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過剰な郊外大型店規制

追記:車利用を前提とする社会に対する反発があるようですが、私自身は車持ってません。大型店舗を規制するか否かはどちらが社会的に望ましいか計算して決めるべきことでしょう。そしてモータライゼーション自体を問題にするのは地方都市の状況を考えれば現実的とは言い難いのではないでしょうか。

東浩紀さんの言っていることは意味不明ですが本文の記述も正確ではない。

自滅する地方 崖っぷちのポモ – シートン俗物記

まぁ、地方都市問題やショッピングモールの問題は、ここでも何回か述べてきているのだけれど、単純な消費行動に絞った話じゃないし、そもそも“批判されがち”って認識がそもそも逆だろ?この20年あまりアメリカの後追いするようにショッピングモールのような郊外開発型大規模店舗が展開されてきたわけで、批判どころか多くの人たちは歓迎していたわけじゃん。

郊外大規模店舗に批判がないというのは誤りだ。中心部の商店街からは手強い(ないし敵わない)強豪相手である大型店は常に批判されてきた。

むしろ、そのような効用は本当なのか?という視点を持ち出す人は少数で、今だって「(一般)道路を造るな、延ばすな、拡げるな」とか、「ショッピングモールは地域経済を衰退させ、長期的に見れば地域民の消費行動にもマイナス」なんて意見は行政にも一般人にも受け入れられた試しが無いんだけどね。

もちろん、ショッピングモールの利用は増えており、その効用は本物だ。自動車の普及が進めば住宅が郊外に広がって、大型店の優位性は増す。ショッピングモールには価値があるからこそ、客が入るのだ。

また「ショッピングモールは地域経済を衰退させ、長期的に見れば地域民の消費行動にもマイナス」というような意見が受け入れられていないというのは間違えだ。広く薄く恩恵を受けるショッピングモールの利用者に対し、競争相手である商店街の店主は大きな影響を受ける。このような状況で少数派が結束し政治力を行使するというのはよく見られる光景だ。その結果がいわゆるまちづくり3法だ。

  • 都市計画法
  • 大店立地法
  • 中心市街地活性化法

の三つをさす。いずれも大型店舗の新規出店を抑え、中心地を活性化させるための法律である。郊外大型店の進出に伴うデメリットもある。一番の問題は自動車を保有しない交通弱者の存在と郊外への道路整備だ。但し、これについてはそもそも公共交通機関で生活できるような規模の都市は数える程しかないという問題がある。現実的に考えて、車のいらない社会を人口密度の低い場所に作るのは難しい。住宅地の拡散も規制できれば可能だろうが、広い住宅が欲しいという希望を無理やり押さえつける社会的コストは莫大だ

逆に、大型店舗の規制を行うことの弊害もある。一つは当然、大型店舗が提供する財・サービスが受けられなくなることだ。これは極めて非効率で時代遅れな中心部の商業を生きながらせてしまうことにもつながる。競争相手がいなければ中心部が効率化することもない。また中心地における交通渋滞の懸念もある。

メリット・デメリットどちらが大きいかは個別に費用便益分析をやらないと分からないが、現状でもまちづくり3法のような大型店舗を規制し中心市街地を活性化させる法律や補助金があるにも関わらず大型店舗の出店が続き、商店街が廃れていく現状を見れば、デメリットの方が大きいと考えるのが自然だろう。政治的な要因を考えても既存の小規模店舗保護に傾きがちであることは容易に想像できる。

まちづくり3法については「まちづくり3法 見直しを問う 地域の現状踏まえ選択を」に詳しい。

過剰な郊外大型店規制」への21件のフィードバック

  1. 新潟といえば、規制改革を受けてつくったトイザらス一号店がある所ですが、http://www.asahi.com/business/update/1211/TKY200912110469.html 最近こういう騒動が起こっています。商店街の持つ政治力は相当なものなようです。どういうわけか本文には商店街の意見が一切出てこないのも不思議な話です・・・

    • 商店街の意見は市のそれに反映されているのでしょう。商店街を残したいというのは分かるのですが、既得権益の隠れ蓑になるパターンのほうが多いと思います。

  2. 長文失礼します。
    卵と鶏の問題かもしれませんが、
    商店街は関係特殊資産が多い(&規模が小さい)
    →ショッピングモール・消費者による準レント剥奪(経済全体の厚生は拡大)
    →規制(厚生の拡大機会損失)
    →商店街のさらなる関係特殊資産化
    →準レントの拡大(規制によるロスを超える)
    →ショッピングモールの出店…
    というサイクルを想定しています。

