Archive for the ‘Regular Posts’ category

薬の価格差

September 4th, 2010

何とも緩い記事が目に入ったので軽くツッコミ。

貧困と闇を生む抗生物質 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

例えばウガンダの患者がブランド薬品を買ったとすると、一日1ドル25セント未満で暮らす貧困人口が34%増加する。中所得国のインドネシアでさえ、人口の39%が新たに貧困層入りするという。

抗生物質のせいで住民が貧しくなっているかのようなタイトルだがそんなわけはない。薬品を除いた所得が減るのは薬品を買えば当然で、購入したということは購入しないよりも本人にとっていいことなはずだ。

これは、中低所得国では所得水準に対する医薬品の価格が先進国より高くなっているからだ。

あくまで「所得水準に対する」価格が高いだけで、中低所得国のほうが価格自体は安い。製薬会社は国によって価格差別を行っている。それでも中低所得国の価格が高すぎるとすれば、転売によって価格差別が不完全なためだ。

アフリカでは寄付された薬を横流しして儲ける産業が生まれており、例えばマラリアの治療薬は6.5%が政府に届かず闇市場に流れているという。

しかし、横流しを規制するなど製薬会社による価格差別が徹底されれば先進国における価格は上昇する。これを(おそらくこの記事の主な読者である)先進国の人々は支持しないがどう展開するのだろう。

多くの国の消費者にとって薬は高価すぎる。だからこそ闇で薬を買おうとするニーズがある。

問題は価格差だったはずがいつのまにか薬はどこでも高いという話になっている。闇で薬を買おうとするのは価格差があるからで、絶対水準が高いからではない。どこでも価格が同じなら闇市場自体成立しない。

偽物の薬もそうだ。薬を手に入れようと必死の患者は、安いといわれると誘惑に負けやすい。たとえそれが偽物かもしれないと思っていても。

そして最後に突如偽物の薬に話が移っているが、もはや何を言いたいのか分からない。

ソーシャルゲームの戦略

September 3rd, 2010

追記:そもそもの前提が正しくないという意見もあるようですが、自分でTVCMを見ていないので判断がつきかねます。サラ金パチスロ云々の話は着想のネタと捉えて頂ければ幸いです。メインストリーム化に伴い、自制心が低く割引率の高い層の取り組みが重要となり、ソーシャルゲームはそこに適応しているというのがポイントです。

テレビ広告を実施する企業はどんな企業かについての議論が面白かった。

Togetter – 「佐々木俊尚@sasakitoshinao氏の、ソーシャルゲーム評、ソーシャルゲームネタと、それに対するツイートまとめ」

RT @igi: サラ金(消費者金融)→パチスロ→法律事務所→ソーシャルゲームとTVCMに出稿する広告クライアントの主流は21世紀以降移り変わってきたけども、業態は違えど”これらのビジネスターゲット”が全く変わっていないことに注目すべき

テレビを使って広告を打つ企業はサラ金、パチスロ、法律事務所(債権回収など?)、ソーシャルゲームと移り変わってきたが、そのターゲットは変わっていないという指摘だ。

これはテレビという媒体がターゲットとしている層はほぼ決まっていることを考えれば自然だ。十年ぐらいでテレビの主な視聴者が変わることはない。

RT @shinjifukuhara: 20年近くテレビの前線にいますが、いくつかの視聴者クラスターが消えていることに気付きます。。でもボリュームゾーンはほぼ変わってないと思います。RT @rionaoki: 先程からテレビ広告のターゲットに関するツイートがRTされていますよね。

これについてはテレビ局で働く人の発言からも裏付けられている。消えたクラスターは今は主にインターネットでニュースなどをチェックし、娯楽番組ではなくYouTubeやニコニコ動画を楽しむような層だろう

テレビでの広告は非常に高くつくので、サラ金・パチスロ・法律事務所・ソーシャルゲームといった業界はテレビでしかリーチできない集団を相手にしていると考えていいだろう。但しテレビの主な視聴者がその集団であるとい考えるのは早計だ。例えこういった広告がターゲットとしている人が視聴者の少数派であっても、他の手段でリーチできず、かつ大きく利益に貢献すればよい。

では、過去にテレビ広告に出稿していたサラ金・パチスロ・法律事務所に共通する顧客はどのような人々だろうか。ギャンブルに興じ、借金を重ねてしまうという人間像が浮かび上がる。自制心が弱く、割引率の高いグループだ。ソーシャルゲームはこういった消費者相手の商売と考えると実によく出来ていることが分かる:

