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	<title>rionaoki.net &#187; シグナリング</title>
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		<title>グレード・インフレーション</title>
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		<pubDate>Sun, 09 May 2010 02:01:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Rion</dc:creator>
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		<description><![CDATA[アメリカの大学の平均成績が話題になったのでご紹介。 National Trends in Grade Inflation, American Colleges and Universities アメリカでは大学の成績が、 &#8230; <a href="http://rionaoki.net/2010/05/3996">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>アメリカの大学の平均成績が話題になったのでご紹介。</p>
<p><a href="http://www.gradeinflation.com/">National Trends in Grade Inflation, American Colleges and Universities</a></p>
<p>アメリカでは大学の成績が、少なくとも日本に比べると、重視されるというのは有名な話だ。特にコミュニティカレッジからのトランスファーや、メジャーの選択においては平均成績＝GPA (Grade Point Average)が主な判断基準となる。就職活動の時にも履歴書（resume）にGPAを記載するし、足切りに使われることもある。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://rionaoki.net/wp-content/uploads/2010/05/gpa.gif"><img class="aligncenter size-full wp-image-4012" title="gpa" src="http://rionaoki.net/wp-content/uploads/2010/05/gpa.gif" alt="" width="439" height="300" /></a></p>
<p style="text-align: left;">就職活動で使われるとなると、当然問題になるのが学校ごとの違いだ。特によく指摘されるのは公立と私立の差だ。上のグラフは一世紀近くに及ぶGPAの推移だが、どの大学も戦後急激にGPAが上昇し、それから徐々に上がっていっているのが分かる。特に私立と公立との差は開く一方だ。有名な大学を例にとると、Harvard 3.45 (2005), Yale 3.51 (2008), Stanford 3.55 (2005)に大して、Berkeley 3.27 (2006), UCLA 3.22 (2008) となっている。</p>
<p style="text-align: left;">ちなみに日本の大学を卒業するとやたらと低いGPAになってたり、成績の付け方がアメリカと異なっていたりする場合もあるがアメリカの大学はそのことを知っているので無闇に心配することはない。</p>
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		<title>「実名・勤務先明記」へ</title>
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		<pubDate>Thu, 22 Apr 2010 10:00:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Rion</dc:creator>
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		<description><![CDATA[日本IBMのソーシャル・コンピューティングのガイドラインに関する記事から。 ブログ利用「実名・勤務先明記」を奨励　日本IBM 特に注目されているのは以下の部分だ。 「IBMでの業務に関連してブログ活動をする際には、実名を &#8230; <a href="http://rionaoki.net/2010/04/3942">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>日本IBMの<a href="http://www-06.ibm.com/jp/ibm/partner/scg.html">ソーシャル・コンピューティングのガイドライン</a>に関する記事から。</p>
<p><a href="http://www.j-cast.com/kaisha/2010/04/20064843.html">ブログ利用「実名・勤務先明記」を奨励　日本IBM</a></p>
<p>特に注目されているのは以下の部分だ。</p>
<blockquote><p>「IBMでの業務に関連してブログ活動をする際には、実名を使い、身元を明らかにし、あなたがIBMに勤務していることを明示するように奨励します」<br />
「一人称で語りましょう。自分自身の意見で、その個性を前面に打ち出し、思っていることを語りましょう」</p></blockquote>
<p>実名・勤務先の公表を控える人が多い日本では異例の試みと言える（参考：<a href="http://rionaoki.net/2009/11/1523">アメリカは実名志向か</a>）。しかし、このガイドラインは時代の流れに適ったものだ。</p>
<p>実名の利用を奨励することの利点は二つある。一つは、<strong>質の高い人材を惹きつける</strong>ことだ。ネットは個人が自分の名前で活動する＝レピュテーションを築くのを容易にした。狭いサークルの中で活動しているのであれば従来型の人脈作りで十分だろうが、多くの職業は自分とは全く違う分野の人間と繋がっている（他人が出来ないことを提供することで利益を上げる場合には当然そうだ）。ネ<strong>ットを活用してネットワーキングをしている人にとって、それが出来なくなるのは非常に都合が悪い</strong>。</p>
<p>個人としてブランドを持っている社員は転職が簡単という意味で企業にとって都合が悪い面もあるが、そういうクリエイティブな人材を持たないで競争するのは難しくなっている。<strong>むしろ個人が個人として活動することを認めて、優秀な人材を揃える方が有利だと考えるのは自然だ</strong>ろう。</p>
<p>二つ目の利点は、その<strong>質の高い人材が持つブランドを逆に企業が利用する</strong>ことだ。個人がブランドを持たない時代には、企業がブランドとして存在し社員がそれを使って仕事をした。多くの戦略コンサルティング会社はそれに当たるだろう。個人としての技能に期待してるのではなく、会社の名前を元に仕事が発注される。会社はそのブランドを守るために社員を厳選し、社員にとってはその会社にいったことが履歴書上のメリットになる。</p>
<p>しかし、個人がブランドを持つようになればその関係は変わってくる。会社名ではなく個人に仕事が入る。そうなると会社と社員の力関係は逆に傾く。<strong>社員に個人としての活動を奨励することで優秀な人材を確保する一方で、その人材が持つブランドを企業が利用できる</strong>。</p>
<p>「一人称で語る」というのはこの二番目の利点をうまく活かすための工夫だ。構成員が個人として発言し、会社のブランドを高める一方で、会社の意見とは切り離す。</p>
