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アカデミアの労働市場

アカデミアは非常に左寄りなところにも関わらず、大学の労働市場は非常に厳しい状態にあり、悪化するばかりだ。

Why Does Academia Treat Its Workforce So Badly?

Together these employees now make up an amazing 73 percent of the nearly 1.6 million-employee instructional workforce in higher education and teach over half of all undergraduate classes at public institutions of higher education.

アメリカの大学では非常勤講師の数が増え続けており、今や教員の73%にも達しているとのこと。公立大学のクラスの半分以上はテニュア=終身雇用を持たない講師によって支えられている。

Academia has bifurcated into two classes:  tenured professors who are decently paid, have lifetime job security, and get to work on whatever strikes their fancy; and adjuncts who are paid at the poverty level and may labor for years in the desperate and often futile hope of landing a tenure track position.

労働市場は二極化している。テニュアを持つ教授はまともな給料に終身雇用があり好きなことが出来る一方で、非常勤は貧困ラインの給与でテニュアを取れる見込みも殆どない。

And, of course, graduate students, the number of whom may paradoxically increase as the number of tenure track jobs decreases–because someone has to teach all those intro classes.

テニュア付きポストが減る一方で大学院の定員は増えている。教授の数が減れば入門レベルのクラスを教える人間の需要は増えるため院生を増やすインセンティブがある。

those lucky enough to get a tenure-track job have to move to a random location, often one not particularly suited to their spouses’ work ambitions or their own personal preferences . . . a location which, barring another job offer, they will have to spend the rest of their life in.

テニュアをとっても場所は選べないことが普通だ。配偶者の仕事と都合が合わないかもしれないし、住み心地が良いとも限らない。そして、基本的にはその場所に一生住むことになる。

I have long theorized that at least some of the leftward drift in academia can be explained by the fact that it has one of the most abusive labor markets in the world.

一見矛盾のように見えるアカデミアのリベラル傾向とこの悲惨な労働市場も、後者が前者の原因だと考えれば説明できる。あまりにも酷い労働市場で一生過ごしているうちに、左寄りな労働市場観を持つに至るということだ。

as a class, low wage workers do not face the kind of monolithic employer power that a surprising number of academics seem to believe is common.

大学教授は民間の労働市場を搾取と捉えがちだが、低賃金労働の市場においても大学ほどに一方的な交渉力を持った雇用主はいない。

The Persistence of Exploitative Academic Labor Markets

上の記事に関連して、どうしてこのような労働市場が維持されるかについて三つの理由が示されている。

[…] once one has bought into the academic status framework, it’s hard to escape it. Graduate school is basically an extended period of socialization into the conviction that academia is more exalted than just about anything else.

まず、一度アカデミアに入ると抜け出るのは難しい。しばしば指摘されることだが、大学院というのは価値・規範を植えつけるという意味で一種の社会化プロセスになっている。アカデミアが最高の場所だという観念を刷り込まれるということだ。

[…] many people who have been so socialized have a preference for working in academia so strong that they are willing to forgo lots in salary, benefits, and security in order to secure employment, however tenuous, in academia.

そして労働市場に出る頃にはアカデミアで働くためなら何を犠牲にしてもいいような労働者が完成する。

[…] increasing the supply of adjunct jobs relative to tenured jobs creates a rising status premium for the tenured and reduces their responsibility for the least desirable elementary courses.

また、テニュアが減ることでそれを獲得する確率は減る一方、テニュアの価値は上昇している。希少度が上がるし、学部生向けの(教える側に)人気のない授業を担当する必要がなくなるからだ。これに自分は大丈夫という自信が加わればどうなるかはご覧の通りというわけだ。

フルタイム教授の減少

アメリカの大学ではフルタイムの教授は結構少ない。大学院生はもちろん、学部向けの授業は非常勤の先生(Adjunct Professor)によって教えられることが多い。

Strategy – Faculty – The Case of the Vanishing Full-Time Professor – NYTimes.com

In 1960, 75 percent of college instructors were full-time tenured or tenure-track professors; today only 27 percent are.

このこと自体はよく知られていることがだが、実際の数字はショッキングだ。テニュアないしテニュアトラックの教授は1960年の75%から26%にまで落ちているそうだ。テニュアとは終身雇用のことで、大学はテニュア審査の対象となるポスト(tenure-track; Assistant Professor)を雇い、研究成果を元にそれを与えるかどうかを決めるものだ。テニュア制度の意義については以前説明した(テニュアの経済学)。

“When a tenure-track position is empty,” says Gwendolyn Bradley, director of communications at the American Association of University Professors, “institutions are choosing to hire three part-timers to save money.”

終身雇用を与えることは非常にコストリーなので、不景気になるとパートタイムの先生を使って必要なコマ数を確保することが増える。

フルタイムの教授の減少にはいくつかの問題点がある:

  1. 研究者ポストの削減
  2. 学生への授業外のサポート不足
  3. 講師のリスク負担

しかし、これらはそれほど深刻な問題とは言えない。まず研究者ポストの数についてだが、これはティーチングの数と紐付けされていること自体が適切でない。研究者の数については研究の必要性で判断すればよい。二つ目は制度的な問題だ。オフィススペースやメールボックスを整備したり、IT技術を導入したりすることで対処できる。最後は分野によるだろう。他の仕事がいくらでもある業界ではパートタイムの仕事はリスクにはならない。むしろ収入が分散する。

逆に、非常勤の教員が増えるメリットは多い:

  1. 研究職との分業による効率化
  2. 実社会での経験に基づく授業・産業界へのコネクション
  3. コスト削減

1については大学で授業をとったことがあれば明らかだろう。フルタイムの教授の審査はほぼ完全に研究業績で行われるため、彼らは必ずしも教育に秀でているわけではない。入門コースのように、研究者が受け持ちたがらない授業を非常勤ないし教育に特化した教員が受け持つのは効率的だ。また、学生にとって研究者ではない先生がいることはプラスだ。どの大学であれ卒業生の多くは民間企業に就職する。研究者との接点がなくなるのは問題だが、選択できる限り問題はない。最後に非常勤の教員の給与は低い。これは一見教員にとって悪いことに聞こえるがそうでもない。自分でビジネスを行っている人間にとって大学で教えることは自分の評判・知名度を高めるというブランディングに使える。よって、本来の価格より低い給与でもクラスを受け持ってもらうことが可能だ。これは大学・学生にとっても、教える側にとってもプラスだ。

民間から非常勤講師を招くという傾向はこれからも続くだろうし、日本でも急速に広まるだろう。ただ、その時に教える分野についてきちんとした知識を有していない自称専門家が入り込んでしまわないように注意する必要がある