移民の効果

アメリカにおける移民の効果について、大変常識的なレポート

The Economics of Immigration Are Not What You Think

more than one-third of recent immigrants come from Europe and Asia, while less than 57 percent have come from Mexico and other Latin American nations.

まずは、アメリカ人が抱きがちな移民に関するステレオタイプを否定する。最近の移民のうち1/3はヨーロッパとアジア出身で、メキシコやラテンアメリカからの移民は57%以下だという。これでも非常に多いように思われるが、背景には(主に移民に反対する)アメリカ人にとっての移民=メキシコ人という認識がある。

While more immigrants than native-born Americans lack high school diplomas, equivalent shares of both groups have college or post-college degrees

移民は教育を受けていないというのも正しくなく、高校を出ていない人は移民の方が(割合的に)多いものの、大学や院の学位を取得している率はネイティブと変わらない。

these undocumented people, who account for 30 percent of all recent immigrants, embody some traditional values much more than native-born American

特に問題視される不法移民は30%程だがネイティブ以上に伝統的な価値観を持っているという。特に勤労意欲が高く、パートナーと子供を育ている割り合いが高いとのこと。

there’s simply no evidence that the recent waves of immigration have slowed the wage progress of average, native-born American workers.

経済的影響についてだが、まず雇用に対する影響は全く見られない。移民も消費するし、そもそも雇用は基本的に金融政策によって決まる(これが全然うまく行っていない場合は別だが…)。

Overall, in fact, the studies show that immigration has increased the average wage of Americans modestly in the short-run, and by more over the long-term as capital investment rises to take account of the larger number of workers.

平均所得は上がる。分業が進むので短期的にも生産性は上がるし、長期では一人当たり資本も新たな人口規模に合わせて増えるためさらに生産性が向上する。

Among workers, the winners are generally higher-skilled Americans […] The losers are generally the lower-skilled workers who have to compete for jobs with recent immigrants.

標準的な貿易理論通り、高スキルのの労働者がその恩恵を受ける一方で、競争に晒される低スキルの労働者の賃金には負の影響がでる(前者の方が大きいので平均生産性は上昇する)。

[…] recent research also shows a strong entrepreneurial streak, with immigrants being 30 percent more likely than native-born Americans to start their own businesses

また、移民は自ら事業をおこす確率は30%も高い。長期的には財政に対する影響もプラスと考えられる。

移民については「移民が必要な本当の理由」、「失敗を責めない社会」、「逆頭脳流出」もどうぞ。

Intel STS

トーマス・フリードマンの移民推進を謳うOp-Ed。

Op-Ed Columnist – America’s Real Dream Team – NYTimes.com

Intel Science Talent SearchはもともとWestinghouseがスポンサーしていたイベントだったが、1998年からはIntelがスポンサーとなりその名を冠するようになった。毎年40人のファイナリストが選ばれ、最大$100,000の奨学金が授与される。過去に複数のノーベル賞・フィールズ賞受賞者を輩出している。

フリードマンは今年のファイナリストの大半の名前をリストアップしている。それが以下だ:

Linda Zhou, Alice Wei Zhao, Lori Ying, Angela Yu-Yun Yeung, Lynnelle Lin Ye, Kevin Young Xu, Benjamin Chang Sun, Jane Yoonhae Suh, Katheryn Cheng Shi, Sunanda Sharma, Sarine Gayaneh Shahmirian, Arjun Ranganath Puranik, Raman Venkat Nelakant, Akhil Mathew, Paul Masih Das, David Chienyun Liu, Elisa Bisi Lin, Yifan Li, Lanair Amaad Lett, Ruoyi Jiang, Otana Agape Jakpor, Peter Danming Hu, Yale Wang Fan, Yuval Yaacov Calev, Levent Alpoge, John Vincenzo Capodilupo and Namrata Anand.

なんだ、外国人ばかりかというと全くそういうことはない。

O.K. All these kids are American high school students. […] The awards dinner was Tuesday, and, as you can see from the above list, most finalists hailed from immigrant families, largely from Asia.

全員がアメリカの高校生で、主にアジアから移民の子供達だ。

Because when you mix all of these energetic, high-aspiring people with a democratic system and free markets, magic happens.

移民が必要な本当の理由」で書いたのと基本的に同じことだ。やる気に溢れた人々を適切なシステム=民主的な政治と自由市場と組み合わせることで凄い結果が生まれる。

Today, just about everything is becoming a commodity, except imagination, except the ability to spark new ideas.

