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認知能力の重要性と社会の変化

Arnold Klingによる、この三十年間の社会変化の分析がおもしろい:

The State of the Economy, I, Arnold Kling | EconLog | Library of Economics and Liberty

I think that perhaps the most important trend of the past thirty years is the increased importance of cognitive skills relative to physical labor.

彼が指摘する、この三十年間で最も重要な変化は肉体労働に対する認知的能力(cognitive skill)の上昇だ。具体的に「認知的能力」が何を意味するかについては説明されていないが、文字通り解釈するなら情報処理能力のことだろうか。

1. It changed the role of women. Their comparative advantage went from housework to market work.

認知能力が重要になることで、女性の労働市場での価値が相対的に上昇した。男女の認知能力の比較ついては各論あるだろうが、女性が肉体労働よりも認知能力を必要とする仕事を得意とするのは明らかだろう。

ただ、この因果関係は一方的ではないだろう。女性の労働市場への参加が進むことで、男性にとっての認知能力の価値も上がる

何故認知能力が重要になったのか、女性の労働市場への参加が進んだのかということについては技術の変化が最も大きな貢献をしたと考えられる。前者の場合は製造業の生産性上昇に伴うサービス産業へのシフト、後者の場合は家事労働を軽減する家電の発達がある。

フェミニズムのような思想の発展の寄与も無視できないが、それは根本的な原因というよりも結果に近いだろう。もし思想的に労働市場で働くという考え方が浸透したとしても、女性の労働市場での生産性上昇・(家事の軽減による)機会費用の減少がなければ、その流れが定着することはない。雇う側は生産性に見合った給料しか出せないし、家事労働は誰かが負担する必要があるため経済的に持続しないからだ。

2. This in turn, as Wolfers and Stevenson have pointed out, changed the nature of marriage. Men and women look for complementarity in consumption rather than in production.

女性の所得向上は、結婚において生産面での補完性ではなく、消費における補完性を求める傾向につながる。Betsey StevensonとJustin Wolfersの議論についてはそのうち紹介するとして、概要を述べよう。女性の50年前、結婚の最大の機能は分業であって。男性が市場で外貨を獲得し、女性が家事・育児を行うというものだった。しかし家事労働の減少と女性の労働市場の地位向上はこのアレンジメントの必要性を激減させた。育児についてはその手間は家事ほどには軽減されていないが、育児には消費という側面もある。また、平均寿命の増進により育児の結婚における重要性は減った。

代わりに、重要となるのが消費の補完性である。これは男女が同時に行った方が効用の高い消費行動があるためだ。生産面での分業が必要なければ結婚の意味は協調的な消費に移る。例えば、現代社会において男女が個別に食費を稼ぐのは容易だ、しかしこれは個別に食事を採ることが望ましいことを意味しない。さらにわかりやすいのは消費としてのセックスだろう。医療の発展による避妊技術の普及は性行為から生殖としての意味を取り除いた。

3. This in turn leads to more assortive mating, with achievement-oriented men looking for interesting mates rather than for good maids.

この補完性の変化により、男性の相手探しは家事能力の有無から興味を惹かれるかどうかということに焦点が移った。書かれていないが女性であれば所得獲得能力からということになろうだろう。

このことは未婚率の上昇にもつながるだろう。五十年前、生産面での補完性は程度の差はあれ多くの男女のペアについて成立した。女性の労働市場での所得獲得能力がない以上、働ける男性との組み合わせはほぼ常にプラスだ。それに比べて消費面での補完性は普遍性がない。例えば、財政について考えない場合、女性が望ましいと思う男性の割合は100%よりもかなり低いだろう。男性には同様の傾向がないとすればこの割合が結婚率に近くなるはずだ。

4. This in turn leads to greater inequality across households. It also fosters greater inequality among children. The children of two affluent parents are likely to have much better genetic and environmental endowments than the children of two (likely unmarried) low-income parents.

結婚のあり方の変化は家計所得の不平等に繋がる。消費の補完性は社会経済的なステータスが近いほうが高いと考えられ、高所得カップルと低所得カップルといった分離が進む。当然この傾向は遺伝的・環境的に次の世代にも引き継がれる。

5. Inequality is exacerbated by globalization and technological change. If your comparative advantage is basic physical labor, you have to compete with machines as well is with workers from the Third World.

肉体労働の価値の低下は結婚市場を通じて不平等を進めるだけでなく、そによって生じた低所得の家計の所得を一段と減らしていくことを意味する。

The net result is an economy that has improved considerably for people with high cognitive skills, but which has improved only somewhat for people with relatively low cognitive skills.

