「ガラパゴス」は進化「論」の象徴

シャープが新しい電子書籍端末を「ガラパゴス」と名づけたニュース。スルーしようかと思ったらトンデモな続報が:

asahi.com(朝日新聞社):「ガラパゴス」で悪いか シャープ、年末に電子書籍端末 – 携帯電話 – デジタル

「ガラパゴス」は、日本の携帯電話市場が独自の高機能化で国際標準から外れたことを揶揄(やゆ)するのに使われてきた言葉だが、「変化に敏感に対応する進化の象徴」(岡田圭子・同社オンリーワン商品・デザイン本部長)としてあえて命名したという。欧米と新興国でも販売する予定だ。

自虐的な名前で話題になろうという戦略かと思いきや、「変化に敏感に対応する進化の象徴」と「あえて命名した」とのこと。残念ながら、Galapagosにそんなコノテーションはない。「進化の象徴」ではなく「進化論の象徴」だ。本気で「変化に敏感に対応する進化の象徴」だと思っているひとがデザイン本部長だとすれば「欧米と新興国」で販売なんて絵空事だろう。

「世界のデファクト技術をベースに、日本ならではのきめ細かなノウハウと高いテクノロジーを融合させ、世界で通用するモノの象徴としての意味を込めた」

GALAPAGOSは、同社が開発した電子書籍フォーマット「次世代XMDF」を核とした事業ブランド。

via その名も「ガラパゴス」 シャープの電子書籍端末、12月に発売 – ITmedia News

デファクト技術をベースにと言っているが、Androidを利用しているだけで、しかもAndroidマーケットにはアクセスできないそうだ。電子書籍端末としても、自社開発の有料フォーマットを利用する。世界で通用するモノの象徴というよりも、名前通り「ガラパゴス」の象徴という感じだ。

Sharp announces Galapagos e-reading tablets: 5.5 and 10.8 inches, getting e-bookstore in December — Engadget

Sadly, we should note that this is specifically tailored to suit the Japanese market, which makes an international release seem somewhat unlikely.

海外サイトを見ると、「欧米と新興国でも販売する予定」とされているにも関わらず、日本市場専用で海外展開ないだろうなんて言われている。そりゃ独自電子書籍プラットフォームが売りだと言われれば、日本専用だと思われるのは仕方ない。

ユーザーの反応はというと…「また、タブレットかよ」「いやこれは電子書籍リーダーなんだ」「じゃ何でE-inkじゃなくてLCDなんだ?」「???」という感じだ。

ちなみにGalapagosという命名については、良くも悪くもほぼ話題にすらなっていない。日本でもガラケーなんて言葉が流行るまでは、高校かなんかで習ったかな?、程度の認知度だっただろう。

[yrag01 2 hours ago]
‘Galapagos’, that’s the name you’re going with Sharp? Really?
And Tetracycline, Phanerozoic and Mitochondria were there for the taking!
新電子書籍端末「ミトコンドリア」とかも面白い。

命の値段?

「裁判官論文が波紋」というより朝日新聞が波紋を呼びこもうとしているように見える次の記事:

asahi.com(朝日新聞社):「命の値段」、非正規労働者は低い? 裁判官論文が波紋

パートや派遣として働く若い非正規労働者が交通事故で亡くなったり、障害を負ったりした場合、将来得られたはずの収入「逸失利益」は正社員より少なくするべきではないか――。こう提案した裁判官の論文が波紋を広げている。

裁判所が用いる逸失利益計算で正規労働者と非正規労働者を分けようという提案をしている論文についてだ。逸失利益とは損害賠償なんかで本来得られてたであろう利益・収入を言うわけで、労働者によって違うという主張自体は特に真新しいものではない。それを「命の値段」と呼ぶのが不適切なだけだ。差を設ける事自体を問題とするのなら、重度障害者の逸失利益はゼロ計算が普通のようだ(ゼロでないという判決が初めてでたというニュースが昨年末にあったが既に新聞社のサイトには見当たらない…)。

この論文に対し、非正規労働者側は反発している。…脇田教授は朝日新聞の取材に「論文は若者が自ら進んで非正規労働者という立場を選んでいるとの前提に立っているが、若者の多くは正社員として働きたいと思っている。逸失利益が安易に切り下げられるようなことになれば、非正規労働者は『死後』まで差別的な扱いを受けることになる」と話す。