    ポイントは、
    経済全体の厚生の拡大機会が規制によって妨げられること(商店街は保護)、
    ショッピングモールを止めるための規制の強さが時間とともに強くなること、
    でしょうか。

    最低限のセーフティネットが必要ですが、シャッター通りは産業の新陳代謝(参入・退出)の健全な結果と考えています。(ミクロ経済学の理解・用語に違いがありましたら申し訳ありません)

    • スパムに入っててapproveが送れました。

      関係特殊資産とは何と何との間のものについてでしょうか?準レント(quasi rent)が出てくるのは契約がある場合ですよね。

      シャッター通りが新陳代謝というのは同意です。見た目が悪いので問題にされがちですが、やるべきは現状維持ではなくそれが利用されやすいようにすることでしょうね。

  3. 昔、某雑誌の対談で、「グローバル化の負の側面の一つが『商店街』の衰退」とか言ってる人がいました…

    • そもそもどうしてそんなに「商店街」が好きな人が多いのか。さすがに時代遅れだと思う。

  4. In Thiland, the government will soon introduce the regulation for controlling Large-scale retail stores that can have more that 120 m2 floor space.
    Now, here unemplyment rate is only 1.1% and this statistical data can mean counting many small street vendors.
    Moreover, we should know one day wage is only five to seven dollars per day.
    Why they can live with such low living cost?
    I think originally items of basic human needs is inexpensive because Thai is well-endowed in the food category and depending on local-production for local-consumption. In this sistuation, Street vendors add thier very low overhead cost and the commodity prices could have been kept lower.
    Therefore, one query appeared here.
    It is whether Large stores can absorb the labour force instead of many tiny retail operators and can keep the same price level in comparison with the conventional and simple logistics.
    I think it is questonable for the time being because Thai economy is relying on Export sector accouting GDP 60% and weighing Cost competitiveness.
    Therefore, it is better that any cost shall be cheaper and we can understand the government policy. Plus, the policy of boosting employment will be also involved.
    After all, this situation is quite different from Advanced country such as Japan and US.
    But, in EU we can still see many vendors through TV sightseeing program. Whta’s the differece?
    I think Thai may continuously support the local dealers for their economic poicy. And it may be similar to EU style.
    Best Regards,
    ※自分も留学したかった。

  5. 車がないとダメというのなら、郊外でカーシェアの導入も良いかもしれないですね。全体的なコストとか釣り合うかわかりませんが、コミュニティーのサイズに合わせて融通がききやすいかもしれないです。

    ところで僕は駅前の商店街とかデパ地下とか個人的には好きなので、誰も必要ない個人的ビジネスならともかく、チェーン店ばかりになってしまうのは個性がなくなって残念だなと思うわけです。まあ個人の趣味ですから全体として社会に損失があるというのなら新陳代謝が望ましいとは思いますよ。既得権益保護云々も然り。

    でもひとつ、大型店というか巨大企業のビジネスばかりになってしまうことは、新しく参入したいと考える普通の民間人にとってはプラスなのでしょうか。なんだかんだいって、多国籍企業の思惑が国家をも動かしてしまう時代ですからね。

    そういう領域ははじめから避けるべきだといわれれば身も蓋もないですが、巨大な組織はいずれ強い権力を持つようになるわけですよね。悪い既得権益に繋がることもあるだろうし。

    なるべく人に雇われたくない人間にとっては、そういうことに関心があるわけです(笑)。

    • カーシェアは普及すると思ってます。あとは、タクシーへの補助金もありえますね。ネットワーク効果から考えて正当化できると思います。

      私も個人経営のお店とか好きですね。ただ好きになるようなお店って多分変な保護がなくてもやっているようなところばっかりな気もします。

      巨大ビジネスは悪くないと思います。参入して成功した場合の利得も増えるので、ニュートラルだと思います。

      強い権力に関しては競争政策で対応すればいいでしょう。個々の問題に特別法を作っていると一貫性がなくなります。

      雇う・雇われるってのは本来形式的なもので一緒に働くと捉えるのはどうでしょう?

