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教科書は人格を歪めない

August 20th, 2010

下らないニュースだけどあまりにも酷いのでここでも突っ込み。

「電子教科書」巡りホットな論争 子どもの人格形成ゆがめるか

「学校教育のデジタル化 子どもの人格形成を阻害」

電子教科書を含む教育現場でのIT活用が人格形成を阻害するなどと言っている人がいるそうだ。もちろん意味不明だ。教科書をデジタルにすると人格が変わるなら、教科書をあまり使わないで説明する先生は生徒の人格を崩壊させているというところか

「ついに学校でまで、かけがえのない人間形成期の子どもたちが多くの時間を電子機器とばかり向き合う時代になった時、ゲーム感覚そのままに、自己中心で勝ち抜くことばかりを考える人間を生み出すことにならないか、今こそ教育現場で議論すべきだ」

ちなみに現在は、子供たちは多くの時間をインクのついた紙とばかり向き合っているわけだがそっちは問題ないのだろうか。それ以前に、そんなに教科書を読む子供はいるのだろうか、若者の本離れはどうしたのだろう。また、電子機器=ゲーム感覚=自己中心という発想はなかなか面白い。ろくに触ったことがないことがありありと窺える。

電子端末が配布されることを「教育の公共事業化とさえいえる」などと指摘した上で

ともあるが、教育はもとからほぼ公共事業みたいなものだろう。完全に税金が入っていないところはほとんどないし、紙の教科書の流通が競争的だという話は聞いたことがない

「教育とはコミュニケーション能力や想像力を高めることです。電子教科書は検索で答えを引き出す事が出来、自己完結型になってしまいます。今の教育のまま電子教科書を導入すると教育の欠陥が助長される事になってしまいます」

ジャーナリストの田原総一朗氏は上のように主張されているそうだが、これはよくあるあやしい論法だ。まず教育といった曖昧な概念について何となく合ってそうな定義を与える。そして、対象がその定義に照らしてマイナスの効果があるので問題だと論じる多くの人は最初の概念の定義を深く考えないので、成程、となるわけだ。しかし、代わりに「教育とは一人で生きていく能力を高めることだ」と定義すれば、一人で答えを引き出せる素晴らしいツールだということになる。曖昧な概念について自説を通すには有用なテクニックだ。

ワンマンアカデミー

June 9th, 2010

ヘッジファンドに勤めていた男性がYouTube上に1200以上のレクチャーを公開している。

A Self-Appointed Teacher Runs a One-Man ‘Academy’ on YouTube

This upstart is Salman Khan, a 33-year-old who quit his job as a financial analyst to spend more time making homemade lecture videos in his home studio.

Salman KhanさんはKhan Academyというサイトを運営している。Khan Academyがカバーする内容は数学・化学・物理学そして元本業の金融まで多岐に亘る。レベルとしては中学から大学受験+αといったところだろうか。

The resulting videos don’t look or feel like typical college lectures or any of the lecture videos that traditional colleges put on their Web sites or YouTube channels.

大学が講義をビデオで公開するというのはもはや珍しいことではない。YouTubeには大学専門チャンネルまで用意されている。しかし、大学のビデオはあくまで大学の講義を実際に後ろで撮影してアップロードしたものにすぎないことがほとんどで、新しい視聴環境に適応しているとは言い難い(そもそも普通の大学の講義が有効な教授法だと思っている人のほうが少ないだろう)。

ビデオは長くて一つ十分ほどしかないし、講義している本人は見えない。真黒なキャンバスに絵や数式が書きこまれるだけだ。実際のクラスに行くと講師が見えるのはそこにいるから眼に映るだけで別に見えなくても構わないわけだ。

この試みは旧来の教育、特に経験の重視に大きな疑問を投げかける。高校でも大学でも教員は長年教育に携わり、経験が重要視される。しかし、Khanさんは自分がそれほど詳しいとは思わない分野でも、大学の先生を含めその話題に詳しい人に声をかけ、夕食の席などで話を聞いたらもう講義を撮影してしまう。

