「株式」会社は株主のもの

株主至上主義って?」についての反論をLilacさんが書かれているので一応返答したい。
会社は本当に株主のものか?という疑問に答える本 – My Life in MIT Sloan

専門家を称する人は、「専門的にはこれが正しいんです。あなたは間違ってます」と言うのではなく、彼の感覚的な表現の、根本の問題意識に答えようとしてくれれば良いのに、と思った。

前者的な反論は既に池田信夫さんがなさっているが、Lilacさんが納得する説明のようには思えないのでここでは一問一答形式でいく。

そもそも、彼の言う「最近の余りにも株主を重視しすぎた風潮」、そしてそれを問題だ、と思う感覚自体は、至極まっとうじゃないのか。

彼の感覚が自然か否かについては議論していない。例えば、解雇された労働者を可哀想だと「感じる」のは真っ当だが、それを解雇を禁止することで助けるのは真っ当ではない。

まず「最近の余りにも株主を重視しすぎた風潮」というところだが、ここでは比較対象は、他の欧米諸国と比べてるんではなく、「日本の昔に比べて」ってことを言ってるのだと思う。

「最近の余りにも株主を重視しすぎた風潮」が「日本の昔に比べて」の発言だというのは妥当な推定だが、そうであれば「喝を入れたい」というのはおかしい。改善していっているだけかもしれない

例えば、1970〜80年代には、日本では優良大手企業でさえ利益率5%以下が普通だったのが、現在の企業経営ではROEと利益率が神様みたいに崇められてる。
これは「株主を重視しすぎる風潮」と言わずしてどう説明するか。

それは投資先が「優良」大手企業だったからだ。30・40年前の日本企業と今の日本企業とを同じ投資対象とみなすのは不可能だ

当時の日本企業は「効率が悪かった」のだろうか?

逆だ。当時の日本企業は成長の見込みがあるからそれでよかったのだ。成長の見込みがなければ投資家が配当という形で資金を回収するのは当然だ。成長していない企業に内部留保を残しても効率的な投資は行われない社会的な観点からみても同じだ。そもそも成長してもいない企業が持っているとされる会計上の内部留保の額なんて信用できるだろうか。

極端な議論かもしれないが、良いものを安く売ることで消費者に還元していた、とはいえないか。多少コストが高くなっても、簡単に従業員をクビにせず、たくさん雇っていたのは、従業員に還元していた、とはいえないか。

もちろん企業が存続しているということは、普通は企業は社会に貢献したということだ。そしてその貢献を消費者・従業員・債権者・株主が分け合っている。しかし、その貢献の量というのは誰が意思決定を行い利益をどう分配するかによって変わる。そして、通常、最大のリスクを引き受ける投資家が会社の重要事項と経営者を決定するのが効率的だ。

株主が最大のリスクを負っているのはP/Lをみれば分かる。消費者はその会社の財・サービスを買う必要は(独占でもない限り)ないのでリスクはほぼ負担しない。従業員の給料は会社の業績に関わらず支払われ、破産しても真っ先に確保されるのでリスクは小さい。そのあと利益が残って入ればまず債権者が取っていく。一番最後の残り物が株主だ。大体、この中で会社が払う額を後から決められるのは配当だけだ

米国の「優良企業」のように30%も営業利益を取るかわりに、5%以下に抑えて、消費者や従業員のためにはなっていたのではないか。

株主へ利益が渡せないなら投資は行われない。内部留保だけでやっていけるのであればいいが、それでは外部からの資金調達はできない。

また、前回も触れたが、企業・消費者・従業員を分別するのはおかしい。どの人も消費者であり労働者であり(少なくとも間接的には)企業の所有者だ。誰が得しているか、損しているのかを考えるよりも全体での利益を考えるべきだ。

そもそも企業の利益率が高くて、一体誰が喜ぶかをよく考えると、利益から法人税を取れる自治体以外は、そこから配当を得られる、もしくは株価向上が見込める株主だけじゃないのか?

