大学教授の政治傾向

大学教授が一般に左寄りであることは有名で、しばしば保守派から批判されるが、その傾向がどこから出てきたのかというストーリー。

News: When Professors Get Their Politics – Inside Higher Ed

Some blame bias, arguing that conservative scholars are denied positions.

保守的な研究者が職を得られないとか、

Others see self-selection at work, with academe attracting more liberal individuals, while conservatives are more likely to opt for other careers.

リベラルな人のほうが研究職を好み、保守的な人は違うキャリアを選ぶとか、

Still others see some sort of socialization going on in graduate programs or early faculty careers, such that the young academic emerges on the left. And there are numerous other theories.

大学で若い研究者が左寄りになるなど沢山の説がある。

For example, professors are more likely than others to have high levels of educational attainment, to experience a disparity between their levels of educational attainment and income […]

また、大学教授は教育水準と所得水準の間のギャップが大きいというのもある。これは所得再配分のような政策を支持する原因になるうる。

In all, they found that 71 percent of the interviewees (and 81 percent of liberals) formed their political views early in life — in childhood, adolescence or early adulthood (by 25).

しかし最近の調査によれば大学教授の多くは若いうちに政治的な傾向が決まったと答えている。これは研究職につくまでの環境や、教育と所得のギャップによって左傾化するという説とは矛盾する。それらの説が正しければ大学(院)に行く辺りから政治的立場が変わるはずだからだ。

relative to the U.S. population, liberals are vastly overrepresented in the ranks not just of social scientists and humanists, but of physical and biological scientists as well

さらに大学教授がリベラル寄りであることは採用基準が政治的に影響されるとは考えにくい自然科学の分野にも及んでおり、保守的であるがゆえに就職で不利という説も疑わしい。

“I think the clear implication of this line of thinking is that for folks really concerned about closing that [political] gaps, the effort should be on mentoring young conservatives, encouraging them to enter academia, and no longer demonizing academia,”

もし、大学教授にリベラルな人間が多いのがセルフセレクションによるものであるなら、保守派は(大学を批判するよりも)保守的な若者が研究キャリアを選ぶように支援するべきだと指摘されている。これは理工系に女性が少ないという問題と本質的に同じだろう。

大学教授の政治傾向” への7件のコメント

  1. ピンバック: Tweets that mention 大学教授の政治傾向 » 経済学101 -- Topsy.com

  2. 日本の某大学においては、理系教授はやや右(というか大衆思想的)です(少なくとも文系教授よりは)。
    国籍・性別などの要因、
    外国生まれという要因、
    およびそれらの人に囲まれているということ、
    そして特に学力が高いほうが低い人に比べて左によるという要因が考慮されてないと……、
    日本でも(文系で)右が在野で左が大学にという傾向は確かにありますが、いわゆる高学歴層の平均から比較すれば(厳密にはまた違いますが)、いろんな大学の理系も文系もひっくるめれば、(日本では)ほとんど変わらないと思います。
    あと世代の要因も考慮されているのかどうか。
    そもそもの左右の定義とかも大変だし。

    結局は、こういうことをするのは「難しい」ということかと。

    ちなみに、保守が在野でリベラルが大学という傾向は(私見では)おっしゃる通り、セルフセレクションでしょうね。そして、保守の研究者を増やす必要性自体(保守主義者の視点から見ても)疑問(別に保守が少ないんじゃなくて在野にいるんだから。在野にいようが大学にいようが影響力はあまり変わらないでしょう)です。
    女性研究者についても、そもそも増やす必要があるのかというところから始めないとおかしなことになるかと。増えないと大学空間で女性(理系)や保守(文系)の肩身が狭い状況が続いていくというのはあるでしょうが、本来すべきこと(性別・思想の影響がなく研究生活ができるようになること)を見失っている家と思います。

    あと、採用基準に政治志向が影響するのは、日本では文系の「一部」では左右問わず確かにあったようです。でも、そんなところはそもそも避けるし、研究職の他の入口がいくつもあってそっちを選べるわけで、それは総和ではたいして影響しないでしょうね。

    • >日本の某大学においては、理系教授はやや右(というか大衆思想的)です(少なくとも文系教授よりは)。

      日本だとまた左右の捉え方が違うのが難しいところですね。確かに日本で理系と呼ばれる人はそういう傾向がある感があります。

      >ちなみに、保守が在野でリベラルが大学という傾向は(私見では)おっしゃる通り、セルフセレクションでしょうね。

      ですね。このストーリーは最近アメリカで共和党がアカデミアを攻撃しているというのが背景にあります。普通に考えたらセルフセレクションだと思います。

      >日本では文系の「一部」では左右問わず確かにあったようです。

      仰る通り。

  3. リベラル(左派)の方が教育や学術研究に力を注ぎますから
    大学の教官が左によるのはごく自然な成り行きにおもいます。
    それを自然だと思わない、という意見が私にはむしろ新鮮でした。

    政治的な傾向が若いころに決まっているといっても
    職業的な目標や嗜好が(具体的ではないにせよ)ある程度決まるのも
    15〜20歳くらいではないでしょうか。
    その頃に両方ともなんとなく決まる人が多いのではないかと思います。

    • 自然なはずなんですが、昨今の保守派の難癖が凄いのでそれに対する反応だと思います。

      さすがに院生になってから思想的な偏向があるというのはにわかには信じがたい考えです…。

  4. これは自明だと思いますけどね。インテリゲンチャが共産主義に嵌まったのと同じ理由です。
    アカデミックな人間といえども「自分が基準」という束縛から逃れられないのでしょう。アカデミックな人間の傾向としてまず考えられるのは向上心の高さです。彼らは他人に勝つために努力するのではなく、単に「より知識を得たい、より真理に近付きたい、より優れた技術を獲得したい」という自己革新的な理由から努力します。そのような人々が「社会の構成員が自分と同様の能力・思考パターンを持った人間であれば、リベラルな制度の方が巧く回る」と考えるのは自然なことでしょう。
    社会主義が失敗したのは「努力しなくても日々の糧が得られるのであれば、人々は努力しなくなり社会の効率が落ちる」からでした。アカデミックな人間は単に「向上することを好むが故に努力する」人々ですから、「日々の糧を得るためには努力するが、努力の必要がなければ努力しない」人々の存在が理解出来ないのです。リベラル的な思考になる人が多いのは必然であると思います。

    • いや本当に皆様仰る通り自明なのですが、大学教授の発言が気に入らない保守派が大学を攻撃する口実に使っている現状に対する反応ですね。

      あまり保守的な考えで研究がうまくいくとも思えません。信心深い研究者もいますが極稀なように思います。

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