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ビジネスモデル特許

コモディティ・トレーディングにおけるリスクヘッジ方法の特許可能性が問われるBliski v. Kapposに関する最高裁の議論のまとめ:

Patent Law Blog (Patently-O): Supreme Court Hears Bilski v. Kappos

問題となったのは特許法のおける特許可能な事柄の範囲だ。

§ 101. Inventions patentable

Whoever invents or discovers any new and useful process, machine, manufacture, or composition of matter, or any new and useful improvement thereof, may obtain a patent therefor, subject to the conditions and requirements of this title.

特許の対象となるのは機械・製品・組成物・製品の製造方法とされている(遺伝子工学でつくられた微生物もまた特許となりうる)。この件は特許庁(PTO Board of Appeals)でも連邦巡回区控訴裁判所(Federal Circuit Court of Appeals)でも上記の対象に当てはまらないとされ却下されているが、最高裁でも同様の判断が出た。このケースは特許が発明のみを対象とし、アイデアを保護しないのかという点で注目を集めた。

リンク先を読めば分かるがいくつかの点において最高裁の苦悩が読み取れる:

  • 単なるハウツー本のようなものを特許の対象とするわけにはいかない
  • 租税回避の方法もまた特許の対象となるべきではない
  • 科学技術との関連を要求するヨーロッパとの関係
  • 製品でないことを問題にし過ぎると、じゃあ計算機に組み込めばいいのかという話になる
  • 抽象的なアイデアはダメだとすればいいが線引きが困難

ポイントは次のようなものだろうか:

  • 発明の社会余剰に対し適切な利潤を与える必要
  • よって簡単な発明に独占利潤を与える必要はない
  • 境界が曖昧で執行が困難な特許は望ましくない

最初の二点は特許の利点であり弱点でもある。特許制度はコミットメントの問題をクリアするだけでなく、発明の種類を政府が指定する必要ないと言う点で他のイノベーション促進制度に比べ情報面の優位がある。しかし、最適な発明を選択するメカニズムを内包していないばかりか、発明に応じて独占利潤という一律な報酬しか与えられない(但し独占利潤は社会的に望ましい発明のほうが大きいので完全に外れているわけではない)。

最後の点は近年特に問題となっているソフトウェア・ビジネスモデル特許で顕著だ。発明という無形の所有権を完全に記述することができないため、その執行のためのコストが当事者・司法にとって過大なものになる

ビジネスモデルについては前者の観点から見ると比較的低コストで後者の観点では特に曖昧であるため、特許の対象としないというのは大変妥当な判断だろう。

追記:SCOTUSblogにも分析記事があがっている。

著作権侵害の取り締まり

著作権侵害を決まった順番にしたがって取り締まることでより効果的にしようという試み:

Targeted Copyright Enforcement: Deterring Many Users with a Few Lawsuits | Freedom to Tinker

元ネタはこちら

Consider the following hypothetical. There are 26 players, whom we’ll name A through Z. Each player can choose whether or not to “cheat”. Every player who cheats gets a dollar. There’s also an enforcer. The enforcer knows exactly who cheated, and can punish one (and only one) cheater by taking $10 from him. We’ll assume that players have no moral qualms about cheating — they’ll do whatever maximizes their expected profit.

26人がチートするかしないかを選べるとする。チートすれば$1手に入るが、捕まった場合には$10失う。

This situation has two stable outcomes, one in which nobody cheats, and the other in which everybody cheats. The everybody-cheats outcome is stable because each player figures that he has only a 1/26 chance of facing enforcement, and a 1/26 chance of losing $10 is not enough to scare him away from the $1 he can get by cheating.

この状況では全員がチートするという解が安定だ。捕まる確率は1/26しかないからだ。

The enforcer gets everyone together and says, “Listen up, A through Z. From now on, I’m going to punish the cheater who comes first in the alphabet.” Now A will stop cheating, because he knows he’ll face certain punishment if he cheats. B, knowing that A won’t cheat, will then realize that if he cheats, he’ll face certain punishment, so B will stop cheating. Now C, knowing that A and B won’t cheat, will reason that he had better stop cheating too. And so on … with the result that nobody will cheat.

しかし取り締まり側がアルファベット順に捕まえていくことにコミットできればこの問題は解決する。Aさんは捕まる確率が1なのでチートしない。Bはこれを見越してチートしない。これが続けばチートする人間はいなくなる。

Notice also that this trick might work even if some of the players don’t think things through. Suppose A through J are all smart enough not to cheat, but K is clueless and cheats anyway. K will get punished. If he cheats again, he’ll get punished again. K will learn quickly, by experience, that cheating doesn’t pay. And once K learns not to cheat, the next clueless player will be exposed and will start learning not to cheat. Eventually, all of the clueless players will learn not to cheat.