さらに、逸失利益に差を設けることについて、差別だという主張を引いているが、これは的外れだろう。平均逸失利益が正規労働者と非正規労働者が異なるのはおそらく事実であり、実際に違うものを違った風に扱うことを差別だと批判するのは難しい。むしろ批判すべきは以下のような点だ:

  1. 逸失利益が人によって異なるのは事実だが、それなら正規・非正規という分け方だけに留まる理由はなく、そこだけを取り上げるのはおかしい
  2. 現在正規雇用であっても将来的にそうとは限らないので、概算するにも指標として不適切。
  3. 本来得られたであろう便益を金銭収入だけで算出するのはおかしい(余暇を重視したキャリア設計をして途中で死亡した場合、得られるはずだった将来の所得は逸失利益に含まれるが、得られるはずだった将来の余暇の価値は含まれない)。
  4. 加害者に適切なインセンティブ=ペナルティーを与えるという視点で考えると、普通加害者は事前に相手が正規雇用か非正規雇用かを認識していないのでそれを計算に入れる必要がない(例えば逸失利益が一番使われるであろう交通事故)。

そこで逸失利益の代わりになるのが統計的生命価値(Value of Statistical Life)だ。これは、人々が死ぬリスクを回避するために(例えば乗用車の安全設備に)どれだけの資源=お金を割いているかを調べ、そこから「一人」の命を救うために(政府が)負担する費用を計算するものだ。日本やアメリカでは5-10億円程度という推定結果が一般的だ。この数字は金銭収入以外の価値を含んでいるため逸失利益≒生涯所得よりも遥かに大きくなる。

「統計的」とあるように、この数字はある特定の人間の「命の値段」を示すものではない。確実な死を防ぐために支払える金額は多くの人にとって払える限界額だろうし、死ぬことと引き換えにお金を貰うことは(遺族への配慮を抜きにすれば)意味が無い。(重要ではあるものの)あくまで政策を決定・評価するための数字に過ぎない。「一人」の命を救うというのは例えば10000人が利用すると2人死ぬ危険があった設備を1人の犠牲に抑えるという意味であって、ある人を救うという話ではないわけだ(統計的生命価値が7億円ならこの改善に7億円までならかけるべきとなる)。

ちなみに医療の場合には、政策の対象が一定の病気の人や年齢の人に絞られるので、生活の質や余命を考慮にいれた数字(Quality-Adjusted Life Year; QALY)を使ってどの政策を優先すべきかが議論される(べき)。

マリファナ合法化

ちょっと古いけどカリフォルニアで誰がマリファナの合法化に反対しているのかという記事が話題になった。

California Pot Initiative Opposed By Beer Industry

The beer sellers are the first competitors of marijuana to officially enter the debate; backers of the initiative are closely watching liquor and wine dealers and the pharmaceutical industry to see if they enter the debate in the remaining weeks.

ビールの業界団体がマリファナ合法化に反対する献金をしているというニュースだ。もちろん全てのビール会社が反対しているわけではないが、ビールとマリファナがおそらく代替性を持つことを考えるとありがちだ(まあ片方やってると同時にやりたくなる人もいるだろうが…)。

Police forces are entitled to keep property seized as part of drug raids and the revenue stream that comes from waging the drug war has become a significant source of support for local law enforcement. Federal and state funding of the drug war is also a significant supplement to local forces’ budgets.

次は警察関連だ(警察官の団体など)。その理由として、麻薬捜査の過程で押収された資産が警察の収入になることや、麻薬対策(drug war)で連邦政府や州政府から予算が貰えることが挙げられている。

So far, the prison guards’ bosses have gotten involved — the California Correctional Supervisors Organization has given $7,500 — but the guards themselves are on the sidelines.

同様に刑務所の管理側はマリファナ合法化に反対しているが、実際に囚人の面倒を見る刑務所の職員は反対に回っていない。

The Service Employees International Union, a major presence in California, has endorsed the proposition. The Teamsters in September made its first successful foray into organizing pot growers. The United Food and Commercial Workers is backing the initiative and organizing cannabis club employees in the Bay Area.

