Googleのプラットフォーム戦略

Googleのオープン・ソース戦略について以前書いたこと(オープンソースは裏切れない)と同じ論旨のエントリーがTechcrunchにあった:

Googleの「オープン・ソース万歳」はけっこうだが、いいとこ取りなのは否めない

Googleがオープンなのは自社にとって都合がよいときだけだ。Googleが検索アルゴリズムや広告システムのソースコードやデータを公開することなどあるまい。こうした分野の秘密こそがGoogleに巨大な収益をもたらすカギだからだ。

その通りだ。Googleは利益を出すことを目的とする営利上場企業であるし、そもそも利益を出さなければ事業は維持できない(参考:非営利と営利との違い)。これについては前にこう書いた:

Googleは無料であること・オープンであることが重要・必要な場合にはオープンソースを使い、コアなビジネスはプロプライエタリにすることで利益を上げているのだ。

Googleの行っているビジネスはプラットフォームビジネスだ。プラットフォームをコントロールし利益をあげるためには、そのプラットフォームが大きくなくてはいけない。MicrosoftがWindows向けのアプリケーション開発を促進したり、Intelがx86上のシステムや関連コンポーネントを歓迎するのと同じことだ。

OSや携帯やブラウザや本や、その他あらゆる事業分野がオープン化し、無料化してもGoogleには失うものは何もない―検索と広告で収益が上がる限りは。

これは半分正しく、半分間違っている。Googleは携帯・ブラウザ・本をオープン化・無料化することでそこから得られるはずの利益を失っている。Google全体としてはオープン化・無料化した上で検索・広告で収益をあげたほうが最終的に利益が多いというだけだ。

マニフェストの中でプロダクト・マネジメント担当副社長のJonathan Rosenbergは「オープンシステムは常に勝利する」と雄弁に説き、Google社員に対して製品をデザインする際にはオープンさを重視するよう求めている。

それがGoogleが社員に対してオープン化を推奨している理由だ。ここのソフトウェアを開発する部署にとってはオープン化は利益を生まない。無料である限りそれはコストセンターだ。プラットフォーム上で動くアプリケーションから稼ごうという誘惑は常に存在する。そこで重要となるのがオープンソースだ。オープンソースは遡及的なプロプライエタリ化を著作権法により防ぐ。誘惑に乗らないことに法律を使ってコミットするのだ。以前のポストを引用すれば次の通りだ。

サービスやAPIはいつでも引っ込めることができるがオープンソースのソフトウェアを引っ込めることはできない。企業はソフトウェアをオープンソースで公開することにより、それが永遠に公開されつづけることにコミットできるのだ。

これにより、Googleは自分たちが生み出した携帯プラットフォームを後で囲い込んで課金するのではという懸念やそのプラットフォーム自体が提供されなくなるのではという不安を効果的に払拭できる

これはIntelがArchitecture Labでとった戦略と同じだ。IntelはArchitecture Labでの研究の多くを公開・オープン化し、自社内の他の事業部を贔屓しない政策をとった。これによりx86上での開発に参加する企業は安心して活動できた。

デジタル化した市場では企業の成功がネットワーク経済・プラットフォーム市場といった性質の理解に大きく左右される。製品そのものの質よりもそれをどう販売・運用するかが成功の鍵となるのは皮肉なことだ。

Sun-Oracle合併

まだ欧州委員会からのプレスリリースは出ていないが一応紹介:

CBC News – Technology & Science – EU objects to Sun-Oracle deal

オラクルによるサン・マイクロシステムズの買収提案は今年の四月に発表され、七月には株主の承認がおりている。八月には米司法省の許可もおりているし、つい先日にはその司法省から欧州委員会に向けて、合併が反競争的でない旨の発表までなされている。

European antitrust regulators have formally objected to Oracle Corp.’s $7.4-billion US takeover of Sun Microsystems Inc., citing concerns that the takeover could hurt competition in the database market.

