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ブラックメールというビジネス

ブラックメールというのは脅迫状のことだ。脅迫状の法的な扱いについて非常に興味深い記事がある:

The Art of Blackmail – NYTimes.com via Market Design

Blackmail is a “wonderfully curious offense,” to use the phrase of Paul H. Robinson, a professor at the University of Pennsylvania Law School and his coauthors in a recent paper. A threat to tell the truth is no crime, and neither is asking someone for money. But if you demand money to prevent the truth from being told, Professor Robinson said, you’ve crossed the line. At its core, he explained, the offense is “a form of wrongful coercion.”

ブラックメールの定義は、真実の情報であり(substantially true)名誉毀損に当たらない情報を公開すると脅して金銭を巻き上げることだ。これは犯罪とされている。しかし法的にこれが違法であるのは非常に微妙だ:

  • 真実の情報を公開することは犯罪ではなく
  • 金銭を要求することも犯罪ではない
  • だが真実の情報を公開しないことを条件に金銭を要求することは犯罪である

ところがブラックメールとほぼ実質的に同じことをしても犯罪にならない方法がある。

Those confrontations, however, did not cross the line into the criminal realm, he said, because they had been sanitized by lawyering. Attorneys, he noted, can create a legal filing that promises to bring out unpleasant facts in depositions or during trial; a settlement is not, technically, a payoff. He called it “wrapping an extortion threat in a legal cloak.”

それは弁護士を雇うことだという。弁護士が示談に応じない限り裁判を起こしてその過程で相手が秘密にしたい情報を公開すると伝えることは犯罪ではない。示談は技術的に金銭的利得に当たらないからだ。

そもそも脅迫を犯罪にする根拠は何なのだろうか。私に公表されたくない情報があるとして、それを共有する人間と秘密を公開しないという契約を結ぶことの何が問題なのだろう。契約が成立するならば当事者ともに利得を得る。問題は情報が社会にでないことが社会的にマイナスかどうかだ。

これは以前に触れたインサイダー取引の場合に似ている。社会的に秘密にすべき情報は契約によって公表を規制する一方、公開すべき情報は資本市場における圧力によって自発的に公開される。

例えば脅迫の内容がある企業のビジネスモデルの欠陥だとする。その場合この情報は社会に公開されるべきで、脅迫が成功することは社会的に望ましくない。しかし、脅迫を犯罪にしたところで情報を公開するインセンティブがあるわけではない(公開会社であれば空売りした上で情報公開することは考えられる)。単に相対的交渉力の変化で脅迫で巻き上げられる金額が減るだけだろう。

また脅迫が刑事罰である点も気になる。情報を共有する前に結んだ情報保持契約を破ることは民事なはずだ。

この辺りの法的根拠はどうなっているのだろう。また日本でも同様の議論は成り立つのだろうか。

インサイダー取引の社会的効用

インサイダー取引は日本でも金融商品取引法で規制されており、刑事罰の対象にすらなるが、実のところその根拠はかなり脆弱だ:

Learning to Love Insider Trading – WSJ.com

Donald Boudreauxは結論をまず一行で示している:

The reassuring truth: Insider trading is impossible to police and helpful to markets and investors.

インサイダー取引を規制することの問題は二つだ。

  • インサイダー取引は市場と投資家にとってしばしば望ましい。
  • インサイダー取引の規制は施行不能である。

この二点が非常に説得的に示されている。一つ目から順に見ていこう。

Prohibitions on insider trading prevent the market from adjusting as quickly as possible to changes in the demand for, and supply of, corporate assets. The result is prices that lie.

まず株式市場の社会的な効用を理解する必要がある。株式市場の究極の目的は資源の最適配分だ。より生産的な事業に投資家が資本を移動する。それにより、限られた資本が全体的としてより効率的に利用され、企業は利益をだし、投資家は利潤を得て、消費者はよりより製品・サービスを享受する。

もしある企業がいつか潰れるということがインサイダーには理解されているとする。もしインサイダー取引が違法でなければ彼らは手持ちの株式を売却(ないし空売り)する。それによりインサイダーは多くの利益を上げるだろうが、市場における当該企業の株価は暴落する。これによりインサイダー情報を持たない外部投資家は損失を被るが、株価は適正水準に瞬時に調整され、潰れかけの企業に資源が配分されることはなくなる

もちろん既存の投資家は損失を被るだろうが、その損失は投資家からインサイダーへの所得移転に過ぎず社会的な損失ではない(=社会から消えたわけではない)。また企業が最終的に清算されるのであれば投資家が損失を出すことには変わりない。むしろ清算までに時間がかかることでより多くの資本が失われ投資家にとってもより大きな損失となる。

もっとも投資家もこの様な構造を全て考慮したうえで投資を行うので、そもそも公正性を問うこと自体に意味はない。仮にインサイダー取引による損失の可能性があるのであれば株式を購入する時点で企業はそのリスクを補償するためのプレミアムを投資家に払っているはずだ。

As Mr. Manne said a few years ago in a radio interview, “I don’t think the scandals would ever have erupted if we had allowed insider trading because there would be plenty of people in those companies who would know exactly what was going on, and who couldn’t resist the temptation to get rich by trading on the information, and the stock market would have reflected those problems months and months earlier than they did under this cockamamie regulatory system we have.”

