サーチ中立性はいらない

サーチエンジンの中立性を求めるThe New York Timesの記事が話題になっている。本当にサーチエンジンを規制する必要性はあるのだろうか。

Op-Ed Contributor – Search, but You May Not Find – NYTimes.com

まずこの議論を追うにはネットワーク中立性についての理解が必要だ。ネットワーク中立性については以前「ネット中立性への反対」や「ネットワーク中立性vs価格差別」などでも触れた(Wharton MBA留学中の珈琲男さんの一連の記事はも参考になる)。

ネットワーク中立性とは、インターネット接続業者(ISP)が通信の内容・プロトコルによって接続費用を変えたり、一定の通信をブロックすること(=価格を無限大にすること)を禁止しようという提案だ。

The F.C.C. needs to look beyond network neutrality and include “search neutrality”: the principle that search engines should have no editorial policies other than that their results be comprehensive, impartial and based solely on relevance.

検索エンジンはISP同様にネット利用の入り口となっているため、その中立性に燗する規制が必要だと提唱している。

The need for search neutrality is particularly pressing because so much market power lies in the hands of one company: Google. With 71 percent of the United States search market (and 90 percent in Britain), Google’s dominance of both search and search advertising gives it overwhelming control.

確かにGoogleのシェアは圧倒的で、彼らが広告オークションにてその市場支配力を行使しているのは疑いない(注)。しかし、シェアが高いことは独占を意味しないし、独占それ自体は反トラスト法の対象ではない

One way that Google exploits this control is by imposing covert “penalties” that can strike legitimate and useful Web sites, removing them entirely from its search results or placing them so far down the rankings that they will in all likelihood never be found.

Googleが検索結果の順序を変えることができると主張しているが、これが可能であることとGoolgeがそれを行うかとは違うことだ。Googleに潜在的な競争相手がいる限り結果を恣意的に変えることは得策ではない。

For three years, my company’s vertical search and price-comparison site, Foundem, was effectively “disappeared” from the Internet in this way.

自分の会社の検索サイトがGoogleから消えていたというが、これは逆恨みだろう。検索サイトが新しい同業者を冷遇したとして、消費者にとしてはどうでもいいことだ。検索結果で上位にでるのは(理想的には)既に有名なサイトであって、有名になろうというサイトではない

また、ソーシャルネットワークが生まれるにつれ、検索によって新しいサイトを発見することは少なくなっている。例えばこのブログを訪れる人のうち検索エンジンを経由する人は1%以下だ。皆様他のブログ・アグリゲーター・ソーシャルブックマーク・Twitterを通じてお越し頂いている。

Another way that Google exploits its control is through preferential placement. With the introduction in 2007 of what it calls “universal search,” Google began promoting its own services at or near the top of its search results, bypassing the algorithms it uses to rank the services of others.

Googleが自社サービスをプローモーションする場合をあげているがこれも同じだ。Googleはその自社サービスが質の高いものでなければ自分の首を締めるだけだ。私は支払いにGoogle Checkoutを利用しないし、レストラン情報はYelpを直接検索する。書評だってAmazonに行くか、書評サイトを見る。本の名前をGoogleで検索しても有用な検索結果が得られないからだ。

The preferential placement of Google Maps helped it unseat MapQuest from its position as America’s leading online mapping service virtually overnight.

MapQuestがGoogle Mapsに敗北したことをGoogleの独占的地位の濫用の弊害として挙げているが、MapQuestの方がGoogle Mapsより優れていると言う話は聞かない。私がGoogle Mapsを使うのはそれが明らかにMapQuestやYahoo Mapsよりも使えるからだ。

Will it embrace search neutrality as the logical extension to net neutrality that truly protects equal access to the Internet?

サーチ中立性はネット中立性の論理的な拡張ではない。サーチエンジンの市場は相変わらず潜在的に競争的だし、シェアが集中していてもそのシェアは競争によって築かれたものであり、ISPとは異なる(日本でいえばブロードバンドシェアトップのNTT自動車販売シェアトップのトヨタを同列に批判するようなものだ)。

(注)オークションなので市場支配力が関係ないということはない。スポットの数や最低価格を通じて収益を変えられる。

ネットワーク中立性vs価格差別

ネットワーク中立性がない世界ならISPのプランはどうなるかという思考実験がPacket Lifeから:

Why network neutrality is a big deal – Packet Life

without_net_neutrality

この図は、ネットワーク中立性の議論がミクロ経済学の教科書にある第二種価格差別(second-degree price discrimination)を規制すべきか否かという問題であることを示している。

例えば、二種類の潜在的顧客がいるとする。顧客Aはインターネットでショッピングをしたいのに対し、顧客Bはショッピングするつもりはないとしよう。Aは$40払うつもりがあり、Bは$20しか払うつもりがない。Bの顧客の割合がAにくらべ極端に少なくない限り、全員に$20課金するのが最も大きな利益になる。