結果は認知能力の高い人々にとっては大きな改善となるがそうでない人には改善が見られないことになる。

認知的能力という言葉はこれから大きなキーワードになっていくかもしれない。

頭脳流出はあるのか

国際的な頭脳流出についてForeign Policyから:

Think Again: Brain Drain | Foreign Policy

頭脳流出(brain drain)とは、技能・知識を持った個人が国外に流出する現象を言い、キャピタルフライトに大してヒューマンキャピタルフライトとも呼ばれる。この記事ではその「頭脳流出」が問題だという意見に反論を行っている。まず「頭脳流出」が開発途上国からの不当な奪取(stealing)ではないという三つの主張からみてみよう。

First, it requires us to assume that developing countries possess a finite stock of skilled workers, a stock depleted by one for every departure.

熟練労働者が海外に移住しても、新しい熟練労働者が供給されることが挙げられている。例として挙げられているフィリピンでは看護師の海外移住が有名だが、フィリピン国内の看護師数が少なくなったわけではないそうだ。逆に海外への移住が可能な職業になろうとする人が増えるらしい。

これが頭脳流出が不当な奪取でないことを意味するか。何が不当かによるが、新しい労働者が供給されることは問題がないことを意味しない。もしその供給のために社会の資源が利用されているかもしれないし、他の産業から優秀な人材が特定の職業に集中してしまうかもしれない。

また頭脳流出の頭脳(brain)と熟練労働者(skilled worker)との違いも無視できない。問題が誰でも習得可能なスキルなのか、生まれつきの能力なのかは大きな違いだ。

Second, believing that skilled emigration amounts to theft from the poor requires us to assume that skilled workers themselves are not poor.

熟練労働者の移住が窃盗(theft)であるためには、移住する労働者が貧しくない必要があると主張されている。これはかなり意味不明だ。貧しいが非常に能力の高い人を先進国に強制移住させる場合は窃盗には当たらないのだろうか。

Third, believing that a person’s choice to emigrate constitutes “stealing” requires problematic assumptions about that person’s rights.

最後の根拠は、そもそも政府が国民の移動を制限する人権上の問題だ。これはその通りだろう。人々が移動する権利を持っているなら、そのことを不当な奪取と考えるのは難しい。

頭脳流出(brain drain)と不当な奪取(stealing)がきちんと定義されていないため、以上の前者が後者に当たらないという議論は成功しているとは言い難い。そもそもそのような中途半端な倫理的な議論は省いて本題に入るべきだ。それは、熟練労働者の海外移住が移住元の国にとっても移住先の国にとっても有益だという主張だ。関連する二つの社会にとってプラスであり、労働者自身にとってもプラス(でなければ自発的に移動しない)であるなら、そのような移住が道徳的な問題を持つとは考えられない。別の言い方をすれば、海外移住を認めることはパレート改善である。社会のなかで損をする人はいるだろうが、それは再分配の問題だ。

いくつかの誤った認識が指摘されている:

  • 移住してしまう労働者の教育費用が無駄になる
  • 移住した人は戻ってこない
  • 医者が移住することでアフリカの人が死んでいる
  • 熟練労働者が貿易・投資のつながりを作る

何故それらが誤っているとされるかについては本文を参照してほしい。

個人的には「頭脳流出」という現象は実際に存在すると考えている。特に、スキルを持った労働者というよりは極めて優秀な人材の流出は深刻だ。絶対数が少なく、統計だけを見ているとは分かりにくいだろうが社会に対する影響は広範に渡る。新しい技術を開発したり、企業を起こしたりする人々である。

これはアメリカの教育制度をみるとよく分かる。アメリカの教育は控えめに言ってもかなりお粗末だ。周辺の地価が高くよいとされる学校であっても教科書は人数分ないのが当たり前だ。大学生の平均的基礎学力も低い。中学高校での教育内容が薄いためだ。またちょっと出来のよい学生が給与水準の高い金融・コンサルティングなどに集中する。

その中で研究などを引き受けているの外国人だ。高校まではお粗末な学校制度も、大学レベルで一気にレベルがあがる。この傾向は大学院になるとさらに顕著で、世界のトップとされる大学のほとんどはアメリカにある。学生の多くは外国人であり、アメリカ人のも親が移住してきたなどということが多い。

もし、能力の高い人間が社会にとって重要である(になった)のであればこの影響は甚大だ。海外からの移住がないとすればどうなるか考えてみよう。国内で教育を行って優秀な人材を生産する必要がある。教育に携わったことがあればすぐにわかるだろうが、これは非常に困難だ。勉強で言えば、できる学生はできるのであって、どう教え方が大きな影響を及ぼすことは例外的だ。トップ1%の人間を作り出すよりも、他の国から持って来てしまったほうが遥かに効率がよい。私はアメリカが技術進歩・経済発展を続けている最大の理由はここにあると考えている。

