先日、Slashdotが世界知的所有権機関(WIPO)の方針転換を取り上げていた:
Slashdot Your Rights Online Story | WIPO Committee Presentations Show Nuanced View of Copyright
Most surprising is the presentation of WIPO Chief Economist (PDF) Carsten Fink, which says that illegal copies of software may actually be beneficial even for consumers of the original goods.
WIPOは著作権の厳格な適応を求めてきたが、今回その基本姿勢に変化が見られた。そこで特に注目されたのが上の一節だ。ソフトウェアの違法コピーは著作権所有者にとっても利益になりうると言う。
その理由はネットワーク効果だ。多くのソフトウェアの利便性はユーザー数が増えるにつれ上昇する。もし、違法コピーをするユーザーと正規に購入するユーザーが完全に分かれているのであれば前者を取り締まる必要は全くない。全員にコピーをさせたうえで、正規ユーザーに対する価格を上げればよい。ユーザーが増えたためより多くの支払いをする。
もちろんこの作戦は正規ユーザーが違法コピーに手を染めてしまえば上手くいかない。ここで重要となるのが著作権侵害は基本的に著作権保持者が訴えない限り問題にならないということだ。企業は異なるグループに対して訴訟態度を好きなように設定するができる。例えば、支払意志額の小さな個人ユーザーは訴えず、支払意志額の大きな法人ユーザーは訴えるというルールにコミットできれば、法人ユーザーに対する違法コピーの価値を大幅に下げることができるということだ。そうすれば、個人ユーザーにだけ違法コピーを許した上で、法人ユーザーからはネットワーク効果による恩恵を回収することができる。一種の第二種価格差別だ。これは個人・法人以外に区分けでも利用できる。支払意志額の小さな途上国では違法コピーを見過ごすこともできる。
この価格戦略はオープンソース、例えばLinuxの普及にとって最大の障壁と言っても過言ではない。何故Linuxは価格がゼロであるにも関わらずWindowsのシェアを奪うことができないのか。
あるユーザーがWindowsからLinuxに乗り換えるためにはLinuxの利用に伴う便益から費用を引いた純余剰がWindowsのそれよりも大きい必要がある。Windowsにはそれなりの価格がついているのである程度のユーザーがLinuxを考慮するはずであるが、現実にはうまくいかない。その理由の一つはWindowsの利用による便益が小さいグループ(これには単に所得が低い場合も含む)にとってのWindowsの実質価格がゼロなことだろう。MicrosoftはLinuxなど競合製品への乗り換えをしそうな集団に対して訴訟をおこなさないことを明確することで実質価格をゼロにすることができる。同じことはOfficeなど他の製品についても言えるだろう。例えばコンピュータを自作するユーザーはもっともオープンソースへ切り替える可能性が高いグループの一つだ。Microsoftは彼らに対し非常に割安なOEM版Windowsを販売しているし、仮に同社製品の違法コピーを行っても訴えることはしない。コピー防止技術の搭載も価格差別に使える。比較的支払意志額の小さく、オープンソースへ移る可能性の高い若年層の方がコピー防止技術を回避しやすい。
この戦略は著作権侵害の摘発が無差別的であれば使えない。これがソフトウェア企業が違法コピー反対を謳いながら、実際にその厳密な執行を求めない理由である。もしあらゆるソフトウェアの違法コピーが告発されるのであれば相当数のユーザーがオープンソースに転向するだろう。
但しここでの議論はこのような戦略が有効だとしてそれが有効でない場合とくらべて社会的にどちらが望ましいかについては言及していないことには注意されたい。