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Googleのプラットフォーム戦略

December 22nd, 2009

Googleのオープン・ソース戦略について以前書いたこと(オープンソースは裏切れない)と同じ論旨のエントリーがTechcrunchにあった:

Googleの「オープン・ソース万歳」はけっこうだが、いいとこ取りなのは否めない

Googleがオープンなのは自社にとって都合がよいときだけだ。Googleが検索アルゴリズムや広告システムのソースコードやデータを公開することなどあるまい。こうした分野の秘密こそがGoogleに巨大な収益をもたらすカギだからだ。

その通りだ。Googleは利益を出すことを目的とする営利上場企業であるし、そもそも利益を出さなければ事業は維持できない(参考:非営利と営利との違い)。これについては前にこう書いた:

Googleは無料であること・オープンであることが重要・必要な場合にはオープンソースを使い、コアなビジネスはプロプライエタリにすることで利益を上げているのだ。

Googleの行っているビジネスはプラットフォームビジネスだ。プラットフォームをコントロールし利益をあげるためには、そのプラットフォームが大きくなくてはいけない。MicrosoftがWindows向けのアプリケーション開発を促進したり、Intelがx86上のシステムや関連コンポーネントを歓迎するのと同じことだ。

OSや携帯やブラウザや本や、その他あらゆる事業分野がオープン化し、無料化してもGoogleには失うものは何もない―検索と広告で収益が上がる限りは。

これは半分正しく、半分間違っている。Googleは携帯・ブラウザ・本をオープン化・無料化することでそこから得られるはずの利益を失っている。Google全体としてはオープン化・無料化した上で検索・広告で収益をあげたほうが最終的に利益が多いというだけだ。

マニフェストの中でプロダクト・マネジメント担当副社長のJonathan Rosenbergは「オープンシステムは常に勝利する」と雄弁に説き、Google社員に対して製品をデザインする際にはオープンさを重視するよう求めている。

それがGoogleが社員に対してオープン化を推奨している理由だ。ここのソフトウェアを開発する部署にとってはオープン化は利益を生まない。無料である限りそれはコストセンターだ。プラットフォーム上で動くアプリケーションから稼ごうという誘惑は常に存在する。そこで重要となるのがオープンソースだ。オープンソースは遡及的なプロプライエタリ化を著作権法により防ぐ。誘惑に乗らないことに法律を使ってコミットするのだ。以前のポストを引用すれば次の通りだ。

サービスやAPIはいつでも引っ込めることができるがオープンソースのソフトウェアを引っ込めることはできない。企業はソフトウェアをオープンソースで公開することにより、それが永遠に公開されつづけることにコミットできるのだ。

これにより、Googleは自分たちが生み出した携帯プラットフォームを後で囲い込んで課金するのではという懸念やそのプラットフォーム自体が提供されなくなるのではという不安を効果的に払拭できる

これはIntelがArchitecture Labでとった戦略と同じだ。IntelはArchitecture Labでの研究の多くを公開・オープン化し、自社内の他の事業部を贔屓しない政策をとった。これによりx86上での開発に参加する企業は安心して活動できた。

デジタル化した市場では企業の成功がネットワーク経済・プラットフォーム市場といった性質の理解に大きく左右される。製品そのものの質よりもそれをどう販売・運用するかが成功の鍵となるのは皮肉なことだ。

マンガ輸出振興はやめよう

December 7th, 2009

よく日本独自の文化としてマンガを新しい輸出産業にしようって話があるけど、本気なんだろうか:

日本発ポップ・カルチャーのすすめ〜日本の電子書籍市場

リンク先の基本的主張を要約すれば次のようなものだ:

  • 電子書籍分野で日本は進んでいる
  • その規模は464億円
  • そのほとんどは携帯向け
  • 携帯コミックは成熟した日本から生み出された新しい書籍文化
  • 携帯音楽市場は1000億円規模で世界一
  • 携帯コミックは次のコンテンツ市場
  • 海外展開も始まっている
  • 製造業は限界なのでコミックのような新しい産業を育てる必要
  • コミックに加え“カワイイ”文化やアニメ・映画

四つほど論点を上げたい。

  • 日本の携帯書籍市場が大きいのは日本独自の理由
  • 製造業は限界ではない・輸出だけ振興してもしょうがない
  • 産業育成は必要ない
  • 本気でポップカルチャーが一大輸出産業になると思ってるの?

