか、実行することが重要なのかを判断し、その上で自分をどの程度コントロールできるかを考える必要があるだろう（もちろん人を雇える場合はそれでもよい）。アイデアが重要なのであればどんどん公開すればよい。実行が重要なのに自分をコントロールできないなら利用しないのも手だ。</p>
<p>P.S. 長期的な利益を得る人間と行動する人間とかが異なる場合ではなく、同じ場合にこそ問題が生じるというのは面白い現象だ。多くの人間は自分の長期的利害と短期的な利害を調整するよりも、他人の長期的利害を調整するほうが得意なようだ。これは経済学的には不思議だが実感には一致するように思う。</p>
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		<title>オンライン数学コラボレーション</title>
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		<pubDate>Sat, 14 Nov 2009 06:37:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Rion</dc:creator>
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		<category><![CDATA[研究]]></category>

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		<description><![CDATA[ブログでの議論が数学の論文が生まれたというニュースがUCLAの学生新聞The Daily Bruinから： The Daily Bruin &#124; UCLA mathematician Terence Tao&#8217;s &#8230; <a href="http://rionaoki.net/2009/11/1530">Continue reading <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ブログでの議論が数学の論文が生まれたというニュースがUCLAの学生新聞The Daily Bruinから：</p>
<p><a href="http://beta.dailybruin.com/articles/2009/11/13/ucla-math-professors-blog-facilitates-collaborativ/">The Daily Bruin | UCLA mathematician Terence Tao&#8217;s site has audience of 40,000</a> via <a title="Can Economists Learn from Tao's Example? Will Academic Economics Become Open Source? " href="http://greeneconomics.blogspot.com/2009/11/can-economists-learn-from-taos-example.html">Environmental and Urban Economics</a></p>
<p>取り上げられているのはフィールズ賞まで受賞しているスター数学者であるテレンス・タオ（<a title="Terence Tao" href="http://en.wikipedia.org/wiki/Terence_Tao">Terence Tao</a>）の<a title="What’s new" href="http://terrytao.wordpress.com/">ブログ</a>だ。</p>
<blockquote><p>After six months and more than 1,000 comments from more than 50 mathematicians, a paper titled “A new proof of the density Hales-Jewett theorem” is ready to be submitted under the pseudonym D.H.J. Polymath because of the difficulty in determining how much each person has contributed. The paper is one of the first to be collaborated through a blog.</p></blockquote>
<p>多くの数学者からのコメントをもとに<a title="A new proof of the density Hales-Jewett theorem" href="http://www.cs.cmu.edu/~odonnell/dhj-june-25.pdf">完成した論文</a>はD. H. J. Polymathという著者名のもとジャーナルに投稿されるそうだ。これは<a title="polymath projects" href="http://michaelnielsen.org/polymath1/index.php?title=Main_Page">Polymathプロジェクト</a>の一部だ（ポリマスとは博学なひとのことだ）。Polymathプロジェクトで扱われる問題は<a title="The polymath blog" href="http://polymathprojects.org/">プロジェクトのブログ</a>で公開されている。</p>
<p>プロジェクト自体の構想については<a title="Is massively collaborative mathematics possible?" href="http://gowers.wordpress.com/2009/01/27/is-massively-collaborative-mathematics-possible/">Tim Gowersのポスト</a>に詳しい。このプロジェクトの鍵は次の問いにある：</p>
<blockquote><p>What about the solving of a problem that does not naturally split up into a vast number of subtasks?</p></blockquote>
<p><strong>自然に分割できないような問題を解く場合に多くの人間が関わることの意味が何か</strong>ということだ。これは<strong>インターネットという複数の人間が同時に作業をする環境が出現したことで生じた問題だ</strong>。彼は、この問いに肯定的な回答をする：</p>
<blockquote><p>(i) Sometimes luck is needed to have the idea that solves a problem. If lots of people think about a problem, then just on probabilistic grounds there is more chance that one of them will have that bit of luck.</p></blockquote>
<p>まず運という要素があるなら多くの人間が関与した方が望ましい。これは特許制度の設計でも重要だ。ある発明の価値が決まっていて、発明を試みる度に決まった確率で成功するとしよう。すると発明を試みる人間が多ければ多いほうが発明できる確率は上がっていく。</p>
<p>これが社会的に望ましいとは限らないことに注意が必要だ。社会的に望ましいのは発明の確率をできるだけ上げることではなく（何人が参加しても発明確率は100%にはならない）、試行のコストが限界的な試行の価値＝発明の価値×発明確率のその試行による上昇分（marginal value）となった時だ。しかし、参加者は試行の費用が平均的な発明の価値＝発明の価値×発明確率÷参加人数（inframarginal value）となった場合だ。この時、社会余剰はゼロになり、当然人数が過剰になっている。但し、発明の価値と発明者にとって私的利益は一致しないため必ずしも過剰にはならない。過剰になるか過少になるかは私的利益の割合によるが最適な値になる理由はない。</p>
