労働者に優しくする企業

ローレベルな労働者に優しい方針を採用する企業の業績がいいというストーリー。この手は話は個別事例の列挙に過ぎないので一般化は難しいが、アイデアとして読むのは意味がある。

Finding Profit From Investing in Workers

記事の元となっているのはProfit at the Bottom of the Ladder(サマリー)というリサーチだ。企業のヒエラルキーの下にいる労働者に投資したり、耳を傾けたりすることで業績が改善した事例を扱っている。

Investing in workers’ health led to reductions in absenteeism and turnover rates, and to greater productivity.

一つ目は労働者の健康を改善する投資だ。自動車部品工場ではAutoliv Australiaでは休暇や病欠を取りやすくすることで離職率が15-20%から3%になったという。American Apparelでは健康保険の補助、エクササイズクラスの提供、社食での健康なメニューな提示によって従業員の怪我や病気が減ったとのこと。

さらに南アメリカのSA Metalでは従業員へのHIV/AIDS治療を提供することでトラックが健康上の理由で止まってしまうのを防いでいるそうだ。

offering training and career tracks to line workers led to lower turnover and easier recruitment, and served to make employees more efficient while they were with the company.

二つ目には、企業によるトレーニングと昇進機会の提供が離職率低下や採用の容易化、生産性の向上に役立つという。向上で英語の授業(ESL)を提供することで従業員間のコミュニケーションが円滑になった例や、ウェアハウスマネージャーの68%が時給払いのパート出身であるCostcoの低い離職率が取り上げられている。

After implementing a teamwork system in which sewers were paid based on the number of garments produced by their team, productivity at American Apparel increased dramatically […]
三つ目はチームに対するインセンティブの支給だ。American Apparelでは人員は12%増えただけなのにアウトプットが三倍になったという。
In the United States, average wages at Costco were approximately 42 percent
higher than those at their closest competitor, Sam’s Club, the wholesale branch of Wal‐Mart.
Costcoでも労働コストは競争相手より42%高いにも関わらず離職率や生産性で優位に立っている。
While the high productivity wasn’t solely due to employee incentives in either case, financial rewards clearly fueled employee productivity in both cases.
労働者を助けるというと収入の安定が挙げられがちだが、適切な金銭的インセンティブ支給が企業にとっても労働者にとっても望ましいことは多い(両者のインセンティブを合わせるのだから当然ではある)。
Companies in our study established ways to learn from their lowest‐level employees, who had the most expertise on the ways in which much of the work at the company was done and could be improved.
四つ目は末端の労働者からいかに情報を集めてくるかということだ。日本経済の調子が良かった時には、日本企業の成功の秘訣なんて具合によく取り上げられた要素だろう。
As a result of its reputation for providing good jobs and investing in the community, Costco faced less community opposition than its competitors, such as Wal‐Mart, when looking for new sites for its warehouses.
最後はコミュニティに対する配慮や評判だ。Costcoは最低賃金をかなり上回る賃金を提供することで知られており、お店を出す場合でも大型店特有の地元住民の反対が少なくて住んでいる。
最終ページでこれにからめてウォールストリートを批判しようとしているのが残念だが10p程度の短いレポートなので気晴らしにどうぞ。

School of Hard Knocks

アメリカのCEOがどんな大学を出ているか(@gshibayamaさんのtweetより):

Top 10 CEO Undergraduate Alma Maters

  1. University of California
  2. School of Hard Knocks
  3. Harvard College
  4. University of Missouri
  5. University of Texas
  6. University of Wisconsin
  7. Dartmouth College
  8. Princeton
  9. Indiana University
  10. Purdue University

殆どが州立大学のシステムだ。これには四つほど理由が思い当たる。

  1. アイビーなどにくらべ大学の規模が遥かに大きい
  2. アメリカの普通に優秀な人は州立のフラッグシップに行くことが多い(私立は学費が桁違いだし、卒業生の子弟を優遇するレガシー制度がある)
  3. キャリアを積んでからビジネススクールなどでトップ校に行く人も多い
  4. 私立トップ校にいくとそのままウォールストリートなどに就職する可能性も高い

