イングルハート・ヴェルツェルによる文化地図(Inglehart-Welzel Cultrual Map)の軸の取り方について:
Overcoming Bias : Key Disputed Values
以下のグラフが文化地図と呼ばれるものだ。世界価値調査(World Values Survey)のページに置いてある:
マップ上の点は国を表しており、色分けは何らかの共通点でもって複数の国を囲ったものだ。例えば日本は生存よりも自己表現に重きを置いているが多くの欧米の国ほどではなく、伝統的価値観ではなく世俗・合理的な価値観が非常に強い国ということになる。
このマップを理解するにはこれがどのように作られたかを知る必要がある。実際の論文などは見ていないのでWikipediaなどからの推量になるが以下に簡単に説明する(間違いがあったら指摘してほしい)。
元となっているデータは世界価値調査というもので、それぞれの国においてどのような価値観が支持されているかを調査したものだ。データはインタビューによって集められる。
The WVS questionnaire consists of about 250 questions resulting in some 400 to 800 measurable variables.
250程の質問項目を元に400から800個の指標が作られるそうだ(例:個人的幸福度)。しかし、イングルハートはそれらの指標の多くを僅か二つの指標(軸)で説明できてしまうことに気づき、それを生存・自己表現と伝統・世俗という二つの軸で表現した。それが上のマップだ。
幾何学的に言うと、多次元空間に各国の指標の組をマップしたら何故かある二次元(超)平面の付近に並んでいたのでその平面を切り出してみたということだ。
このマップに対してRobin Hansonは次のように指摘している:
WVS leaders’ views on the key value disputes are found in their diagram labels: “survival vs. well-being” and “traditional vs. rational-legal.” But we need not accept their labels. Given many data points in a high dimensional vector space, factor analysis strongly suggests the most informative subspaces to consider, but says less about the best axes to consider, and nothing about the best axis names.
マップでは生存・自己表現と伝統・世俗という二つの軸を取っているが、このマップを評価する上でイングルハートが提示した二つの軸を採用する必要はない。二つの指標で表されるということはある特定の二つの軸を選ぶ根拠にはならないからだ。
これは上の幾何学的な解釈から明らかだろう。重要なのは多次元空間上の点の位置が二次元平面で表されることで、その二次元平面の軸をどう取るかという話とは別の話だ。高校数学を思い出して欲しい。二次元平面を表現するには何が必要か。その平面上の一次独立な二つのベクトルの組なら何でもよい。
追記:主成分分析の基底の取り方について指摘を頂いたのでコメント欄を参照ください。
Given that one factor is the lower left to upper right wealth factor, the other factor is an upper left to lower right factor, stretching from Russia to the USA. But what is the essence of that factor?
まず左下から右下を眺めると経済発展を表していることに注目する。それに対してもう一つの対角線、左上から右下、はどう表現できるか。これはロシアとアメリカの違いにも対応する。左上に共産圏、右下に自由主義圏が並んでいるの分かるだろう(日本はどちらでもないが若干共産よりだ)。
It seems to me that USA side values make sense when the priority is making families and personal relations work well, while Russian side values make sense when the priority is larger community health and threats.
彼はここで右下に個人・家族主義的な傾向、左上に共同体主義的な傾向を見出す。
So why would Russia side nations focus more on community, while USA side nations focus more on family? My story is much like that Diamond’s Guns Germs and Steel: geography made some places more vulnerable to invasion.
この違いについては地政学的な差異を挙げている。侵略されやすい国は共同体主義的となり、そうでない国は個人・家族主義的となる。外的な脅威があれば個人・家族の価値よりも社会の価値が自然と重視されるからだ。
So there you have it: I suggest the two main value disputes in the world are rich vs. poor and family vs. community priorities.
まとめると彼の主張は各国の価値観の違いは貧しいか豊かかと家族か社会かという二つの要素で説明できるというものだ(上のマップ上では対角線となる)。
これは生存・自己表現と伝統・世俗という分け方よりも実感にそぐう。日本の例がわかりやすい。日本が自己表現を重視しているかはよく分からないし、宗教にこそ熱心ではないが伝統的価値観を重んじない国ではないだろう。しかし日本はかなり経済的に発展している比較的共同体重視の国と言われれば非常にしっくりくる。アングロサクソンは経済的に発展している個人主義の国々、ラテンアメリカは経済発展は遅れぎみの個人主義の国々、旧共産圏は経済発展が遅れぎみの共同体主義の国々となる。
Given many data points in a high dimensional vector space, factor analysis strongly suggests the most informative subspaces to consider, but says less about the best axes to consider, and nothing about the best axis names.