この方法がうまくいくのには二つの理由があるだろう。一つは講義している本人が優秀なことだ。教育の知識や経験は当然重要だろうが、教える本人の頭の良さも極めて重要だ。中学生や高校生が勉強で分からないことがあれば、まずクラスの成績のいい知り合いに聞くだろう。現状の教育制度では(日本であれアメリカであれ)本当に頭のいい人が集まるようにはなっていない。二つ目は視聴者の質だ。わざわざサイトにアクセスし講義ビデオを視聴する人は新しい内容を知ろうという意欲がある。この二つは相乗効果を持つ。学生をやる気にさせるという作業が必要なければ、より内容の理解や説明の仕方が重要になるからだ。これは日本で学生が教える学習塾がそれなりの成果をあげているのと基本的に同じ理由だ。

また、教育において経験が重要だとしても、単に教え続けるだけで効果がでるという部分は小さいとも考えられる。人気で収入が決まるような予備校であればいかに支持を集めるか教え方を常日頃から考えるプレッシャーにさらされるが、大学を含め大抵の教育機関では不祥事さえ起こさなければ大きなペナルティーを受けることはない。勿論よりよく生徒に理解してもらうための努力をする先生方も多いだろうが、そうしなければならない強いインセンティブがない以上多くを期待することはできない。

さらに、このサイトの興味深いところは彼本人がここから収入を挙げていることだ。ビデオは無料でYouTubeにアップロードされ、クリエイティブコモンズで公開されている(例えば日本語版を作って同様に公開することができる)が、寄付は既に15万ドルを超えている。これだけの試みを成功させれば、講演や執筆でも食べていけるだろう。彼はフルタイムの仕事を辞めて、自分の家でこれを本業にしている。

一人で全てを賄ったことはブランディングを非常に有利にしたし、参加者間のコーディネーションの問題を解決した。専門家が集まってビデオを公開するサイトを作ろうというアイデアを思い描いた人は大量にいるだろうが、実際に多くの人を動員して協調作業を行うのは難しい。このKhan Academyを見ると、Wikipediaを始めウェブ上でのコラボレーションがもてはやされいても、最終的に鍵となるのは行動力だということが分かる。Wikipediaのような試みが成功したのは、並はずれた行動力のもとでウェブを通じたコラボレーションを進めたからであって、ウェブを使えばうまく人が集まって何かができるというわけではない。

本のある環境

June 4th, 2010

親の収入や学歴が子供の教育水準に影響するというのはよく知られた話だが、家にある本の量の方が予測力が高いそうだ:

Book owners have smarter kids – Laura Miller – Salon.com

growing up in a household with 500 or more books is “as great an advantage as having university-educated rather than unschooled parents, and twice the advantage of having a professional rather than an unskilled father.

子供の教育年数に対して、500冊以上の本がある家で育つことは、親が大学教育を受けていることや、専門職で働いていることと同じレベルの効果をもたらしているそうだ。

simply giving low-income children 12 books (of their own choosing) on the first day of summer vacation “may be as effective as summer school” in preventing “summer slide”

夏休みに12冊の本を渡すだけで、低所得の家庭の子供が遅れを取るのも防げるそうだ。これは夏休み学校に行かない期間が長く続くことによって家庭環境の差が子供の成績や生活に強い影響を与えるという問題を解決しうる。

しかし、本を買うのが非常に困難というほど低所得の家庭は少ないし、図書館では無料で本が借りられる。これだけの効果があるならどうして本へアクセスできない子供が多いのか。

Most likely, books and reading feel like the privilege and practice of an unfamiliar world: a resource that’s out there somewhere, but not entirely accessible.

その答えの一つは、本を買って読むという行為が異質なものとして捉えられていることにある。要するに本屋や図書館に行くのに気後れするということだろう。

As homey as a bookstore or local library branch might feel to you or me, they can make other people feel insecure, out-of-place and clueless.

