何故雑誌は新聞よりうまくいくか

デジタル化した市場で雑誌の未来は新聞のそれよりも明るいという話:

雑誌の未来、新聞よりは明るい? 光沢は失えど先行きに希望 JBpress(日本ビジネスプレス)

データベースのメディアファインダー・ドット・コムの試算では、北米では今年1~9月期に383誌が廃刊になった。だが、ここ数カ月、生き残った雑誌は意 外な自信を見せ始めている。紙媒体についてもデジタル版についても、雑誌の命運は必ずしも一緒にスタンドに並ぶ新聞と同じではないと考えるようになったの だ。

新聞より雑誌がうまくデジタル化に対応できるのはその通りだろう。しかし、元記事で挙げられているその理由はあまり正確なように思えない:

  • 時間に敏感でないのでアグリゲーターの影響を受けない
  • E-bookリーダーが雑誌なみに画質を再現

私は雑誌の未来が明るい理由は次のようなものだと考える:

  1. デジタル化は市場を広げるためニッチなセグメントで雑誌が活動するのを容易にする
  2. 新聞はもともと様々な情報を集めるアグリゲーターなのでGoogle Newsのようなアグリゲーターと競争になるが、雑誌は直接競争にはならない
  3. 雑誌の内容はニュースではなく著作物であり知的財産として保護される

1はネットがない時代を考えるとわかりやすい。紙媒体がカバーできる面積には限界がある。大都市でニッチな産業が発展するように、ネットは情報面での人々の距離を縮めニッチなビジネスを可能にする。

2は見落とされがちな点だ。新聞各社はGoogle Newsを批判する。それは単に彼らがGoogle Newsと同じ土俵で戦っており負けているからだ。もともと新聞というビジネスの本質は、情報の生産者というよりもアグリゲーターだ新聞社が記者やコラムニストを囲っていたのは単なる垂直統合に過ぎない。垂直統合を有利にしていた技術・経済的背景が変化し、記者やコラムニストがデジタル時代に新聞社から分離していくのはその帰結だ。もともとアグリゲーターとしての機能が小さい雑誌はGoogle Newsのようなサービスとの競争を心配する必要がない。

3は何度か述べているが、ニュースという事実を保護するのは技術的に難しい。雑誌の内容は普通の著作物なので単純にコピーされる心配はないだろう。

追記:はてなブックマークで

Google Newsには新聞は勝てないが雑誌は著作権というアドバンテージで勝てるという話。いまひとつ腑に落ちない。

とあるが著作権の話がメインではない。最大のポイントはGoogle Newsと新聞は競争相手だが、雑誌は勝てる・勝てない以前に同じ土俵にはいないってこと。もちろんそれゆえに雑誌は成功するっていうわけでもない。ニッチを狙うビジネスとメインストリームを狙うビジネスとでは最適な戦略が全然違う。

現代版ハリソン・クロノメーター

ジョン・ハリソンは18世紀に英国議会の賞金に応じ、海洋での正確な経度測定を可能にするクロノメーターを発明した。この時に天文学者で構成される緯度委員会が賞金の支払いに二の足を踏んだことはDava Sobel(デーヴァ・ソーベル)のLongitude(経度への挑戦—一秒にかけた四百年)に詳しい。

簡単に説明しよう。緯度の測定は北極星を使って比較的簡単に可能だが、経度の計算は難しい。太陽の位置と正確な時計があれば時差から計算できることは分かっていたが、時計の精度や信頼性の問題があった。緯度委員会はこれを天文学的に解決する方法を求めて、誤差のない緯度測定方法に賞金をかけた。

しかしジョン・ハリソンは時計職人で、この問題を実際に精度が高く、悪辣な環境でも動作しつづける時計を作ることで解決した。これに対し、緯度委員会は賞金の全額支払いを拒んだ。彼らが望んだ解決方法ではなかったからだ。最終的には国王が介入し、ハリソンは現在の特許制度のように再現可能な設計図とサンプルを提供し全ての賞金を受け取った。