日本の携帯書籍市場が大きいのは日本独自の理由

では何故日本の携帯電話上で書籍の販売が盛んなのか。それは日本では携帯プラットフォームが非常にクローズドだからだろう。寡占的なキャリアは端末メーカーと協力して比較的強いDRMと簡単な支払い手段を用意した。これにより、著作権管理の強固な携帯プラットフォームでのコンテンツ提供が広まったが、逆に言えば、それが市場が大きな理由であって日本の携帯向け書籍・マンガが特に魅力的だからではない。同じものを海外にもっていったからといって成功する根拠にはならない。通勤時間が異常に長いという日本固有の影響もあるだろう。

製造業は限界ではない・輸出だけ振興してもしょうがない

製造業ベースの国際競争力では、今後、輸出関連産業が飛躍的に大きく伸びる可能性は小さく、これまで、ハイテク化や高付加価値化によって 立つという図式を日本の産業界は追求して来ましたが、このモデルだけでは限界があると思います。

ハイテク化・高付加価値化がどうして限界があるのかよく分からない。自動車産業はうまくやっているように見えるし、海外に目を向けても半導体や携帯など製造業が輸出の柱となっている国は多い。金融サービスや映画などのコンテンツを大々的に輸出しているのはアメリカだけではないだろうか。また輸出を行うのは輸入をするためであって、限界(?)を越える必要なんてない。海外で資産を買い占めたいのだろうか。

産業育成は必要ない

コミックのような成熟社会の文化に根ざしたコンテンツ配信をビジネスモデル化し、産業として育てていく途を加える必要があります。[...]産業育成として、コミック に加えて、東京発の“カワイイ”文化や世界で受賞相次ぐアニメや映画まで含めて配信ビジネスとして仕組んでいくことが、新しい日本の発展を支えるのではな いかと思っています。

産業育成一般に当てはまる話だが、政府に輸出産業を予知する能力はない。日本のポップ・カルチャーがそんなに素晴らしいなら、ほっとけばいい話であってどうにか振興しようというのは余計なことだ

本気でポップカルチャーが一大輸出産業になると思ってるの?

では日本のポップカルチャーが製造業に代わり外貨を稼いでくるようになるのか。

文字と比べて、ビジュアル系のコンテンツは映画を含めて、他文化の人達にも理解され易く、日本発のポップ・カルチャーとしての情報発信は十分可能です。

確かにマンガのようにビジュアルなものは文字だけのコンテンツに比べれば他文化の人にも理解されやすいかもしれないが、食料や自動車のようにはいかないだろう。

アジアを中心に、更に最近では欧米においても、コミック、アニメや“カワイイ”ファッションなど、日本発のポップ・カルチャーは注目を集めています。

変わったものとして注目を集めるのと輸出産業になるというのは全く違うことだ。いくらか輸出できるだろうけど、製造業のあとをつぐなんて不可能だろう。海外で一番大きなビジネスになっている日本文化は寿司だろうがそれだって普通の料理だと考えているのはごく一部だし、海外で出されるのは(多くの場合現地の人が)現地向けにアレンジしたものだ。海外に寿司レストランがたくさんできて日本に外貨が流れ込んできているという話も聞かない。

そもそも文化的なものは輸出するのが難しい(参照:日本でFacebookは生まれない)。日本にあるものをそのまま海外に持ち出しても一部のマニアに受けるのが関の山だ。本当に産業として成立するためには、海外の人たちがどんな日本風コミック・アニメ・ファッションを欲しているのか知る必要がある。だが、これは日本人が日本にいるだけでは非常に難しい。誰がスパイシー・ツナ・ロールやレインボー・ロールを作ったかという話だ