それなりに優秀な学生が近くのいい大学に安く行き、ファイナンスやコンサル業界はネットワークがなく難しいこともあり、事業経営の世界に突き進むというシナリオはありそうだ。

ちなみに、第二位に上がっているSchool of Hard Knocksは知る人ぞ知る隠れた名門校…ではなく、

The School of Hard Knocks or the School of Hard Knocks and Tough Surprises is an idiomatic phrase meaning the (sometimes painful) education one gets from life’s usually negative experiences, often contrasted with formal education. (wikipedia)

大学を出ずに大企業のCEOにまで上り詰めた(というか自分で大企業を作り上げた)ということだ。

アカデミアの労働市場

アカデミアは非常に左寄りなところにも関わらず、大学の労働市場は非常に厳しい状態にあり、悪化するばかりだ。

Why Does Academia Treat Its Workforce So Badly?

Together these employees now make up an amazing 73 percent of the nearly 1.6 million-employee instructional workforce in higher education and teach over half of all undergraduate classes at public institutions of higher education.

アメリカの大学では非常勤講師の数が増え続けており、今や教員の73%にも達しているとのこと。公立大学のクラスの半分以上はテニュア=終身雇用を持たない講師によって支えられている。

Academia has bifurcated into two classes:  tenured professors who are decently paid, have lifetime job security, and get to work on whatever strikes their fancy; and adjuncts who are paid at the poverty level and may labor for years in the desperate and often futile hope of landing a tenure track position.

労働市場は二極化している。テニュアを持つ教授はまともな給料に終身雇用があり好きなことが出来る一方で、非常勤は貧困ラインの給与でテニュアを取れる見込みも殆どない。

And, of course, graduate students, the number of whom may paradoxically increase as the number of tenure track jobs decreases–because someone has to teach all those intro classes.

テニュア付きポストが減る一方で大学院の定員は増えている。教授の数が減れば入門レベルのクラスを教える人間の需要は増えるため院生を増やすインセンティブがある。

those lucky enough to get a tenure-track job have to move to a random location, often one not particularly suited to their spouses’ work ambitions or their own personal preferences . . . a location which, barring another job offer, they will have to spend the rest of their life in.

テニュアをとっても場所は選べないことが普通だ。配偶者の仕事と都合が合わないかもしれないし、住み心地が良いとも限らない。そして、基本的にはその場所に一生住むことになる。

I have long theorized that at least some of the leftward drift in academia can be explained by the fact that it has one of the most abusive labor markets in the world.

一見矛盾のように見えるアカデミアのリベラル傾向とこの悲惨な労働市場も、後者が前者の原因だと考えれば説明できる。あまりにも酷い労働市場で一生過ごしているうちに、左寄りな労働市場観を持つに至るということだ。

as a class, low wage workers do not face the kind of monolithic employer power that a surprising number of academics seem to believe is common.

大学教授は民間の労働市場を搾取と捉えがちだが、低賃金労働の市場においても大学ほどに一方的な交渉力を持った雇用主はいない。

The Persistence of Exploitative Academic Labor Markets

上の記事に関連して、どうしてこのような労働市場が維持されるかについて三つの理由が示されている。

[…] once one has bought into the academic status framework, it’s hard to escape it. Graduate school is basically an extended period of socialization into the conviction that academia is more exalted than just about anything else.

まず、一度アカデミアに入ると抜け出るのは難しい。しばしば指摘されることだが、大学院というのは価値・規範を植えつけるという意味で一種の社会化プロセスになっている。アカデミアが最高の場所だという観念を刷り込まれるということだ。

[…] many people who have been so socialized have a preference for working in academia so strong that they are willing to forgo lots in salary, benefits, and security in order to secure employment, however tenuous, in academia.