ハリソンと緯度委員会との問題は賞金を用いたイノベーション促進の欠点として取り上げられるが、現代においても同じ種類の問題は起こっている:

DARPA Pays MIT to Pay Someone Who Recruited Someone Who Recruited Someone Who Recruited Someone Who Found a Red Balloon

もちろん緯度委員会はもう存在しない。代わりを務めるのはのは通称DARPA、米国防高等研究計画局だ。先端技術の軍事転用のための組織であるDARPAは30億ドル以上の研究予算を持ち、インターネットの前身であるARPANETを開発したことで特に有名だ。

DARPA, the Defense Department’s research arm, recently sponsored a “Network Challenge” in which groups competed to find ten big red weather balloons that were positioned in public places around the U.S. The first team to discover where all the balloons were would win $40,000.

今回DARPAは10個の観測バルーンをアメリカ国内に設置しそれを最初に全て見つけたチームに$40,000ドルの賞金をかけた。

On DARPA’s side, this was inspired by the famous Grand Challenge and Urban Challenge, in which teams built autonomous cars that had to drive themselves safely through a desert landscape and then a city.

規模は違うが、自動走行型のロボット開発を促すための他のプロジェクトから発想を受けたのではないかと指摘されている。

MIT let anyone join their team, and they paid money to the members who found balloons, as well as the people who recruited the balloon-finders, and the people who recruited the balloon-finder-finders.

しかし、結局賞金を手にしたMITのチームは工学的な解決策をとらなかった。バルーンを見つけた人と、その人を紹介した人、その紹介した人を紹介した人、というように発見者と紹介者全てに賞金を分配すると宣言したのだ。これにより大量の人々がバルーン探しに加わって最初に全てのバルーンを発見するに至った。

賞金が少ないこと、そもそも宣伝目的ではないか、など色々な事情はあるが、賞金によってイノベーションを促進するのは実は難しい。近年非難されることの多い特許制度では、イノベーションの対価はそのイノベーションが市場で生み出す価値にリンクされているのでこのような問題は軽微だ。

オープンソースは裏切れない

バークレーのMBAの方のポストより:

A Golden Bearの足跡 : GoogleがDNS事業に参入!!! (後編) メール内容と素朴な疑問(ご意見募集)

Googleが何故DNSに参入するのかという話は各所で行われているのでここでは取り扱わない。ビジネススクールの環境が垣間見れるので興味のある方はリンク先をご覧頂きたい。ここではオープンソースに関する最後の一節だけ取り上げる:

そもそも無料って、良いことなのか:
Cases for Entrepreneurshipの授業で1つ心に残った学びに、「オープンソース(無料でソースコードを公開し、皆の力を借りて開発を進めること)は、 ローエンド品を開発するには、無限のリソース・パワーを与えるが、ハイエンド品を作るためのリソース・パワーは一切与えない」というものがありました。そ のココロは、無料で提供されたサービスはどこかで必ず裏切るため、企業向けなど信用が第一のところには、無料ではかえって参入できない。なぜ裏切るか、に ついての簡単な例としては、今年のMBA生の夏のインターンでも、「無料でいいから仕事させてくれ」、という人がいっぱいいましたが、フルタイムの仕事を 賃金ゼロで探す人はいないはずですので、インターン時期が終わるとそのリソースは必ず戻ってきません。Googleは、現在個人ユーザーには無料でサービ スを、開発者には無料でAPIを公開している「オープンソース」な企業。一方、昨年から企業向けに有料サービスを展開し始めて、オープンソースからの脱却 を試みているようにも見えますが、果たして既存のハイエンドユーザーがどれだけGoogleになびくかは、興味深いです。

オープンソースが外からどのように見られているかが見えて面白い。オープンソースとビジネスの関係は複雑で分かりにくいのでこれを素材に説明してみたい。まず冒頭からだ:

「オープンソース(無料でソースコードを公開し、皆の力を借りて開発を進めること)は、 ローエンド品を開発するには、無限のリソース・パワーを与えるが、ハイエンド品を作るためのリソース・パワーは一切与えない」

