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「返還ビジネス」

March 3rd, 2010

似たような話は前にも取り上げたが、公益のためにもう一度:

「過払い金」に続く「返還ビジネス」を 模索する弁護士業界 賃貸住宅更新料や残業代も対象に | 伊藤博敏「ニュースの深層」 | 現代ビジネス [講談社]

また、残業代についても返還請求が増えているのをご存じだろうか。

借金の過払い金請求が話題になったが、現在のトレンドは残業代の返還請求だそうだ。残業代が返還されて何が悪いのだろうか。

業務はパラリーガルに任せ、本人は海外旅行を楽しむといった悪質なケースもあった。

何故か突如過払い金請求の話に戻り、弁護士が仕事をしていないと批判している。しかしパラリーガルができる仕事を弁護士に強制して誰の得になるのだろう。誰でも出来る仕事に資格を要求する法律を変えるべく政治家を批判してみてはどうか。

この小口債権の回収で、機械的に過去に遡ることで得られる”旨み”を知った弁護士業界は、もう引き返せない。更新料や残業代にとどまらず、次々に「返還ビジネス」を仕掛けることだろう。

次々に不正な状況を解決してくれることの何がまずいのだろうか。「旨み」がなければ被害者はほっておかれるだけだ。社会はゼロサムではできていないので、他人が儲けていることを妬んでも誰の得にもならない

資格はあっても仕事がない弁護士たち。返済能力のある企業を相手にした「返還ビジネス」の急増も無理はない。

儲けすぎだと批判しているのかと思えば、今度は増えすぎな弁護士の救済だという。哀れみと恨みは紙一重だ。弁護士を増やしたおかげで、今まで相手にされてなかった残業代返還請求を弁護士が取り扱うようになったのであれば、それはむしろ弁護士増員の成果だろう

税金も払わない「ハイエナ弁護士」のなかには、顧客のカネを着服、あるいは法外な成功報酬を要求する者もいる。

またも存在命題から何を結論づけようとしているのだろう。どの業界にだって脱税する人はいる。税制が複雑になれば結果的に脱税と認定される人が発生するのは避けようがない。

救済されているのは多重債務者ではなく弁護士業界というのが現実である。

弁護士が増えすぎて仕事がないなら、高額なフィーは請求できない。一体、弁護士費用の高さを批判しているのか、過剰な弁護士の救済を批判してるのか分からないが、同時に批判するのは無理がある

過払い金返還請求がもたらしたのは、商工ローンのロプロ(旧日栄)、SFCG(旧商工ファンド)といった老舗の倒産、あるいは消費者金融大手四社の一角の アイフルが私的整理に入るなど、小口無担保金融モデルの破たんだった。20万人近い雇用を抱える業界は揺らぎ、多くのノンバンク社員は職を失った。社会的 損失は大きい。

過払い金請求は消費者金融の破綻を招いて社会的損失だった言う。しかし過払いなら返還請求するのは当然だし、それによって助かった債権者もいるはずだ。

弁護士のための「返還ビジネス」の急増をこのまま許していいのか――そんな論議をすべき時にきている。

むしろ、単に弁護士を叩くためにこんな記事を書いて「ニュースの深層」などと呼んでしまうジャーナリズムの是非を議論すべき時が来ているのではないだろうか(そんな時期はとっくに過ぎてもう手遅れという気もするが)。

ちなみに筆者のプロフィールによると

経済事件などの圧倒的な取材力では定評がある。

との事だが、この記事のどこに取材がなされているのかさっぱりわからない。オンラインの記事は別枠ということなのだろう。

経済報道の質

January 29th, 2010

オバマ政権の政策分野でどの分野によりよい報道が必要かについての調査がGallupが公表されたようで、Freakonomics Blogで紹介されている:

Disequilibrium in the Market for Economics Reporting? – Freakonomics Blog – NYTimes.com

経済が40%、医療30%、戦争12%、テロ11%、特になし6%となっている。どうしてこんなに需要が多い状態が続くのか。誰かジャーナリストが出てきて経済記事を提供するはずではないか。この理由として次の五つが紹介されている:

  1. いま景気が悪いから経済が注目されている
  2. 経済について書くのは難しい
  3. 量を増やすのは簡単だが質を上げるのは難しい
  4. 外部から人材を登用することが難しい
  5. 質のいい記事がほしいと「答える」人が多いだけで実際の需要はない

I think number five rings true. I would be interested in data on number one [...] Numbers two or three might be part of the story, but each of these only works if the dynamics of number four are part of the story.

