保険契約者の過剰保護もやめよう

前回のポスト(借り主の過剰保護はやめよう)に関連してs_iwkさんから保険業界での同じような流れについての情報を頂いたので紹介したい:

「保険約款の失効規定無効」東京高裁判決を読むソニー生命

経緯

そのAさんは平成18年夏に突発性大腿骨頭壊死症と診断されます。そして秋から治療を開始します。保険料は平成19年1月・2月と続けて残高不足で支払い ができませんでした。銀行口座の残高不足です。生命保険は保険払込期間の翌日末までに払い込まれないと、すなわち翌月末まで払われないと、預金振り替え貸 付け等がない限り自動的に失効します。この二つの契約は保険契約は失効しました。

要するにこのAさんは保険料を支払わなかったため約款に基づき保険契約が失効した。

Aさんは3月8日に払い込まれなかった2ケ月分と3月分のとの保険料を用意して、て「保険契約の復活」を申し込みます。

保険が失効しても保険料を払えば契約は元に戻せます。しかし健康状態に問題があればだめです。Aさんはその健康状態を理由として復活の手続きを拒絶されます。

それに対してAさんは未払い分を後で払い込んで保険契約を復活させようとしたが、健康状態を理由に拒絶された。

ソニー生命を相手側として「保険契約が存在することの確認」を求める裁判を起こしました。第一審の横浜地裁ではAさんの主張は認められません。そして東京 高裁で争います、東京高裁で2009年9月30日に判決がありました。逆転してAさんの主張が認められました。判決で保険契約は失効しておらず、契約はそ のまま存在していめことが確認されました。

これに対してソニー生命を訴え、高裁でAさんの主張が認められた。

何が問題か

このケースの問題は事後的な救済が事前のインセンティブに悪影響を与えるということだ。病気のAさんが可哀想なので大企業たるソニー生命はせこいことを言わないで救済しろ、という動機は「善い」のだろうがこういった判決は生命保険会社の行動に影響を与えることが十分に考慮されていない。

判決文には保険会社のフォローの様子があります。契約からの期間が短いのですが繰り返し保険料未払いを起こし、一度は失効も復活もしており、担当者が繰り返し注意喚起しています。

ソニー生命は支払いをしなければ失効することを繰り返し説明しており、Aさんがそのことを理解していなかったとは考えにくい。少なくともソニー生命は説明責任を果たしている。

消費者契約法10条は「民法の基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。」と定めているのです。

根底にあるのはインセンティブを理解しない消費者契約法だ。ある契約が総体として確実に一方に不利であれば、そこから何か交渉に問題(例:詐欺)があると推定するのは構わない。しかし、複雑な契約の一部、一局面で一方が不利であることは交渉に不備があることを意味しない。保険契約とはまさに局面に応じて利得をやりとりしリスクを売買するための契約だ。

この判決の結果、保険会社は契約者が支払いを怠った場合のリスクを抱えることになる。よって契約時にそのリスクが低い人だけを選ぶか、信用力のない人にはプレミアムを要求するようになるだろう。逆に契約者側は一度契約を結べば支払いが滞っても保障が続くため支払いを優先しなくなる。これにより保険会社は一段と慎重になるというサイクルが始まる。結果は保険市場全体の縮小であり、リスクの高い信用力の低い消費者が保険という商品を購入できなくなるという結末だ。賃貸市場とまったく同じパターンだ。過剰な保護をやめることが結果的には消費者の利益になる。

消費者が約款を完全に理解して契約を結ぶというのは非現実的であり、その費用も正当化できない。よって保険会社が適切な説明責任を負うというのは妥当な規制だ。しかし、正当な説明のもと契約が締結されたあとに事後的な考慮によって契約を反故にするのは間違っている。商業は契約が遵守されることによって成り立っている。

追記

unoさんから次のようなコメントを頂きました:

本判決は、ソニー生命が何らかの理由で、法的に疑義がある無催告解除に拘泥して戦ったために破れたという事例に過ぎず、法曹界が経済学音痴であることを示す事例としては不適切かと(元ネタのリンク先の書き方が不適切だと思います)。