問題となっているのはサンが昨年買収したMySQLの存在だ。言うまでもなくオラクルはデータベースを中心としたソフトウェア企業でその規模はマイクロソフトに次ぐ世界二位だ。

欧州委員会が合併に反対した詳細な理由がないと何とも言えないが、この合併反対はかなり不思議な気がする。合併においては、合併前の企業同士が同じ市場で争っているかが主な争点となるが、OracleとMySQLは対象となる企業の規模がまったく異なる。またデータベース業界にはIBM, Microsoft, Sybaseなど競争相手も多く、合併によって価格を上昇させることはできないだろう。またMySQLはGPLで公開されており、第三者がフォークすることもできる。

一つ考えられるのはオラクルの過去の買収歴を懸念していることだ。オラクルは企業買収を成長戦略の柱としている。有名なPeopleSoftの買収に加え昨年はBEAを買収、データベース以外でもCRMのSiebelなど毎年多くの関連企業を買収している。個々の買収が反競争的でなくても、生産性の向上が示せないような買収を続けることに反対しているのかもしれない(実際PeopleSoftの社員の大多数は既に離職している)。

しかし、競争当局が不明瞭な方針をもっているのは企業に不確実性を与える点で望ましくない:

The uncertainty caused by the EU probe is costing Sun $100 million US a month, Oracle CEO Larry Ellison has said. When Sun released its first-quarter results last week, it revealed a revenue decline of 25 per cent, as competitors IBM and HP, among others, benefited from customer unease over Sun’s future.

合併承認に時間がかかることは社会的な損失を生む。

ちなみに、以下の一節は誤りなので指摘しておく:

Oracle is the market leader in proprietary database software — the kind that is protected by copyright.

GPLもまた著作権によって保護されている。単に変わったライセンスを持っているだけだ。

オープンソース最大の敵

先日、Slashdotが世界知的所有権機関(WIPO)の方針転換を取り上げていた:

Slashdot Your Rights Online Story | WIPO Committee Presentations Show Nuanced View of Copyright

Most surprising is the presentation of WIPO Chief Economist (PDF) Carsten Fink, which says that illegal copies of software may actually be beneficial even for consumers of the original goods.

WIPOは著作権の厳格な適応を求めてきたが、今回その基本姿勢に変化が見られた。そこで特に注目されたのが上の一節だ。ソフトウェアの違法コピーは著作権所有者にとっても利益になりうると言う。

その理由はネットワーク効果だ。多くのソフトウェアの利便性はユーザー数が増えるにつれ上昇する。もし、違法コピーをするユーザーと正規に購入するユーザーが完全に分かれているのであれば前者を取り締まる必要は全くない。全員にコピーをさせたうえで、正規ユーザーに対する価格を上げればよい。ユーザーが増えたためより多くの支払いをする。

もちろんこの作戦は正規ユーザーが違法コピーに手を染めてしまえば上手くいかない。ここで重要となるのが著作権侵害は基本的に著作権保持者が訴えない限り問題にならないということだ。企業は異なるグループに対して訴訟態度を好きなように設定するができる。例えば、支払意志額の小さな個人ユーザーは訴えず、支払意志額の大きな法人ユーザーは訴えるというルールにコミットできれば、法人ユーザーに対する違法コピーの価値を大幅に下げることができるということだ。そうすれば、個人ユーザーにだけ違法コピーを許した上で、法人ユーザーからはネットワーク効果による恩恵を回収することができる。一種の第二種価格差別だ。これは個人・法人以外に区分けでも利用できる。支払意志額の小さな途上国では違法コピーを見過ごすこともできる。

この価格戦略はオープンソース、例えばLinuxの普及にとって最大の障壁と言っても過言ではない。何故Linuxは価格がゼロであるにも関わらずWindowsのシェアを奪うことができないのか。

