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デジタル化契約

講談社が著者に不利な契約書を送りつけていることに対する批判記事だ。

池田信夫 blog : 講談社の「デジタル的利用許諾契約書」について

批判の内容は次のようなものだ。

  1. 出版社がデジタル化を独占する
  2. 15%の印税率が低すぎる

問題だらけの指摘ではあるが、まず第一に、これらの批判が全て正当だとしてもそれは講談社への批判にならない。契約書を送りつけているだけで契約は成立はしないので、もし著者に一方的に不利な契約を提示しているなら損するのは講談社だ。デジタル化について事前に契約で定めていなかった出版社は弱い立場にいる。

詐欺のように不利な契約を騙して結ばせるということはありえる。しかし、講談社のような企業が法的に問題のある行為に及ぶとは思えないし、出版社と著者とは長期的な関係にあるので一度限りの裏切りは出版社の利益にならない。将来の出版を考慮して一見不利なデジタル化契約を結ぶことはあるだろうが、それはパッケージとしてみて不利な契約を押し付けられているとは言えない。

出版社と著者との力関係で押し付けられるという意見もあるかもしれないが、講談社が出版市場を独占しているという話も、他の出版社に行こうとしたら既に講談社の手が廻っていて門前払いなんて話も聞かない。講談社の提示した条件が気に入らないなら他の出版社を当たるだけのことだろう。

他の出版社から電子出版したいという話があっても、著者は出すことができない。

個々の指摘についても当たっていない。まず、出版社がデジタル化を占有することは極めて合理的なことだ。出版社は印刷屋ではないので、本のプロモーションを行う。紙媒体のプロモーションは電子書籍の売上にもプラスであるため、紙媒体と電子書籍とで主体が異なれば望ましい水準でのプロモーションは行われない。これは著者にとって望ましくない。歌手とレコードレーベルとの契約が通常独占になっているのと同じ理由だ。

講談社は、この本を電子出版すると約束していないので、彼らが出さないかぎりどこの電子書店でも売れない。

売れば儲かる本を出版しない理由はないのでこの指摘もおかしい。但し、特許などであるように、競合製品の売上を伸ばすために他の商品を抱え込んで売らないという可能性はある。この辺は通常契約の期限や出版しない場合には権利を戻すといった規約で対応するだろう。件の契約書は一部しか引用していないのでどうなっているのかは分からない。

印刷・製本などの工程がなく間接費の小さい電子書籍で、このように低い印税率を設定するのは異常である。

15%の印税が低すぎるかどうかは出版社の方の話を読んで頂きたいところだが、著者にとって印税率がいくつであるべきかは出版社が何をしてくれるかによるとしかいいようがない。サービスに対して印税率が低すぎるという話であれば分かるが、電子書籍では印刷・製本がいらないから安くしろというのは乱暴だろう。

15%という印税率は(当社以外の)日本のほとんどの電子出版社で同一であり、カルテルを組んでいる疑いがある。

15%という横並びな印税率にカルテルの疑いがあるとのことだが、市場での価格が一定なのは完全競争でも同じだ。これだけでは何ともいえない。

このように元記事での批判はあたっていない。にも関わらず講談社の契約を批判するのは、本当は競争相手として講談社の取り組みを脅威に感じているからだろう。もし講談社のオファーが馬鹿げたものならおかしな点を指摘するより自滅を待つのが得策であるはずだ。

ISPでの個人情報収集の是非

総務省がISPレベルでの情報収集・広告配信を容認したというニュースが話題になっているが、どうも批判のポイントがずれているような気がする。

“web(画面)上の契約約款なんてみんな読まずに同意する”ことを前提にしちゃったら、「個人情報の収集・利用のオプトイン同意」ってどう取ればいいの?