その根底にあるのは、コモディティ化で新しいアイデアを生み出す能力だけが重要になっていると言う。そしてそういった能力を持つ人材を集める有効な方法がこういったコンテストであり、適切な移民の受け入れだ。

コモディティ化を免れているもう一つの要素はネットワークだろうが、このような催しは優秀な人材がお互いを知り合う機会も同時に生む。日本でも同じような試みは行われていないのだろうか。

起業家ビザ

逆頭脳流出」では、アメリカが外国から優秀な人材を惹きつける力が落ちているのではないかという懸念されていたが、その例が記事になっている。

Silicon Valley is losing foreign-born talent

Silicon Valley may be the cradle for tech start-ups, but some foreign-born executives, engineers and scientists are leaving because of better opportunities back home, strict immigration laws here and the dreary California economy with its high cost of living.

四つの原因が指摘されている:

  1. 祖国での機会が増えている
  2. 移民政策が厳しい
  3. カリフォルニアの経済が良くない
  4. 生活費が高い

1に関してはアメリカが出来ることはないし、4は都市が発展すれば自動的に起きることだ。それに対し、2,3は改善の余地がある。カリフォルニアが特別に調子が悪いのには莫大な財政赤字があり、これは新しい政策を始めるのが簡単なのに税金を導入するのが難しい制度に一端がある。また、アメリカの移民政策は実はかなり制限的だ。最も一般的な労働ビザは雇用主がスポンサーになるため、労働者にとっては雇用主への交渉力がなくなり非常に不利だ。

Foreign-born students earned 16.6% of the total degrees awarded in science and engineering programs from local colleges and universities in 2007, compared with 18.4% in 2003, the study says.

こういった状況の中、外国人の学位取得者も減少中という(これが統計的に有意なのか分からないが)。

“For the first time, immigrants have better opportunities outside the U.S.” Often, a lack of work visas blocks foreign talent from staying.

これが上に述べたビザの問題だ。アメリカは移民が過ごしやすい文化を持っているが、法的な面では永住権を取得するまでの(通常)六年間、悪く言えばこき使われる可能性が高い。だから母国の経済が発展していれば敢えて残ろうとはしないのは自然だ。

Feld’s organization has helped shape the StartUp Visa Act of 2010, introduced last month by Sens. John Kerry, D-Mass., and Richard Lugar, R-Ind. It would grant immigrant entrepreneurs a two-year visa if they have the support of a qualified U.S. investor for their start-up venture.

この問題に対して、現在起業家用のビザ制度を用意する動きが進んでいる。アメリカの投資家から投資を受けたベンチャー企業経営者をサポートするものだ。一体何がベンチャー投資と言えるのかが曖昧という問題はあるが、現状でもEB5などを使えば実質的にビザを買うこともできるわけで正確な定義を議論することに意味はないだろう。

逆頭脳流出

アメリカからの頭脳流出に警鐘を鳴らすRichard Floridaの記事:

Is the U.S. Facing a Brain Drain?

From the beginning, I’ve been worried about this talent shift. Two things are happening. Countries such as Canada, Australia, and New Zealand are going after our best and brightest. In China and India, the best and the brightest are staying.

近年、カナダ・オーストラリア・ニュージーランドなどが優秀な人材を取り組む努力をしているという。実際アメリカの移民政策はそのイメージよりも厳しい。他にもイギリスやシンガポールなど英語が公用語の多くの国が積極的な受け入れを行っている。また、同時に長く人材の供給元であった中国・インドにおいて流出の減少と帰国が目立っている。

もちろんネットでみればアメリカに流入する人材の方が遥かに多いだろうが、その傾向に変化が見られていることに対する懸念だ。

How to save Detroit, how to stimulate the mortgage industry. This flight of talent out of this country is actually a much more fundamental problem than anything talked about in Washington. Keeping top talent here as well as attracting top talent to our shores is a fundamental economic advantage.

国内問題がクローズアップされているが、人材の流出はそれらよりも遥かに十代な問題だと主張されている。これは日本にも当てはまるだろう。文化・言語の差によって人材の移動が制限されている面はあるが、これからもそれが続くとは限らない。

I think that the important core of American ingenuity is not American ingenuity. It’s the ability to attract the world’s best people.

アメリカの強さは最高の人材を惹きつける能力にあるというのは全面的に賛成だ(逆に言えば個々の政策レベルでアメリカを参考にするのは危険ということでもある)。

One of the biggest tools foreign companies have is our business schools. All these great companies are coming to recruit.

まあビジネススクールの人材がそれに当たるかどうかは分からない。むしろ理工系の人材供給を考えた方がいいとは思う。

移民が必要な本当の理由

少子化に伴い大規模な移民受け入れの是非が日本でも議論されるようになった。長所・短所見極めることが肝要だが、あまりとりあげられないメリットがあるので紹介したい。しばらく前に読んだ記事になかなかいいストーリーがある。

America’s Secret Innovation Weapon: Immigration – GigaOM

Immigrants come to the United States and take menial jobs so that their children have a chance at a better future, he told me. While the jobs they take are below their intrinsic capabilities, they’re focused on giving their children a better life, not personal job satisfaction.