<p>この方法がうまくいくような業界ばかりではないだろうが、他の企業もソーシャルメディアの時代に合わせて社員の対外的な活動に対する認識を改めて行くことが必要だろう。</p>
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		<title>教養教育の終わり</title>
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		<pubDate>Mon, 25 Jan 2010 06:37:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Rion</dc:creator>
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		<description><![CDATA[学位の価値は落ちる一方だ。授業料の高いアメリカでは、一足先に価格に見合う価値があるのかという疑いが広がっている。 How to manage a college education &#124; Penelope Trunk&#8 &#8230; <a href="http://rionaoki.net/2010/01/2925">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>学位の価値は落ちる一方だ。授業料の高いアメリカでは、一足先に価格に見合う価値があるのかという疑いが広がっている。</p>
<p><a href="http://blog.penelopetrunk.com/2010/01/21/how-to-manage-a-college-education/?utm_source=feedburner&amp;utm_medium=feed&amp;utm_campaign=Feed%3A+BrazenCareerist+%28Brazen+Careerist+-+by+Penelope+Trunk%29">How to manage a college education | Penelope Trunk&#8217;s Brazen Careerist</a></p>
<p>大学の機能は主に二つある。一つは実際の学習、もう一つは能力を示すという意味でのシグナリングだ。</p>
<blockquote><p>The idea of paying for a liberal arts education is over. It is elitist and a rip off and the Internet has democratized access to information and communication skills to the point that paying $30K a year to get them is insane.</p></blockquote>
<p>しかし、<strong>教養教育を受ける場所としての大学の機能は消滅の瀬戸際だ</strong>。いまや多くの学問分野は自学自習が可能だ。インターネットにはリソースが溢れているし、勉強したい者同士集まることも可能だろう（そういう場所をもっと作れればよいとは思う）。そもそも現在の大学生のどれだけが「教養」を身につけているかだって疑わしい。</p>
<p>経済学にしたって社会人として必要なレベルの学習に大学という（機会費用を含めた）莫大な投資が必要だとは到底思えない。本当の<strong>専門教育以外、大学で勉強する必要は見つからない</strong>。そして、それだけの教育が社会的に必要な人間の数は現在大学に通う学生の数より遥かに少ないのではないだろうか。</p>
<p>これは<strong>教養教育の価値を否定するものではない</strong>。私自身、教養学部に四年間も在籍したし、文理問わず色々なことを勉強した。しかし、<strong>大学がなければ出来ないことではなかったし、大学で他の専攻にいたとしても同時に勉強することは出来た</strong>だろう。しかも私は<strong>教育の真の社会的費用を負担していたわけではない</strong>。国立大学の費用の多くは税金によりカバーされている。本当の費用を負担してなお、教養教育に何年間もかけようという人はどれくらいいるのだろう。</p>
<p>しばらく前にWillyさんが<a href="http://wofwof.blog60.fc2.com/blog-entry-244.html">教養教育に関するポスト</a>を書かれていた。そこでは次のような一節がある。</p>
<blockquote><p>これに対するレスは様々だが「教養賛成派」からは、<br />
「意味がないからこそ面白い」<br />
「教養こそが人間の価値」<br />
といった、私からすれば驚愕の意見が並べられている。</p></blockquote>
<p>教養学部卒の私としては耳の痛い話だが、こういった反論は間違っている。「意味が無いからこそ面白い」、「教養こそが人間の価値」だとしても、それを大学でやらなければならない理由にはならないし、それほど価値があるなら政府の支援は必要ないはずだ。教養がある市民が多いことが社会にとってプラスだという議論は可能だろうが、それなら一部の人間に限られた大学教育ではなく、幅広い教育にお金をかけるべきだ。私は、<strong>教養教育の価値が下がっているのは事実であって、それに反対するのは自分の教育の価値が下がることに対する反感に過ぎない</strong>と思う。</p>
<blockquote><p>Ben Casnocha has one of the most thorough, self-examined discussions about the value of college on his blog. He went to college, probably, because so many people told him to.<br />
Ben left college. Early. And he’s fascinating, and he’s educating himself through experience, which is what the Internet does not provide. The Internet provides books and discussion, so why would you need to go to school for those things?</p></blockquote>
<p>それどころが大学に行くことの価値自体への疑いもある。これは大学へ通う人間のほとんどが「専門」教育を受けるつもりではないことからして明らかだろう。私は上に挙げられているBen Casnochaの本もブログも読んでいるが、非常に洞察に富んでいる。<strong>教養が不必要なのではなく、教養のための大学が必要なくなっているのだ</strong>。これは「教養学部」や「リベラルアーツ大学」のことだけを指しているのではない。本当の専門教育を受けている学生の少ない（ほぼ全ての）大学に当てはまる。</p>
<p>また、この例は<strong>大学のもう一つの機能であるシグナリングもまた崩壊しつつある</strong>ことを示している。大学入試に簡単になることによる<a href="http://agora-web.jp/archives/900497.html">学歴自体のインフレ</a>もあるが、もう一つの脅威は<strong>他のシグナリングデバイスの登場だ</strong>。今の時代、<strong>若者が自分の能力を示す方法はいい大学にいく以外にもいくらでもある</strong>。事業を自分で始めるのもそのひとつだろうし、様々な話題についてブログを書くこともそうだ。大学のシグナリング効果が一朝一夕になくなることはないだろうが、どれだけの費用・苦労を支払う価値があるかという観点で評価すれば大学の価値は薄らいでいる。</p>