記事中ではEnronの例が上げられている。Enronが継続可能なビジネスでないことはEnron内の多くの人間が知っていたはずである。インサイダー取引が違法でなければ彼らがその情報を利用することでEnronの株価は事前に暴落し、資本を調達できなくなったEnronは早期に清算されていただろう。そうであれば、貴重な資本が他の有益な事業を行っているからEnronに向けられて浪費されることもなかったはずだ。

二つ目のインサイダー取引の施行不能性については実際に刑事事件になるインサイダー取引の案件がほとんどないという事実からも明らかだが、次の一節が極めて説得力のある議論を展開している:

It follows that unbiased application of these prohibitions should target not only traders whose inside information prompts them to actively buy or sell assets, but also traders whose inside information prompts them not to make asset purchases or sales that they would have made were it not for their inside information.

インサイダー情報を利用して取引を行い、情報がない場合に比べて、大きな利益を上げることがインサイダー取引であれば、インサイダー情報を利用して保有している株を売却するのを止めることも当然インサイダー取引となる

投資家から冴えないと思われている企業が実は画期的な新製品を準備しているのであれば、自社株を持つ社員はそれを売るのをやめる。しかし、「何もしない」ことを規制するのは不可能だ

After all, if capital markets continue to function as well as they do given that many investment decisions potentially influenced by inside information are unstoppable because they are undetectable, why believe that the detectable portion of investment decisions influenced by inside information would be harmful if they were legal?

そして「何もしない」というインサイダー取引が株式市場に問題を引き起こしているようにも見えない。見えるインサイダー取引だけが刑事罰の対象となるほど悪質だという理由は見当たらない

逆に、インサイダー取引を規制する根拠は何だろうか。

There are, of course, situations in which it is in the interest of both a company and the public for that company to delay the release of information.

一つは非公開にすることが企業にとっても投資家にとっても望ましいインサイダー情報が存在することだ。例としては社会的に効率的な企業買収に関する情報がある。事前に買収意図が市場に漏れてしまえば、被買収企業の株価は買収企業が支払う意志のある限界まで釣り上がってしまい、買収は成立しない。これは仮定より社会的に望ましくない。

Discovering what types of inside information are proprietary and which are not proprietary—and, hence, which types of information are appropriate to protect and which not to protect from insider trading—can be left to corporations themselves.

しかし、このような問題は法律で対応する必要がない。どのインサイダー情報を公開するかは企業が自分で決められる問題だ。労働契約において一定の情報公開を禁止すればよい。

The reason is that corporations must compete for that most demanding and vigilant of all clients: capital.

何故なら、望ましいインサイダー取引の規制を行っていない企業は株式市場から資本を集められないためだ。

例えば、金融取引規制法は会社の取締役や重要な地位にいる従業員による自社株取引を規制している。しかし、そんな規制は本当に必要なのだろうか。私が投資家なら、取締役が制約なしに自社株を秘密裏に取引できる企業には投資しない。著者はさらに、異なる企業が異なるインサイダー取引制約を設けられることの効用で記事を締めくくっている。

ではインサイダー取引規制には全くが利点がないのかというとそうでもないだろう。とりあえず二点すぐに浮かんだ。

  • ほとんどの企業にとって適切なインサイダー取引に係る契約の雛形を示す。これにより、企業がいちいち契約を起草する費用、投資家が異なる契約を理解するための費用を節約できる。
  • 金融当局が効率的に監督をできる。企業自身が社員の株取引を監視しても信用がない。第三者が関わる必要があるが、企業毎に規程が異なれば監督は困難になる。

しかし、根本的な問題はインサイダー取引の有無それ自体というよりも、インサイダー取引を監督する側が規制する事柄についての深い理解を欠いていることだろう。規制するか自体は実証的に決まる事柄に過ぎない。

ウォールストリートの利益

なぜJPMorgan ChaseやGoldman Sachsが数十億ドルの四半期利益をあげているかについて明解な説明がこちらに:

Philip Greenspun’s Weblog » How Wall Street is making its billions

Because of the Collapse of 2008 financial reforms, the big investment banks are able to borrow money from the U.S. government at 0 percent interest. Then they can turn around and buy short-term bonds that pay 2 or 3 percent annual interest. Now they’re making 2 percent on whatever they borrowed. They can use leverage to increase this number, by pledging some of the bonds that they’ve already bought as collateral on additional bonds.

彼らは連邦政府から金利なしで手にした資金を国債にキャリーして利益を上げているという話だ。国から援助が無利子で、国債はほぼリスクフリーなので単純に利益が上がる。いくら資金があってもリスクが高すぎると思えば民間に投資することはないので、単に政府部門から投資銀行にお金が流れているだけになる。

さらに記事後半では最近続けて検挙されているインサイダー取引の話が続いている。