あるユーザーがWindowsからLinuxに乗り換えるためにはLinuxの利用に伴う便益から費用を引いた純余剰がWindowsのそれよりも大きい必要がある。Windowsにはそれなりの価格がついているのである程度のユーザーがLinuxを考慮するはずであるが、現実にはうまくいかない。その理由の一つはWindowsの利用による便益が小さいグループ(これには単に所得が低い場合も含む)にとってのWindowsの実質価格がゼロなことだろう。MicrosoftはLinuxなど競合製品への乗り換えをしそうな集団に対して訴訟をおこなさないことを明確することで実質価格をゼロにすることができる。同じことはOfficeなど他の製品についても言えるだろう。例えばコンピュータを自作するユーザーはもっともオープンソースへ切り替える可能性が高いグループの一つだ。Microsoftは彼らに対し非常に割安なOEM版Windowsを販売しているし、仮に同社製品の違法コピーを行っても訴えることはしない。コピー防止技術の搭載も価格差別に使える。比較的支払意志額の小さく、オープンソースへ移る可能性の高い若年層の方がコピー防止技術を回避しやすい。

この戦略は著作権侵害の摘発が無差別的であれば使えない。これがソフトウェア企業が違法コピー反対を謳いながら、実際にその厳密な執行を求めない理由である。もしあらゆるソフトウェアの違法コピーが告発されるのであれば相当数のユーザーがオープンソースに転向するだろう

但しここでの議論はこのような戦略が有効だとしてそれが有効でない場合とくらべて社会的にどちらが望ましいかについては言及していないことには注意されたい。

CentMail

スパム対策の一つとして定期的に話題になるメールへ課金制度がまた一つ:

Will Users Donate a Penny Per Email to Fight Spam, Yahoo Wonders | Epicenter | Wired.com

The idea behind CentMail is that paying to send e-mail — even a single cent — differentiates a real e-mail from spam blasts, and thus, spam filters can be adjusted to let the stamped mail sail right through, according to a report from New Scientist.

仕組みとしては、メールを送る際に1¢の寄付を行い、寄付がなされたメールをホワイトリストするというもの。同様の仕組みは何度も提案されているが、今回は支払いが寄付に向かうという点が新しいようだ。

スパムの問題はそれほど複雑ではない。ダイレクトメール同様、広告にかかる費用が少ない。また他の重要な情報と混ざっているため、ユーザーがそれを選別する必要がありその時点で広告の目的は達成されてしまう。そして選別のための費用は広告主によって負担されない。しかもダイレクトメールと比べるとスパムは圧倒的に低コストである。これはスパムの量が膨大になるだけでなく、その平均的な質が非常に低いことを意味する。

スパム対策が難しいのはあるメールがスパムかどうかが分からないことだ。そのため対策の要は如何にして選別を行うかということになる。

一つには技術的解決法がある。これはベイズ統計を使ったスパムフィルターなどが該当する。スパムの目的は広告であるため、文章から広告がどうかを判断する。

それに対して今回のCentMailは経済的なインセンティブを用いてスパムか否かを送り主自身に表明させる。スパムと正当なメールとの違いは内容だけではない。一通のスパムの価値は極めて低く、有効であるために大量に送信する必要がある。CentMailはこの違いを利用する。一通1¢は普通のユーザーにとっては微々たる金額だが、スパム業者にとっては大きな額である。しかし強制的にメール送信に課金することはできないため、自主的に費用を払ってもらうスキームが必要となる。仮に業者が費用を払ったとしても、スパムの総数は減るしその質は上昇するわけだ。この方式を取る場合のキーは二つだ:

  1. 自主的な参加の促進
  2. 急速な普及

一点目は自明だ。正当な送信者がこのシステムを利用しない限り何も始まらない。初期段階においてスパム防止効果は限定的であり、支払いそれ自体に価値があることが望ましい。CentMailのポイントは支払いを寄付という形にすることでこの問題に対処していることである。