むしろ日本に独自性があって海外でも受けるというコンテンツで言えば、こちらの「マカオで“大人”の展示会、日系が海外攻勢」のほうが見込みがあるのではないだろうか:

インドから来たバイヤーは「日本のアダルト産業は世界的にも評価が高い。日本の商品をインドで売りたい」と興味がある様子。また一般客として来場した香港人男性は「今まで見たことがない商品があって面白い」と話した。

ネットのルールなんてない

December 7th, 2009

ネガティブ記事は好きではないが、これはどうかと思ったので突っ込んでおく:

マードック氏にグーグルが譲歩 「ネットのルール」はどう変わる インターネット-最新ニュース:IT-PLUS

ここしばらく話題になっているマードックとグーグルとの対立についての記事だ。

デジタル技術や伝送技術などの進歩がネットという新たなコンテンツの流通経路を生み出した。しかし、技術進歩やネットがコンテンツを無料にしたわけではな い。ビジネスモデル(無料モデル)や権利侵害(違法コピーや違法ダウンロード)がコンテンツを無料にしたのである。即ち、技術ではなく人がそうしたに過ぎ ない。ウェブ2.0以来ネット上に定着した「コンテンツは無料」という風潮は不可逆なものではないのである。

「技術ではなく人がそうしたに過ぎない」というのはどういう意味だろう。最終的に行動するのは人間なのだから「人がそうした」と言うならなんだってそうだ。技術が変化し、それに対応して人の行動が変化したのだ。「風潮」というものは市場参加者の最適行動の結果に過ぎない。確かに「コンテンツは無料」という風潮は不可逆ではないが、そもそもの原因である技術進歩の流れが変わっていない以上、人の行動も変わらない。

もちろん、「無料」の変革は大変である。一部の新聞社が有料化してもユーザーは無料のところに流れるだけだろう。また、違法コピー・違法ダウンロードを制 圧しない限り、無料の変革はニュース記事を超えてコンテンツ全般には広がらず、「闇の無料の世界」が拡大するだけである。闇金業者が繁盛するような世界と 同じにしてはならない。

技術的に違法コピー・違法ダウンロードを制限することはとても難しい。よって「コンテンツは無料」というのが支配的な価格付け戦略になっている。一体これをどう解決するというのだろう。ネットは自由みたいな原理主義に加担する気は全くないが、技術進歩に逆らうのはコスト的に難しい

コンテンツを利用して無料モデルで儲けているグーグルなどのネット企業の収益を、コンテンツ側に還元しなくていいのかという問題である。米国ではフェアユース規定が還元しなくていいことの根拠となっているが、結果として「フェア・シェア」が実現されていないのでは、洒落にもならない。

いい悪いの基準が全く分からない。「フェア」という言葉を定義せずに使っても意味がないだろう。コンテンツ企業がコンテンツを提供し、検索エンジンがそれを表示しているのは両者にとって、そうすることがそうしないことより得だからだ。これはある意味「フェア」ではないか。結果として実現される配分は法制度に影響されるが、それを論じるには「フェア」の定義についての合意が必要だ

つまり、マードック氏が第一歩を踏み出し、グーグルはとりあえず最低限の対応をしたが、その結果としてネットの常識がどう変わるかはこれからの勝負なのである。

「ネットの常識」でビジネスが動いているのではないビジネスが動いた結果としてのパターンが「ネットの常識」なのだ。マードック氏がグーグルから譲歩を引き出したのは彼がコンテンツ生産において市場支配力を持っているからだし、譲歩しか引き出せなかったのはグーグルが検索市場のリーダーだからだ。