では「頭脳流出」が存在するとしてどう対処すべきか。特に有効な対策はない。優秀な人材を引き寄せようとする国が多ければ、よほどの人権侵害を行わない限りその動きを止めることはできない。例えば、イギリス・カナダなどではビザ・永住権の申請は点数方式だ。年齢・語学能力・学歴・収入・資産などに応じて点数がつき一定レベルを越えれば受給要件を満たす(一般的認識と異なり、アメリカの移民政策は緩くない)。例えばイギリスの労働者ビザは75点を要求しているが、Ph.D.を保有しているだけで50点になる。これに給与26,000ポンド(日本円で400万円以下だ)あれば25点追加でクリアだ。年齢が低かったり、低所得国の出身であればさらに簡単にポイントが集まる。

これは日本にとっては非常に頭の痛い問題だろう。日本社会で普通に生活するためには日本語の習得が必要だが、これは外国人にとっては難しい。実際どんだけ予算をばらまいても優秀な外国人が日本の大学を占拠しているなどという状況は想像もできない。優秀な人材が海外に移住してしまう可能性を認めた上で、それを以下に日本の利益にするかを考えるほうが効率的だろう。具体的な方法については日を改めて考えたい。

移民と送金規模

国際的な移民と送金の規模についてわかりやすいビデオがThe Economistにあがっている:

主な情報は次の通りだ:

  • 地域間の移動より地域内での移動が多い
  • 送金は高所得の国から中所得の国へのものが多い
  • 移住のコストは大きく、経済の発展に伴い移民が増える
  • 低所得の国から移民と自国へ送金は小規模に留まっている

孤立した文明の発展

近代以降、地理的な孤立が経済発展の妨げになっていることは国ごとの比較から明らかになっていますが、それがそれ以前の時代にも通用するのかについて:

Economic Logic: Isolation and development

紹介されている論文によれば、

This paper establishes that prehistoric geographical isolation has generated a persistent beneficial eff ect on the course of economic development and contributed to the contemporary variation in economic development across the globe.

航海・航空技術のない時代における各文明の他の文明と距離がそれ以降の文明の発展のプラスの影響を与えたそうだ。方法論的にはかなり穴だらけな気もする(従属変数の選択、内生性など)が直感的にはわかりやすい結果だ。

1500

Isolation index vs log population density in 1500CE

2000

Isolation index vs log population density in 2000CE

技術発展のない時代においては孤立していることで戦争などに費やす資源を生産的な活動に割り当てられる。しかし、多くの国が集まっていることによる技術の共有・交換などの効果が孤立していることのメリットをそのうち上回るのだろう。

これはCivilizationというゲームをやったことがあればピンとくる現象だ。文明を発展させるゲームなのだが人類史と技術発展・地理的な要因との関係を極めてよく再現する非常によくできたゲームである。コンピュータでゲームをやったことのある人もない人も是非試してみてほしい。

特に子供がいる場合はお勧めだ。Ph.D.の学生にはこのゲームが好きだという人がとても多い。自分の学部でもよくいるし、前一緒に住んでいたオーストラリア人の化学のPh.D.も、今住んでいるポーランド人の数学のPh.D.も何故かこのゲームが好きらしい。頭のいい子供を育てる方法なんていう本を読むよりは効果がありそうだ。FacebookにはAll the history I know, I learned from playing Civilizationなんというグループもある。

アラブ諸国における教育

アラブ諸国における教育についてのThe Economistの記事:

Education in the Arab world: Laggards trying to catch up | The Economist

アラブの国々が経済発展を遂げられない最大の理由は教育水準の低さだと考えられる。例えば、

According to surveys, barely a third of Egyptian adults have ever heard of Charles Darwin and just 8% think there is any evidence to back his famous theory.

エジプト人の三分の一はダーウィンについて聞いたこともなく、証拠のある理論だと考えている人は8%しかいない。アメリカの教育とキリスト教の関係はよく問題にされるが、聞いたこともないというのはそれを遥に上回る大問題だ。そんなことがおきうるのは教育内容が宗教によってコントロールされているからだろう。

Until recent reforms, state primary schools in Saudi Arabia devoted 31% of classroom time to religion, compared with just 20% for mathematics and science.

つい最近までサウジアラビアの初等教育の31%が宗教に当てられていたそうだ。

It is one reason why Arab countries suffer unusually high rates of youth unemployment. According to a recent study by a team of Egyptian economists, the lack of skills in the workforce largely explains why a decade of fast economic growth has failed to lift more people out of poverty.

この影響は単なる面白い話に止まらず、適当な労働力供給不足による経済発展の停滞にまで及んでいる。教育システムの改善を進めている国もあるが一朝一夕な効果は望めないし、宗教的な反発も強い。

TIMSSの学力調査でもアラブ諸国は全て平均を下回り、しかも優秀な学生の割合は極端に低い。包括的な大学ランキングとして知られているSJTUのトップ500ランキングにはアラブの大学が一つもない。それに対してイスラエルの大学は六つもランクインしており、一般に高い学力で知られている。

P.S. それにしてもThe Economistの記事の質は安定的に高いように思う。日本にはこういうレベルの経済ジャーナリズムは存在しないのではないか。