<blockquote><p>Students today don’t need teachers who don’t know how to write a blog post to teach them how to persuade people. Because the bar for communication is high, and it’s in the blogosphere, and if you can write a blog post that gets a decent conversation started, then you already know how to write a persuasive, engaging argument.</p></blockquote>
<p>また<strong>教養教育の最も重要な要素の一つは論旨の一貫した説得力のある文章を書く能力だが、それはむしろブログを書いて人に読んでもらうことによって大学のクラスよりも効果的に身につく</strong>。先生からいい成績をもらう努力をするよりも、実際に読者になってもらう方が余程効率的だ。先生は仕事なのでどんな文章でも読んでくれるが、ネットで長い文章を読んでもらうためには事前にそれなりの価値があるという信用・評判を築く必要がある。どちらが難しいかは明らかだろう。</p>
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		<title>就活のやり方</title>
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		<pubDate>Thu, 03 Dec 2009 04:04:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Rion</dc:creator>
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		<description><![CDATA[「就活」採用者の視点：「走れ！プロジェクトマネージャー！」 最終的なアドバイスは、 これは、本人のやる気とか、意気込みといった感覚的なものでしかないように思っています。「この会社で働きたい！」「絶対就職する！」といった、 &#8230; <a href="http://rionaoki.net/2009/12/1970">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://blogs.itmedia.co.jp/tooki/2009/12/post-62e3.html">「就活」採用者の視点：「走れ！プロジェクトマネージャー！」</a></p>
<p>最終的なアドバイスは、</p>
<blockquote><p>これは、本人のやる気とか、意気込みといった感覚的なものでしかないように思っています。「この会社で働きたい！」「絶対就職する！」といった、強い意志のようなものだと感じています。</p></blockquote>
<p>ということだがこれはいくら何でも役に立たないだろう。大抵のひとは既にそれほどやる気がなくてもある振りぐらいしている。本当の答えは実はこの最後のアドバイス以外の部分にすべて書いてある。</p>
<blockquote><p>新卒はポテンシャルで採用するしかないので、卒業校や成績以外に明確なものはないんですよね。</p></blockquote>
<p><strong>まず卒業校と成績がだけが明確（で確認できる）ものなのだからそこを改善すればよい</strong>。もちろん就活間際になってからじゃ遅い。逆に、だからこそ企業にとっては重要な情報なわけだ。</p>
<p>では、もう大学半分終わっている人はどうすべきか：</p>
<blockquote><p>僕自身、最初に働いた会社は誘われて入社したので、いわゆる就活をしたことがありません。</p></blockquote>
<p>そう、<strong>ネットワーキングで誘ってくれる人を探せばいい</strong>のだ。人付き合いが得意でなければ自分でプログラムやウェブサービスを公開したり、ブログを書いたりして名前を売ればいい。ちなみに、著者の大木豊成さんはシンガポール大学を卒業されているそうだが、留学するというのも手だ。選択肢は広がるし、ブランディング上もとても有利だろう。</p>
<p>ちなみに、</p>
<blockquote><p>例えば僕が携わっている、神田外語学院のグローバルコミュニケーション科の卒業要件はTOEIC700点以上です。これは分かりやすい と思うんですよね。</p></blockquote>
<p>とあるが、TOEIC700点では実務的には意味がないだろう。TOEICは英語の試験としては簡単過ぎるので満点近くても実際に使えるかは分からない。TOEFLであってもアメリカの大学院で要求するレベルは<a title="語学の壁　その１（一般論）" href="http://wofwof.blog60.fc2.com/blog-entry-136.html">何とか生きてはいける程度のものだ</a>。</p>
<p>英語の資格というのはよく考えると非常に不思議なものだ。どの資格であっても実際に英語を運用できるかについてはさっぱり分からないが、資格がなくとも面接で簡単に分かる。私が採用活動で英語能力を見たいならその場で適当な話題について説明させる（電話でもいい）。</p>
<p>英語の話せる面接官が必要だが英語のできる社員がいない会社に英語の能力が必要なようにも思えない。そうすると英語能力を見るのは英語ができるなら他もできるはずというシグナリングに過ぎなくなる。その場合、英語に力を入れている学校の出身であることはマイナスに働く。なぜなら英語と他の能力の相関が明らかに期待できないからだ。</p>
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		<title>ミニスカとシグナリング</title>
		<link>http://rionaoki.net/2009/12/1964</link>
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		<pubDate>Wed, 02 Dec 2009 23:00:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Rion</dc:creator>
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		<category><![CDATA[メカニズム]]></category>

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		<description><![CDATA[前回「ミニスカートが悪いのか」に引き続き、ミニスカの話： ミニスカ論争 &#8211; キリンが逆立ちしたピアス セクシュシャリティを研究されているそうだ。 曽根さんの文章は、主語があいまいで、何をいわんとしているのかが &#8230; <a href="http://rionaoki.net/2009/12/1964">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>前回「<a title="ミニスカートが悪いのか" href="http://d.hatena.ne.jp/font-da/20091202/1259762023">ミニスカートが悪いのか</a>」に引き続き、ミニスカの話：</p>
<p><a href="http://d.hatena.ne.jp/font-da/20091202/1259762023">ミニスカ論争 &#8211; キリンが逆立ちしたピアス</a></p>
<p>セクシュシャリティを研究されているそうだ。</p>
<blockquote><p>曽根さんの文章は、主語があいまいで、何をいわんとしているのかがよくわからない。たぶん、<span class="keyword">フェミニズム</span>をバッシングしたいのだろう。だが、もってまわった言い方をしているので意味がわからない。</p></blockquote>
