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フィルターとしての人間

ニュース・アグリゲーターのTechmemeがスタッフを三人増やして倍増させたというニュース:

Techmeme Doubles Down On Its Staff

When Rivera announced the addition of a human editor last year, it caused some controversy. Many people believed that only using a set of algorithms for surfacing news was better because it would take out much of the bias that a human might introduce to the system. But Rivera believes this curation is an integral part of the process to help with fast breaking news and to better filter out spam and old news being re-reported.

アグリゲーションをDiggのようにユーザーインプットで行ったり、Google Newsのようにアルゴリズムで行うのは今や当然のことだが、そこに人間を加えるというのは非常によいアイデアだ。

デジタル化は情報を流通させるための費用を減らし、流通で成立してきた旧来のメディア産業を衰退させている。前にも述べたように、産業が効率化すると従事する人間は減る。

しかし、情報量の増大はフィルタリングの必要性を意味する。そして、コンピュータは人間が必要とする情報を見つけ出すことがそれほど得意ではない

これは、メディア産業の中での人間の移動につながる。コンテンツを生産・流通させる側から、そうして出回る情報を選別する側に人が移っていく。検索エンジンもソーシャル・ブックマークもその一部だ。

調査報道の行方

調査報道(investigative journalism)が非営利団体に及ぼす影響:

Carnegie Reporter, Vol. 6, No. 1 | Why Nonprofits Need Newspapers via Nieman Journalism Lab

Nonprofits have been increasingly sensitive to the watchful eyes of newspapers analyzing their budgets, compensation policies, potential conflicts of interest and governance practices. While difficult to measure, these watchdog efforts have made a real difference in preventing undesirable practices and causing institutional changes in behavior.

メディアの存在は非営利団体に規律を与える。これは非営利団体が抱えている最大の問題に対する一つの答えだ。以前、非営利団体の経済学については「非営利と営利との違い」で説明した。

非営利団体とは、残余請求者が存在することが事業の推進に支障をきたすような組織だ。典型的な例は寄付によって成り立 つ途上国支援団体だ。これを営利形態で行うことも原理的には可能だ。単に人を雇って寄付を募り、それを支援に使い、寄付者に報告すればいい。しかしこのビ ジネスはうまくいかない。何故ならば寄付をした人々=顧客は支援が適切に実行されたかを確認する手段を持たないからだ。支援額を減らせば簡単に利益を上げ られる。

非営利団体とは、組織が挙げた利益に対する最終的な権利者が存在しない組織だ。そしてそういう形態を取る主な理由は「寄付をした人々=顧客は支援が適切に実行されたかを確認する手段を持たない」ことだ。

残余請求者がいないということは企業が会計上の利益を上げたとしてもそれを組織の外に出すことができないということだ。よって留保金はいつか定款の定める事業目的に使われるし、そもそも過剰に留保を出すインセンティブがない。よって非営利団体は同じ事業を行う営利団体よりも多くの顧客=寄付を集め、よりよく目的を達成できる。

利益を手にできる人間が存在しないことが、寄付された資金が組織の目的どおりに使われることを担保し、寄付を促す。

しかしこれれは最低限の保証に過ぎない。例え利益が会計上留保されようと、高額の給与や過度の福利厚生で外部に流されることはありうる。

利益を上げてもそれを受け取れる人間が存在しないということは、事業を効率的に推進するもっとも簡単なインセンティブを持つ人間が組織に存在しないということだ。

また、利益を自分の手にできない以上、効率化のインセンティブは低い。

調査報道はこういった点を暴露することにより非営利団体の助けになりうる

The decline in daily newspapers and the reduction in newsroom staff, especially investigative reporters, is a worrisome development.