文脈によるが、半分正しく半分間違っている。オープンソースで多くの参加者を集めるためには多くの人に取って有益なプロジェクトでなければならず、それが「ローエンド」であることは多いだろう。しかし、参加者の多寡とリソースとは異なる概念だ。例えばスーパーコンピュータ開発は「ハイエンド」だがオープンソースのシステムを使うことも多い。これは簡単にカスタマイズできるからだ。

無料で提供されたサービスはどこかで必ず裏切るため、企業向けなど信用が第一のところには、無料ではかえって参入できない。

これは間違いだ。オープンソースのプログラムは「サービス」ではない一度提供されたプログラムを提供側が取り戻すことはできない。もちろん今後の開発やサポートの持続は保証されない。しかしそれが必要ならば通常の契約を用いて開発やサポートを依頼すればよい。

今年のMBA生の夏のインターンでも、「無料でいいから仕事させてくれ」、という人がいっぱいいましたが、フルタイムの仕事を 賃金ゼロで探す人はいないはずですので、インターン時期が終わるとそのリソースは必ず戻ってきません。

このアナロジーが適切でないのは、ソフトウェアが公共財であり、誰かが使っても他の人が利用する障害にはならないからだ。ソフトウェアはフルタイムどころか一度にあらゆる場所で同時に働くことができるだから全ての場所で賃金をもらう必要もない

Googleは、現在個人ユーザーには無料でサービ スを、開発者には無料でAPIを公開している「オープンソース」な企業。

無料のサービスやオープンなAPIはオープンソースとは違う。そして、その違いこそがオープンソースが企業に取って重要な理由だ。サービスやAPIはいつでも引っ込めることができるがオープンソースのソフトウェアを引っ込めることはできない。企業はソフトウェアをオープンソースで公開することにより、それが永遠に公開されつづけることにコミットできるのだ。

オープンソースにすることで無料でオープンなことにコミットしてどうするのか、どこで稼ぐのかという問題はある。これは通常、当該ソフトウェアと補完関係にある財・サービスの販売によって行われる。例えばRedhatであればシステムはオープンソースでサポート契約を販売する。Intelであればx86というプラットフォーム上で有益なソフトウェアをオープンソースで公開し、x86プロセッサを売る。

一方、「無料より怖いものはない」とはよく言ったものですが、我々個人ユーザーがGoogleにいつか裏切られる日があるとしたら、いつ、どのような形で 起こりうるのでしょうか。あるいは、Googleはいずれ個人ユーザーも「顧客」とみなして、サービスを続々と有料化することがありうるのでしょうか

最後にあるこの問題は正しい。しかし、それはオープンソースが裏切るからではなく、Googleの製品の多くがオープンソースではないからだ。Googleは無料であること・オープンであることが重要・必要な場合にはオープンソースを使い、コアなビジネスはプロプライエタリにすることで利益を上げているのだ。

Redhatであれば

実は金持ちほど共働き

様々な統計を可視化して公開されているfut573さんのページから:

Willyさんから日本の保育園の実状を踏まえた素晴らしいコメントを頂いたの参照ください。

実は金持ちほど共働き率が高い? 収入階級別妻の有職率 – 情報の海の漂流者

以下のグラフは(世帯の)収入階級と妻の有職率とを比べたものだ。これは前々から見てみたいと思っていたグラフの一つだ:

income_spouse_work2002年から2008年のデータが使われているが期間の問題化トレンドは見えない。世帯収入あが上がるにつれ共働きの度合いが上がっている傾向は明らかだ(追記:共働き⇒世帯収入増という因果関係があるのは確かだがそれだけでは説明できないと感じたのでこの記事を書いた)。これは「結婚と市場」で書いたことと整合的だ。技術革新・市場の整備により、結婚の経済的性質は様変わりした。家事労働の負担は激減し、女性の市場での所得獲得能力は飛躍的に伸びたことで、女性が働かないことの機会費用は昔に比べ遥に高くなった。これは稼ぎの多い女性ほど高い。