<p>とあるが、曽根さんの文章は言っていることがおかしいだけで、別に分かりにくくはない。</p>
<blockquote><p>曽根さんは、女性が<span class="keyword">ミニスカート</span>をはくのは、男性をセックスに誘うためだと考えているのだろう。そして、そういう女性は性犯罪にあってもしかたがない、と訴えているのだろう。</p></blockquote>
<p>と解釈されているが、その通りだろう。誰もがそう読んだと思う。</p>
<blockquote><p>私自身は、意識や深層心理はともかくとして、少なくとも10代のうちにこうした<span class="keyword">論文</span>に<span class="keyword">アクセス</span>することができた。それは、「＜私＞を見ている男性」を見る、ための視座を獲得できたということだ。私は「見られる」という女性の位置にありながら、その視線に抵抗したり、利用したりしようとする、女性の置かれた位置を<span class="keyword">俯瞰</span>しようとしてきた。要するに、見られながら、見る主体を確立してきたのである。</p></blockquote>
<p><strong>これは単なるシグナリングの話だ</strong>ろう（但し、私はレイプについてそれがシグナリングの問題だとは考えていない：<a title="ミニスカートが悪いのか" href="http://d.hatena.ne.jp/font-da/20091202/1259762023">ミニスカートが悪いのか</a>）。<strong>自分が外からどう見られているかを考えること、それを利用することは何も女性に限った話ではない</strong>。</p>
<p>「＜私＞を見ている企業の面接官」でもいい。もう勉強していい大学にいって面接官の目を欺いてもいいし、変わったの色のスーツを着ていって抵抗してもいい。</p>
<blockquote><p>私たちは、なにもない真っ白な状態で、ものごとを「見る」ことはできいない。<span class="keyword">ミニスカート</span>をはく人に対しても、すでに作られた枠組みを通して見ている。</p></blockquote>
<p><strong>人間は本当に知りたい情報が見えない場合に観察可能な情報に基づいて推論を行う</strong>。男性は相手の女性がどんな人間であるか分からないから、ミニスカートをはいているという情報から推論する。<strong>これは善悪の問題ではなく、合理的な行動にすぎない</strong>（参照：<a href="../2009/10/976">人種差別の現実</a>）。そして人間は大抵の合理的行動を自然に行う。意図的にしか合理的行動を取れないのは進化論上不利だからだ。</p>
<blockquote><p>そして、その相手が見ているだろう視線を内面化して、「見られる私」を自分自身で構築する。そして、「その構築された枠組みがある」ことを知ったとき、ものの見方はまた変わる。</p></blockquote>
<p>そんな大げさなことではないだろう。自分が観察される対象であり、観察可能な自分に関する情報を他人がどう利用するかというのは世の中のほとんどの人が毎日行っていることだ。</p>
<p>そして<strong>「その構築された枠組み」というのは誰かが意図的に構築したものではない</strong>ことにも注意が必要だ。例えば、新卒の学生について企業はほとんど何も知らない。もしある男子学生が大量のピアスをして面接に現れたらどう思うか。他の状況が同じなら採用を控えるだろう。これはピアスをしている男性がどのような人間である可能性が一番高いかを考えれば妥当な戦略だ。別にピアス自体には何も考えを持っていなくても同じだ。</p>
<blockquote><p>女性が<span class="keyword">ミニスカート</span>をはくことをやめる必要はない。仮に、男性が<span class="keyword">ミニスカート</span>を はく女性に対して欲情すると感じるとしよう。さらには、欲情すると、レイプという行動にでることも仮定しよう。だとすれば、男性が見方を変えればいいので ある。前者は無理だとしても、後者は可能である。</p></blockquote>
<p>コメント欄でも指摘されているがこれは論理の飛躍だ。<strong>「女性がミニスカートはく」ことを止めることも「男性が欲情した時にレイプという行動にでる」のを止めることも共に可能であるなら、後者が必要だというためにはそれなりの根拠が必要だ</strong>。妥当な理由は「<a title="ミニスカートが悪いのか" href="http://d.hatena.ne.jp/font-da/20091202/1259762023">ミニスカートが悪いのか</a>」で述べたように、後者のほうが圧倒的にコストが低いということだろう。</p>
<p>就職の例で言えば、男子学生が面接にピアスをしていくのを止める必要はない、企業が見方をかえてピアスをしていても学生を採用すべきだと言うようなものだ。「男子学生が面接にピアスをしていく」のを止めることも「企業が見方をかえる」ことも共に可能だ。</p>
<blockquote><p>一世代では無理かもしれない。でも、時間をかけてでも変えていきたい。そして、すでに少しずつ変わってい る、と私は信じたい。</p></blockquote>
<p>これは信じるまでもないだろう。職場でのピアスも女性なら問題ない。ミニスカートをセックスに誘うために着用する女性が減っている以上（というかそもそも存在するのか？）、男性がミニスカートをそのためのシグナルとして利用することもなくなっていく。</p>
<h3>付録</h3>
<p>ただ、<strong>男女の場合に複雑なのは女性がセクシャリティを出す場合、それをシグナルではなくスクリーニングの手段として使っていることが多いことだ</strong>ろう。つまり、男性が自分のシグナル、例えば興味をみせるモーション、にどう対応するかを観察することで男性の質を推定するということだ。</p>
<p>この場合男性があるシグナルを観察したときにそれを無視するのは難しい。もしそれがスクリーニングのためのシグナルであった場合積極的に行動しないことは、自分の質が低いことを示してしまうからだ。「ちょっと誘ってみたけど何もしなかったのよ、あきれちゃったー」みたいなのがそれだ（参考：<a href="../2009/09/647">クリーピー</a>）。</p>
<p>逆にこれはいかに「つい」レイプしてしまうかがありえないことかも示している。男性は社会的に拒絶されることを恐れており、つい積極的に行動してしまうことはない（でなければ誘ってみるなんて行動がスクリーニングに使えるわけがない）。ミニスカをみて欲情しレイプしてしまうかもしれないと悩んでいる男性はいないが、家に誘うタイミングを逃したと悩む男性はいくらでもいるだろう。</p>
<p>追記：家庭内暴力のケースについては<a href="../2009/10/1168">計算された暴力</a>をどうぞ。</p>
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		<title>大学院に関する変な記事</title>
		<link>http://rionaoki.net/2009/11/1920</link>
		<comments>http://rionaoki.net/2009/11/1920#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 01 Dec 2009 06:42:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Rion</dc:creator>
				<category><![CDATA[Regular Posts]]></category>
		<category><![CDATA[シグナリング]]></category>
		<category><![CDATA[教育]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://rionaoki.net/?p=1920</guid>
