頭脳流出はあるのか

国際的な頭脳流出についてForeign Policyから:

Think Again: Brain Drain | Foreign Policy

頭脳流出(brain drain)とは、技能・知識を持った個人が国外に流出する現象を言い、キャピタルフライトに大してヒューマンキャピタルフライトとも呼ばれる。この記事ではその「頭脳流出」が問題だという意見に反論を行っている。まず「頭脳流出」が開発途上国からの不当な奪取(stealing)ではないという三つの主張からみてみよう。

First, it requires us to assume that developing countries possess a finite stock of skilled workers, a stock depleted by one for every departure.

熟練労働者が海外に移住しても、新しい熟練労働者が供給されることが挙げられている。例として挙げられているフィリピンでは看護師の海外移住が有名だが、フィリピン国内の看護師数が少なくなったわけではないそうだ。逆に海外への移住が可能な職業になろうとする人が増えるらしい。

これが頭脳流出が不当な奪取でないことを意味するか。何が不当かによるが、新しい労働者が供給されることは問題がないことを意味しない。もしその供給のために社会の資源が利用されているかもしれないし、他の産業から優秀な人材が特定の職業に集中してしまうかもしれない。

また頭脳流出の頭脳(brain)と熟練労働者(skilled worker)との違いも無視できない。問題が誰でも習得可能なスキルなのか、生まれつきの能力なのかは大きな違いだ。

Second, believing that skilled emigration amounts to theft from the poor requires us to assume that skilled workers themselves are not poor.

熟練労働者の移住が窃盗(theft)であるためには、移住する労働者が貧しくない必要があると主張されている。これはかなり意味不明だ。貧しいが非常に能力の高い人を先進国に強制移住させる場合は窃盗には当たらないのだろうか。

Third, believing that a person’s choice to emigrate constitutes “stealing” requires problematic assumptions about that person’s rights.

最後の根拠は、そもそも政府が国民の移動を制限する人権上の問題だ。これはその通りだろう。人々が移動する権利を持っているなら、そのことを不当な奪取と考えるのは難しい。

頭脳流出(brain drain)と不当な奪取(stealing)がきちんと定義されていないため、以上の前者が後者に当たらないという議論は成功しているとは言い難い。そもそもそのような中途半端な倫理的な議論は省いて本題に入るべきだ。それは、熟練労働者の海外移住が移住元の国にとっても移住先の国にとっても有益だという主張だ。関連する二つの社会にとってプラスであり、労働者自身にとってもプラス(でなければ自発的に移動しない)であるなら、そのような移住が道徳的な問題を持つとは考えられない。別の言い方をすれば、海外移住を認めることはパレート改善である。社会のなかで損をする人はいるだろうが、それは再分配の問題だ。

いくつかの誤った認識が指摘されている:

  • 移住してしまう労働者の教育費用が無駄になる
  • 移住した人は戻ってこない
  • 医者が移住することでアフリカの人が死んでいる
  • 熟練労働者が貿易・投資のつながりを作る

何故それらが誤っているとされるかについては本文を参照してほしい。

個人的には「頭脳流出」という現象は実際に存在すると考えている。特に、スキルを持った労働者というよりは極めて優秀な人材の流出は深刻だ。絶対数が少なく、統計だけを見ているとは分かりにくいだろうが社会に対する影響は広範に渡る。新しい技術を開発したり、企業を起こしたりする人々である。

これはアメリカの教育制度をみるとよく分かる。アメリカの教育は控えめに言ってもかなりお粗末だ。周辺の地価が高くよいとされる学校であっても教科書は人数分ないのが当たり前だ。大学生の平均的基礎学力も低い。中学高校での教育内容が薄いためだ。またちょっと出来のよい学生が給与水準の高い金融・コンサルティングなどに集中する。

その中で研究などを引き受けているの外国人だ。高校まではお粗末な学校制度も、大学レベルで一気にレベルがあがる。この傾向は大学院になるとさらに顕著で、世界のトップとされる大学のほとんどはアメリカにある。学生の多くは外国人であり、アメリカ人のも親が移住してきたなどということが多い。

もし、能力の高い人間が社会にとって重要である(になった)のであればこの影響は甚大だ。海外からの移住がないとすればどうなるか考えてみよう。国内で教育を行って優秀な人材を生産する必要がある。教育に携わったことがあればすぐにわかるだろうが、これは非常に困難だ。勉強で言えば、できる学生はできるのであって、どう教え方が大きな影響を及ぼすことは例外的だ。トップ1%の人間を作り出すよりも、他の国から持って来てしまったほうが遥かに効率がよい。私はアメリカが技術進歩・経済発展を続けている最大の理由はここにあると考えている。

では「頭脳流出」が存在するとしてどう対処すべきか。特に有効な対策はない。優秀な人材を引き寄せようとする国が多ければ、よほどの人権侵害を行わない限りその動きを止めることはできない。例えば、イギリス・カナダなどではビザ・永住権の申請は点数方式だ。年齢・語学能力・学歴・収入・資産などに応じて点数がつき一定レベルを越えれば受給要件を満たす(一般的認識と異なり、アメリカの移民政策は緩くない)。例えばイギリスの労働者ビザは75点を要求しているが、Ph.D.を保有しているだけで50点になる。これに給与26,000ポンド(日本円で400万円以下だ)あれば25点追加でクリアだ。年齢が低かったり、低所得国の出身であればさらに簡単にポイントが集まる。

これは日本にとっては非常に頭の痛い問題だろう。日本社会で普通に生活するためには日本語の習得が必要だが、これは外国人にとっては難しい。実際どんだけ予算をばらまいても優秀な外国人が日本の大学を占拠しているなどという状況は想像もできない。優秀な人材が海外に移住してしまう可能性を認めた上で、それを以下に日本の利益にするかを考えるほうが効率的だろう。具体的な方法については日を改めて考えたい。

頭脳流出はあるのか” への2件のコメント

  1. 頭脳流出が不当な奪取かと言ったら、それは国をどう捉えるかによると思います。人を中心に考えるか、国土や社会システムを中心に考えるか。アメリカは明確に後者だから、積極的に人材獲得を打ち出せるんでしょう。

    日本の右翼の人とかは「日本とは日本民族のことである」と思っているように見えるんですが、一方で日本人が海外に流出すると非国民とか言って怒り出すんですよね。日本が日本民族のことなら、どこで生活しようが構わないと思うのですが。意味わかんないです。

  2. まあ日本は国籍法的にも血統主義ですからね。

    問題はそれによって経済成長に悪影響があるかということだと思います。もし成長「率」に差があれば数十年後には大きな差がつきます。

    非国民云々については的外れですね。仮にある人が大量の税金を使ってエリート教育を受けたとしても、個人にとっては恩恵を受けたとは感じられないはずですから、別に国を裏切っているという勘定もないはずです。

    例えば国立大学の医学部に入ると税金のおかげで金銭面で大きな利益がありますが、それをみんな知っているので入り口で競争が起きます。この競争は期待される利得が競争のための費用と同じになるまで激化するため、最終的には入学による純利得は残りません。多分国立大学医学部の学生に税金に恩義を感じるかを正直に答えてもらえれば、答えはノーでしょう。自分たちはそのために大変な受験勉強をしたのだから当然だと考えていると思います。

    まあその手の主張は基本的に妬みの一種でしょうね。

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