ネット上でのショッピングには暗号化通信が必要だ。ISPは例えばこのことを利用して二種類の顧客に別々の料金を支払わせる(第二種価格差別)ことができる。誰がAで誰がBかを知っている必要はない。単に暗号化プロトコル(https)をブロックするプランを$20、ブロックしないプロトコルを$40で提供すればよい。Aは後者を選択肢、Bは前者を選択するためISPは利益を劇的に増やすことができる。

しかしこの様なことは実際には起こっていない。なぜならこの様な価格差別はISP間で競争が存在する場合には導入するのが困難だからだ。上の例でいえば競争相手はAに$40よりも安い価格を提供すればよい。競争の度合いにもよるが日本のようにISP間の競争が激しい場合にはまず無理だろう。これがネットワーク中立性問題がアメリカでだけ取り沙汰される理由である。

だがネットワーク中立性が必ずしも望ましいわけでないことには注意が必要だ。例えばある街ではAとBがともに1000人存在するとしよう。この街全体ではインターネットに対して最大[latex]\$ 40 \times 1000 + \$ 20 \times 1000=\$ 60,000[/latex]支払ってもよい=それだけの価値を認めていることになる。しかしネットワーク中立性が義務付けられていた場合、ISPの最大収入は[latex]\$ 20\times 2000=\$ 40,000[/latex]にしかならず、接続を提供するための費用が$40,000を越えているが$60,000を下回っている場合には社会的に望ましい投資が行われないことになる。

もちろんISPにとっては価格差別が行えることはプラスなので、常に上記のような問題が存在すると主張するだろうからどちらが望ましいかについての判断は慎重に行わなければならない。判断に必要な費用についての情報をISP側が持っていることにも注意する必要がある。

ネット中立性への反対

先週、連邦通信委員会(FCC)の議長がネット中立性の無線ネットワークへの拡張を示唆した。それについてコメントしようと思っていたが、すでにAT&Tは反対の意を表明していた。

AT&T Calls F.C.C. Neutrality Plan a ‘Bait and Switch’ – Bits Blog – NYTimes.com

Federal Communications Commission Logo

ネット中立性とは、ネットワーク上を流れるデータについてネットワーク事業者が中立的であることを意味する。例えば、インターネットでアマゾンを開くときだけ他の書店サイトよりも高速に表示されるよう、接続業者が設定していればこのネット中立性違反となる。

ネット中立性については多くの支持者が存在する。最右翼と呼べるのは(一部の)技術屋さんで、情報というものは自由になる性質を持っている、などと主張する。ウェブ上のビジネスをやっている企業は、自由なプラットフォームがイノベーションを育んできた、という点を強調する。

逆にネットワーク業者は一般にネット中立性に批判的な立場を取ることが多い。無線ネットワーク市場において特に顕著で、携帯上で動作するVOIPソフトウェアをブロックするのがよい例である。

しばしば、事業者側が消費者に不合理な規制を行っているとか、別料金を取るのは搾取だなどという批判が行われることもあるがそれほど単純な問題ではない。反対・賛成ともに根拠があるからだ。

中立性に反対する根拠のもっとも大きなものは混雑料金だ。ビデオをダウンロードするユーザーのスピードを下げたり、それに課金したりするのは遅い車両の有線順位を下げたり、トラックに割増料金を請求するのと同じという考えである。これだけでは先のアマゾンの例は正当化できないように思われるがそうでもない。ISPは上流のへの接続に変動費用を負担しているので自社ネットワーク内にあるコンテンツは実際に低費用で提供できる。YouTubeへの接続は遅くする代わり、効率のより自社ネットワーク内の(提携している)ビデオサイトは高速にするというわけだ。

ユーザーに異なる料金を請求すること自体も特に不思議なことではない。大抵の市場において行われている価格差別の一つだ。トラフィックが支払い意志と相関しているのならISPの利益になる。過疎地などにおいては採算を取るために必要だと考える人もいるだろう。

さらに、反対・賛成以前に政府が口を出す必要がないという考えもある。ISPはもしネットワークを中立に運営することが社会的に有益であるなら、中立にした上でその消費者余剰を接続費用を上げることで手にする方が(一定の条件のもとでは)効率的だからだ。

これらの問題の上にさらに、「使い放題」として提供しているサービスが規制を行っていいのかという消費者保護政策上の課題、利用規程に小さく書いてある項目の法的有効性を疑う向きなどが合わさって非常に分かりにくい状況になっている。

ちなみにこのネット中立性問題は日本では今のところ騒がれていない。これは大部分の人口が集中する都市部において、ISP同士の競争が激しいことによる。インターネット使い方を制限するようなISPは競争に生き残れない。