企業法務マンサバイバルさんのこの記事が非常に分かりやすい整理になっている:

DPI(ディープ・パケット・インスペクション)による個人情報収集・利用の基本的な法的論点について網羅的に検討・言及され、同意がなければ違法であることも断言されています。

まず当然ながら個人情報収集に同意が必要であるということが確認されている。

作業部会に参加した一人は「総務省の事務方は積極的だったが、参加者の間では慎重論がかなり強かった。ただ、『利用者の合意があれば良いのでは』という意見に反対する法的根拠が見つからなかった」と話している。

では合意がある場合はどうか。朝日新聞の記事の最後には、総務省としては合意がある場合でも認めない法的根拠がないという話が紹介されている。総務省は行政府なのだから、例えこの個別案件について認めないことが望ましいとしても、根拠がなければ認めるというのは妥当だろう。法律のバックアップなしに勝手に規制を作り出してしまうのでは困る

web(画面)上の契約約款だとどうせ読まないから同意したとは認めないが、紙の契約書だったらちゃんと読むだろうからOKっていうのはもうやめませんか。

この指摘はもっともだ。当事者が同意した契約を尊重するのは円滑な経済行動に必須の条件だ。ウェブ上ならダメ、紙ならオーケーというような曖昧な規定は必要のない不確実性を与える。

しかし、ISPレベルでの情報収集に大きな問題があるのは事実だ。きちんと法的根拠を準備するという前提ではDPIを規制する理由が多々ある。まず、現実問題としてISPの契約約款を全部読んで理解するというのは社会的費用が大きすぎる。契約に際しての費用を減らすために契約内容をある程度標準化するべきだ。

また、ISPの契約が世帯単位であることを考えれば、利用者と合意がとれたと考えるのも難しい。もし多くの消費者にとってメリットがないのであればDPIはオプトインないし専用プランとするのが妥当だろう。契約の自由を大きく妨げるものではないし、DPIのメリットを享受できない消費者は標準的プランを利用すればいいだけだ。

DPIのないプランの提供を義務付けることも検討すべきだ。自由契約は当事者が得をするという意味で望ましいが、それが最適であるとは限らない。地方などでISPの競争がほとんど存在しない場合、ISPがDPIを実質的に押し付けることができる。独占・寡占状態に関しては競争政策で対応するのが筋だろうが、インフラ産業≒自然独占であるため競争を促すよりも規制で対応すべき状況も多い。

DPIの導入を検討している大手プロバイダー、NECビッグローブの飯塚久夫社長は「個人の特定につながらないよう、集めた情報はいつまでも保存せず、一定期間が過ぎたら捨てる。(プライバシーの侵害目的だと)誤解されたら全部アウト。業界で自主規制が必要だ」と話す。

消費者がプライバシーを重視すればISPが自主規制するインセンティブを持つが、自主規制ではそれが実際にエンフォースされているかの確認をするのが難しいので行政が関与する余地はある

その延長線上には、DPI自体を規制することも含まれる。DPIを歓迎するユーザーが少なければそれを利用するISPもなくなるわけで包括的に規制することも正当化できる。規制の是非についてはアンケートなどを通じて調べることもできるし、とりあえず諸外国の反応を見てから考えてもいい。

一方、新潟大の鈴木正朝教授(情報法)は「DPIは平たく言えば盗聴器。大手の業者には総務省の目が届いても、無数にある小規模業者の監視は難しい。利用者が他人に知られたくない情報が勝手に読み取られ、転売されるかもしれない。業者がうそをつくことを前提にした制度設計が必要だ」と話す。

小規模事業者の監視が難しいというのはその通りだ。流出した情報は取り戻せないし、補償を行う原資もないだろう。

また、逆に大手業者については総務省の目が届くというのは恐ろしいことだ。アメリカでAT&Tが盗聴に協力したのはそれほど昔のことではない。個人の詳細なアクセス情報が大企業に集まるということは政府による干渉を容易にする。個人的にはこちらの方が商用利用よりも大きな脅威のように思われる。

総務省の対応は仕方ないだろうが、早急な対応が望まれる。

競業避止特約の効果

競業避止特約(covenant not to compete; CNC)が企業および従業員の人的投資に与える影響について:

The Harvard Law School Forum on Corporate Governance and Financial Regulation » Noncompetition Agreements

For most firms, the human capital of their employees is a core asset, but it is one over which they cannot exercise full ownership.