		<description><![CDATA[微妙な記事にコメントするのは非生産的なので避けたいが、これはあまりにあまりなので： ｢大学院卒｣は「東大卒」をも凌駕する学歴だ &#124; ビジネスマンのための 大学・大学院の歩き方 &#124; ダイヤモンド・オンライン すなわち「いか &#8230; <a href="http://rionaoki.net/2009/11/1920">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>微妙な記事にコメントするのは非生産的なので避けたいが、これはあまりにあまりなので：</p>
<p><a href="http://diamond.jp/series/glad_school/10037/">｢大学院卒｣は「東大卒」をも凌駕する学歴だ | ビジネスマンのための 大学・大学院の歩き方 | ダイヤモンド・オンライン</a></p>
<blockquote><p>すなわち「いかなる大学院も、全ての大学の上位にあること」、いいかえれば最終学歴として書かれるべき学校は大学院、という時代が来はじめている、ということだ。</p></blockquote>
<p>学歴主義というのが学歴というシグナルに基づく差別的扱いであることがまるで理解されていない。雇用が流動化すれば対外的にスキルを示すことのできる大学院は一般化していく。それに伴い、いい大学を出ているが大学院を出ていない学生の市場価値が低下することは当然ある。しかし、それもまたシグナリングに過ぎない。そしてシングナリングはネガティブなこともありえる。この程度の大学（院）にしかいかなかったということは、他の事情がなければ平均的にいって、能力が低いと判断されうるということだ。</p>
<p>これはアメリカのMBAでは既に現実化しており、例えばVCにいくならトップスクールでMBAを取ったのでなければ、持っていないほうが就職できる可能性は高いだろう。</p>
<blockquote><p>本当は、その上に博士課程があり、おそらくは、現在の学歴社会の最終ゴールはそこだ。</p></blockquote>
<p>博士課程が最終ゴールなんて発想がどこから出てくるのかさっぱり分からない。シグナリングという意味ではよほど勉強が得意でなければ非効率だし、そもそも社会人学生なんて相手にしていない。</p>
<blockquote><p>すでに「ＭＢＡホルダー」である人間も、その上（ＤＭＡもしくはＰｈ.Ｄ）を目指すのにはどういう戦略が有効かを考えるのである。</p></blockquote>
<p>MBAがPh.D.を取りにいってどうするのか分からないし、そもそも入学できる可能性自体低い。著者はPh.D.が何か全く知らないようだ。</p>
<p>P.S. というかDMAって一体何だろう。Doctor of Musical Artsしか該当しないのだが。。。</p>
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		<title>脱オタを経済学的に考える</title>
		<link>http://rionaoki.net/2009/11/1787</link>
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		<pubDate>Wed, 25 Nov 2009 04:39:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Rion</dc:creator>
				<category><![CDATA[Regular Posts]]></category>
		<category><![CDATA[シグナリング]]></category>
		<category><![CDATA[ジョーク]]></category>
		<category><![CDATA[メカニズム]]></category>
		<category><![CDATA[文化]]></category>

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		<description><![CDATA[力を入れる箇所を間違えている『脱オタクファッションガイド改』を見たらちょっとネタっぽい記事を書こうと思い立った： 脱オタって何？ 脱オタというのはオタクに見られない工夫のことだ。別におしゃれになることではない。もちろんお &#8230; <a href="http://rionaoki.net/2009/11/1787">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://taf5686.269g.net/article/15073458.html">力を入れる箇所を間違えている『脱オタクファッションガイド改』</a>を見たらちょっとネタっぽい記事を書こうと思い立った：</p>
<h3>脱オタって何？</h3>
<p>脱オタというのはオタクに見られない工夫のことだ。別におしゃれになることではない。もちろんおしゃれなオタクはいそうにないから、おしゃれなことはいいことだろう。しかし、それは別に必要でもない。どうしようもない恰好の非オタクなんて珍しくもなんともない。</p>
<p>ではどうするのが効率的か。<strong>単にオタクが絶対に取らない＝オタクにとってはコストが高すぎる行動を取ればよい</strong>（考え方としては、「<a title="人種差別の現実" href="http://rionaoki.net/2009/10/976">人種差別の現実</a>」で紹介したまともな黒人がどう自分を差別化するかという話と同じだ）。基本的には：</p>
<ol>
<li>オタクは知らないもの＝<strong>情報コスト</strong>が高い</li>
<li>機能性が低いもの＝<strong>使用コスト</strong>が高い</li>
<li>値段が高いもの＝<strong>金銭コスト</strong>が高い</li>
<li>（オタク的）常識でないもの＝<strong>心理コスト</strong>が高い</li>
</ol>
<p>というあたりだ。ただし、いくつか注意点がある。まず<strong>オタクは情報収集能力が高いので1の効果には限界がある</strong>。<strong>高収入オタクも多いので3も、特に社会人の場合は微妙だ</strong>。<strong>4は2と比べて心の持ち様なので苦労もなく一番効果的だろう</strong>。</p>
<p>もちろん、<strong>どれもやりすぎると効率が落ちるし（収穫逓減）、一つが突出していると不自然なので組み合わせる必要がある</strong>（そもそも四つは排他的な定義でもないが）。</p>
<h2>ファッション編</h2>
<h3>流行</h3>
<p>オタクはファッションに気を使わない故に知識がないので流行を知っているような恰好をするのは一つの手だろう（情報コスト）。これについてはよく議論されている。しかしこれは言うほど簡単ではないことには注意が必要だ。なぜなら<strong>ファッションの知識を身につけるのは単純な話、大変</strong>なことだからだ。ただ、オタクは情報収集自体は好きだろうから、ファッションについて調べるのが苦じゃないひとにはいい方法だ。</p>
<p>単にオタクに見られないだけなら<strong>最低限の常識を身につけ、まわりのオタクが愛用しているアイテムを避ければ十分だろう</strong>。やりすぎると単なるファッションオタクになる。むしろダサくてもぼろぼろのジーンズに超でかいシャツとか黒人風にすればオタクには見えない（心理コスト）。</p>
<h3>コーディネーション</h3>
<p>色彩感覚も必要ない。ある程度の常識の領域は知っているべきだろうが（情報コスト）、<strong>色彩感覚の欠如したファッション好きなんていくらでも歩いているからあまり気にすることはない</strong>。むしろ<strong>オタクが着ているのを見たことがない色、大抵派手目な色とか白、を選べばいい</strong>だろう（心理コスト）。どんな色合わせだよと思われるかもしれないが、オタクだとは思われない。</p>