しかし、新聞業界の縮小により調査報道に携わる人間の数は減っていっている。現在の新聞業界のありかたには問題があるし、デジタル時代に紙の新聞が現象するのは自然なことだ。しかし、現状の新聞社が必要ないことと、新聞が担ってきた役割が必要ないこととは別のことだ

ある不正を調査するには費用がかかり、それが回収できる見込みがなければ報道は行われない。数が減れば回収できるようになるはずという意見もあるだろうが、報道が寡占化すればそもそも調査報道を行うインセンティブが減るだろう(日本の大手新聞社を見れば分かる)。

非営利団体の数は増えてるばかりだ。新聞社が衰退していくのを歓迎するだけではなく、社会的に必要な報道が行われるようなスキームを社会として考えて始める時期に来ている。

誰がオンラインニュースにお金を払うか

オンラインニュースにどれだけの人がお金を払うかについてThe New York Timesが報じている:

About Half in U.S. Would Pay for Online News, Study Finds – NYTimes.com

こういったサーベイにはサンプリング問題があるし、聞かれて払うと答えることと実際に払うことは違うという問題はあるがとりあえずそれは置いておいて中身を見てみよう:

Among regular Internet users in the United States, 48 percent said in the survey, conducted in October, that they would pay to read news online, including on mobile devices.

アメリカでは約半数がオンラインニュースのためにお金を支払う用意があると答えているそうだ。これにはモバイルデバイスを含むので通常ネットアクセスだけを意味しているわけではないことには注意が必要だ。

That result tied with Britain for the lowest figure among nine countries where Boston Consulting commissioned surveys.

この割合はイギリスと並んで最も低い。

When asked how much they would pay, Americans averaged just $3 a month, tied with Australia for the lowest figure — and less than half the $7 average for Italians.

さらに払う金額についても平均$3とオーストラリアと並んで最低だという。ここから、

“Consumer willingness and intent to pay is related to the availability of a rich amount of free content,” said John Rose, a senior partner and head of the group’s global media practice. “There is more, better, richer free in the United States than anywhere else.”

消費者の支払意志額は無料のコンテンツの量で決まり、アメリカでは無料コンテンツの量・質が最も優れているという。これはアメリカというよりも英語のコンテンツというのが正確だろう。イギリスとオーストラリアが同様に支払意志の低い国として上がっているのと整合的だ。

The question is of crucial interest to the American newspaper industry, which is weighing whether and how to put toll gates on its Web sites, to make up for plummeting print advertising.

これはペイウォールで収益を挙げようという新聞業界には大きな問題だ。それに対し、

The study, which drew from a survey of 5,000 people, concluded that charging for online access to news would not greatly increase a newspaper’s revenue, but since the cost of reaching Internet readers was very low, it could significantly increase profit.

一人当たり収益は小さくとも費用も小さいので利益が上がると結論付けている。

この結論には問題がある。それはニュースに関する著作権の問題だ。単純な事実には著作権がないため、単なるニュースをペイウォールの中にいれても意味がない。著作権が生じるような内容を付け加えても部分的な引用はフェアユースに守られている。書籍化すればネットで引用されないなんてことはないのと同じだ。

そして「ニュース」の部分さえあればそれについて第三者、例えばブロガー、がペイウォールの外でその「ニュース」について論じることができる。多くの読者が望んでいるのはそういったコンテンツだ。伝統的に新聞社はコラム・社説・解説記事をニュースと一緒に提供してきたが、オンラインではそれらをまとめなければならない物理的制約は存在しない。新聞社はそういったコンテンツにおいて、ニュース自体は提供しない外部の主体と競争しなければならない

新聞社は例えばコラムニストに対して給料を支払うことができるという点でブログに対してアドバンテージを持っている。しかし、ブログを書いている人間の多くはブログそれ自体から利益を得ているのではなく、間接的に本業から利益を得ていることが多い。このような状況では新聞社が給料を支払えることは絶対的な優位にならないし、もしペイウォールのようなもので読者が限定されてしまえばコラムニストにとっては望ましくない条件だ。

情報技術が発展する中、情報を集めて売るという新聞社のビジネスモデルは立ち行かない。情報の流通コストがゼロに近づいている以上情報の流通業者たる新聞業界で働く人間は減っていくこれは、非常に効率的な農業技術が農業従事者の数を激減させたのと同じことだ。

ただし、流通させる情報の生産自体のコストがゼロになったわけではないことには注意する必要がある。これについては先に情報化の進んだ音楽業界が参考になる。ニュースの解説をしたり、それについてコラムを書く人間は、解説やコラムを売ることで利益をあげるのではなく、書籍を売ったり、講演をしたりすることで生計を立てるだろう。ニュースの取材を行うひとも同様だろう。

もちろんこういった間接的な収益方法で社会的に望ましい量のコンテンツが生産されるとは限らない。それは無料で流通させるコンテンツが収益を発生させる仕事に対してどれだけの正の外部性をもつかで決まる。

EveryBlock

ニュースのローカル化が叫ばれているなか、ハイパーローカル(hyper local)なサービスを提供するサイトがある:

EveryBlock — A news feed for your block

We aim to collect all of the news and civic goings-on that have happened recently in your city, and make it simple for you to keep track of news in particular areas. We’re a geographic filter — a “news feed” for your neighborhood, or, yes, even your block.