これについては、以下のような返答をさせて頂きました。

法律関係の文章は背景や前提知識が多く門外漢には実態がよくわかりません。法律に経済学的な見方を導入していくには両方の分野から集まって考える必要がありますね。

また結論としてあげられている次の一節は重要です。

問題は、経済学的に望ましいと言うだけでは、法律上の”主張”にはならない、ということですので、そこをどう解決していくかということでしょうか。

私なりの解釈は以下のようなものです。

この例で言えば催告に掛かる費用と契約者の質・量の変化を関連づけるモデルを作り、どのような催告に関する義務を保険会社に負わせると何が起きるかをシ ミュレートして最善のルールを選ぶ必要があります。この部分は基本的に経済モデルであり、それを当事者が主張の根拠と提示し、裁判所がその優劣を見極める という仕組みが望ましいでしょう。

以上、様々な専門家の方がのご意見を頂きました。ありがとうございます。

保険契約者の過剰保護もやめよう」への8件のフィードバック

  1. おっしゃることはよく分かります。ただ医療/健康/傷害/生命保険については、その社会的意義を認めるのであれば、加入や復活の拒否をなるべく認めない代わりに、未払い分の取立ての権利もより強く認める、という方向に持っていった方が社会的に望ましいのではないか、と個人的には思います。

  2. Willyさん:
    >ただ医療/健康/傷害/生命保険については、その社会的意義を認めるのであれば、加入や復活の拒否をなるべく認めない代わりに、未払い分の取立ての権利もより強く認める、という方向に持っていった方が社会的に望ましいのではないか

    契約執行が不明瞭な現状よりはそちらのほうがいいですね。ただ、社会的に望ましいならそういう契約の保険を民間の保険会社が提供するように思います。あまり政府の介入が必要なようには感じません。

  3. (保険契約の場合のスペシフィックな議論は知りませんが)継続的契約では無催告解除特約の有効性に疑義があるということは、当然保険会社もわかっているはずですので、保険会社にとっては想定すべきリスクの範囲内の出来事ではないでしょうか。
    本件は、過去2回契約の復活を認めていること、期限の一週間後に支払おうとしていること、Aさんに病気が判明しており、(詳しい事情はわかりませんが)保険事故が発生することが明らかな状況になって、保険会社が従前の対応を変えて、保険の復活を認めなかった、という事情があるので、個人的意見としては結論は正当だと思います。

    事後のインセンティブという点では、消費者からすれば、少しの契約違反で保険契約が解除されるのであれば、逆に、保険料を支払っても、(よくわからない保険約款上の義務違反などと)保険会社から難癖つけられて保険金の支払いを受けられないのではないかと、萎縮して、そもそも保険に入ることを躊躇するということにならないですかね。
    例えば、レンタルビデオで、一週間300円で、延滞料一日あたり300円というビデオ屋と、一週間100円だけど、延滞料一日あたり1000円というビデオ屋なら、つい遅延してしまうこともあるので前者の方がいいと思う人もいるのではないかと思います。

  4.  経済学は「金儲けのための理論」であり、法学の「社会正義」のほうが優先される、というのが法学者の脳内です。それが結果的に弱者を苦しめても、また場当たり的な「弱者救済法」を制定してさらに弱者を苦しめ、その悲惨な結果を「新自由主義」に求めているのが司法界の現状です。
     保険料の滞納を無条件に許すと、自動車事故を起こした後に保険料を滞納し、ムチ打ちの症状が出てきたら追納・復活ということも可能で、これは法律家が嫌いな「投機」のようにも思えます。
     この事例では、原告は確かに同情すべき存在ですが、傷病者の貧困は社会保障で対応すべき問題であって、その立法のツケを、司法が法を歪めて民間企業に負わせるというのは納得がいきません。ソニー生命の対応も今時珍しいほど立派なもので、これで「確定日付のある証書がないからダメ」などというのでは、かえってモラルハザードが起こり、企業は法的になんら効果が認められない担当者による説明や催促をやめ、配達証明一つで催告を済ませるようになるでしょう。それで「法的義務は果たした」と言われて、困るのは消費者です。
     滞納は何ヶ月まで許されるか、どういう場合を投機的滞納として無効とするか、失効後の復活にはどこまで追徴金が認められるか、そういったことを消費者と業界が話し合って立法をすればいいだけです。最近こういう「弱者救済」の判決が目立ちますが、いい加減、自分たちの偽善に気付いてほしいものです。

  5. >継続的契約では無催告解除特約の有効性に疑義があるということは、当然保険会社もわかっているはずですので、保険会社にとっては想定すべきリスクの範囲内の出来事ではないでしょうか。

    これは程度の問題かと思います。このケースでは催告は行われています。一番まずいのは裁判所まで持っていかないと想定すべきリスクの範囲内が確定しないことではないでしょうか。