<h3>金額</h3>
<p>お金に余裕があればファッションにもっと使うというのもよい（金銭コスト）。オタクは当然ファッションにお金を注がないからいいシグナルになる。ただ、<strong>それなりの年齢になるとある程度のお金が自由になるのは当たり前なのでこの方法は効果が薄くなる</strong>。社会人が数万円服にかけたところで誰も驚かないし、他の部分と不整合があれば逆に疑われるだろう。あと、おかしなものにお金をかけるという危険性がある。</p>
<h3>髪型</h3>
<p>髪型も単純にオタがやらないものにすれば良い。やはり流行りのもの（情報コスト）かお金（金銭コスト）のかかるものであればいいが、上述の理由で効率的でないかもしれない。知識もいらず手間もかからないものとしてはモヒカンとかがいいかもしれない（心理コスト）。ファッション的にツッコミは入りそうだが、少なくともオタクには見えない。坊主も似合えばいいだろうが、場合によっては僧侶に見えたり、貧弱に見えるので注意。ヒゲの有無や体型と相談だろう。</p>
<h3>バッグ</h3>
<p>他のファッションと同じだがとりあえずデパートにでもいって<strong>機能性を捨てたものを選べばいい</strong>だろう（使用コスト）。<strong>オタクの機能性への愛情は異常なので、おしゃれで高いものなら多少機能性を追求してもよい、ないし重視して当然と思うだろうが徹底的に避けるほうが安全</strong>だろう。これは靴も同じだ。</p>
<h3>アクセサリ</h3>
<p>ネックレスや指輪などはセンスの問題があるだけでなく、買うだけでよくしかも安くすませられるのでオタクではないシグナルにはなりにくいだろう。<strong>アクセサリなら一押しはピアスだ</strong>。<strong>オタクは肉体的な脅威に弱い</strong>ため、ピアスをすることは非常に考えにくい（心理コスト）。装着の煩わしさも軽微で、小さいものなら趣味も問われない。耳以外の場所のほうが非オタアピールは強いだろうが、社会的な弊害も凄いので見える場所ならどこでもいいだろう。同様にタトゥーも効果的だろうがセンスが問われるので難しいそうだ。</p>
<h3>小物</h3>
<p>アクセサリ以外の小物では流行りものを選べば良い（情報コスト）。音楽プレーヤーならiPodが無難だ。iPod以外のプレーヤーを持っていてもいいが、<strong>間違ってもどうして買ったかを聞かれたときに、「こっちのほうがバッテリーが長持ちで…」などと答えてはならない</strong>。「安かったから」と言っておけばいい。</p>
<h3>その他ファッション</h3>
<p><strong>香水はオタクが使わないアイテムだ</strong>。買うだけでいいが、売っている場所がオタクには入りがたいためだろう（心理コスト）。そもそも香水の意義が見出せないのかもしれない（使用コスト）。選択については女に聞くのがいいだろうが、ピアス同様非オタシグナルが強いので別にどれでもいいだろう。脱オタとは関係ないが付けすぎにだけ注意。</p>
<h2>行動編、ないし何故脱オタとモテが違うか</h2>
<p>本当はこれが一番重要だろう。<strong>オタとそうでない人の最大の違いは見た目ではなく、対人経験の差であり、人間関係における自信だ</strong>（心理コスト）。恰好が典型的なオタクでなくても、ここが解決できなければ社会的に重要性の低い人間にみえる。モテないといってもいい（逆に大抵の芸人はファッショナブルではないがモテるだろう）。ではどんな行動を避けるべきか。</p>
<h3>イベント</h3>
<p>パーティーなどで端っこに立っている人間は人間関係で下にいる人間だ。<strong>イベントの中心になったり、自由にテーブルを回って知らない人間にしゃべりかける自信が必要</strong>だ（オタクはしない）。</p>
<h3>対人関係</h3>
<p><strong>受身な人間は他人からの拒絶を恐れている弱者だ</strong>。<strong>常に攻撃的でいるのを意識するぐらいがいいだろう</strong>。同じ理由で他人を褒めるのは程々にすべきだろう。異性に対して弱気なのは特に対人経験の欠如、社会的な評価の低さを表すので脱オタクをするなら改善する必要がある。</p>
<h3>肉体面</h3>
<p>ピアスのところでも述べたが、オタクは肉体的な脅威に弱い。これは立ち居振る舞いにも現れるし、肉体的接触を避けることにつながる。<strong>積極的に他人にタッチすることで改善できる</strong>が、迷いがあると逆効果になる恐れがある。<strong>立ち居振る舞いについては実際に筋トレでもするのがいい</strong>だろう。</p>
<h3>グループ</h3>
<p>実<strong>は一番簡単にオタクに見えなくなる方法は、明らかにオタクでない人間と行動することだ</strong>。自分が集団のリーダーであればなおよい。どう考えてもオタクなはずがない異性<strong>が</strong>（≠に）くっつているのが最も効果的だろうが、それができれば既に脱オタは終了しているという気もする。</p>
<h2>おまけ</h2>
<p>高学歴だったり社会的地位の高かったりするオタクは基本的にこぎれいでファッショナブルな恰好を目指すのではなくバカっぽい、ないしDQN（死語？）ぽい恰好をすれば良い。実際にバカではなくDQNでもないことは後で簡単に示せるからだ。</p>
<p>P.S. 下らないポストが大作になってしまった。。。</p>
<div id="_mcePaste" style="overflow: hidden; position: absolute; left: -10000px; top: 1083px; width: 1px; height: 1px;">（心理コスト）</div>
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		<title>体育会系優遇って何？</title>
		<link>http://rionaoki.net/2009/11/1573</link>
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		<pubDate>Sun, 15 Nov 2009 23:14:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Rion</dc:creator>
				<category><![CDATA[Regular Posts]]></category>
		<category><![CDATA[キャリア]]></category>
		<category><![CDATA[シグナリング]]></category>
		<category><![CDATA[雇用]]></category>

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		<description><![CDATA[いつもコメントいただいているWillyさんのブログから（もとはこちらへのコメント）： 統計学＋ε: 米国留学・研究生活　 「体育会系優遇」は優遇ではない 就職したことのない私がコメントするのもなんだが、「体育会系優遇」と &#8230; <a href="http://rionaoki.net/2009/11/1573">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>いつもコメントいただいている<a title="統計学＋ε: 米国留学・研究生活" href="http://wofwof.blog60.fc2.com/">Willyさんのブログ</a>から（もとは<a title="とりあえず「体育会優遇」という会社には、非体育会は行かない方がいい  " href="http://blog.goo.ne.jp/jyoshige/e/9d66a21afb035d0eae351a298e626852">こちら</a>へのコメント）：</p>
