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ペイウォールはうまくいかない

ペイウォール(paywall)とはウェブサイトが一部のコンテンツを有料にして、フィーを支払わない顧客からのアクセスをブロックすることである。

これについてSlashdotで的を得た意見が紹介されている:

Slashdot News Story | Paywalls To Drive Journalists Away In Addition To Consumers?

‘My column has been popular around the country, but now it was really going to be impossible for people outside Long Island to read it,’ he says. Friedman, who is 80, said he would continue to write about older people for the site ‘Time Goes By.’

ペイウォールを導入するのに伴い、長年勤めてきた記者が新聞社を退職し、ブログで執筆するという話が紹介されている。

‘One of the reasons why the NY Times eventually did away with its old “paywall” was that its big name columnists started complaining that fewer and fewer people were reading them,’ writes Mike Masnick at Techdirt

TechdirtのMike Masnicはニューヨークタイムスがペイウォールを撤廃した理由として、コラムニストが読者の減少を懸念したからだと述べている。

この二つの事例は新聞業界がインターネットによってうまくいかなくなった一つの大きな原因を明らかにしている。

もともと新聞というのはプラットフォームである片方には読者、反対側には執筆者がいる。前者は良質なコラムを望み、後者はより多くの読者を望む。プラットフォーム運営者としての新聞社はこの二つの絡み合う市場をバランスさせていく必要がある

購読料を上げすぎると読者はへり、コラムニストにとっての魅力はなくなる。またコラムニストへの報酬を減らすと読者にとっての新聞の価値は減ってしまう。

しかし旧来の新聞業界におけるバランスはインターネットの浸透によって完全に崩れた。その一つが最初の引用におけるブログの役割だ。新聞社が利益を挙げるためには読者の量を制限する必要がある(注)。だがこれはコラムニストにとってはマイナスだ。昔であればこんなことに文句を言う人間はいなかっただろうが、今は違う。コラムニストにとって読者を探す手段はいくらでもある。ブログがその一つだ。新聞が読者を見つける効率的手段でないなら自分で発表すればよい。もちろんブログで直接金銭収入を得るのは難しいだろうが、知名度があれば他で稼ぐことができる。

この場合であれば、記者は既に大きな注目を浴びており、彼の動きは成功だったと言えるだろう。

(注)これは効率的な価格差別ができないことを前提としている。価格差別が可能であれば、価格を限界費用に抑えたままでも利益をあげることは可能だ。メディア企業を非営利企業として再生しようという動きはこの点をついている。ちなみに、寄付収入の多い劇場などはこのビジネスモデルの典型だ(言うまでもなく、非営利であってもビジネスはビジネスだ)。

iTabletは出版業界を救うか

Applegがタブレットを発売するという噂が現実味を帯びているが、タブレットが出版業界を救うことはあるのだろうか:

In-App Sales and iTablet: The Killer Combo to Save Publishing? | Gadget Lab | Wired.com

Apple on Thursday made a subtle-yet-major revision to its App Store policy, enabling extra content to be sold through free iPhone apps.

先日AppleはApp Storeにおいてフリーのアプリケーションがコンテンツを販売するのを可能にした。以前はアプリケーション本体への課金のみであったが、今回の変更で二部料金のような多彩な価格付けが可能になったわけだ。これはプラットフォーム企業でAppleからすれば当然の変更といえる。

Picture a free magazine app that offers one sample issue and the ability to purchase future issues afterward. Or a newspaper app that only displays text articles with pictures, but paying a fee within the app unlocks an entire new digital experience packed with music and video.

メディア業界はフリーのアプリケーションを配り、追加のコンテンツを各ユーザーセグメントに対し販売することができる。

Who would wish to read a digital newspaper or magazine on the Kindle’s drab e-ink screen if Apple delivers a multimedia-centric tablet?

Appleからタブレットが発売されればKindleのような電子ブックリーダーを上回る普及を見せるのは確実なように思われる。結局のところ読書専用のデバイスを必要とする消費者というのは非常に少ない(読書よりも音楽を聴いている時間の方が長い人が大半!だろう)。

Can Apple redefine print media to save the publishing industry? It probably has a higher chance than any other tech company out there. Apple is a market-shaper, and that’s the kind of a company the publishing industry needs to resuscitate it as the traditional advertising model continues to collapse.

ではAppleのタブレットがヒットして出版業界がそこでコンテンツをうるプラットフォームを作れたとしてそれが出版業界を救うことになるのだろうか。著者は肯定的な評価を下しているが、出版「業界」がここで多額の利益を上げる可能性は低いように思われる。

Appleは確かにiPod+iTunesで音楽ダウンロード販売の流れを作った。しかし、iTunes上で音楽レーベルが満足のいく利益を上げているとは思えない。個別のメディアに対する価格付け能力する制限されているし、絶対的な価格水準も以前とは比べ物にならない。

