変わるコンテンツの主流

ネットの主役は誰なのか。一つの指標は誰が一番帯域を使っているかだ。以下の表は北アメリカにおける帯域使用率トップ10だ(出展)。

Netflix’s Squeeze — No Not That One, The Other One

左側がアップストリーム、右側がダウンストリームを示している。アップストリーム(一般ユーザーからの発信)では相変わらずP2P(BitTorrent)が首位を占めているが、注目はダウンストリーム(ユーザーにとってのダウンロード)だ。なんとNetflixが20%を超える帯域を利用しており、その割合はHTTP、つまり通常のウェブブラウジングに迫っている。ビデオ配信だけ見てもYouTubeの二倍だ。その他にも大量の画像を共有しているFacebookや音楽ファイルをダウンロードさせるiTunesがトップ10に食い込んでいる。

映画やテレビにおいてもネットでのストリーミングへシフトが起きているのが分かる。日本ではまだこういったコンテンツのストリーミングはあまり行われておらず、今後このセグメントでどんなことがおきるか興味深い。

データ匿名化の落とし穴

前のポストを書いたときに、一体どこからデータを集めたのかが気になった。公開されていれば適当にスパイダーでも書けば集められるが、そんなに情報が公開されているのだろうか。ちょっと検索してみたら、面白いエントリーが出てきた:

Why Pete Warden Should Not Release Profile Data on 215 Million Facebook Users

先に紹介したエントリーを書いたPete Wardenを批判する記事だ。

[…] he exploited a flaw in Facebook’s architecture to access public profiles without needing to be signed in to a Facebook account, effectively avoiding being bound by Facebook’s Terms of Service preventing such automated harvesting of data. As a result, he amassed a database of names, fan pages, and lists of friends for 215 million public Facebook accounts.

ログインせずにFacebookの公開プロフィールにアクセスできる欠陥を利用して2.15億ものアカウントの名前・ファンページ・友達リストを収集したという。ログインしないことによって自動的にデータを収集することを禁じるFacebookの規約(Terms of Service)を回避したということだ。

二つの論点が提起されている:

First […] just because these Facebook users made their profiles publicly available does not mean they are fair game for scraping for research purposes.

一つ目は、公開プロフィールの意味付けだ。この情報は検索エンジンに収集されるし、Facebook内で検索すれば見ることができる。しかし、規約により自動収集は禁じられており、ユーザーもそういう目的に使われていることを想定しているわけではない。

Second, Warden’s release of this dataset — even with the best of intentions — poses a serious privacy threat to the subjects in the dataset, their friends, and perhaps unknown others.

データが収集されても、それが悪用されるのでなければ気にする人は少ないだろう。これはアメリカ人のプライバシーに対する一般的な態度だ。しかし、Pete Wardenはデータを研究目的で公開する予定であり、それを悪用する方法がある。

What is most dangerous is its potential use to help re-identify other datasets, ones that might contain much more sensitive or potentially damaging data.

そこで指摘されているのは、このデータが他の匿名化されたデータセットで個人を特定するのに利用できるのではないかということだ。この懸念は過去にNetflixが行っているコンテストで指摘されている。

Breaking the Netflix Prize dataset

In October last year, Netflix released over 100 million movie ratings made by 500,000 subscribers to their online DVD rental service. The company then offered a prize of $1million to anyone who could better the company’s system of DVD recommendation by 10 per cent or more.

DVDレンタル(及びストリーミング)を行うNetflixはユーザーにリコメンデーションシステムを改善するアイデアをコンテストを通じて募集し、そのために50万人のユーザーのデータを匿名化した上で公開した。

turns out that an individual’s set of ratings and the dates on which they were made are pretty unique, particularly if the ratings involve films outside the most popular 100 movies. So it’s straightforward to find a match by comparing the anonymized data against publicly available ratings on the Internet Movie Database (IMDb).