これについて著者は5番目が一番それっぽいと述べている。これは基本的に口で言っていることが本当の希望だとは限らないというエコノミストの基本的な考え方を反映している。また1,2,3については4の産業としてのジャーナリズムの硬直性がなければ関係ないと言う。何故なら経済について質の高い記事を書く人間を雇うこと自体は「不可能」ではないはずで、最初の三つが原因であるためには4が必要となるからだ。日本であればアカデミアを含め労働市場が硬直的なので4は深刻だろうし、2,3についてもアメリカにくらべると難しいだろう。

第六の理由をあげるなら、「経済」というトピックの幅の広さと個人の趣向の多様性が挙げられるだろう。人によって「経済」と聞いたときに思い浮かべる分野は違うので誰もがどこかで不満を感じているだろうし、「経済に関するよい報道」が意味するものが余りにもさまざまなので誰もが納得する解はないだろう。例えば、マウスの機能に不満を持つ人はあまりいない。機能が単純で生産者にもつかみやすい。逆にコンピュータ本体や携帯電話であれば人によっていろいろな見方があるので誰もが満足することはなく、みんな何かしら改善の余地があると考えているということだ。

ストライサンド効果

January 12th, 2010

多くの人が既にTweetされているがあまりにも酷い話なのでここでも紹介:

6年も前のブログでニッポン放送?東京電力?からドタキャンをくらう話。 – KandaNewsNetwork

6年も前のブログでニッポン放送?東京電力?からドタキャンをくらう話。

細かい事情についてはリンク先を参照頂きたいが、簡単に言うと、神田敏晶さんが六年前にブログでスポンサーである東京電力にとって都合の悪い記事を書かれていたためにニッポン放送での出演を直前に断られたという話だ。

問題とされた記事「 真実と事実はちがうバグダッド」も直接東電を批判しているものではない。神田さんは次の一節が問題視されたのではないかと推測している:

「日本の原子力発電などに利用された劣化ウランが米国に販売もしくは、廃棄物利用のために利用されているというのもある意味、「派兵」以上の大きな責任があるのかもしれない。」

言うまでもなく、これは神田さんの原子力発電そのものへの立ち位置を示すものではない。またこのような対応はニッポン放送にとっても東京電力にとっても好ましくない結果をもたらす:

いや、このブログを書くことによって、一生、東京電力さんとの仕事はできなくなってしまうのだろうか?

当該記事の内容を問題視することで、その内容に信憑性を与えてしまうからだ。11日に公開されたこの記事に関するTweetを私自身も二度目にしており、現時点で230回以上Tweetされている。その挙句に私なんかがそれを記事にしてしまうわけだ。

インターネットに発達によって生じたこの現象はストライサンド効果(Streisand Effect)と呼ばれる。 Wikipediaの定義を引用しよう。

The Streisand effect is a primarily online phenomenon in which an attempt to censor or remove a piece of information has the unintended consequence of causing the information to be publicized widely and to a greater extent than would have occurred if no censorship had been attempted.

オンラインによって情報の拡散を抑制しようという行為は逆効果になるということだ。これはTechdirtのMichael Masnickが2003年に名づけたもので、女優のBarbra Streisandが広域航空写真から自身の邸宅の削除を求めた件にちなんでいる。

誰もが情報を発信できるようになったことが、このような都合の悪い情報の検閲を極めて難しくした。情報の流通インフラが大手メディアに独占していた時代には、今回のようにマスコミに干渉することで流通を概ね止めることはできただろう(そしてこの一件はマスコミが実際にそうしてきたであろうことを示唆している)。

東京電力さんがキャンセルするのなら、ボクも東京電力さんをキャンセルしたい!
しかし、関西電力や中部電力にスイッチ!できないではないか…。

ましてや、市場支配力を持つ企業相手では消費者として財・サービスの購入をやめるということすらできない。メディアさえ抑えてしまえば何の不都合もなくなるわけで、その利益の一部をメディアに(広告費などで)供与して味方につけるだけでよい

都合の悪い情報は、広告主の立場でマスメディアから完全シャットアウトできても、その反作用はソーシャルメディアでは、確実に増長される。

それが、ソーシャルメディア時代の民主主義の正しいありかただと思う。

ソーシャルメディアはDiggにおけるAACS暗号鍵の一件が示すように、この現象をさらに大きなものにする。Twitterのようなサービスで情報が拡散、ソーシャルブックマークに記録され、ブログなどでさらに分析が行われる。

もちろんこのことが、大手メディアや情報を隠そうとする企業の責任を軽減させるわけではないし、逆にメディアが今まで果たしたきたとされる役割に疑問を投げかける

「貧困ビジネス」の行き過ぎ

January 11th, 2010

「貧困ビジネス」という言葉が流行っているらしい。とりあえずWikipediaを見ると次のような定義になっている:

貧困ビジネス(ひんこんビジネス)とは、貧困層や社会的弱者等といった弱い立場の人々から社会通念に反して不当な利益を得るビジネス形態を指す造語である。

これによれば「貧困ビジネス」は定義上悪いものとなるが、「社会通念」というのがまた何か分かりにくい。

先ほど新手の貧困ビジネスを報じる記事を読んだ:

新手の貧困ビジネス、「過払い請求」が台頭 過大な成功報酬、弱者につけ入るハイエナ集団 JBpress(日本ビジネスプレス)

多重債務者などから金融業者に対し支払い過ぎた利息(過払い金)の返還を求める動きが一気に広がった。

槍玉に挙げられているのは、「グレーゾーン金利」に関する過払い請求だ。

あおっているのは弁護士や司法書士事務所だ。電車やバスの車内広告で「過払い請求します」という広告を見かけたことはないだろうか。

弁護士・司法書士事務所が過払い請求を「あおっている」というが、これは悪いことなのだろうか。法的トラブルを解消するのが彼らの仕事であり、「過払い請求します」というのはごく普通の広告だ。

弁護士や司法書士などの専門家に頼めば、簡単な手続きだけで過払い金を請求することができる。

専門家である彼らが間に入ることで請求費用が節約でき、その一部が彼らの報酬となる。独占業務でなければ、専門家の仕事というのはそういうものだ。別に経営者が自分で仕訳をしてもいいが、それは効率が悪いから会計士・税理士を雇うのと同じだ。

弁護士の報酬は2004年に日弁連の報酬基準が廃止されてから、統一基準がない。そのせいでもないだろうが、簡単な作業にもかかわらず取り戻した過払い金の2~3割を成功報酬として受け取るケースが目立つ。

では何が問題か。元記事によると成功報酬の額だというが、その判断基準は「簡単な作業」ということだけだ。しかし、成功報酬というのは成功した場合にのみ払われるものなのである程度のプレミアムがのるのは当然だし、専門家の時間の価値を素人がそれは簡単だから安くするべきというのはどうだろう。

報酬基準がなくなったことは成功報酬の額とは直接関係しない。基準が人為的に低く抑えられれば過払い請求をやってくれる弁護士の数が減るし、逆に基準を高く設定することで利益を増やす可能性もある。

報酬が高すぎるというのなら、必要なことは価格のコントロールや広告の規制ではなく、サービス提供者間の競争だろう

だが、過払い請求の広がりとともに債務者と過払い請求を請け負う弁護士や司法書士との間のトラブルも増えている。

トラブルに対しては、実際に違法な行為であれば取り締まり、情報不足による問題ならそれを解消するような策を打つのが良い。例えば、サービス内容について雛形を公開したり、一定の説明義務を作ったり、個々の弁護士・司法書士についての情報をより積極的に共有できる仕組みを作ったりすればよいだろう。

大事なことは、「弁護士・司法書士に依頼すれば、全て解決」と任せっぱなしにしないことだ。この相談者は騙しやすそうだと思わせないこと。

これは正しい。消費者が態度を改めるのも重要だ。弁護士・司法書士もまた純粋な善意でビジネスをしているわけではない他のサービスを買う場合と同じように慎重になる必要がある

不況の深刻化で、いわゆる「貧困ビジネス」の裾野は広がる一方だ。貧困層に高金利でカネを貸す消費者金融やヤミ金融のような伝統的な貧困ビジネスばかりではない。

貧困層を騙す人間が存在するのは事実だが、貧困層へサービス・財を提供するビジネスを何でも「貧困ビジネス」と呼んでしまうのはまずい信用力のない人間にサービスを提供する際に価格が上がること自体は不正ではない

返す当てのない人間にお金を貸すためにはそれなりのリターンが必要だ。高金利でカネを貸すこと自体を非難するのは間違いだ。それをいったらノーベル賞の対象となったグラミン銀行だって高利貸しだ(ht kazemachiroman)。

例えば「敷金、礼金、仲介手数料ゼロ」を謳い文句にまとまった引っ越し資金を用意できない貧困層を引き寄せるゼロゼロ物件。家賃の支払いが1日でも遅れれば鍵を替えられて締め出される。

まとまった引越し資金も用意できない人々が家賃を滞納すれば、回収の見込みが薄いと考えるのは自然だ。締め出しを規制すれば、それによって生じる滞納の費用は家賃に跳ね返る。