逆にアメリカにおいてはある地域にISPが一つしかないというのはよくあることだ。ベイエリアにあるバークレーですら選択肢は二つしかない(AT&TとComcast)。サービスの質も低く、料金に比して接続スピードは十年前というレベルだ。ネット中立性を議論するのもいいが、インターネット接続市場の規制緩和・新規参入促進・分割などを検討すべきともいえる(そもそもBaby Bellの合併を認めるべきではなかった)。

しかし日本もこの問題を避けて通ることはできない。このニュースで取り上げられているとおり政策の焦点は携帯市場に移っている。日本の携帯プラットフォームは非常に閉鎖的だ。つい最近も携帯上の音楽にDRMを導入するというニュースが流れ、音楽のDRMはもはや絶滅に瀕していると考えているアメリカ人を驚かせた。

The company’s harshest words focused on the F.C.C.’s auction of wireless spectrum last year. One block, purchased by Verizon Wireless, specifically required the winner to open the frequencies to any device and application. AT&T bought other blocks of spectrum that had no such explicit conditions. In its statement today, the company noted “that unencumbered spectrum was sold for many billions more” than the spectrum Verizon bought.

但し、ここでのAT&Tの批判はネット中立性そのものというよりもFCCのやりかたに向けられている(これは消費者を直接敵に回したくないということからだろう)。AT&Tは先のスペクトルオークションで他企業のデバイス・アプリケーションへの開放を義務付けらていないブロックを割高で落札している。オークション後に中立性を持ち出すのは卑怯だという批判だ。もちろん排除できるという条件でこそないが曖昧さは否めない。

追記:さらに詳しい記事がArs Technicaから出た。

CentMail

スパム対策の一つとして定期的に話題になるメールへ課金制度がまた一つ:

Will Users Donate a Penny Per Email to Fight Spam, Yahoo Wonders | Epicenter | Wired.com

The idea behind CentMail is that paying to send e-mail — even a single cent — differentiates a real e-mail from spam blasts, and thus, spam filters can be adjusted to let the stamped mail sail right through, according to a report from New Scientist.

仕組みとしては、メールを送る際に1¢の寄付を行い、寄付がなされたメールをホワイトリストするというもの。同様の仕組みは何度も提案されているが、今回は支払いが寄付に向かうという点が新しいようだ。

スパムの問題はそれほど複雑ではない。ダイレクトメール同様、広告にかかる費用が少ない。また他の重要な情報と混ざっているため、ユーザーがそれを選別する必要がありその時点で広告の目的は達成されてしまう。そして選別のための費用は広告主によって負担されない。しかもダイレクトメールと比べるとスパムは圧倒的に低コストである。これはスパムの量が膨大になるだけでなく、その平均的な質が非常に低いことを意味する。

スパム対策が難しいのはあるメールがスパムかどうかが分からないことだ。そのため対策の要は如何にして選別を行うかということになる。

一つには技術的解決法がある。これはベイズ統計を使ったスパムフィルターなどが該当する。スパムの目的は広告であるため、文章から広告がどうかを判断する。

それに対して今回のCentMailは経済的なインセンティブを用いてスパムか否かを送り主自身に表明させる。スパムと正当なメールとの違いは内容だけではない。一通のスパムの価値は極めて低く、有効であるために大量に送信する必要がある。CentMailはこの違いを利用する。一通1¢は普通のユーザーにとっては微々たる金額だが、スパム業者にとっては大きな額である。しかし強制的にメール送信に課金することはできないため、自主的に費用を払ってもらうスキームが必要となる。仮に業者が費用を払ったとしても、スパムの総数は減るしその質は上昇するわけだ。この方式を取る場合のキーは二つだ:

  1. 自主的な参加の促進
  2. 急速な普及

一点目は自明だ。正当な送信者がこのシステムを利用しない限り何も始まらない。初期段階においてスパム防止効果は限定的であり、支払いそれ自体に価値があることが望ましい。CentMailのポイントは支払いを寄付という形にすることでこの問題に対処していることである。

しかしもっとも難しいのは二点目である。一点目とも重なるが、このシステムは多くの正当なユーザーが参加していない限り有効に働かない。極端な話、ユーザーが一人であればメーラーの作成者はそれに対応する理由がないし、それ故に他のユーザーも参加する理由がない。当然スパムは以前通りにメールボックスに届くことになる。このシステムが動くためには、多くのユーザーに参加してもらうと同時にISP・メーラーなどの対応を迅速に行う必要がある。後者の課題については、

  • GMail, Yahoo! Mail, Hotmailなどのような単独で大きなシェアを持つ企業と提携するないし、彼らが始める(CentMailはYahoo!)。
  • オープンソースのソフトウェアに当該機能をコミットする(寄付が開発プロジェクトに向かうという趣旨であれば十分に現実的だと思われる)。

などが考えられる。ISPレベルでのフィルタリングも考えられるがネット中立性との兼ね合い上難しいかもしれない。