企業にとって従業員の人的資本は極めて重要な資産だが、(奴隷制がない以上)完全にはコントロールできない。

このことは、企業が従業員に対して人的な投資を行うインセンティブを低下させる。何故なら、投資を受けた従業員の市場価値が上昇して他の会社に移るかもしれないからだ。

競業避止特約は従業員の移転を防ぐことで、企業の投資インセンティブを回復する。しかし同時に、他の会社へ移ることができない従業員の自己への投資を減らす。

リンク先で紹介されている研究では、時代・州によって異なる競業避止特約の執行レベルの違いを利用して、競業避止特約が従業員への人的投資に与える影響を分析している。

We show that increased enforceability leads to fewer executive within-industry transfers, lower and more salary-based compensation, reduced post-transfer compensation, lower R&D spending and reduced capital expenditures per employee.

結果は概ね上のストーリーと整合する。競業避止特約は従業員の移動を困難にし、企業による人的投資を促すという当初の目的を達成する。その一方で、従業員本人による人的投資を妨げてしまう。

We find no evidence that the enforceability regime affects either firm market to book ratios or profitability.

企業の価値への影響はない。この理由としては、従業員による投資の減少が企業による投資の上昇を打ち消してしまうこと、企業間の人的移動の減少により知識の移転が妨げられるマイナスの影響を挙げている。

後者の影響はAnnalee SaxenianがRegional Advantageで提起したものだろう。カリフォルニアは競業避止特約の極めて弱い州で、それがシリコンバレーの繁栄につながったという可能性はある。

人的資本がより重要になっていくことは確実だ。しかし、そのこと自体は企業による投資を優先すべきか、労働者自身の投資とスピルオーバーを優先すべきかといういう問題の答えにはならない。どちらが重要かというのは、必要な人的投資についての情報を持っているのは誰かということで決まるように思われる(これはvon Hippelの議論につながるだろう)。

ブラックメールというビジネス

ブラックメールというのは脅迫状のことだ。脅迫状の法的な扱いについて非常に興味深い記事がある:

The Art of Blackmail – NYTimes.com via Market Design

Blackmail is a “wonderfully curious offense,” to use the phrase of Paul H. Robinson, a professor at the University of Pennsylvania Law School and his coauthors in a recent paper. A threat to tell the truth is no crime, and neither is asking someone for money. But if you demand money to prevent the truth from being told, Professor Robinson said, you’ve crossed the line. At its core, he explained, the offense is “a form of wrongful coercion.”

ブラックメールの定義は、真実の情報であり(substantially true)名誉毀損に当たらない情報を公開すると脅して金銭を巻き上げることだ。これは犯罪とされている。しかし法的にこれが違法であるのは非常に微妙だ:

  • 真実の情報を公開することは犯罪ではなく
  • 金銭を要求することも犯罪ではない
  • だが真実の情報を公開しないことを条件に金銭を要求することは犯罪である

ところがブラックメールとほぼ実質的に同じことをしても犯罪にならない方法がある。

Those confrontations, however, did not cross the line into the criminal realm, he said, because they had been sanitized by lawyering. Attorneys, he noted, can create a legal filing that promises to bring out unpleasant facts in depositions or during trial; a settlement is not, technically, a payoff. He called it “wrapping an extortion threat in a legal cloak.”