<p><a href="http://wofwof.blog60.fc2.com/blog-entry-195.html#trackback">統計学＋ε: 米国留学・研究生活　 「体育会系優遇」は優遇ではない</a></p>
<p>就職したことのない私がコメントするのもなんだが、「体育会系優遇」というのはどの程度真実なのだろう。発端となった<a title=" 新卒採用「体育会学生」欲しい　「精神力」「意欲」を評価" href="http://www.j-cast.com/2009/11/12053700.html">記事</a>によると、</p>
<blockquote><p>同じ大学でも体育会の学生とそうでない学生では印象が違ってくることもあり、ある意味で、体育会というのは資格に近いと思います。</p></blockquote>
<p>とある。しかし、これは「体育会学生の就職支援を行っているアスリートプランニング（東京都千代田区）」の担当者が言っているだけだ。</p>
<blockquote><p>体育会学生採用の意向を知らせてきたのは、三井住友銀行、ソニー、パナソニック、伊藤忠商事、JR東日本、同西日本、JTB、富士フイルム、ジョンソン・ エンド・ジョンソン、資生堂、カネボウ化粧品、博報堂といった大企業。中小ベンチャーにも多い。採用の結果、文系総合職の半数以上を体育会学生が占めたと いう企業も複数あるそうだ。</p></blockquote>
<p>客観的な情報はこれしかない（それでも上記就職支援会社の報告だが）。しかし体育会系の学生に一定の特徴があるなら適材適所という意味で採用しようと思うのは当然だろう。これは別に上に挙げられている企業が体育会系を優先しているということではない。もちろん文系総合職の半数が体育会系だということも体育会系の優位を説明しない。Willyさんの指摘するとおり：</p>
<blockquote><p>「適性を活かした職種」として<br />
不条理で根性主義の営業等をやらされるだけだ。</p></blockquote>
<p>単なる最適な配置だろう。</p>
<p><strong>「体育会系優遇」という「常識」は古典的な<a title="Simpson's paradox" href="http://en.wikipedia.org/wiki/Simpson%27s_paradox">シンプソンのパラドックス</a>にみえる</strong>。Wikipediaの数値例をそのまま利用させて頂くと次のような表で表される：</p>
<table border="0">
<tbody>
<tr>
<th>職種 \ 学生</th>
<th>体育会系</th>
<th>非体育会系</th>
</tr>
<tr>
<th>営業など</th>
<th>500人応募250人合格（50%）</th>
<th>10人応募9人合格（90%）</th>
</tr>
<tr>
<th>研究など</th>
<th>10人応募1人合格（10%）</th>
<th>500人応募100人合格（20%）</th>
</tr>
<tr>
<th>合計</th>
<th>510人応募251人合格（49.2%合格）</th>
<th>510人応募109人合格（21.4%合格）</th>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>この例では<strong>非体育会系の学生の方がどちらの職種においても合格率が高いにも関わらず、合計だけ見ると合格率が低いように見える</strong>。このような現象をシンプソンのパラドックスという。もちろん実際には矛盾でもなんでもない。単に、体育会系の方が合格率の高い職種を受験しているだけだ。<strong>合格率を受験者数で重み付けして平均を取っているためにこういう現象が起きる</strong>。よく考えればおかしな話だというのは分かるだろう。</p>
<p>とはいえ、</p>
<blockquote><p>職種より勤務先が賃金の決定要因になる日本企業<br />
では金銭的には優遇されてきた。</p></blockquote>
<p>仕事よりも会社が重視されるのであれば確かに上の数値例であっても体育会系の学生が得をしていると言うことはできるかもしれない。しかし<strong>このような不均衡は将来的には続かない</strong>。<strong>平均的に優秀な学生にそうでない学生と同じ待遇をしていると、他の会社が優秀な学生だけを引き抜いたり学生が自ら正当な評価を得られる職場を求めたりするからだ</strong>。これが</p>
<blockquote><p>今後、人材が流動化すれば職種による賃金格差が拡大し<br />
体育会系の社員が賃金面で優遇されることはなくなっていくだろう。</p></blockquote>
<p>という結論に当たる。<strong>逆に体育会系の社員が賃金面で（相対的に）優遇される状況がなくなれば、体育会系の人が有名企業に入りやすいという傾向は安定的なものになる</strong>。賃金面での不均衡さえなければ上の表にある状況は別に何の矛盾もないからだ。</p>
<p><strong>こんなことを世の中の人がずっと信じているなんてことがありうるかという問いに関しては十分にありうるとというのが答えだ</strong>。Wikipediaにもあるがバークレーは実際にこの問題（誤解）で訴えられたことがある。大学院の選考が男女差別的だという訴訟だ。</p>
<table style="margin-left: auto; margin-right: auto;" border="0">
<tbody>
<tr>
<th></th>
<th>Applicants</th>
<th> % admitted</th>
</tr>
<tr>
<td>Men</td>
<td>8442</td>
<td><strong>44%</strong></td>
</tr>
<tr>
<td>Women</td>
<td>4321</td>
<td>35%</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>この表はWikipediaから取ってきたものだが、男女の合格率（1973年）に差があることが分かる。しかし、学部別の統計をみるとだいぶ様子が異なる：</p>
<table style="margin-left: auto; margin-right: auto;" border="0">
<tbody>
<tr>
<th>Department</th>
<th colspan="2">Men</th>
<th colspan="2">Women</th>
</tr>
<tr>
<td></td>
<td>Applicants</td>
<td>% admitted</td>
<td>Applicants</td>
<td>% admitted</td>
</tr>
<tr>
<td>A</td>
<td>825</td>
<td>62%</td>
<td>108</td>
<td><strong>82%</strong></td>
</tr>
<tr>
<td>B</td>
<td>560</td>
<td>63%</td>
<td>25</td>
<td><strong>68%</strong></td>
</tr>
<tr>
<td>C</td>
<td>325</td>
<td><strong>37%</strong></td>
<td>593</td>
<td>34%</td>
</tr>
<tr>
<td>D</td>
<td>417</td>
<td>33%</td>
<td>375</td>
<td><strong>35%</strong></td>
</tr>
<tr>
<td>E</td>
<td>191</td>
<td><strong>28%</strong></td>
<td>393</td>
<td>24%</td>
</tr>
<tr>
<td>F</td>
<td>272</td>
<td>6%</td>
<td>341</td>
