フリーミアムの落とし穴

よくフリーミアムがどんな場合にうまくいくのかと聞かれるのでタイムリーな記事のご紹介:

Why Free Plans Don’t Work

None of these changes had a significant impact. The only thing that seemed to be consistent about my growth was that my revenue was relatively flat while my user base kept growing.

BidsketchというSaaSアプリケーションの開発者が自身のフリーミアム体験を語っている。フリーバージョンの提供によって当初多くのユーザーが有料サービスを購入したものの、すぐに有料の割合は1%に落ち込み、アップグレード率も0.8%に留まったそうだ。

有料のユーザーが増えなくても、サービス提供の費用やサポートの費用はかさむため利益は圧迫される。結局、無料版の提供を取りやめることで有料ユーザーを増やしたそうだ。

フリーミアムに対する揺り戻しは広がっている。上は37signalsが提供するBasecampの価格表だ。フリーバージョンは存在するものの非常に目立たない場所に移っている。

このような流れはフリーミアムが何故機能するのかを考えれば不思議なことではない。フリーミアムの効用は

  1. ユーザー数が増えることで製品の魅力が上がり(外部性)、有料アカウントにより多くチャージできる
  2. 製品の価値が分かっていない製品を使ってもらう
  3. 無料であることで製品が口コミで広まる

といったところにある。しかし、これら全てがフリーミアムに特有なものではない。2はトライアルバージョンで十分に対応できる。使ってみた結果としてサービスの価値を(費用以上だと)認識していないユーザーを引き止める理由はないからだ。上の例でトライアルが全面に押し出されているのはこれが理由だろう。3についても無料である必要はない。本当に価値があれば有料のものでも人に勧めることはありうるし、口コミを狙うならアフィリエイト・リファラルを用いるほうが効率的だ。Dropboxなどでは紹介で自分のサービスを追加することできる。フリーミアムが一般化しているなかで無料であることそれ自体のニュース性は皆無だ。

では1の外部性がうまくいくための条件は(外部性が存在すること以外に)何があるだろうか。次のようなものが考えられる。

  1. 追加的なサービス提供費用(限界費用)が小さい:ユーザーが増えることで費用が増えてしまっては外部効果が相殺されてしまう。
  2. 使い方が(想定ユーザーにとって)簡単である:1と重なるが、使い方が難しいソフトはサポートの費用がかかるのでフリーミアムに向かない。また習得が困難ということは製品自体が無料であってもユーザーにとっては労力という費用が発生する。使い方を覚えるのに百時間かかるソフトを使うかどうかを製品が無料かどうかで決める人は少ない(そういう人はどちらにしろ有料版を利用しない)。
  3. 機能がモジュラー形式になっている:無料版はそれ自体として有用でなければならない一方、有料版専用の機能を提供する必要がある。これは追加機能という形でなくても従量課金という形でもよい。

フリーミアムもプライシングの一種であり、需要のあり方=ユーザーの行動をよく読んだ上で設定する必要がある。なんとなくフリー版も提供してみたではうまくいかないのはしょうがないことだろう。

ウェブでの匿名性

ウェブでの匿名性なんてそもそも存在しないというお話:

IT / ウェブの匿名性はもはや名ばかり ─ 瞬時に明かされるあなたの身元

消費者の名前は得られないが、このデータを住宅保有者や世帯収入、結婚歴、好みのレストランなどの記録と相互参照させる。その後、統計分析を施し、個々のウェブ・サーファーのし好について推測を始める。

企業が消費者のアクセスを追跡し、外部のデータと照合することで嗜好を推定する。外部のデータを使うことがアマゾンなどとは違うという。消費者の名前は得られない、とあるが十分なデータがあれば個人名まで遡れることもできると考えるべきだろう。

個人の嗜好が分かれば人によって異なる価格を提示することで売り手は収益を増やすことができるため、こういったサービスを提供する企業が次々に出てくるのは明らかだ。

このことから二つの問題が生じる

  1. 差別を禁止する規制の有名無実化
  2. プライバシー保護のエンフォースメントの困難化

まず、差別との関係だ。異なる価格を提示する価格差別は一般的に禁止されていない。価格差別が消費者や社会全体にとって必ずしも悪いことではないからだ(むしろプラスであるケースが多い)。

金融サービス業界では、公平な融資に関する法律により人種、肌の色、宗教、出身国、性別、公的支援の受け取りや婚姻暦に基づく差別が禁じられている。

但し、例外として人種などの差別を禁止する法律はある。雇用においても人種による差別は違法だ。しかし、他の情報から最適な価格を設定した結果としてほぼ人種毎に差が生じたとしてもそれを罰することはできないだろう。