  • 基本ただ:最初は課金せず、どんどん特典を用意する。今後、ゲーム内アイテムを後払いで購入可能にしたり、一ヶ月以内にキャンセルしなかった場合だけ費用が発生するといった課金方法が登場するだろう(もうしてるかもしれないが)。
  • 育成系:どれだけ自分がハマるかを予想できない。ソーシャルゲームのほとんどはだんだん面白くなっていく育成系だ。これは旧来のネットゲームとも共通する。
  • 招待制度:ソーシャルゲームは、友達を招待させることで拡散する。自制心が弱い人は、自分が友達を招待すると、それが原因で辞めることもできなくなる(ピアプレッシャー)。これもネットゲームと同じだ。マルチ商法じみた招待制度も登場するかもしれない。
  • 仮想通貨:Facebookなどでは既にプラットフォーム独自の仮想通貨がつくられている。これはゲーム内で通貨を稼ぎ、他のサービス・物品の購入に当てることができることを意味する。パチンコの景品交換所に近い仕組みを創りだすことが可能だろう。

プラットフォームはソーシャルゲームをさらに流行らせるため、共通仮想通貨制度の普及、課金システムの改善を行う必要がある。例えば、仮想通貨制度に加わりクレジットカードなどの決済手段とリンクさせると一定の金額をプレゼントしたり、残高がマイナスの場合にはプラットフォーム自体のアカウントを停止するといったことが考えられる。

アマゾンのソーシャル化

September 2nd, 2010

Appleが音楽SNSであるPingを発表した裏で、アマゾンが著者のためのページを提供するとのこと。

アマゾン、著者自らが最新情報を掲載できる「著者ページ」

著者ページから動画コメントなど近況の更新が可能なようだ。普段ソーシャルネットワークを使っていればこれが何かに似ているのは直ぐ分かるだろう。

Facebookのファンページだ。上のスクリーンショットはLady Gagaのページだが、このように有名人やブランドなどがまるで個人であるかのようにファンページから情報を発信している。個々のユーザーは上にある「いいね!」ボタンで支持を表明したり、掲示板に書き込んだりすることが可能だ。

おそらくAmazonが著者ページを作る理由は書籍の世界でこのようなネットワークを構築するためだろう。Amazonには既に熱心にリストを公開したり、レビューを投稿したりするユーザー大量に存在している。著者をこのシステムに加えることにより、Amazonのプラットフォーム(Amazonは読者と著者を結びつける場だ)としての価値を高めることができ、またAmazonで実際に購入しなくてもユーザーに関する情報を収集することも可能となる

将来的にはユーザーに自分のページで読んだ本を公開させたり、推薦させあったりするようなフルフレッジドなニッチ向けソーシャルネットワークになっていくだろう。本を熱心に読み、わざわざ感想を公開するような人はFacebookを常時利用する層とは異なるため効果的な作戦だ。もちろん書籍のソーシャルネットワークだけで足りる人はいないだろうから、Facebookを含め既存のプラットフォームと相互に連携する仕組みを立ち上げるだろう。

IDをめぐる争い

August 31st, 2010

最近、Skype、Google Voice / Phoneといったインターネットを使った通話に関する話題が(十年ぶりぐらいに)盛り上がっている(Cisco、Skype買収に名乗りか)。この背景にあるのはユーザーのIDをめぐる熾烈な競争だ。

電話番号は死んでいる、気付いていないだけだ

電話番号は長年、個人のIDとして機能してきた。ある人にコンタクトできるということは直通の電話番号を知っていることである。携帯電話は、その属人性と統合されたコンタクトリストによって固定電話を主たるIDの地位から追い落とした

AT&T、Verizon、Apple、Googleらがこの夏一杯を費して、世界征服の計画を模索している一方で、われらが愛しいキャリアーたちに決定打を与える絶好の位置にいるのは、Facebookのようだ。始めにまずあの電話番号から。

ここではFacebookが電話番号の地位を脅かすという予想が行われている。確かに、Facebookは個人と個人とをつなぐシステムとして動作しており、ダイレクトメッセージ機能はほとんどメール代わりに使われている。チャット機能もあり、電話機能を実装する日も近いだろう。

しかし、Facebookが(携帯の電話番号にかわる)主たるIDとなるかについては大きな疑問がある。その理由は上の記事においてFacebookが推されている根拠を見れば分かる:

  1. 制御不能 誰でもその10桁をダイヤルできる。別れた彼女も、選挙運動員も、押し売りも。番号非掲載、ナンバーディスプレー、着信拒否リスト等々でこの問題を解決しようとしたが、いずれの方法も望まれない電話を防いでくれない。
  2. 電話番号は人ではなく電話機と繋がっている。誰もが複数の番号を持ち、家の電話は共用なので、かける側は接触する方法を推量するはめになる。
  3. ユーザー体験が非常に限定される。電話は、番号をダイヤルして、会話をするための道具として設計された。誕生以来未だにそうなっている。それ以外の体験には適していない。留守電や三者通話が面倒なのも、フライト状況を調べると歯の神経を抜くよりひどい目にあうのはこのためだ。

まず、制御機能の有無だが、電話が望まれない電話を完全に防がないのは技術的に不可能だからではなく、それが不都合だからだ。Facebook式にしたいのであれば最初の通話は取らずメッセージを聞いて知ってる人ならアドレス帳に追加、知らなければブロックすればよい。それでは不便すぎるだろう(コールドコールだって有益なことはある)。

電話番号が人ではなく電話機につながっているのは確かだ。固定電話はある番号がある人につながるわけではないので携帯電話に大きく劣った。しかし一つの人間が複数のIDを持つことには大きな不都合がないばかりか、必要なことでもある。仕事とプライベートを分離はもちろん、さまざまな用途でIDを使い分けたいということは多い。

最後のユーザー体験は何をいっているのか良く分からないが、携帯電話の機能・ソフトウェアの問題だろう。

逆に当分の間電話番号が主なIDとして使われ続けると信じる根拠も多くある。若年層においてはSMSの利用が相変わらず盛んなことはその一つだ。SMSでは電話番号がIDとなっている。またスマートフォンが普及しそこでFacebookを含め多くのサービスが利用できることがこのような議論の前提であるが、スマートフォンにはデフォルトで電話番号というIDがついている。携帯端末で誰もがFacebookにログインしてコミュニケーションをとる未来よりも、Facebookは一つのIDとして利用し(Facebookには一人一つしかIDがない!)重要な相手は電話番号をキープするという未来のほうが想像しやすい。

死刑の是非

August 31st, 2010

最近死刑に関する議論を目にした。死刑、すなわち一定の犯罪に対して罪人の生命を奪う刑罰が存在するメリットはなんだろうか。以下の三つぐらいしか思いつかない。

  1. 一種の仕返しによる被害者の喜び(追記:直接の被害者死亡している場合が多いが、ここでは遺族など間接的な「被害者」を含める)
  2. 再犯の防止
  3. 死刑が適用される犯罪を行うことの利得低下に伴なう抑止効果

まず1だが、仕返しが刑罰の正当な根拠にならないだろう。

  • 加害者を殺害しても被害が回復するわけではない。
  • 加害者の殺害自体に喜びを感じる人がいるとしても誰もがそうではない。
  • 一般的に仕返しは道徳的に正当な行為とみなされてはいない。
  • 加害者の殺害が仕返しとして最も有効とは言えない(拷問でもしたほうが苦痛ではないか)。
  • 刑法の他の部分が仕返しを目的としてできているようには思われない。
  • 被害者の効用を高めることが目的なら金銭補償なども可能。

2は矯正の見込みのない犯罪者を社会から隔離する機能だ。これは(パロールなしの)無期懲役で代替可能だ。

3の抑止効果については(サンプルがないので)測定が難しいが、多くの研究ではほとんど存在しないと結論づけられているようだ。犯罪者にとって死刑と無期懲役の違いが何かを考えれば自然な結論だろう。死刑の有無よりも刑務所での生活の質が犯罪率により大きな影響を与えているという研究もある。抑止効果を考えるなら刑務所の待遇を下げればよいわけだ。

よって1を考えなければ死刑と無期懲役の2,3に関する効果にはあまり差がないことが分かる。無期懲役が死刑と異なるのは次の二点だろう。

  • 刑務所で受刑者を養う費用がかかる。
  • 冤罪の場合に補償の余地がある。

現実の死刑制度においては死刑の執行の方が費用がかかるなんて話もあるようだがとりあえず死刑だと費用が最小限で済むとする。するとトレードオフはお金と冤罪の危険性となる。普通の人が生きていくのに苦労するような国であれば税金で受刑者を一生養う費用はバカにならないだろう。しかし、日本のように豊かな国であれば冤罪で無罪の人を殺害してしまう(ないし殺されてしまう)危険性を重要視するのが自然に思えるがどうだろう(費用が掛かり過ぎるなら待遇を下げればよく、抑止効果も増す)。