<td><strong>7%</strong></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>多くの学部では実際に女性のほうが合格率が高い。単に女性のほうが合格率の低い学科に出願する傾向が高いというだけのはなしだ。</p>
<p><strong>ここでの議論は、体育会系にメリットがあることを否定するものではないし、上に挙げた数値例には何の根拠もない</strong>。<strong>しかし、よく聞く「体育会系優遇」という学生の「常識」が実際には何を意味しているのかに注意する必要がある</strong>。</p>
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		</item>
		<item>
		<title>大学生は多すぎるのか</title>
		<link>http://rionaoki.net/2009/11/1480</link>
		<comments>http://rionaoki.net/2009/11/1480#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 11 Nov 2009 12:26:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Rion</dc:creator>
				<category><![CDATA[Regular Posts]]></category>
		<category><![CDATA[シグナリング]]></category>
		<category><![CDATA[教育]]></category>
		<category><![CDATA[評判]]></category>

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		<description><![CDATA[大学に進学する学生は多すぎるんじゃないかということについて様々な専門家が意見を出している： Are Too Many Students Going to College? &#8211; The Chronicle Re &#8230; <a href="http://rionaoki.net/2009/11/1480">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>大学に進学する学生は多すぎるんじゃないかということについて様々な専門家が意見を出している：</p>
<p><a href="http://chronicle.com/article/Are-Too-Many-Students-Going-to/49039/">Are Too Many Students Going to College? &#8211; The Chronicle Review &#8211; The Chronicle of Higher Education</a></p>
<p>中でも面白いと思ったのは次の二つだ。</p>
<blockquote><p><strong>Charles Murray:</strong> It has been empirically demonstrated that doing well (B average or better) in a traditional college major in the arts and sciences requires levels of linguistic and logical/mathematical ability that only 10 to 15 percent of the nation&#8217;s youth possess. That doesn&#8217;t mean that only 10 to 15 percent should get more than a high-school education. It does mean that the four-year residential program leading to a B.A. is the wrong model for a large majority of young people.</p></blockquote>
<p>実証研究によれば、<strong>普通の専攻でそれなりの成績（平均B以上）を取れるだけの言語・論理・数理能力を持っている人間は10-15%に過ぎない</strong>という。もしこれが正しければ過半数の若者が大学に進学するのは非常に非効率ということになる。</p>
<blockquote><p><strong>Bryan Caplan:</strong> There are two ways to read this question. One is: &#8220;Who gets a good financial and/or personal return from college?&#8221; My answer: people in the top 25 percent of academic ability who also have the work ethic to actually finish college. The other way to read this is: &#8220;For whom is college attendance socially beneficial?&#8221; My answer: no more than 5 percent of high-school graduates, because college is mostly what economists call a &#8220;signaling game.&#8221; Most college courses teach few useful job skills; their main function is to signal to employers that students are smart, hard-working, and conformist. The upshot: Going to college is a lot like standing up at a concert to see better. Selfishly speaking, it works, but from a social point of view, we shouldn&#8217;t encourage it.</p></blockquote>
<p>こちらは経済学者だ。個人レベルでは大学へ進学することがプラスになるのは25%だという。しかし、<strong>大学進学の個人へのリターンの多くがシグナリングに過ぎないことを計算にいれれば社会的な望ましい水準は5%だという</strong>。何故なら大学の授業は現実社会で役に立たないからだ。また進学者が少ないほうがシグナリングの効果は高いだろう。</p>
<p>彼は大学進学をコンサートで立ち上がることに例えている。これはとてもわかりやすい例えだ。四分の三の人が立ち上がっていたらもうどうせ前は見えないので立ち上がるのを辞めるだろう（現実進学率&lt;75%）。しかし立ち上がっている人が四分の一なら立ち上がることは個人的にメリットがある（現実進学率&gt;25%）。しかし、社会的に望ましいのは特別に背が低いなどを除き全員座っている状態だ（最適進学率=5%）。</p>
<p>これは日本にも当てはまる。どちらにしろ大学進学率が50%を越えるような水準で大学への資金援助・進学費用の補助などを行うことは正当化しにくいだろう（注）。</p>
<p>（注）教育が民主主義のために必要だと考えることはできるが、大学が学習を強制しない以上あまり有効な批判とは言い難いだろう。</p>
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	</channel>
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