  6. 子供の頃、私がまだいた頃の地元で、郊外型の大型店と商店街を融合させるのに割と成功した例がありました。
    古くからのコミュニティーが、通勤圏の拡大でベッドタウン化しつつあり、幹線道路沿いにちらほらと大型郊外店が進出し始めていた頃です。そういう中、大型郊外型スーパーの地元進出計画がもちあがり、既存のアーケード商店街から反対の声があがりました(まあ、よくあるパターンです)。

    実際には商店街は、既にひとつあった近隣の中型スーパーに客足を奪われて人通りもまばら、このままでは先もないということで後継者問題にも直面しているところも少なからずあるような状態だったので、ここで新たなスーパーの進出に反対したところで、たちまち目の前の既得権益にしがみつく以外の実際的な意味はあまりなかったと思います。

    (*まあ「おらが街」な人たちの「無機質な余所者」にたいする感情的な反発もあったのかもしれません。Rionさまコメントの「そもそもどうしてそんなに「商店街」が好きな人が多いのか」については、communitarian bias っていうのは絶対あると思います。このあたり rational actor な前提では説明できない部分ですね)。

    でまあ、話し合いがもたれる中で、商店街もどのみちこのままでは先細りだから、その大型スーパーの店舗内に商店街の店舗を組み入れて「郷土の専門店街」として再生させよう、ということで話がまとまりました。
    商店側にとっては、拡大しつつあった客層(これまで一方的に大型店に流れていた車利用の客層)を取り込むことが可能になり、大型スーパー側にとっては、地元の理解も得られcookie-cutter なイメージを脱することもできる、ということだったようです。
    車利用が便利な場所とはいえ、自転車や徒歩での利用も可能な立地条件だったので、その点でママチャリな客が不便をこうむることはなかろうと見通しが立てられたのも大きかったかもしれません。
    もともとのアーケード街はシャッター通りになりましたが、とりあえず当事者間ではこういう形でwin-winに終わったという例です。

    • 自己ツッコミですが、上記例での「古くからのコミュニティー」は、Rionさまが当エントリーで「中心部の商店街」で想定されているものとは恐らくズレがあり、全く同一の文脈で語るのは無理があったかもしれません(いや、無理があります、笑)。
      「古くからのコミュニティー」は、ドーナツの端っこで郊外大型店を迎え撃った側、「中心部の商店街」は穴が開いたドーナツの穴に相当します。

    • 面白い事例ありがとうございます。

      >話し合いがもたれる中で、商店街もどのみちこのままでは先細りだから、その大型スーパーの店舗内に商店街の店舗を組み入れて「郷土の専門店街」として再生させよう、ということで話がまとまりました。

      こういう風にwin-winの交渉が成立しやすいような法整備が必要だと思います。

      >車利用が便利な場所とはいえ、自転車や徒歩での利用も可能な立地条件だったので、その点でママチャリな客が不便をこうむることはなかろうと見通しが立てられたのも大きかったかもしれません。

      大型店にとっても出来れば便利な場所のほうがいいわけで、不動産のやり取りがしやすければこういう例も増えそうです。

  7. >一番の問題は自動車を保有しない交通弱者の存在
     これを解決したのが鹿児島のA-Zスーパーセンター。
     送迎バスで過疎地のじーさんばーさんを全て取り込んでしまっている。
     客が来るのを待つのではなく、連れてくるのである。
     発祥は、至極真っ当(かどうかは主観によるが)な市長でおなじみの阿久根市。
     ここまでやられると、配達などのサービスを売りにするしか方法が無い地域商店は、その存在価値が問われそうです。

    • > 送迎バスで過疎地のじーさんばーさんを全て取り込んでしまっている。

      ちゃんと需要があるなら、それを埋めるサービスが出てくるのは本来自然なことですね。大規模店舗だめというのではなく、バスの設置を要求するというのはいい方向性だと思います。

  8. 社会学者宮台真司氏などが言うショッピングモールの弊害は、「地域のコミュニケーションを壊すから」と言うものだったと思います。コンビニやショッピングモールが増えれば便利だが、誰とも一言も喋らずに用が足せる社会が人間にとって有益なのかはかなり怪しいと。ユルゲン・ハーバマスの言う「システム」による「生活世界」の置き換え。「システム」=ショッピングモールでは、労働者も客も入れ替え可能な存在で、「別にあなたでなくても良い」と言う環境は、コミュニケーションのベース(社会)を壊すので、社会的に非適合な存在を増やし・・。と言うお話でしたね。欧州でのスローライフ運動も同様の趣旨です。
    日本がとるべき道ってのは、分からないですね・・。地域を保全しようとすると単に既得権層を利するだけだし、かと言って、日本をアメリカ的にしても薄ら寒い物があるし・・。

    • >「地域のコミュニケーションを壊すから」

      こういう定量化できない根拠は結局のところ既得権益の保護に利用されるだけなので、言明自体は正しくとも現実の意思決定には訳に立たないと思います。

      私は、この手の大きな流れというのはそもそも政策でどうこうできるものでもすべきものだとも考えていません。技術の変化を押しとどめるのは莫大な費用がかかるので、基本的には流れにのったうえで巻き込まれて困っている人を救うぐらいのスタンスはいかがでしょうか。