    保険約款を全員が理解するのは不可能なので、一定の雛形を法律が容易してそこから外れる場合には十分な説明義務を課すというのがいいかなと思います。

    >例えば、レンタルビデオで、一週間300円で、延滞料一日あたり300円というビデオ屋と、一週間100円だけど、延滞料一日あたり1000円というビデオ屋なら、つい遅延してしまうこともあるので前者の方がいいと思う人もいるのではないかと思います。

    これはその通りですがそれなら、前者の価格体系には需要があるはずなので、二種類のお店が共存するはずです。政府・裁判所がどちらかを強制する根拠としては弱いように思います。

  6. gase2さん、コメントありがとうございます。基本的に同意です。

    >経済学は「金儲けのための理論」であり、法学の「社会正義」のほうが優先される、というのが法学者の脳内です。

    まずお金を儲けたい人がどうして理論を学ぶと思うのかという。。。

    > 保険料の滞納を無条件に許すと、自動車事故を起こした後に保険料を滞納し、ムチ打ちの症状が出てきたら追納・復活ということも可能で、これは法律家が嫌いな「投機」のようにも思えます。

    この手の問題は行政でも多いですね(e.g.モラトリアム法案)。リスクを他人に移すと投機的な行動に出るということへの理解が足りないのでしょうか。

    >ソニー生命の対応も今時珍しいほど立派なもので

    アメリカの保険会社と比べると慈善事業のようです(こちらは生命保険買う人自体ほとんどいませんが)。

    >最近こういう「弱者救済」の判決が目立ちますが、いい加減、自分たちの偽善に気付いてほしいものです。

    問題はこれが本当の「弱者」の救済になっていないことですね。最初から保険にも入れない人を先に考えるべきだと思います。

  7. gase2さん、Rionさん

    経済学的な理屈はわかりますが、本判決の評価として、
    ”場当たり的な「弱者救済法」を制定してさらに弱者を苦しめ” という大げさなものになる理由がわかりません。
    ソニー生命は、この判決を踏まえて「確定日付のある証書」で催告して、催告による解除をすればよいだけではないでしょうか。
    (元ネタのリンク先では、催告による解除が認められなかった理由は書いてませんが、判決文を見ると「被控訴人は抗弁として上記約款の存在を主張するものであり、民法の規定に従い、保険料の支払を催告した上、解除の意思表示をした旨の抗弁は、予備的にも出されていない。」とのことです。)。

    催告による解除を行う費用は非常に安いですし(数千円単位ではかかるでしょう。しかし訴訟費用と比べれば格安です)、催告による解除をすれば、裁判所が消費者を救済するのはかなり困難になるはずです。

    つまり本判決は、ソニー生命が何らかの理由で、法的に疑義がある無催告解除に拘泥して戦ったために破れたという事例に過ぎず、法曹界が経済学音痴であることを示す事例としては不適切かと(元ネタのリンク先の書き方が不適切だと思います)。

    あと、さすがに判決が事後的に業界に及ぼす影響(インセンティブ)というのは既存の裁判所も考慮しています(弁護士も主張しています)。問題は、経済学的に望ましいと言うだけでは、法律上の”主張”にはならない、ということですので、そこをどう解決していくかということでしょうか。

  8. >ソニー生命は、この判決を踏まえて「確定日付のある証書」で催告して、催告による解除をすればよいだけではないでしょうか。

    問題は「確定日付のある証書」による催告が解除に必要であるということになると解除に余計な費用がかかるようになることです(ソニー生命がそれに強く反対したのがその証拠ではないかと思います)。

    >つまり本判決は、ソニー生命が何らかの理由で、法的に疑義がある無催告解除に拘泥して戦ったために破れたという事例に過ぎず、法曹界が経済学音痴であることを示す事例としては不適切かと(元ネタのリンク先の書き方が不適切だと思います)。

    追記させて頂きます。法律関係の文章は背景や前提知識が多く門外漢には実態がよくわかりません。法律に経済学的な見方を導入していくには両方の分野から集まって考える必要がありますね。

    >問題は、経済学的に望ましいと言うだけでは、法律上の”主張”にはならない、ということですので、そこをどう解決していくかということでしょうか。

    まあ要するに結論はここです。この例で言えば催告に掛かる費用と契約者の質・量の変化を関連づけるモデルを作り、どのような催告に関する義務を保険会社に負わせると何が起きるかをシミュレートして最善のルールを選ぶ必要があります。この部分は基本的に経済モデルであり、それを当事者が主張の根拠と提示し、裁判所がその優劣を見極めるという仕組みが望ましいでしょう。

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