日本のマスメディアはネット関連の問題では常に受け身であったが、今回ばかりは、行動するなら早く動くべきである。ネット上でのビジネスの「ルールづくり」が常に米国で行われるというのは、もう止めにすべきではないだろうか。

アメリカで「ルール」ができて日本に波及するなんてことはない。アメリカで生じた変化が日本でも生じることで結果としてのパターンが一致するだけだ。技術は国境をまたいで波及するのでそれは自然なことだし、ネット関連の技術変化はアメリカから生じるので、「ルール」がアメリカから日本にやってきたように見えるがそれは表面的な問題に過ぎない

追記:複数均衡を選択するという意味での「ルール」ならあるかもしれないが元記事の話とは関係ないだろう。もし無料均衡から有料均衡へ飛ぶという話ならそれはカルテルだ。

Big Sister:風俗の多方向市場化

November 30th, 2009

最近Freemiumなんていう言葉が話題になっている。わかりやすく(?)言うと、ネットワーク効果のある市場で、マージナルな価格をゼロにすることで利用者を増やし、収益は価格差別によりインフラマージナルな利用者から回収すればいいというビジネスモデルだ。これはネットワーク効果が大きく、支払意志額の小さな消費者が多く(=需要曲線が強く下に凸で)、価格差別が容易な場合には有効な戦略だ。

しかし、収益をあげるのが無料で財・サービスを手に入れるユーザーの一部でなければならない理由はない。三種類以上の参加者のいるマーケットであれば、財・サービスのやりとりをする以外の第三者から利益をあげることも当然可能だ

無料の新聞がそれはその一例だ。新聞はニュースなどを読者に提供する一方、広告主から収益をあげる。読者が増えれば増えるほど広告収入が増えるため一定の条件下では読者には何も課金しないことも正当化される(例:小額の支払のための費用が高い)。

Big Sister(NSFW)はこの収益体制を風俗に適用したものだ(「夜のオンナ」の経済白書という本で紹介されているそうだ via Feel Like A Fallinstar)。かなり有名なもののようでBloombergでも記事になっているしWikipediaにも説明がある。Big Sisterのビジネスモデルは次のようなものだ:

  • 無料で風俗サービスを提供する
  • 引きかえに行為を撮影する
  • 映像はネットで有料で公開する

これが、サービス提供者、サービス需要者、ネット会員という三種類のアクターを一つのプラットフォームで結びつけるビジネスであるのが分かる。

誰が誰にお金を払うかは、ネットワーク効果がどのように発生するかによって決まる。サービス提供者は多い方がよいので企業は賃金を支払う。閲覧者は少ない方がいいので料金を徴収する。需要者は特殊で、売春が法律で禁止されているため無料となる。需要者は撮影に必要だが簡単に見つかるので経済的にもそれほど間違った価格(=0)ではない。

このビジネスモデル自体は古典的な覗き部屋と同じだがインターネットがそのスケールを飛躍的に拡大させた。こういったニッチは市場は通常大都市でしか成り立たないが、インターネットがあれば多くの顧客を同時に相手にできる。また低コストな地域で営業して高所得な地域で収益をあげることも可能だ。これにより、映像からの利益が上がったことでサービス自体の価格をゼロにできれば、売春に関する規制も同時に回避できる(基本的にその場での金銭のやりとりさえなければ売春には該当しない以上取り締まりは不可能だろう)。

再コメント:NTT組織改編問題

November 25th, 2009

以前、ソフトバンクモバイルの副社長である松本徹三さんが書かれた「やっぱりNTTの組織改編は必要だ」に「NTT組織改編議論」という題でコメントをさせていただいた。今日、その内容についてありがたいことに松本さんからアゴラ上で直接反論「アゴラ : NTT組織改編問題—再論」を頂いたので再コメントしたい。先日は非常に情熱的な記事と評させて頂いたが、それだけではなく細かい議論をされる方だと分かった。

Aboutにも書いたが、投稿自体は「である」調にしていることを最初に断っておきたい。

アゴラ : NTT組織改編問題—再論

構成:

  • 但し書き
  • 競争とイノベーションとの関係
  • スパコン開発
  • 共謀
  • プラットフォーム企業の垂直統合
  • マイクロソフト
  • まとめ

但し書き

まず本題と関係ない、松本さんの立ち位置に関する部分について:

しかし、私が過去1年半以上にわたってブログ上でNTT問題について論じたのは、延30回を超えていると思いますし、日頃からアゴラを読んで頂いている方は、私の経歴を熟知されていると思いますので、毎回その事を断るわけにもいきません。

私がアゴラを読み始めたのはつい最近で、自分で調べるまでは気づかなかった(松本さんのプロフィールはこちらにある)。もちろん読者との間で同意が取れている場合には構わないだろう。プロフィールなどについてはアゴラがプラットフォームとして提供するのが適当だろう。

競争とイノベーションとの関係

技術開発の「モチベーション」と「その為の最適組織」は様々であり、「競争」が全てに必要とは私も思ってはおりません。

非常に妥当な見解だ。

私が繰り返して申し上げているのは、11月11日付のブログ記事でも述べているように、「大きな組織を維持しなければ、まともな技術開発は出来ない」という従来のNTTの主張は誤りであるという事です。

その通りだ。競争=イノベーションではないし、大組織=イノベーションでもない。松本さんの前回の記事では前者が強く押し出されているようなので指摘しただけで、後者があっているわけでもない。

個人的には、どちらが望ましいかは想定するイノベーションの発生過程(参考:知的財産権はうまくいかない?Twitterとイノベーション)や必要な情報の分布(参考:日本でFacebookは生まれない)で決まると考えている。

現在のIT関連のイノベーションはアイデア指向でユーザーに近いのでNTTないしAT&Tベル研のような大きな組織よりも小さなベンチャーのほうが向いているだろう。結論としては松本さんのそれと変わらない。

スパコン開発

今、別なところで、たまたま「スパコン開発談義」が盛り上がっていますが、もし、普通の企業ではとても間尺にあわないような「基礎研究」が国として必要な のなら、それは国民のコンセンサスを得た上で、国立の研究所でやればよい事です。(或いは、国の委託研究として富士通などの会社でやればよい事です。)こ れは、「通信事業への競争原理の導入」といった議論とは全く別の次元での議論です。

ごもっとも(別なところとは「スーパーコンピューターを復活してほしい」のことで、それに対する私のコメントは「スーパーコンピューターが必要か」にある)。

共謀

寡占体制にならざるを得ない通信事業のような設備産業においては、同業者同士の「共謀」は各事業者にとっては誘惑に満ちた選択です。しかし、誰もが納得できるような理由がなければ、そんな「共謀」は利用者の目にミエミエになってしまいます。

これは、松本さんの元記事における

この問題は、NTTではなく、NTTの競争相手に聞くのが一番の早道であることに、疑問の余地はないのではないでしょうか?(NTT自身は、本当は競争なんかしたくない筈なのですから。)

に対する私のコメント

NTTの競争相手にとって最も望ましいのはNTTと共謀することであり、その際の自分の分け前を増やすことだ。

を指している。

誰もが納得できるような理由がなければ、そんな「共謀」は利用者の目にミエミエになってしまいます。

はそれほど明らかではない。生産者・監督官庁・政治家が結託して国民・利用者にとって好ましくない行動をとるのはよくあることだ。消費者・有権者が細かな問題を見過ごす点を政治が利用する。

但し、私はソフトバンク・NTTに関してそれが実際におきる・おきている可能性は非常に低いと思う。過去の経緯を考えてもソフトバンクほど競争的な会社は稀だし、NTT組織改編は目につく話題だ。またこのような議論はそれを明らかにするので共謀はさらに困難になる。ここでもまた、結論としては私の主張と松本さんの主張は変わらない。単に

この問題は、NTTではなく、NTTの競争相手に聞くのが一番の早道であることに、疑問の余地はないのではないでしょうか?

