保険市場は極めて非効率な市場だ。支払った保険料のうち自分に支払われる額は期待値で1/3から2/3にすぎない。いざという場合に備えるのならある程度の貯金をすべきであって、それではどうしてもカバーできないようなリスクにだけ保険を買うべきだろう。
アゴラ : それでもあなたは生保に入りますか?
書評している本が手に入らないので何ともいえないが、保険購入に関するアドバイスがある:
- 加入は必要最小限にしよう
- 死亡保障は掛け捨てでよい。貯蓄としては損
- 医療保障は公的保険でかなりカバーされているので、あまり必要ない
- 「途中で解約したら損」というのは嘘
- 必ず複数の会社の保険を比較して選ぼう
とても妥当な助言だろう。保険とは自分のリスクを誰かに負担してもらって代わりにフィーを払うことだ。お金をたくさんもっている人は多少のリスクを負ってもかまわないし、異なるリスクをまとめれば全体のリスクを減らせるので、リスクを売り買いすること自体は社会の効率を改善する。
しかし、保険市場は効率的に運営するのが極めて難しい。リンク先では心理バイアスによる間違った選択や売り込みのための費用が指摘されているが、もっとも大きな問題はモラル・ハザードと逆選択だ。前者は保険が掛かっていることによって非保険者が社会的に望ましい注意を払わないこと、後者はリスクの高い人間ばかり加入したがるので市場が成立しなくなる現象だ。どちらも保険市場における情報の非対称性、前者であれば被保険者の行動、後者であればその情報が保険会社からは観察できないために起きる。
保険会社はこれらの問題を免責(deductible)や健康診断で防ごうとするし、国民健康保険なら強制加入によって対応する。それでも非効率であることは変わらない。よってなるべく保険の購入量は減らすというのが望ましい戦略になる。
書評されている本の著者は自分で新しい保険会社を立ち上げたという:
著者は、このような詐欺的な生保の商法に挑戦し、営業経費をほとんどかけないネット生保「ライフネット生命保険」を設立し、その副社長になった。
これは非常によいビジネスのやりかただ。社会の中の非効率性を解決するビジネスを提案し、自分もそれで利益をあげることだ。
以下、気になったので指摘しておく:
- 保険料が10万円で、病気になったら医療費を払ってくれる「掛け捨て」
- 保険料が20万円で、病気になったら医療費を払い、無事に満期を迎えたら10万円の「ボーナス」が払い戻される
この二つの保険のリスク保障機能は同じで、Bのほうが10万円を無利子で固定するだけ損なので、あなたが合理的なら、Aを選ぶはずだ。ところが、ある外資 系保険会社が行なったアンケートによると、実に95%がBを選んだという。これは「掛け捨て」と「ボーナス」という言葉に引っかかる(行動経済学でよく知 られる)バイアスだ。
AとBは本当に同じリスク保障機能と言えるだろうか。Aなら健康なら-10万円、病気なら-10万円で、Bだと健康なら-10万円、病気なら-20万円だろう。病気のときの出費が100万円だとすると保険なしでは健康なら0万円、病気なら-100万円なのでAもBもリスク回避機能はあるが、明らかにAのほうがその機能は高いだろう。実際には満期までの割引もあるのでAのほうが望ましい。
また保険会社がBを勧めるのは消費者の錯覚を悪用しているだけではない。Bは病気の場合のリスクを一部温存するため、被保険者はある程度の健康への配慮を続けるだろうし、不健康だと認識している人はBを選ばない。よって、この例ではAとBの期待支払額は変わらないが、通常はBを選ぶ客のほうが保険会社にとって低リスクなのでBの期待支払額を割安に設定するだろう(でなければ競合他社が割安に提供して顧客を奪うだろう)。自分は平均より健康だと思っている消費者はこのことを経験的に知っているので計算をせずにBを選んでいるだけかもしれない。