逆に、組合員の現象に悩む労働組合は、マリファナ業者及び従業員の組合加入を受け、合法化賛成だ。

The teachers union, citing the revenue that could be raised for the state, is also backing the initiative.

強い政治力を持つ教員組合は、合法化が税収増に繋がることから賛成している。

推進側も反対側も実に分かりやすい利害関係を持っていることが分かる。そもそもアメリカにおけるマリファナの非合法化には、繊維や紙の代替品としての麻を排除するという目的があったとう主張もある(ちなみにアメリカでのマリファナ規制は繊維目的のHempとリクリエーション用途のCannabisを区別していない)。

「Facebookポケットガイド」執筆しました

Facebookについてのポストが好評だったことから、Facebookのガイドブックを書かないかというお誘いを受け無事出版に至りました。Facebookのインターフェースは本当に頻繁に変わっていますが、背後にある考え方を説明することを目標に書きました。本ブログでのFacebook関連のポストと重複する部分もありますが、キレイかつコンパクトに作って頂いたので是非よろしくお願いします(Amazonでは154ページ、1,344円とのこと)。

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ハリウッド女優の最期

まさかこのブログでリンジー・ローハンを取り上げるとは思わなかったが、面白い話なので。

It Could Take Ten Years for Lindsay Lohan’s Career to Recover, Experts Say

アルコール・薬物依存の更生施設から出たばかりで早速、コカイン・アンフェタミンで捕まったリンジー・ローハンの女優としてのキャリアが終わったというストーリーだが、その理由は麻薬使用それ自体ではない(それならとっくに終了しているはずだ)。

“She is absolutely uninsurable even if a studio was willing to take the risk and hire her, so in this case its only time that can heal.”

問題は保険だ。映画制作のためには多額の資金が必要で、これは銀行からの借入や投資によって賄われるが(※)、お金を出すからには映画が予定通りに完成することを確かめる必要がある。しかし、投資家は映画制作の詳細を知らないので、代わりに保険(completion bond)を利用することになる。

保険会社は予定期間内に映画が完成しない場合には投資家に支払いをするか、強制的に制作に介入して映画を完成させる約束をする。もちろんそうなってしまっては困るので業界経験者を使って制作の細かいところに首を突っ込んで時間内に完成するように努力するわけだ。しかし、彼らも全てのリスクをコントロールできるわけではない。例えば、俳優が突然失踪してしまえばどうにもならない。ここでさらに俳優に関する保険(cast insurance)が必要となる。

この保険は俳優(や監督などキーパーソン)が何らかの理由で出演できない場合に支払いを行う。例えば、ターミネーター3制作に際しては主演のアーノルド・シュワルツェネッガーに200万ドルの保険金が掛けられたそうだ(万が一の場合の支払いは1億5000万ドル)。保険会社はリスクを軽減するために、病歴を調べたり、健康診断をしたりするだけでなく、スタントの利用を強制することまでする。このようなハリウッドにおけるお金の流れについては、「The Hollywood Economist: The Hidden Financial Reality Behind the Movies」に詳しい。

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2000年のムーラン・ルージュでひざを負傷し、続くパニックルーム(2001年)で降板したニコール・キッドマンは、次の映画主演に際し保険をかけるため、自身が100万ドルをエスクローに入れる必要に迫られたということだ。ニコール・キッドマンですら、保険がなければ主要な役を演じることはできないわけで、今回のリンジー・ローハンの俳優生命が絶望的なのは明らかだろう。保険がかけられるようになる頃には年齢的な問題もある(特に薬物中毒であることを考えると深刻だろう)。

Lindsay Lohan’s Failed Drug Tests Could Derail Upcoming Film | TMZ.com

A source close to the film tells us shooting the picture in Los Angeles instead of Louisiana “would radically change the budget” and force producers to try and secure additional financing.

主演予定のInfernoもこの様子では完成するかどうか疑わしい。撮影が予定されていたルイジアナ州は映画産業への減税措置で人気の場所で、裁判所からの移動制限でカリフォルニア州での撮影を余儀なくされれば制作費用は大きく膨らむ。制作会社が怒り狂っているのは間違いない。

(※)まあ大手なら必要ないかもしれないが、メジャーが保険なしのリスクをとってまで薬物中毒の俳優を使う理由もない。

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