著者はコミックを友達に買ってきてもらおうとしたときにこの感覚に気付いたという。初めてクラブやバーに行った時の感覚に近いだろう。そこがどんな場所かも知ってるし、高すぎるというわけでもないのに何か浮いているように感じるものだ。

もしこういった気後れが原因で子供に読書の機会が与えられないのであれば、本を家庭に配ったり、親子で本屋や図書館に行くような機会を作ることは効果的な作戦となる。

夫婦採用

May 27th, 2010

共働きが一般化すれば、夫婦が同じ場所で仕事を得られるかという問題が生じる。

The Intricacies of Spousal Hiring – Run Your Campus

And when I finished, I realized, to my astonishment, that of the 17 I had picked, no fewer than eight had spouses who also taught at the university—seven of them as tenured professors.

ジョンズホプキンスの元ディーンが、17人のファカルティについて紹介を書こうとしたところ、そのうちの8人が配偶者が大学で働いていることに気付いた。しかもうち7人はテニュア付きの教授だった。アカデミックなキャリアを選ぶ人基本的に大学の外にでないので夫婦揃ってアカデミックというのはよくあるパターンだ(アメリカでは36%)。

Spousal hiring is often described as a “problem” to be solved, or as “the next great challenge facing universities,” to quote “Dual-Career Academic Couples,” an influential 2008 report published by Stanford University.

一般に夫婦での採用というのは大学にとって難しい問題だ。大学のポストの数はそう変えられないし、テニュア審査との兼ね合いもある。例えば有名な学者を採用するために、その配偶者を採用すると本人にとっても同僚にとっても微妙な空気が流れるだろう。

この問題はアメリカで深刻だ。共働きが一般化しているだけでなく、結婚において似通った学歴の配偶者を選ぶ傾向が強まっている。大学の場合特に顕著だが、都市が散らばっているのも二人の仕事を地理的にマッチするのを難しくする

この傾向は都市への集積を加速する。都市化の大きなメリットの一つは雇用主と労働者とのマッチングだが、同じ場所で二人が専門職を探すとなれば、それだけ分業の進んだり巨大な都市が望ましい。例えば東京経済圏であれば通勤圏内に数多の大学が存在するため、一つの大学が夫婦同時採用を考える必要はない(注)。

(注)外国人研究者を呼びたいならこの点をアピールできるかもしれない。ただ外国人が複数の大学でポストを探したり、普通の大学が外国人を受け入れたりするのは現状では難しいので専門にマッチングサービスを提供すべきだろう。

School of Hard Knocks

May 19th, 2010

アメリカのCEOがどんな大学を出ているか(@gshibayamaさんのtweetより):

Top 10 CEO Undergraduate Alma Maters

  1. University of California
  2. School of Hard Knocks
  3. Harvard College
  4. University of Missouri
  5. University of Texas
  6. University of Wisconsin
  7. Dartmouth College
  8. Princeton
  9. Indiana University
  10. Purdue University

殆どが州立大学のシステムだ。これには四つほど理由が思い当たる。

  1. アイビーなどにくらべ大学の規模が遥かに大きい
  2. アメリカの普通に優秀な人は州立のフラッグシップに行くことが多い(私立は学費が桁違いだし、卒業生の子弟を優遇するレガシー制度がある)
  3. キャリアを積んでからビジネススクールなどでトップ校に行く人も多い
  4. 私立トップ校にいくとそのままウォールストリートなどに就職する可能性も高い

それなりに優秀な学生が近くのいい大学に安く行き、ファイナンスやコンサル業界はネットワークがなく難しいこともあり、事業経営の世界に突き進むというシナリオはありそうだ。

ちなみに、第二位に上がっているSchool of Hard Knocksは知る人ぞ知る隠れた名門校…ではなく、

The School of Hard Knocks or the School of Hard Knocks and Tough Surprises is an idiomatic phrase meaning the (sometimes painful) education one gets from life’s usually negative experiences, often contrasted with formal education. (wikipedia)

大学を出ずに大企業のCEOにまで上り詰めた(というか自分で大企業を作り上げた)ということだ。