アメリカでの資格

この前、資格についてコメントさせて頂きましたが、その続編を書かれているので再コメントコメントさせていただきます。前回のポストについてはこちらのご紹介も頂きました。

統計学+ε: 米国留学・研究生活  アメリカでは資格を取れ

このうち、
アメリカでは「シグナリング」が果たす役割が
日本と比べて非常に大きい
という印象を私は持っている。

アメリカで「シグナリング」が大きな役割を持っているというのはその通りだ(逆に独占業務の方については思想的背景から限定的で、しかも外国人には法的に・実質的につけないものも多い)。

その理由は二つだ:

  • 労働者の質のばらつきが激しい(サポートが広い)
  • 教育課程でのシグナリングは不十分

前者に関しては、アメリカで生活したことがあればすぐに分かる。何の情報もなしに労働者を取ってきて何かを期待するというのは非常に分が悪い。別の言い方をすれば言葉は悪いが下に限りがない識字率すら問題になる)。何らかの方法で自分がある程度の能力があると示すことは極めて重要だ。

後者はアメリカの学校制度による。アメリカでは出身大学によるシグナリングがあまり効果的ではない。入学に筆記試験がないし(SATはあるが簡単なので尺度にならない)、授業料が高いためトップ校に優秀な学生が集中することもない。これはほぼ筆記試験のみで選抜し、学費の安い日本の国立大学とは全く異なる。例えばハーバードの学部の入学率(matriculation rate)は八割に届かない。博士課程の進学者を見てもトップ私立大学の学生はそれほど多くない。学費の安い出身地の州立大学の中でもっともレベルの高いキャンパス(フラッグシップ校)に進学し、大学院で所謂トップ大学に進むというというパターンがよく見られる(こちらは授業料を払うことは基本的にない)。

この影響は大学生の学力を見れば分かる。バークレーの学部生は州立の大学としてはトップのはずだが(もちろん大学院もだが)、その内実はかなりお粗末だ(現役生・卒業生の方々怒らないように)。近年、東大生のレベルの低下が嘆く向きがある。昔と比べてどうかはよく分からないが、正直胸を張れたものではない。しかし、アメリカの大学生の学力、特にばらつきは、日本の大学と比べると想像を絶している

出来のいい学生は確かにとてもよくできる。卒業後トップレベルの大学院へと進学する人がいるわけだから当然ではある。しかし、平均的な学生の出来がいいとはとても言えない。成績が重要なためよく勉強はするがそういう学生に限って意味不明な質問をすることも多い。さらに平均以下の層は驚くほど基礎ができていない。関数電卓がないとちょっとした式変形もできないし、ちょっとしたグラフも描けない(例えば[latex]x+\frac{1}{x}[/latex])。もちろん私が相手にしているのが経済学部の学生というバイアスはあるだろうが、日本ではそんな学生はいなかった。大学院で経済を専攻する学生が最低でも学部のうちに実解析程度は履修していることを考えれば、授業を成立させるのが困難なほど学生のばらつき具合だ

ではアメリカの学生はどうやって自分を他の学生から差別化しているのか。基本的には二種類だ。

  • ネットワーキング(インターンシップ)
  • 大学院や資格など

前者はコネクションを作ることだ。主にインターンシップやフラタニティを通じて行われるようだ。後者が資格である。ただアメリカでは職になる資格(弁護士・医師など)は大学院への進学が必要である。よってそれを目指す学生は成績維持・ボランティア・課外活動などに精を出す。

日本人ならどうか。前者はかなり難しい。言葉の問題がなかったとしてもコネクションが少ないし、永住権・市民権がなければ企業にとっては余計な負担になる。また労働ビザ(H1)の発給数には限りがあるので単にアメリカで大学を卒業しただけでは苦しい。

よってアメリカに済むなら後者を選択することになるだろう。労働ビザの発行数は院卒だと別枠になる(研究職ならそもそも上限はない)。ロースクールは語学から、メディカルスクールは国籍から困難であるため所謂理系の大学院に進むのが一般的には理にかなっているだろう。ビジネススクールもよいが語学の壁があるのは否めない。言うまでもないが、ここでの語学の壁というのは会話ができるできないのレベルではない。

二種類の方向性がある。一つはテクニカルな学位を取得し仕事を得ることだ。語学の壁はほとんど問題にならない(=普段流暢に会話し、こちらの話を聞く気が最初からある相手にプレゼンできる「程度」でよい)。比較優位があるばかりでなく、そのような仕事への報酬はアメリカの方が格段によいだろう。

もう一つは逆に日本語を生かす方法だ。日本の経済規模・人口は世界有数であり、また英語がロクに話せないことにかけても先進国トップではなかろうか。そのため日本人が稀有な業界であれば日本語を役に立てることもできるだろう。程度の差はあるが、会計・証券販売・司法などがこれにあたる。但し一つ目の道に比べると語学の壁は高い。日本語・日本とのコネクションを強みにするにしてもアメリカ人との競争を避けることはできない(メディアもこれに当たるだろうがアメリカ人との競争は余りにも厳しいだろう)。

もちろん二つにさっぱり分かれるわけでもない。非常にテクニカルな面で優れた会計士もあり得るし、日本の企業や特許制度をよく理解したエンジニアもあり得るだろう。どちらにより大きな強みがあるかを認識した上でそれを足がかりに両者を共に利用したいところだ