      • >「地域のコミュニケーションを・・・」

        こういう概念をなるたけ主観を排して語るのは大変ですね。
        この場合あえて定量化やるなら、「地域のコミュニケーション」という概念定義をきっちりやって(そもそもこういうものの定義自体にも客観的な合意ってなかなか難しいですけど)適切なsurveyinstruments を使って潜在変数作るしかないかなぁ。あとはネットワーク分析とか。
        どっちにしてもビフォーアフターやんなきゃいけないことなども含めると異様な手間がかかりそうです・・・。

        ただ、そもそも「地域のコミュニケーションが壊れる」というよりは、(1)技術進歩とメディアの多様化(2)地理的流動性うp、で「コミュニケーションの形態や対象そのものが変化している」という感じのほうが近い気がしていて、それがよいことか悪いことかという価値判断はさておき、私もRionさまのおっしゃるようにその流れ自体は不可逆じゃないかと思うんです。
        なので、政治の場ではそういう現実を前提に具体的な政策議論が進むといいなあと(技術移行期には early adopters と late adoptersのラグとギャップはまず必ず問題になるので、そこらへんのフォローも含めて)。

        余談ですが、よくある「昔はもっと人間関係はあったかかったが現代人は冷たくて云々」的な言説って情緒に流れて事実的裏づけが弱いこともままあるので、ワ
        タシ的には聞いた瞬間まずは警戒心がむくむくと(笑)。
        でも実際マスな政治では情念(それが客観的には意味不明であっても)の持つ力は半端なく大きいので、警戒心っていうのもあながち大げさな言葉選びじゃないかもです。

      • >この場合あえて定量化やるなら、「地域のコミュニケーション」という概念定義をきっちりやって

        ちょっと現実的には不可能じゃないかと思います。最終的にその概念にマネタリーバリューを結びつけないと政策判断には使えませんし。

        >どっちにしてもビフォーアフターやんなきゃいけないことなども含めると異様な手間がかかりそうです・・・。

        しかも不可逆な変化なので実際のex ante / ex postではなくhypotheticalな話に。。。信頼度のある数字は出すのはまず無理でしょう。

        >その流れ自体は不可逆じゃないかと思うんです。

        これで実際に不利な立場の人は別の手段で救済すればいいように思います。とはいえ交通弱者とされる高齢者が一般的な意味で弱者かというと既に強い保護があるので微妙です。

        >よくある「昔はもっと人間関係はあったかかったが現代人は冷たくて云々」的な言説って情緒に流れて事実的裏づけが弱い

        これはその通りですね。「昔ながらの日本人」というのと同じで幻想に過ぎないでしょう。

        ただこれを情緒で主張するのではなく、支持を集めるためにわざとやる人も多いため一般的に信用できない言明だと思っています。

  9. 郊外に住んで郊外で働く、移動手段はクルマ。
    これが地方における典型的な生活スタイルで、大型店の方が効率が良いですからね。

    取り巻く環境を考えると、規制よりも住環境を見直す必要があるように思えます。

    中心部に住み、郊外で働くというスタイルが定着すれば中心市街地の衰退は底打ちしないでしょうか。地方だと中心部においてもホワイトカラーが働く場所は少ないですし・・・。

    交通弱者の問題も、住環境と合わせて解決する必要があると思います。日本国内でも路面電車が見直され普及が促進されると良いのですが。サンフランシスコにおける路面電車の位置づけとは、どんなものでしょうか?

    • >郊外に住んで郊外で働く、移動手段はクルマ。これが地方における典型的な生活スタイルで、大型店の方が効率が良いですからね。

      このスタイルが続くかどうかは燃料価格によるでしょうか。環境負荷は高いスタイルなので。

      >中心部に住み、郊外で働くというスタイルが定着すれば中心市街地の衰退は底打ちしないでしょうか。

      そうすると中心部に住む理由がなくなりそうです。LAのようなスプロール状態になるかもしれません。

      >交通弱者の問題も、住環境と合わせて解決する必要があると思います。

      交通弱者がいるので商業を規制するのではなく、それこそタクシー業界でも応援したほうが効率的なように思います。大規模店が送迎バスなんかを運営するための要件を下げるのもよさそうです。

      >サンフランシスコにおける路面電車の位置づけとは、どんなものでしょうか?

      サンフランシスコの公共交通はアメリカではいいほうですが、日本とは比べ物になりません。建築規制が厳しいのか用地取得が難しいのか、しょうがなくバスや電車を使っているように見えます。

      • 回答ありがとうございます。

        いろんな問題が絡み合っていて、地方都市一つ活性化させるのも難しいですね、ウルトラCは規制緩和ぐらいしか無いのでしょうか。

        やはり日本の強みは東京ですね。

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