利益が出たあとで分配をどうするかは、事前のインセンティブを変える。例えば、非営利企業には株主がいないし、そもそも給料や利息を払ったあとの残余利益をもらう人がいない。しかし、世の中の会社をみんな非営利企業にしたほうがいいという人はいないだろう。非営利企業がうまくいく場所もあれば、うまくいかない場所もある(参考:非営利と営利との違い)。株式会社も同じで適材適所だ。起業家は非営利を含め好きな組織形態を使えばいい

(多少関係するのは、格付けによる社債など資金調達の容易さだけだが、メインバンクからの負債中心の当時の日本型企業にはほとんど関係なかった)

負債中心ならそれでいいし、誰も企業にエクイティでの資本調達を強制したわけではない。しかし、株式を売ってお金を集めたなら配当をする必要がある。株主から投資を受けた後に株主の要求はうるさいというのは、お金を借りたのに利息に文句をつけるようなものだ

その結果、多くの企業の経営者が株価や株式総額を気にする余り、市場に説明できないような長期的な投資が出来ない、と悩んでる。

まず、株主もまた長期的な利害は考えている。株主が内部留保を配当させれば株価は下がるので売り抜けても(超過)利益はでない。もちろん例外的なケースはありそれはそれで規制すべきだが、それはあくまで例外だろう。

「日本の企業って、昔はもっと従業員やお客様を大事にしてたんじゃないのかなぁ・・・
それなのに、今は企業が短期的に利益を上げることだけ考えろって言われてる気がする。
それって得するの、株主だけだよね・・ これって本当に正しい方向なんだろうか?」

「株主価値経営が当然だっていうけど、本当に株主だけなのかなあ?
企業って従業員も取引先もお客様も大事だし、ひいては社会的な使命をもってるんじゃないのかなあ」

大体から言って、「企業の経営者」の意見を聞いてもしょうがない金を借りた人間に金貸しについてどう思うかと聞いているのと同じだまともな人ほどあの時貸してくれてありがたいと答え、だめな人ほど金貸しは金儲けばっかだと答えるだろう。こういう経営者は銀行にも同じことが言えるのだろうか

株主の発言権を重視するのは、基本的に一番リスクを負っている人間に発言権を与えるのが一番効率がいいからだ。他人の金で相撲を取っている人間は信用できない。

別に経済学や経営学の知識で武装しなくても。

多分、漠然と株主主権が問題、と思ってるのは藤末議員だけじゃない。

それはそうだ。漠然と株主主権は問題だと思っている人はたくさんいるしそれはいいしかし、会社法の改正に関わる議員に同じ基準は適用できない。仮に株式会社の法制度を変更する必要があっても「漠然と」思っているのでは困る。今回の藤末議員の発言は議員が企業の制度について理解していないという事実を明らかにしたから問題なのだ。ましてや、国会議員としては非常に期待できそうな経歴を持つ藤末議員に対する期待は高く、それが裏切られたことに対して批判や失望の声が上がるのは当然だろう。

あげられている書籍は入手できないので細かいコメントはしないが、

簡単に書くと、ポスト産業資本主義で最も大切になるのは、新しい知識や情報を常に生み出せる人的資産である。その人的資産を採用し、育て、つなぎとめ続けられる企業が、長期的に成長することが可能だ。そのために必要なのは、株主の方を見た経営ではなく、従業員に目を向け、従業員が離れにくい文化と制度を有する経営。それは、株主主権では実現できない、という話だ。

この部分が正しいとして「株式会社が株主を重視する」ことへの反論にはならない。誰も株式会社にしろとは言っていない。好きな形態をとればいい。単にいいとこどりはできないだけだ。株主に経営への影響力を与えなければ、リスクの高いエクイティ投資など誰もしない。逆に「従業員に目を向け、従業員が離れにくい文化と制度を有する経営」がそれほど素晴らしいなら、上場なんてしなくていもいいはずだ。内部留保と銀行からの融資で事業を拡大すればいい。前の記事で上げたGoogleは株主に口をださせず順調に拡大している。

「株式」会社は株主のもの” への16件のコメント

  1. Rionさん、反論有難うございます。
    大体の趣旨は分かりました。「株式会社」という形態そのものを変えるのではなくて、経営者はそれが嫌なら別の形態にすればいいんじゃないか、という議論ですよね。
    であると、次の疑問は「経営者のニーズに合わない公開株式会社は今後淘汰されていくだろうか?」ということですね。
    これについては池田氏の記事を読んで思うところがあったので、近いうちにもう一度記事を書こうかと思います。

    さて、そもそも元の「最近の余りにも株主を重視しすぎた風潮」とそれを問題視する姿勢はどうでしょう?
    言い方を変えれば、今まで日本企業は(アメリカ型の)株式会社の慣行に従っていなかったのが、最近「近代化されてきた」ということだと思います。
    そのために旧日本型経営の良かったところが失われていることを彼等は嘆いてるんじゃないでしょうか?
    旧日本型経営に悪かったところはたくさんあります。
    しかし、懐古主義に陥らず、改革しながら「会社」と言うもの自体を今後の経済に合わせて変えていけばよいのではないか?