ではそのような女性はどんな男性と結婚するか。それは同じような社会経済バックグラウンドを持った男性だろう。生産面での分業が必要ない以上結婚の価値は消費に移るからだ。もちろん、高所得の男性が理想的な女性と結婚して働くのを止めてもらうことは今でも当然あるだろう(注)。ただそのための費用は上がったのでそういう数は減るというだけだ。おそらく現在の所得階級区分の一番上は家計所得1500万以上だと思うがその程度だとまだ共働きで1000/750みたいなパターンが一般的なのだろう。該当する世帯が多く居住していると思われる都市部では1000万の収入でもう十分だから一人働けばいいとはいかないだろう。。3000万当たりまで区分を作って見れば有職率はまた下がっていくだろう。

ちなみに出典に挙げられている馬場さんの仮説は次のように要約されている:

  1. 労働市場において企業サイドが高学歴・フルタイムを優先して雇用している結果、低所得層の妻は働く場を制限されている
  2. 保育園が不足している。運良く保育園に入れたとしても妻が働いた分の大半が保育料に消えていく(働いても生活が楽にならない)

この仮説の面白いのは「制限」「不足」というネガティブな形容がなされているが、言っていること自体は悪いことでもなんでもないことだ。企業がより生産性の高い女性を雇用するのは当たり前だし、社会的にも望ましい。また保育園に入ったときに妻の所得が保育料に消えていくというのは、普通に解釈すれば妻の生産性が低いということであり、子供を保育園にいれるより自分で面倒をみるほうが効率的だということだ。自分の子供の面倒を見るのと他人の子供の面倒を見ることの差を考えれば不思議なことではない。

結婚と市場

Wisdom of Crowds

東京大学公共政策大学院のプロジェクトですが卒業生の一人として取り上げさせて頂きます:

Wisdomofcrowds.jp

woc

ようこそ、「集団の知恵プロジェクト」(通称:WoCプロジェクト)のウェブサイトへ。このプロジェク トは、東京大学公共政策大学院の講義『行政とIT』の受講生により運営されています。本ゼミでは行政における情報技術の利活用について学んでいます。本年 度は研究の一環として、「インターネットを通じた政策形成過程への国民参加は可能か?」というテーマについて実験を行うことになりました
近年ソーシャルメディアをはじめとしたインターネットが、ビジネスや私たちのコミュニケーションのスタイルを大きく変えています。そして最近、オバマ政 権の「オープンガバメント」やイギリス政府の「パワー・オブ・インフォメーション」など、インターネットがもたらす新たなコミュニケーションのかたちを民 主主義、とりわけ政策形成など公共分野で活かす試みが始まっています。
本プロジェクトでは4つのソーシャルメディア用いて多くの皆さんの意見、アイデアを集め、それらが「集団の知恵」として実際の政策形成に結びつく可能性 を探り、「インターネットを通じた政策形成過程への国民参加」の可能性とその限界、更にはその限界を克服する為の条件を探究します。
この実験の成功にはより多くの皆さんの「意見」「アイデア」「想い」が不可欠です。ぜひともご参加をお願いいたします。

現在取り上げられているプロジェクトは以下の四つだ:

  • 小学校の英語教育
  • タバコの適正価
  • 携帯フィルタリング
  • 就活

情報化社会において重要なことはフィルタリングだということは何度も述べているが(参考:フィルターとしての人間)、ソーシャルメディアは検索アルゴリズムと並ぶ情報を意味を伴った形で集約するメカニズムだ(それも一種のアルゴリズムとも言えるが)。市場を通じた価格メカニズムが使えない政策分野ではその重要性は一段と増すだろう。

「意見」「アイデア」「想い」を集めて、実際に何をしたいのかなど不明な点もあるが実験としてやってみること自体はいいことだろう。どうせ上に挙げられているトピックは普段からよく議論されているものだ。本ブログでも取り上げたいと思う。「集団の知恵プロジェクト」が集団には知恵がないことを示さないことを願っている。