著者は父親から聞いた話を取り上げている。移民は生来の能力に見合わないような卑しい仕事につき、子供のために働く。

Second-generation children, seeing how hard their parents work to give them an opportunity, in turn work hard at school, where, he noted, they often focus on mathematics and science in pursuit of the economic returns promised by careers in engineering and medicine.

二世は親が開いた機会を活用し、工学や医学などを目指す。

Third-generation kids figure the economic return on effort expended is better for business and legal professionals and pursue those professions instead of technical ones.

三世はビジネスや法律関係の仕事の方が技術職より効率的に儲けられると気づきそういった職につくようになる。

By the fourth generation, any immigration-related incentives to work hard are largely nonexistent.

四世にもなると移民という出自に基づく、勤労へのインセンティブはなくなる。

この話はかなり現実に基づいたものだ。「どうして三世の所得が低いか」では次のように書いた:

移住を決意する外国人は平均的に能力が高い。しかし、彼ら自身は移民に伴いそれを完全に生かすことができない。その子供である第二世代はその高い能力を受け継ぐ一方、高度の教育を受け高い所得を得る第三世代になると、遺伝的能力は平均に回帰していくため、集団としてのアドバンテージは消えていく

上のストーリーが基本的に正しいことがわかる。海外の移住を決意する人間はたとえ学歴や資格、既に確立された地位がなくとも平均的にいって能力が高いはずだ。

日本では移民自体ほとんどいないのでこれは実感できないかもしれないが、これは感覚的にも正しいように思う。日本人の永住者を含め、アメリカでの移民の多くに当てはまる。第一世代の移民は文化や言語の問題もあり、あまり社会的な活躍ができないが平均を有意に上回る能力を持っている。

これは大学院に留学してくるような層だけについての話ではない。国境をまたいで渡ってくる人間は自分の能力が高く、それが自国ではいかせないが故に移住するのだ。

さらに軽視すべきではないのでは、単純な能力だけでなくリスクに対する態度だ。たとえ能力が同じ人間であっても自分の故郷から離れ外国に住み着こうとする人間は遥にリスクを受け入れることができる人間だ

日本は特にリスクをとれる人間が足りない。優秀でリスクのとれる人間が少ないと、思い切ってリスクをとった人間に対する目も冷たくなってしまう。新しくビジネスを始める人間が、優秀でリスクのとれる人間と見られるか、他に何もできない社会から外れた人間と見られるかの差だ。

二世に関する議論も妥当だ。親がお金を稼いでいる現場をみて育つことの多い二世は教育を受け、より効率のよいビジネスを目指すことも多いし、逆にお金の関わらない学究の道を歩むことも多い。どちらも社会にとって大きなプラスをもたらす。

移民に関する議論はゼロサムをベースに考えるべきではない。ビジネスを起こす人間、科学や工学の研究に従事する人間は決められたパイを奪っていくのではない。いかにパイの全体を増やしていくかが問題だ。

そしてまた移民を受け入れることで問題が生じるという時それが移民であるがゆえの問題なのかを考えて欲しい。移民は自分や子供の生活をよくするためのたくさんのエネルギーをもった存在だ。それが問題を起こすなら、まずすべきことは自分たちの生活を改善するというごく真っ当な欲求が社会のためになるような仕組み作りだ。これは移民がいなくても同じことだ(参考:「金儲け=悪」の話を絵で説明してみる)。ただし、移民には社会の暗黙の了解や固有の道徳はなかなか通じないので、それらになるべく頼らないような設計を心がけたい

コメントについての追記

clydemenderさんのご指摘のとおり、最後の一文:

ただし、移民には社会の暗黙の了解や固有の道徳はなかなか通じないので、それらになるべく頼らないような設計を心がけたい

は実はこのポストのポイント。自国民ではうまく回っている社会も、それが「社会の暗黙の了解や固有の道徳」に依存している場合には移民を受け入れてもうまくいかない。移民が一般的な国家においては、常識・道徳の類は自然に明文化された法律によって置き換えられている。移民の問題を抜きにしても、社会の変化が激しい状況ではこういった依存から抜け出すべきだろう。

また生永雄輔さんからは以下の指摘があった:

米州では成功している事と、欧州で失敗している事の比較がないのが気になる。多分移民を考えるにあたって、一番比較しやすいのはこの両者じゃないかと。

これももっともな指摘だ。私自身はヨーロッパで暮らしたことが(すごく小さいときを除き)ないので、何も言えないが関心がある。そのうちヨーロッパの人に聞いてみよう。もちろん数字を見ていくことはできるが、クロスカントリーの統計分析になってしまいあまり生産的とは思えない。