    「公開株式会社が嫌なら、別の方法を選べばいいじゃん」というのはあまりに突き放しすぎではないか?
    ということを言いたいわけです。
    いかがでしょう?

    • >「株式会社」という形態そのものを変えるのではなくて、経営者はそれが嫌なら別の形態にすればいいんじゃないか、という議論ですよね。

      そうです。

      >次の疑問は「経営者のニーズに合わない公開株式会社は今後淘汰されていくだろうか?」ということですね。

      株式という資金調達方法は非常に効率的なのでなくなることはないと思います。

      >さて、そもそも元の「最近の余りにも株主を重視しすぎた風潮」とそれを問題視する姿勢はどうでしょう?

      経営者の逆恨みに近いと思います。

      >言い方を変えれば、今まで日本企業は(アメリカ型の)株式会社の慣行に従っていなかったのが、最近「近代化されてきた」ということだと思います。

      日本企業の成長見込みがなくなったので、見る目が厳しくなっただけでは。

      >そのために旧日本型経営の良かったところが失われていることを彼等は嘆いてるんじゃないでしょうか?

      嘆くべきは成長が失われていることです。経営を頑張ってほしいものです。

      >しかし、懐古主義に陥らず、改革しながら「会社」と言うもの自体を今後の経済に合わせて変えていけばよいのではないか?

      いんじゃないでしょうか。

      >「公開株式会社が嫌なら、別の方法を選べばいいじゃん」というのはあまりに突き放しすぎではないか?

      他にもいろいろなニーズに合った会社形態はあります。昔から専門職ではパートナーシップが多いですね。

      ただ今の株主に対する反感は的外れだと思います。成長できない企業には退出いただき、新しい企業に出てきて欲しいです。

  2. 私は、日本の資本市場では株主の利益を軽視していることの弊害の方が大きいと思っているので、Rionさんの記事や池田氏の反論の趣旨に概ね同意です。

    一方で、各国の産業構造や企業におけるノウハウの蓄積方法は違うので、日本の企業経営の構造を転換して株主利益を他の先進国と同様のレベルで守るということにはある程度のリスクも伴うと思います。例えば現状、諸外国対比でうまくいっている機械、自動車、電子部品のような産業にアメリカ式の資本主義のルールを適用しても、今より上手くいく保証がありません。ほぼ同じ条件下での実証結果がないと安心できないので、日本に自信を持って適用するには不十分だと思います。そして、資本市場にはある程度ホームバイアスが存在するので急激にルールを他国に合わせる必要まではありません。

    結局は、これまでの流れに沿って試行錯誤しながら漸進的に株主利益の保護を進めていくのがいいと思います。私はどちらかというと変化がゆっくり過ぎる気がしているので、逆戻りする民主党は流石に筋が悪いと思いますが。

    • 法律上は前から株主主権だったと思うのでこのまま流れに乗っていけばいいと思います。

      無理やり推し進める必要はありませんし、同族企業も結構ですが、株で資金調達した企業が文句を言うのはどうかと思います。

      民主党に関しては政策の結論はともかく、考え方に経済学的な素養を欠片も感じないのが不安です。

  3. 会社が誰のものでも良いのですが、そこで働く従業員の生存を危うくして、利益を収奪することは許されませんね。
     また、企業が存続するために、その従業員の生存を危うくするほどに搾取であってはなりません。
     企業が、株主のものであるから、株主の利益さえ上げられれば、その為に、労働者を犠牲にする等という論理は成立しません。労働者の生存を確保できない企業は、退出すべきです。
     それが企業の社会的責任であると考えます。