Everyblockの目的は小さな地域(blockないしneighborhood)に関連する情報をフィルターすることだ。公的機関の提供する情報、ニュースの記事、ブログのエントリー、Yelp、Craigslist、Flickrに至るまで位置情報とタグされている・できる情報の総量は爆発的に増えている。情報化社会におけるキーはフィルタリングだ。膨大な情報があれば個々の情報の価値はなくなる。それらをまとめても価値はたかが知れている。有り余る情報から意味のあるものを選び出すことで価値が生じる

最初は検索エンジン式の情報収集から始められるだろう。ネット上から位置情報を持つ情報をマッピングする。重要なのはその次だ。できる限りユーザーを集め、彼らが新しい情報やコメントを書き込む環境を作る。そのエコシステムを確立できるかがこのビジネスの鍵だろう。

面白い試みだが今後の競争は熾烈だ。位置情報を持つ情報を集めることは他の企業にも可能だ。特にGoogleが同じことを始める可能性は非常に高い。また、ユーザーから情報のインプットがあってもそれ自体を他のサイトが収集してしまうこともある。この中で競争に勝ち抜き、どのような収益モデルを作ることができるのだろうか。

スポーツ面は必要?

The New York Timesがスポーツ面の必要性について議論しているようだ:

Marginal Revolution: How to save The New York Times?

More radical moves, like dropping the sports section, have been rejected because they would undermine the quality of The Times or would not save much money, Keller said.

明らかにスポーツが強みではない新聞にスポーツ面がある理由はバンドリングの理論で説明できる。スポーツ面を追加することによる限界費用(紙面の増加による費用)は小さい。しかし一部の顧客はスポーツ面に大きな需要を持っている。そのような客のスポーツ面以外への需要は他の顧客より少ないだろう。よってスポーツ面を加えることで顧客全体の支払い意志額を平準化できる。支払い意志額が均一ということは需要曲線にフラットな部分があるということであり、独占的な生産者は総余剰のより大きな部分を単一価格で取り込むことができる

ではなぜ今、スポーツ面の是非が問われているのか。それはニューヨークタイムすがスポーツ情報の供給を独占していないからだ。新聞におけるスポーツ面に限ろう。以前であればある街で売られている新聞の数は少なかった。ある新聞社がスポーツ面に力をいれてニューヨークタイムスから顧客を奪おうとすることは可能だが非常に難しい。新聞の流通費用が大きく、利益を挙げるためには上に述べたように様々な情報を集めて売る必要がある。しかしそうなると、スポーツ面を売りにしている新聞も新聞全体としての価値でニューヨークタイムスと競争する必要があるからだ。よってそのような新聞はいつのまにか総合紙となっているか、スポーツに極めて関心のある層だけを対象とした新聞になるだろう。

この構造は新聞による情報流通の独占と共に崩れた。スポーツ情報だけを提供したい企業はスポーツ情報だけのウェブサイトでも運営すればよい。スポーツにさほど関心のない人間であっても新聞をまるごと買わなくてもよいのであれば利用する。ニューヨークタイムスがそのような競争相手以上のスポーツ情報を提供できなければ、スポーツ面を残すことは彼らの利益にならない。それどころかバンドリングによる支払い意志額の均一化がうまくできなくなり、スポーツ面に止まらず全体としての利益は一段と減少する

私はこのような情報のアンバンドリングが新聞業界衰退の最大の理由だと考えている。インターネットの普及は新聞社による情報のバンドリングとそれにより効率的な価格戦略を不可能にした。おそらくもとからニュースという財はそのような戦略がなければ固定費用をカバーするだけの収益を得られない産業だったのではないだろうか。