それは弁護士を雇うことだという。弁護士が示談に応じない限り裁判を起こしてその過程で相手が秘密にしたい情報を公開すると伝えることは犯罪ではない。示談は技術的に金銭的利得に当たらないからだ。

そもそも脅迫を犯罪にする根拠は何なのだろうか。私に公表されたくない情報があるとして、それを共有する人間と秘密を公開しないという契約を結ぶことの何が問題なのだろう。契約が成立するならば当事者ともに利得を得る。問題は情報が社会にでないことが社会的にマイナスかどうかだ。

これは以前に触れたインサイダー取引の場合に似ている。社会的に秘密にすべき情報は契約によって公表を規制する一方、公開すべき情報は資本市場における圧力によって自発的に公開される。

例えば脅迫の内容がある企業のビジネスモデルの欠陥だとする。その場合この情報は社会に公開されるべきで、脅迫が成功することは社会的に望ましくない。しかし、脅迫を犯罪にしたところで情報を公開するインセンティブがあるわけではない(公開会社であれば空売りした上で情報公開することは考えられる)。単に相対的交渉力の変化で脅迫で巻き上げられる金額が減るだけだろう。

また脅迫が刑事罰である点も気になる。情報を共有する前に結んだ情報保持契約を破ることは民事なはずだ。

この辺りの法的根拠はどうなっているのだろう。また日本でも同様の議論は成り立つのだろうか。

鶏が先か卵が先か

Chicken & Eggという問題はネットワーク効果の強い市場では非常に重要である。とくに双方向性市場(two-sided market)では顕著だ。例えばアマゾンがそうだ。本を買う顧客がいなければ出版社は商品を卸さない。

以下のエントリーで起業家でベンチャーキャピタリストであるChris DixonがChicken & Egg問題への対策を挙げている。

cdixon.org / Six strategies for overcoming “chicken and egg” problems

彼の提案は六つだ:

  1. Signal long-term commitment to platform success and competitive pricing.
  2. Use backwards and sideways compatibility to benefit from existing complements.
  3. Exploit irregular network topologies.
  4. Influence the firms that produce vital complements.
  5. Provide standalone value for the base product.
  6. Integrate vertically into critical complements when supply is not certain.

一つ目は人々の期待を変えるものだ。アマゾンの例でいえば出版社が商品を卸すのに必要なのは顧客が来るだろうという期待だ。別に卸す時点で客がいる必要はない。コミットメントデバイスとしてGoogleのオープンソースソフトウェアが挙げられている。より適切な例としてはIntelのIntel Architecture Labが挙げられるだろう。Intelはx86という自社が実質支配するプラットフォームに関連する投資を行った。IntelがIALにおいて如何にコミットメントの問題にを注意していたかはPlatform Owner Entry and Innovation in Complementary Markets: Evidence from Intelに詳しい。

二つ目は互換性を持たせることで既存のネットワーク効果を利用するというものだ。個の場合もコミットメントが問題になる。MicrosoftがMac互換のOfficeを提供する際、それがいつまで維持されるかはユーザーにとって重要だ。Silverlightも同様だ。この戦略はEmbrace, extend and extinguishと呼ばれる。しかし必ずしもうまくいくとは限らない。OS/2の例もある。この戦略がどのような場合にどうやって成功するかも興味深い。

三つ目はとくに興味深い。一部のグループに的を絞ることで既存のネットワークを打ち破るというものだ。ここでは大学生が多いfacebookがどうやってFriendsterを追い抜いたかが例として挙げられている。いかに特定のグループを発見するかが鍵となる。

四つ目はプラットフォームの問題だ。不可欠なコンポーネントを持っている企業を味方につければ確かに競争には勝てるだろう。しかし、それを提携相手の企業はそれを知っているのでそれなりの見返りがなければ協力しないため、最終的に利益になるかは微妙だ。Sony / PhilipsのCDが事例として挙げらているが、この場合最も重要な点は交渉のやりかただろう。複数いる提携相手に別々に交渉していくことで「見返り」を減らすことができる。

五つ目は見落とされがちだが、要するにネットワーク性を減らしてしまうということだ。ユーザーがリスク回避的であれば有効だ。

最後の六つ目もやはりコミットメントが問題になる。AppleはMac OSX上で多くのアプリケーションを持っているがこのことは外部のデベロッパーにとっては大きな脅威となる。