    • >会社が誰のものでも良いのですが、そこで働く従業員の生存を危うくして、利益を収奪することは許されませんね。

      奴隷契約を結んでいるわけではないので、死ぬ前に退職します。

      >また、企業が存続するために、その従業員の生存を危うくするほどに搾取であってはなりません。

      従業員は退職できるのでそんな搾取は起こり得ません。死ぬことが分かっていて退職しないのなら自殺です。

      >企業が、株主のものであるから、株主の利益さえ上げられれば、その為に、労働者を犠牲にする等という論理は成立しません。

      労働者を犠牲にするの意味によります。サボっている労働者を解雇することは問題ないでしょう。

      そもそも賃金の支払いは配当に優先します。労働者に対価を支払わずに株主に利益を渡すことは不可能です。

      >労働者の生存を確保できない企業は、退出すべきです。

      労働者に給料を払えない起業は当然破産します。株主とは関係ありません。

      • >従業員は退職できるのでそんな搾取は起こり得ません。

        理論的にはそのとおりなのでしょうが、日本の現状では再就職のハードルが極めて高いのでギリギリまで追い込まれてしまうということはありうることだと思います。

        結局「株主至上主義」うんぬんよりも池田信夫氏が頻繁に指摘している労働市場の硬直性のほうが本質的な問題のように思いました。

      • 全くその通りで、日本の多くの問題の根っこは労働市場の硬直性にあります。

        だから資格のようなfirm-specificでない(けど効率の悪い)人的投資がはやるのでしょうね。

  4. ピンバック: ともの経済学学習帳

  5. いつも興味深いエントリをありがとうございます.
    私も「会社の所有者は株主」というのがなんとなく納得がいかないので,いろいろ
    考えてみたのですが,どうも最近の”株主”というのが従来言われている株主と違う
    性格を持っているのが原因のような気がしました.例えば,
    (1) Index fundを経由して株主になっている人達(今やかなりの割合だと思います)
    (2) investorではなくtraderである人達(最近はミリセカンドオーダーしか株を
      保有しない株主(プログラム?)もいるそうですね)
    (3) さらには年金fundのmanagerのような典型的investorであっても,プリンシパル=
      エージェント問題(プリンシパルは長期的returnが目標なのにエージェントは
      短期的returnで評価される)があって本来期待されるべき行動を取らない.
    というような”株主”です.
    このような『従来から考えられてきた典型的な株主とは異なる性格の株主』の存在が
    かなりの部分を占めるようになって来たので,株主主権という考え方に対して,
    「本当にそれでいいの?」という感覚があります.
    このあたり,Rionさんはどうお考えでしょうか?

    • プリンシパル=エージェント問題の発生自体は防ぎようがありません。株主が経営の細部にまで口を出すのは効率が悪すぎますし、ファンドにしてもみんなが個人投資家というのは無駄です。

      ただ、効率の悪い仕組み(例えば3のような)はより効率の高い仕組みに取って変わられます。ある程度の自由を残しておいて市場参加者が自分たちにあった形態を採用できるようにするのは重要だと思います。実際、会社法上も普通株以外の株式が多く導入されており、Googleのようにいわばカスタマイズされた所有形態を取ることも可能です。

      インデックスファンドであれば口を出す必要はないので優先株を使えばいいですし、トレーダーも同様です。

      • インデックスファンドでも、最近では議決権を行使するのが普通だと思います。それによって、市場全体のリターンを高めることを目的としてのことですが、議決権行使のガイドラインは大抵の場合、「企業の中長期的な利益成長を促す」という観点から作成されています。

        短期で売買するトレーダーは、基本的には年に一度しかない議決権行使には興味がないですが、その人たち向けに、優先株を発行するというのは、あまり現実的ではないと思います。色々な考え方の市場参加者が存在することで、適正な株価形成が促進される可能性が高まるという面があるので、「貴重な議決権が無駄になる」というコストも、一定程度は許容されるべきではないでしょうか。

      • 情報ありがとうございます。

        インデックスファンドは長期保有なのでこの手の話では問題になりませんね。

        短期トレーダーが議決権を切り離して取引してしまうのはインセンティブ構造上問題になるので対応が必要かも知れません。

  6. ピンバック: satolog

  7. ピンバック: 株主至上主義って? » 経済学101

  8. ピンバック: Mutteraway 時事問題 を語るブログ » Blog Archive » JAL破綻とステークホルダーの責任

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