<blockquote><p>(ii) Furthermore, we don’t have to confine ourselves to a purely probabilistic argument: different people know different things, so the knowledge that a large group can bring to bear on a problem is significantly greater than the knowledge that one or two individuals will have.</p></blockquote>
<p>二つ目の利点は分業だ。これについては異論はないだろう。異なる知識や強みをもつ人間の協力は生産性を上昇させる。</p>
<blockquote><p>(iii) Different people have different characteristics when it comes to research. Some like to throw out ideas, others to criticize them, others to work out details, others to re-explain ideas in a different language, others to formulate different but related problems, others to step back from a big muddle of ideas and fashion some more coherent picture out of them, and so on.</p></blockquote>
<p>三つ目の利点もまた分業の一種だが、研究の仕方に関するものだ。アイデアを出すのがうまいひともいれば、それを反駁するのが得意な人もいる。</p>
<p>ここから、</p>
<blockquote><p>In short, if a large group of mathematicians could connect their brains efficiently, they could perhaps solve problems very efficiently as well.</p></blockquote>
<p>数学者がうまく協力できれば問題を効率的に解いていけると結論付ける。</p>
<blockquote><p>Why would anyone agree to share their ideas? Surely we work on problems in order to be able to publish solutions and get credit for them. And what if the big collaboration resulted in a very good idea? Isn’t there a danger that somebody would manage to use the idea to solve the problem and rush to (individual) publication?</p></blockquote>
<p>次の課題は、ではどうやってうまく協力させるかというインセンティブの問題だ。</p>
<blockquote><p>Here is where the beauty of blogs, wikis, forums etc. comes in: they are completely public, as is their entire history.</p></blockquote>
<p>ここでブログやWiki、フォーラムの利点が指摘される。それは完全な公開性であり、証拠が残るという特性だ。</p>
<blockquote><p>Instead of the usual reaction of being afraid to share it in case someone else beat you to the solution, you would be afraid <em>not</em> to share it in case someone beat you to that particular idea</p></blockquote>
<p><strong>アイデアを公開して他人に先に使われてしまうのを恐れるのではなく、早く共有することで誰かが先にそれを発表してしまうのを防げる</strong>という。</p>
<p>この問題も<strong>特許制度が抱えている問題と極めて類似している</strong>。特許は重要な発明が企業秘密にされてしまうことを防ぐという目的がある。特許があることで発明者は自分の発明を共有するインセンティブを持つ。インターネットは数学の問題を解く場合において部分的な貢献を公開・共有することを可能にした。これはジャーナルによる公開・共有が基本であった時代では不可能なことだ。</p>
<p>しかし、この方法がうまくいくかは数学におけるイノベーションの発生の方法に依存している。これは<a title="知的財産権はうまくいかない？" href="http://rionaoki.net/2009/11/1464">以前ふれた特許制度の問題</a>とまったく同じだ。よってその弊害も同様に存在する：</p>
<ul>
<li>研究の途中で公開できるようになると最適な状態にたどり着く前に公開して終わりにしてしまうインセンティブがある</li>
<li>細かい成果が公表されすぎると後続の研究がそれらを言及するための費用が増える</li>
</ul>
<p>前者は以前のポストにおけるBoldrinとLevineの指摘を数学に適用したものだ。<strong>アイデアを得た人が本当なら最後まで頑張って仕上げたものを途中で公開してしまう</strong>ということだ。これはいろんな学術分野に当てはまるだろう。</p>
<p>経済でいえばアイデアを出し、直感的な説明をするところはまでは楽しい。しかし、それを示す数理モデルを書いて、解いて、実証やシミュレーションを行うのは面倒だ。ジャーナルしか発表の場がなければそこまで頑張ってやるしかないが、ブログなどでさっさと世の中に公表できるなら最初のステップで終わりしてしまうかもしれない。誰かが後半をやっても前半部分は評価されるわけだ（前半のほうがセンスがいる）。Matthew Kahnは何故このような方法が経済でうまくいかないかと問いかけているがこれが答えだろう。経済学はアイデアと直感というセンスを要する部分が最も評価されるため後半を誰もやりたがらない。数学では重要な問題はいくらでもあって解くという後半のステップの比重が高い（そしてそれが好きな人が集まっている）。</p>
<p>後者は金銭支払いのない研究では大きな問題にはならないがそれでもややこしいことには変わらない。何かの定理を証明したとして既に誰かが発表している内容とかぶっていたらそれを引用する必要がある。もし、その定理に関する<strong>情報が学術ジャーナル以外の場所にも散在しているとなると、文献調査作業は非常に手間の掛かるものとなる</strong>。今までならその分野を研究している先生に聞いて、ジャーナルデータベースでも検索するだけだったが、そうもいかなくなるだろう。</p>
<p>ちなみにテレンス・タオは学術的に成功した天才児（Child Prodigy）としても有名だ。10歳で数学オリンピックに出場し銅メダル、13歳のときには現在に至るまでの最年少で金メダルをとっている。17歳で地元の大学（Flinders University）で修士号、20歳でプリンストン大学でPh.Dを取得し25歳には最年少でUCLAでテニュアを得ている。</p>
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