もう一つはプライバシー保護のエンフォースメントだ。大抵の企業は情報を集めるときに(特別な理由がなければ)自社でしかデータを利用しないと謳っている。しかし、現実にはこのように多くのデータが参照される。データの出所(とそれを知っていて利用したこと)を立証するのは困難なので実質的にプライバシーを守ることは難しくなる。外部(海外)の企業が分析の結果だけを提供するようなスキームならもはや取り締まりようがないように思える。

個人レベルでは匿名性はないものとして行動する他ないだろうが、政策的な対応も必要だろう。

世界で一番高い都市

多くの日本人は東京が世界一生活費の高い都市だと思っているが、実際に海外の大都市と比べるとそうでもない。よく一番高いといわれているのは一般的な生活費ではなく海外(≒アメリカ)からの駐在員の生活費だ(要するにアメリカ的生活をするのにかかる費用)。しかし、そのランキングにおいても東京は一番ではないというストーリー。

Destitute Angola capital costliest place for expats

The capital in a country where most of the population lives in poverty has overtaken Tokyo as the most expensive in the world for foreigners, according to a study by consulting firm Mercer.

現在世界で最も「高い」都市はアンゴラのルアンダだ。ルアンダがどんな都市かについてはWikipediaでもご覧頂きたい。

Luanda – Wikipedia, the free encyclopedia

Around one-third of Angolans live in Luanda, 57% of whom live in poverty. Living conditions in Luanda are extremely poor, with essential services such as safe drinking water still in short supply.

57%の住民が貧困ラインで生活している世界の最貧国の一つだ。2002年までの内戦で国内は疲弊しており、原油を含めて天然資源の輸出が主な産業となっている。

Foreigners plop down $15 for a cheeseburger, $150 for haircuts; $2,500 for a one-year gym membership and tens of thousands of dollars for rent.

そんな国の首都で、チーズバーガーは$15、散髪は$150、ジムの年間メンバーは$2,500となっている。

何故そのような価格設定が可能なのか。これは都市を利用した一種の価格差別ととなっている。首都は外国企業にとってビジネスができるほぼ唯一の場所であるため価格がつりあげられているということだ。おそらく都市間で有効な裁定取引を行うインフラがないのではないかと思われる。

普通は高所得者以外の住民にも売るほうが儲かるためここまで極端な価格設定にはならないが、ルアンダの場合低所得者層の購買力は外国企業の駐在員に比べて極めて小さいので財・サービス提供者にとって無視してしまう方が利益があがるということだろう。

Cost of Living survey 2010 – City rankings

For the first time, the ranking of the world’s top 10 most expensive cities includes three African urban centres: Luanda (1) in Angola, (3) in Chad and Libreville (7) in Gabon. The top ten also includes three Asian cities; Tokyo (2), Osaka (6) and Hong Kong (jointly ranked 8 ). Moscow (4), Geneva (5) and Zurich (joint 8) are the most expensive European cities, followed by Copenhagen (10).

この傾向は上位にランキングした他の開発途上国の都市にも当てはまる。トップテンには日本を含めた先進国の都市に混ざってチャドのンジャメナ、ガボンのリーブルヴィルもランクインしている。

iPadは大成功

iPadに対する賛否両論はあるが、iPadが製品として大成功なのは明らかだ。

Apple iPad Sales Could Top 2 Million a Month – DailyFinance

Apple (AAPL) iPad sales have already reached about 1.2 million a month, according to the DigiTimes, a daily Taiwanese newspaper. The figure is based on Samsung’s production of displays for the tablet, which will ship in July.

iPadは既に月120万に上っており、毎月伸びている。AAPLの株価も好調だ。少なくとも会社の利益に貢献するという点で既に成功としかいいようがない。

iPadは「残念なプロダクト」かどうかで議論白熱 | web R25 via gshibayama

iPad発売をとても楽しみにしていて、ようやく手に入れた藤沢氏が「残念」とした根拠は以下のとおり。

「iTunesがイントールされたPCがないとびくりとも動かない」――これについて藤沢氏は「iPadというのはPCを使ったことがない人でも使えるコンピュータではなく、PC、それもiTunesというAppleの集金マシーンがインストールされたPCがないと起ち上げることさえできないのです」と説明している。

これはiPadが全ての人にとって素晴らしい製品かとはあまり関係ない。私自身iPadをうまく使う方法が思いつかない。家にいるときはデスクでコンピュータを並べているし、外出時にはラップトップを持っている。wifiがつながらない場所にはいかないので3Gが必要な理由もない。