しかし、How To Break Anonymity of the Netflix Prize Datasetという研究はその匿名データからユーザーを特定する方法を明らかにした。ユーザーがつけたレーティングはユーザーごとに特徴的であり、それをネットで公開されているレビュー(IMDb)のレーティングと比べることで匿名化されているNetflixユーザーとIMDbのユーザーとを結びつけることができるという。

Netflixのレビューを非公開前提で書いた場合、この方法によってそれがIMDb上の個人のものと特定されてしまう。IMDbで実名を使用していた場合には現実の人物にまでたどり着く。(公開されていない)政治色・宗教色の強い映画に対するレビューから政治的・宗教的立場まで特定可能であり、これがプライバシーの観点から非常に重要な問題だということが分かる。

Warden’s rich dataset of 210 million Facebook users, complete with their names, locations, and social graphs, is just the ammunition needed to fuel a new wave of re-identification of presumed anonymous datasets. It is impossible to predict who might use Warden’s dataset and to what ends, but this threat is real.

Facebookの話に戻ると、個人名・所在地・興味・友達リストというデータが公開されれば、それらの情報(と関連する情報)を含む他の匿名データから個人を再特定する人・集団が出てくるだろう。今後、人間関係を含むデータが増えるのは確実でそういったデータを悪用されるおそれがある。日本で同じような事例があれば、遥かに大きな社会問題になるのは確実だ。

Netflixのストリーミング

映画DVDレンタル最大手のNetflixは最近ストリーミングに力を入れている。DVDの場合、頼んでから届くまで時間がかかるがストリーミングならその場で鑑賞できる点が受けている。NetflixにとってもDVDを大量に在庫する必要が減るという利点がある。

Netflix to Launch Streaming-Only Service…but Not in the U.S.

Unfortunately, this new streaming-only option won’t be available to any Netflix subscribers in the U.S.

Netflixはストリーミングだけのサービスを売り出すと報道されているが、アメリカでは提供されないそうだ。

Hastings wouldn’t reveal which overseas market would be first to get the new service “for competitive reasons,” but he did say that their initial approach is to prove their model before offering the expanded service in other countries.

その理由として、ビジネスモデルを先に海外で試したいという理由を挙げている。さらに、

It’s likely that Netflix wouldn’t even go this route if they had their way, but apparently, DVDs-by-mail isn’t an option for them overseas.

郵便を利用したDVDレンタルというシステムは異なる郵便システムを持つ国で成り立つかも分からない。

ではアメリカではストリーミングだけのオプションを提供しないことには他の理由はないのだろうか。社長は次のように発言している。

“Everybody also wants to get DVDs,” said Hastings. “All the new releases are on DVD, the vast catalog is on DVD. When there is demand, it will make sense for us to meet that demand for streaming only.”

アメリカ人はみなDVDレンタルサービスも欲しがるため、ストリーミングのみのプランは必要ないということだ。しかし、この発言は真実を語っていない。仮にほとんどのアメリカ人がストリーミングとDVDレンタルという二つのサービスを両方需要していたとしても、個別にも提供したほうが利益は増えるはずだからだ。

直感的に言うと、個別にサービスを提供すれば、Netflixは合わせたパッケージの価格に加え二つの個別価格という三つツールを使うことができるため、一つの場合にくらべれば最低でも同じだけの利益は得られる(財が大量にあれば個別の価格付けのための費用が発生するだろうがNetflixにはあてはまらない)。ストリーミングに強い選好がある人、DVDレンタルに強い選好がある人、どちらも特別に欲しいわけではない人という三つのグループに別々の価格を割り当てる価格差別の一種と捉えてもよい

では何故Netflixは個別のサービス提供を行わないのだろうか。Netflixが主張するように、適切な価格付けのための実験を先に行う必要があるということも考えられる。実際の価格付けは難しいのでこれは頷ける。しかし、ストリーミングやDVDレンタルへの需要や提供できるサービスの質は国によって大きく異なるだろうから海外でやってみたからといってそれがアメリカに適用できるかは疑わしい。