しかしもっとも難しいのは二点目である。一点目とも重なるが、このシステムは多くの正当なユーザーが参加していない限り有効に働かない。極端な話、ユーザーが一人であればメーラーの作成者はそれに対応する理由がないし、それ故に他のユーザーも参加する理由がない。当然スパムは以前通りにメールボックスに届くことになる。このシステムが動くためには、多くのユーザーに参加してもらうと同時にISP・メーラーなどの対応を迅速に行う必要がある。後者の課題については、

  • GMail, Yahoo! Mail, Hotmailなどのような単独で大きなシェアを持つ企業と提携するないし、彼らが始める(CentMailはYahoo!)。
  • オープンソースのソフトウェアに当該機能をコミットする(寄付が開発プロジェクトに向かうという趣旨であれば十分に現実的だと思われる)。

などが考えられる。ISPレベルでのフィルタリングも考えられるがネット中立性との兼ね合い上難しいかもしれない。

鶏が先か卵が先か

Chicken & Eggという問題はネットワーク効果の強い市場では非常に重要である。とくに双方向性市場(two-sided market)では顕著だ。例えばアマゾンがそうだ。本を買う顧客がいなければ出版社は商品を卸さない。

以下のエントリーで起業家でベンチャーキャピタリストであるChris DixonがChicken & Egg問題への対策を挙げている。

cdixon.org / Six strategies for overcoming “chicken and egg” problems

彼の提案は六つだ:

  1. Signal long-term commitment to platform success and competitive pricing.
  2. Use backwards and sideways compatibility to benefit from existing complements.
  3. Exploit irregular network topologies.
  4. Influence the firms that produce vital complements.
  5. Provide standalone value for the base product.
  6. Integrate vertically into critical complements when supply is not certain.

一つ目は人々の期待を変えるものだ。アマゾンの例でいえば出版社が商品を卸すのに必要なのは顧客が来るだろうという期待だ。別に卸す時点で客がいる必要はない。コミットメントデバイスとしてGoogleのオープンソースソフトウェアが挙げられている。より適切な例としてはIntelのIntel Architecture Labが挙げられるだろう。Intelはx86という自社が実質支配するプラットフォームに関連する投資を行った。IntelがIALにおいて如何にコミットメントの問題にを注意していたかはPlatform Owner Entry and Innovation in Complementary Markets: Evidence from Intelに詳しい。

二つ目は互換性を持たせることで既存のネットワーク効果を利用するというものだ。個の場合もコミットメントが問題になる。MicrosoftがMac互換のOfficeを提供する際、それがいつまで維持されるかはユーザーにとって重要だ。Silverlightも同様だ。この戦略はEmbrace, extend and extinguishと呼ばれる。しかし必ずしもうまくいくとは限らない。OS/2の例もある。この戦略がどのような場合にどうやって成功するかも興味深い。

三つ目はとくに興味深い。一部のグループに的を絞ることで既存のネットワークを打ち破るというものだ。ここでは大学生が多いfacebookがどうやってFriendsterを追い抜いたかが例として挙げられている。いかに特定のグループを発見するかが鍵となる。

四つ目はプラットフォームの問題だ。不可欠なコンポーネントを持っている企業を味方につければ確かに競争には勝てるだろう。しかし、それを提携相手の企業はそれを知っているのでそれなりの見返りがなければ協力しないため、最終的に利益になるかは微妙だ。Sony / PhilipsのCDが事例として挙げらているが、この場合最も重要な点は交渉のやりかただろう。複数いる提携相手に別々に交渉していくことで「見返り」を減らすことができる。

五つ目は見落とされがちだが、要するにネットワーク性を減らしてしまうということだ。ユーザーがリスク回避的であれば有効だ。

最後の六つ目もやはりコミットメントが問題になる。AppleはMac OSX上で多くのアプリケーションを持っているがこのことは外部のデベロッパーにとっては大きな脅威となる。