は正しくないことを指摘しただけだ。完全な回答をするなら、「疑問の余地はあるがこのケースに関して言えばNTTの競争相手であるソフトバンクに聞くのはいい方法だ」となるだろう。

「独占・寡占の弊害を防ぎ、利用者の利益を守る」為に、監督官庁としての総務省が存在しているのであるし、そうでなくても、競争環境下にある事業者にとっ ては、利用者の支持と共感を得る事がビジネスに勝ち抜くための必須条件ですから、どの事業者もそんな事を迂闊に行う事はしないでしょう。

については、監督官庁たる総務省も事業者もそこまで信用していない。特に日本の多くの官庁はいまだに産業振興といったアジェンダを持っていることもあり、独占・寡占を防ぐという競争政策の適用には消極的な印象が強い。

プラットフォーム企業の垂直統合

「光通信網」で独占的な立場にあるNTTは、全階層において圧倒的に有利な立場を占める事が出来ると言えます。青木さんご自身もおっしゃっておられるよう に、NTTは、「どうすればトータルで自社に有利になるか」を考えた上で、如何様にも利用条件を定め、全体のビジネスをどんな方向にも誘導出来るからで す。

これはシカゴ学派の単一独占利潤定理(One Monopoly Rent Theorem; OMRT)や補完的外部経済内部化(Internalizing Complementary Externalities; ICE)と呼ばれる議論だ(注)。その主な主張は「独占事業者が自社のために最善=最も利益が高いと考える垂直統合は社会的にも最善=社会余剰が高い」というものだ。よってNTTが光通信網で独占的であることは、他の階層における彼らの意思決定に規制が必要ないことを意味するということになる。

もちろん、この議論は実は穴だらけだ。例えば、独占的プラットフォーム提供者が価格規制を受けている場合や価格差別を行う強いインセンティブを持っている場合にはうまくいかない。また垂直統合を行わないというコミットメントが行えない場合にはしかたなく社会的に非効率な垂直統合を行うこともある。例えば、Intelは自分たちがアプリケーション市場(主にコンピュータ開発)に不必要に進出しないことを明らかにしている。その方法のひとつがアプリケーション層での研究開発をオープンソースにすることだ。

シカゴ学派の議論がNTT問題にそれほど関係するとは思わない。ただそういった考え方は(アメリカの)競争政策において非常に根強く、そういう考え方もあるという点を紹介した。

マイクロソフト

欧州委員会は米国司法省よりは厳しい立場を取っており、その「反競争的な行動」に対して相当のペナルティーを課しています。

その通りだ。これは欧州委員会と米司法省とのイノベーションに対する考え方の違いを示している。競争政策についてはアメリカが常に先行しているのでヨーロッパも徐々に長期的なイノベーションに対するインセンティブを重視するようになると思われるが分からない。

日本はヨーロッパよりもさらに遅く、競争政策に関する経済理論の適用自体進んでいないようだ。これは松本さんの次の一節に現れている:

独禁法に詳しい或る弁護士先生と話したところでは、「光通信サービスにおけるNTTの現状は、独禁法に抵触するものとして、今すぐにでも十分立件できる」との見解でした。

エコノミストは原理の問題として、それは競争法の適用が不適切なのだからそれはそれで競争政策を改善すべきと言うだろうが、当事者としてはそんなことよりも早く何とかしてほしいというのは当然の要求だろう。アメリカでも反トラスト関連の裁判が数年に渡るのは珍しくない。

まとめ

私のコメント(NTT組織改編議論)はどれも松本さんの議論を結論として批判しているものではない。議論の根拠の中で不明瞭なものを補足したというのが正確だろう。ブログにおけるやりとりで、NTTを含めた通信市場の競争・イノベーションに関する議論がより精緻になると同時により多くの人の目に触れることはとてもよいことだ。

(注)定訳が見当たらないので即興で訳した。