そして労働市場に出る頃にはアカデミアで働くためなら何を犠牲にしてもいいような労働者が完成する。

[…] increasing the supply of adjunct jobs relative to tenured jobs creates a rising status premium for the tenured and reduces their responsibility for the least desirable elementary courses.

また、テニュアが減ることでそれを獲得する確率は減る一方、テニュアの価値は上昇している。希少度が上がるし、学部生向けの(教える側に)人気のない授業を担当する必要がなくなるからだ。これに自分は大丈夫という自信が加わればどうなるかはご覧の通りというわけだ。

官主導の就活サイト

就職関連のビジネスをされている佐藤純さんから次のニュースを頂いた。政府主導で就活支援サイトが開設されるそうだ。

交通費いらず?中小2500社が就活サイト

厳しい就職戦線にのぞむ学生と、採用活動にコストをかけられずに人材不足に陥っている中小企業の橋渡しをする“ネット上の合同説明会”ともいえ、雇用のミスマッチの解消を目指す。

雇用のミスマッチの解消を目指すのはいいが、それを政府が行うのは何故だろうか。就活の支援は産業として成立しており、経済産業省のアイデアを税金で推進する意義はどこにあるのだろう

開設するサイトは「ドリーム・マッチ プロジェクト」で、リクルートが運営する。

しかも、実際に運営するのは最大手であるリクルートだ。もちろん政府に運営ノウハウがあるわけではないので委託するのは構わない。しかし、単に最大手にやらせるだけなら簡単だし、リクルートと競争している企業にとっては自分たちのビジネスを台無しにされたようなものだ

リクルートの観点から見れば、これは単純な売上だ。予算から出る以上とりっぱぐれもないし、全くうまくいかなくても損失はでない。単に儲けてずるいとかいう話ではなく、インセンティブの観点から問題がある。成功してもしなくても同じならどれだけの努力が期待できるだろうか。

結局のところ、このスキームの問題はその内容ではなく、リスクのあり方にある。官庁は自分たちの思いついたアイデアを(民間企業の経営者とは異なり)リスクをとらずに推進する。そして実際の運営もまた、何のリスクもとらずに業界トップ企業が担当する。リスクは全て税金によってカバーされる。

リスクのないところには、考え抜かれたアイデアも成功に全てを賭ける努力もない。何となく良さそうなアイデアを無難に推進するだけでうまくいくなら既に誰かがやっているはずだろう。うまく行かなかった時の尻拭いをするのは国民だ。

追記:@clydemenderさんによるとドリーム・マッチというバラエティ番組の名前にもあるそうです…。

グレード・インフレーション

アメリカの大学の平均成績が話題になったのでご紹介。

National Trends in Grade Inflation, American Colleges and Universities

アメリカでは大学の成績が、少なくとも日本に比べると、重視されるというのは有名な話だ。特にコミュニティカレッジからのトランスファーや、メジャーの選択においては平均成績=GPA (Grade Point Average)が主な判断基準となる。就職活動の時にも履歴書(resume)にGPAを記載するし、足切りに使われることもある。

就職活動で使われるとなると、当然問題になるのが学校ごとの違いだ。特によく指摘されるのは公立と私立の差だ。上のグラフは一世紀近くに及ぶGPAの推移だが、どの大学も戦後急激にGPAが上昇し、それから徐々に上がっていっているのが分かる。特に私立と公立との差は開く一方だ。有名な大学を例にとると、Harvard 3.45 (2005), Yale 3.51 (2008), Stanford 3.55 (2005)に大して、Berkeley 3.27 (2006), UCLA 3.22 (2008) となっている。

ちなみに日本の大学を卒業するとやたらと低いGPAになってたり、成績の付け方がアメリカと異なっていたりする場合もあるがアメリカの大学はそのことを知っているので無闇に心配することはない。