しかし、製品がある人間にとって有用かどうかと製品としての優秀さはあまり関係ない。製品が売れるのは、その製品の価値が価格より上である場合で、収益を伸ばすには次のような方法が考えられるだろう。

  1. 価格を下げることでより多く売る。但し一人当たり収益は落ちる。
  2. まだ買ってない人への価値を上げて売上台数を伸ばす。
  3. 買っている人への価値を上げてより多くチャージする。
  4. 価格差別をうまく行って購入者から製品個別単価以上の収益を上げる。

iPadの場合はどうか。Appleは自社製品を安売りするつもりはないし、生産能力にも制限がある(=安くして需要を増やしても供給が追いつかない)ので1の安売り作戦はとらない。iPadは欲しい人は欲しい、いらない人にはいらない製品なので2のように欲しくない人に欲しがらせるのは難しい。それによって元から購買意欲のある人にとっての製品価値が落ちてしまっては元も子もないからだ。

望ましい戦略は3,4を組み合わせたものとなる。非常に尖った製品を作り価格を上げる。全員に買ってもらう必要はない。買ってもらう人に高い価値を認めてもらえば良いのだ。さらに買う人の間でも非常に価値を認める人とそうでない人がいるので適切な価格差別によってより多くの余剰を収益に変える。これはiPadというプラットフォーム上でApple自身が収益を上げることで達成出来る。ビデオゲーム会社がビデオソフトの売上の一部を収益とすることで、ゲームをよりプレイする人からより多くチャージするのと同じことだ。

Oprah gifts big bonus | Welcome to S2Smagazine.com via TrinityNYC

O gifted each member of her magazine staff with an iPad and personalized iPad case with their initials.

尖った製品を作ることのメリットはマーケティングにもある。ここではオプラ・ウィンフリーが自分の雑誌を作っている社員にiPadとイニシャル入りのケース(と一万ドル)を配ったというニュースが紹介されている。オプラ・ウィンフリーはアメリカの消費者に絶大な影響をもっており、Appleは実質タダで極めて効果的なマーケティングをしたといえる。先のR.25における賛否両論も同じだ。賛否を問わず強い意見が巻き起こることはいい製品の証であり、何も意見がでてこないことが最大の失敗だ

Twitterの模索

Twitterの収益源」で書き忘れたことがあったので追加。

Twitter Has a Business Model: ‘Promoted Tweets’

Twitterを収益化する上で、豊富な資金を背景に慎重に進めることが重要だが、もう一つキーポイントがある。それは、収益化方法を探る上でもプラットフォームとしての立場をうまく利用することだ。

Twitter is rolling out promoted tweets slowly over the course of the year; initially on Twitter.com, and then to Twitter clients, which can include the ads and get a cut of the revenue.

現在Promoted Tweetが導入されているのはTwitter.comでの検索だけだ。検索結果に若干の広告が含まれることは消費者にとってそれほど抵抗がない。どの検索エンジンも広告を主な収入源にしている。

次のTwitter.comへの広告表示に関しても大きな反発はないと思われる。GMailのようなサービスでもインターフェース上には広告が入っているし、サードパーティのクライアントを使えばいいだけだ。

しかし最後のクライアントへの広告Tweet挿入、つまりTLへの広告導入は大きなステップだ。メールに広告が入るようなものだろう。だが、ここでTwitterは賢い戦略を取っている。広告をクライアント開発者とシェアするというものだ。

この戦略を採用する一つの理由は必要性だろう。Twitterがこれだけ流行ったのには、APIを公開してクライアントを含めたエコシステムを構築したことにある。APIがオープンである以上、いくら広告を挟んでもクライアント上で表示しないようにすることは容易にできるだろう。ユーザーの反発を防ぐだめにPromoted Tweetは広告である旨明記されており単純にフィルターすればよい。

しかし、これは同時にうまい収益化方法をサードパーティに探らせるための仕組みともなる。クライアント開発者は最もユーザーにとって抵抗がない方法を見つけることでクライアント自体から収益を上げなくても利益を出すことができる。これはTwitterにとってはプラットフォーム全体に対する批判を避けつつ開発者にクライアント毎での実験をさせるようなものだ。非常に効果的な方法が見つかればその開発元企業を買収すればよい(おそらく知的財産権で守られるようなものではないので模倣も可能だろうが、プラットフォーム運営や人材確保の観点からして買収が望ましいだろう)。