原因は単純だ。AppleはiPodとiTunesというプラットフォームを作りだし、その上で音楽業界に商売の機会を提供した。Appleはプラットフォームをできるだけ消費者に魅力的にすることで多くのユーザーを集め、レーベルを集めた。しかし彼らはボランティアでそんなことをしているのではない。巨大なユーザーベースを元にレーベルには低価格でのメディア提供を要求し、低価格な音楽・品揃えを武器にiPodというハードウェアで利益を上げた。

タブレットでニュースや電子ブックが流通する場合でも同じだろう。AppleはKindleを越える唯一のプラットフォームとして多くの新聞社・出版社を引き込める。多くのコンテンツが流通すればするほどタブレットの消費者への価値は上昇するが、コンテンツ提供者はその価値の大部分を手にすることはできない。Appleはタブレットの価格を上げる(ないし製造価格の低下を製品価格に反映させない)ことでその価値を利益にする。

結果は音楽業界と同じだ。タブレット上では多くのコンテンツが提供され、消費者は今までに利便性を得ることになるが、コンテンツ提供企業にとっては楽園とはならない。利益は限られているが他の選択肢がないため提供を続けることになるだろう。これはAmazonがKindleで作り上げようとしているビジネスモデルと同じだ。ただKindleは電子インクという技術で書籍に特化したデバイスを提供しているのに対しAppleは多機能なコンピュータを提供するだろうということだ。どちらの戦略が有効であれプラットフォームを抑えられない以上メディア企業が以前のような利益を上げるのは不可能だろう(以前は紙媒体の物理特性が新聞社・出版社にプラットフォームとしての役割を与えていたといえる)。

新聞の価格変動

感謝祭の時に価格を上げる新聞が増えているそうだ:

Single Copy Premium Editions Offer Revenue Opportunity – Newspaper Association of America: Advancing Newspaper Media for the 21st Century

More than one in three newspapers now charge a premium for Thanksgiving Day single copy editions, according to a recent NAA survey, and newspapers like The Orange County Register and the Knoxville News Sentinel are adding surcharges for home delivery editions for the day as well.

三つに一つの新聞は既に価格を上げている。宅配にまでその動きは広がっているそうだ。

Valecia Quinn, director of consumer sales and retail marketing for the paper, says readers accept the premium because it’s the largest paper of the year, filled with solid news content, advertising and coupon offerings.

その理由は広告とクーポンだ。感謝祭にはセールが多く、広告の価値が上昇する。またアメリカではクーポンが非常に一般的だ。広告とクーポンを欲しがる人が多ければ当然新聞は購読者により高い価格を提示できる。

Fonticiella says the success of selling single copy Thanksgiving Day editions for a premium can be replicated with any special edition that readers perceive as having extra value.

当然、感謝祭に限る必要もない。消費者からの需要の高い日には価格を上げるのが自然だ。もちろん、広告とクーポンに頼る限り限界はある。広告主にとっては新聞価格は低いほうがよい。多くの購読者に広告を届けるのが目的だからだ。

ただ、無料紙に対する既存の新聞のアドバンテージもある。まず知名度が高い。多くの読者が必要な以上これは重要だ。次に新聞には個性がある。ある程度読者層を絞れるが故に適切な広告を打つこともできる。低所得者が多い新聞と高所得者が多い新聞では当然プロモーションの内容を変えることになる。また無料紙には無料でなくてはならないという制約がある。適時価格を変えることが戦略上優位な状況では無料であることの利点はない。

新聞社が新聞を特別視せず、通常の業界と同じように経営努力を行っていることは新鮮な気すらする。

半世紀に渡る新聞社の収入の推移

全米新聞協会(NAA)が公表した過去50年間のデータから興味深いグラフが幾つか作成されていた:

Can newspaper publishers survive this revenue freefall? Perhaps, if they embrace a digital future. » Nieman Journalism Lab

広告費におけるメディア別のシェア推移:

Media Share of the U.S. Media Expenditures
Media Share of the U.S. Media Expenditures

広告費のGDP比の推移:

Total U.S. Advertising Expenditures as a fraction of GDP
Total U.S. Advertising Expenditures as a fraction of GDP

これを見ると幾つかのことが分かる:

  • 景気変動の影響はあれど、広告費全体はGDP比2%前後で非常に安定している。
  • 新聞が広告費に占める割合は一貫して低下しており、新しい現象ではない。
  • インターネットは未だに5%程度である。
  • テレビ・インターネットの他ではダイレクトメールの伸びが著しい。

Craigslist拡大

前に新聞社の規模についての記事を紹介したときに小規模な地方新聞の利点として

Craigslistは小さな町をカバーしていないため案内広告(classified ads)からの収益が見込める。

という点が挙げられていたが、Craigslistの案内広告への影響はさらに大きくなった模様:

Craigslist Expands Coverage of Cities by 25 Percent – Bits Blog – NYTimes.com

On Thursday, the San Francisco company quietly added new sites for 140 cities, a 25 percent increase, bringing its global directory to 690 cities over all.

140の都市が加わり、カバーされる都市の数が25%増加したそうだ。これにより、該当する都市で展開されている地方紙の広告収益の低下が予想される。デジタル技術の浸透により、新聞社が様々なコンテンツをバンドルする能力が次々に失われているのは確実なようだ。