ネットカフェは実質的には家を失った人が泊まる無許可の簡易宿泊施設と化しているが、ゆっくり休めないうえに割高な料金を取られてしまう。

これも誰が割高かを判定するのだろう。少なくとも他のオプションよりはましだから利用者がいるはずだ。自分で家を借りた方が一日当たりの支払いが少なくて済むことは誰でも知っている。

貧困層を相手にしてビジネスをするだけで、不当な利益を得ている悪い奴だと指差されては、貧困層にサービス・財を提供する人がいなくなってしまう。本当に不正な商売をやっている人を見つけ、対処することで世の中は改善していく(参考:「金儲け=悪」の話を絵で説明してみる)。何でも不正だと言ってしまっては前に進まない。「貧困ビジネス」という言葉が一人歩きしないことを望む。

追記:リンク先記事中の「貧困ビジネス」の定義もWikipediaと変わらない。

ホームレスや派遣・請負労働者など社会的弱者をターゲットに稼ぐ商売のことだ。弱者の味方を装いながら、実は彼らを食い物にするハイエナの仲間に「過払い請求」という新手が台頭し始めている。

情報提供者への謝礼

December 29th, 2009

取材先に謝礼を払うかどうかというのは報道機関にとっては大きな論点のようだが、先日のテロ事件(参考:テロリストへの間違ったシグナル)に関連してその問題が浮かび上がっている:

The Shady Mainstream Media Payday of Flight 253 Hero Jasper Schuringa – journalismism – Gawker

Jasper Schuringa probably didn’t think twice before dismantling Northwest Airlines Flight 253’s would-be bomber. But before telling his story, he wanted money, and he got it. From major news outlets who pay up and lie about it.

問題の便で犯人の確保に協力した人物に大手メディアが多額の謝礼を払い、かつその事実を隠しているとGawkerは報じている(インタビュー動画)。どういう仕組みかについては、MEDIAiteの記事から次のように引用している:

The practice of paying a “licensing fee” rather than a direct exchange is a way networks who claim to never pay for interviews can get around the issue. By paying for images and video, they are free to say no money was exchanged hands for the actual interview – which is still viewed as unseemly for news outlets not named the National Enquirer or TMZ. But paying for something to secure an interview happens quite a bit.

メディアネットワークは取材に謝礼を支払っていないと主張しているが、実際には写真や映像へのライセンス料という名目でインタビューの対価を支払っているというわけだ。

Schurnga sold the “TV Rights” of the first of his two photos to CNN for $10K.

The “print rights” went to the Post for $5K.

Later, Schuringa was paid upwards of $3K by ABC News for a second photo, which Schuringa tried to sell to other local news outlets for $5K, unsuccessfully.

具体的な金額あがっている。様々な権利に対して大手メディアがかなりの額を支払っていることが分かる。では、彼らは何故このような対価を支払うのか。

Because the only way to get interviews with this guy was to pay him, so CNN and The New York Post ponied up

それは、対価を支払わなければインタビューに応じないためだ。インタビューという貴重な財を持っているプレーヤーがもっともそれを欲しがっている人間に売るというごく普通の取引だ

では日本ではどうなのか。日本のテレビ局・新聞社が報道において多額の謝礼を払っているという話はあまり聞かない。しかしそれは、別に日本のメディアが道徳的に優れているからではく、メディアが寡占的なため多額の謝礼は支払わないというルールを作ってそれを守っているだけだろう。これもまた、買い手が少なければ売り手は買い叩かれるという市場のルールに過ぎない

Checkbook journalism is back, and here to stay. Media critics who lambast some news organizations for paying for sources are going to have to deal with the cold, hard fact that getting a scoop has gotten a lot more competitive these days.

お金でニュースを買い集めるという風習(checkbook journalism)が戻ってきていてそれがこれからも続くと指摘されている。そしてその理由は単純にスクープを行うのが難しくなったからだという。

極めて正確な分析だ。報道を配信するための費用が劇的に下がったということは、報道という市場が競争的になったということだ。これは市場参加者であるメディアの力の低下を意味し、その一つの帰結がスクープを買い手独占を背景に買い叩けなくなるということだ。日本でこれだけの経済学的センスをもった大手メディア関係者はどれほどいるのだろう。

追記

検索して出てきたこの動画では海外のメディアでは内規で謝礼が禁止されていると述べられているが、これが有名無実なのはこの記事から明らかだろう。メディアが取材への謝礼を嫌がる本当の理由は謝礼を払いたくないというものだ

謝礼を払うとおかしな証言が出るというのは言い訳だ。それが事実だとして、大手メディアの倫理観に期待しても問題は解決しない。まさにネットのメディアであるGawkerがこの記事で大手メディアの問題を指摘しているように、競争こそがより透明性の高い報道をもたらすのではないだろうか。