もう一つの解釈はNetflixがDVDレンタルにおける優越的な立場を利用してストリーミング市場での地位を確保しようしているというストーリーだ。NetflixはDVDレンタルにおいては非常に大きなシェアを持っているが、この業界の未来がストリーミングにあるのは明らかだ。抱き合わせにして提供することで、NetflixのDVDレンタルが欲しいひとはストリーミングにおいてもNetflixを利用することになる。このような戦略の有効性については改めてまとめたい。

記事では、もしストリーミング単独サービスへの需要がないとして、そのことがどうハリウッドの販売戦略と結びついているかについて論じられている。興味を持ったかたはどうぞ。

P.S. NetflixのストリーミングはSilverlightを利用しているためLinuxでは動作しない。Silverlight採用においてMicrosoftがどのような取引を行ったかも気になるところだ。

Netflixのスーパースター主義

最近各所で取り上げられている、NetflixのCEOが書いたコーポレートカルチャーについて書いたスライド。100枚以上あるが、日本の大企業に勤めているなら一読の価値有り。

Culture @ slideshare

いくつかの指針が挙げられているが、根底にあるのは(アメリカでは一般的にそうではあるが)徹底的なスーパースター主義である。

Great Workplace is Stunning Colleagues.

他に挙げられていることのほとんどは如何にスターを引き付け、効率的に働いてもらうかということに過ぎない(e.g. 時間的な裁量)。それは何故か。二つの根拠が示されている。

In procedural work, the best are 2x better than the average.
In creative work, the best are 10x better than the average, so huge premium on creating effective teams of the best.

創造性を要求する仕事においては、スターの相対的な価値が非常に高い。

Avoid Chaos as you grow with Ever More High Performance People – not with Rules.

企業が大規模になると複雑性が増すにも関わらず、大抵の場合、優秀な人材の割合は減っていく。これにより社内に混乱がもたらされる。多くの企業はこれに対してルールを用いて対処するが、これはさらに優秀な人材を減らす原因となる。この状態で、市場の変化(e.g. 技術進化)が起こると企業はそれに対応できない。スーパースター主義は代わりに、大規模になるにつれ有能な人材を増やすことで対処する。これが可能なのは一つめの根拠が成り立っていて、市場の変化が大きな場合となるだろう。

日本の企業文化はここに上げらている方針の正反対だといってもよい。もしこの方針が正しいなら(Netflixは非常に成功している)、日本企業がそのような市場でうまくやっていけないのも不思議はない。

アメリカ人は誰も指摘しないが、日本であれば、スーパースター主義は少数の企業ではうまくいっても社会全体では回らないという批判もあるかもしれない(実際にこのスライドにおいてもサラリーをもらっていない社員には適用されないと書かれている)。しかし、社会全体でどうであるかと、市場で生き残るかとは何の関係もない。社会的な対処が必要であるなら再配分政策などを利用すべきだろう。

ちなみに先進国ではドイツがもっとも日本に近い雇用慣習を持っている。

European Layoffs: Choosing Between the Young, the Weak and the Old

によれば、レイオフをする際、アングロサクソン系では業績の低い人、ゲルマン系では転職が可能であろう比較的業績の高い人や若い人、ラテン系では年金等の受給が可能な人を切る傾向があるそうだ。

アングロサクソン系で低業績の人を切る理由としては、

laying off the oldest, highest performers was a slap in the face to the successful employee and sent a bad signal to younger managers that the firm did not reward success.

業績のあるひとを解雇すると若い層に悪いシグナル(業績が評価されない)を送ってしまうとあり、ゲルマン系では逆に低業績の人を切らない理由として、

choosing a good performer decreases social discord since he will find employment easier.

他に職を探せる比較的優秀な人材を解雇することで、解雇があたえる不調和を緩和えきるとある。ともに業績を解雇する社員の選別基準としていて、他の社員への影響を考えているにも関わらず、全く異なる結果となっている。この違いは、影響を与える社員の想定が異なるためだろう。アングロサクソンでは将来成功する社員のモチベーションを考えているが、ゲルマン系ではリスク回避的な一般社員を想定している。ここでも雇用における根本的な考え方の違いが表れている。どちらがうまくいくかはどのような市場で競争が行われるかによってくるだろう。