プレーヤーがこの解を発見できるかという問題もない。理解していないユーザーは繰り返し捕まるため学習するからだ。

これを現実に移すなら現在ほぼランダムで100人を訴えるているとして、何らかの指標(IPアドレスなどで)を使って順番に訴えると宣言することになる。

この仕組み自体は経済をやっている人には自然なものだが、むしろ面白いのはどう考えてもこれが現実に有効な気がしないことだ。いくつかの理由が考えられる:

  • もしプレーヤーがチートしないなら事後的には取り締まるインセンティブがないため、コミットメントが難しい
  • 適切な指標が存在しない(自分のIPアドレスを認識している人自体が少ない)
  • 利用できる指標があるとして法律上の問題になる(毎回同じ順番でやるとした場合不平等ではないか)
  • プレーヤー同士が協力できれば全く効果がない(一人目がチートしたうえで残りの人が補償すればよい)

とはいえこの仕組みは実際に実験でどうなるかを試すことができるのでどういう結果が出るかは興味深い。

価格戦争入門

101を謳いながら内容が101でない本ブログですが時には教科書的な内容ということで、価格戦争が何故起きるのか、どうやったら防げるのかについてのバランスのとれた解説がThe New Yorkerから(ジャーナリストが書いているため読みやすく、経済学と英語を勉強したいかたに最適):

The Amazon Wal-Mart price war : The New Yorker

価格競争というのは値下げ合戦のことだ。複数の会社が同じような商品の値段を下げて相手に勝とうとする。ここでは最近話題になったWal-MartとAmazonの間での競争が取り上げられている。

Wal-Mart began by marking down the prices of ten best-sellers—including the new Stephen King and the upcoming Sarah Palin—to ten bucks. When Amazon, predictably, matched that price, Wal-Mart went to nine dollars, and, when Amazon matched again, Wal-Mart went to $8.99, at which point Amazon rested. (Target, too, jumped in, leading Wal-Mart to drop to $8.98.)

オンライン書籍最大手(かつeCommerse最大手だろう)Amazonに対し、売上世界一のスーパーマーケットチェーンであるWalmartが値下げ合戦を始めたという話だ。Wal-Martは10冊の新刊を含むベストセラーをわずか$10で売り出し、Amazonはそれに追従、最終的にWal-Mart、Amazon、Targetの三者が$9付近の価格を提示した。

これ単独でみれば消費者には望ましい。しかし、売っている側はどうだろう。

Since wholesale book prices are traditionally around fifty per cent off the cover price, and these books are now marked down sixty per cent or more, Amazon and Wal-Mart are surely losing money every time they sell one of the discounted titles. The more they sell, the less they make. That doesn’t sound like good business.

書籍の卸売価格は表示価格の約半分だそうで、値引き率が60%を越えるこれらの本は売れば売るほど赤字だ。その中でさらに価格を下げて競争相手から客を奪うことはさらに損失を広げることになる。これが経営者から価格戦争が嫌われる理由である。

From a game-theory perspective, price wars are usually negative-sum games: everyone loses. A recent study found that, if competitors do match price cuts, industry profits can get cut almost in half.

参加者全員の利益は価格戦争によって大きく減る。そのため企業は価格戦争を避ける方法を模索する。それは主に二種類ある:

  • 製品差別化
  • コーディネーション

前者はそもそも価格競争が成立しないようにすることである。製品が非常に似ているため価格での競争が起きる。コンピュータでいえばAppleのように独自の製品を打ち出すことが他の企業との競争を減らすことにつながる

後者は他の企業と協力して価格競争を避けることである。但し、複数の企業が共謀して価格を釣り上げることは独占禁止法に違反する。そのため、企業は直接にコミュニケーションを取ることなく価格競争をする意志がないことを競争相手に伝えようとする。その時のキー・ポイントは

  • 価格を下げた場合どれだけの利益を得られるか(気付かれるのにどれだけかかるか)
  • 報復行為の程度
  • 実際に報復に出ることの合理性(credibility)

となる。一つ目は製品差別化と重なる。差別化が十分であれば相手が価格を下げてもそれほど顧客を奪われなくなる。二つ目は合意を破った場合の対処だ。報復が大きければ抑止効果がある。最後は報復が可能だとして実際にそれを実行に移せるかだ。事後的に報復を実行することが合理的でなければ、空脅しに過ぎない。以下は典型的な手段である:

  1. 一方的な宣言
  2. 業界団体設立
  3. 余剰な生産設備の確保
  4. プライス・マッチング

1は価格安定が必要であることを経営者などが発言することだ。価格に関する合意が違法なのであって、一方的な発言は違法でないためだ。2は業界団体を通じて価格情報をやりとりする。相手の価格を簡単にモニターできれば協力関係にある企業が合意に違反しているかどうかをすばやくチェックでき、違反するインセンティブを減らせる。3は合意に違反した場合の報復を可能にする方法だ。もし相手が価格を下げてきた場合には急速に生産を拡大して簡単に価格競争を起こせる(生産容量が足りなければ相手のシェアを奪えない)。また価格競争が低コストで起こせることは、もし合意を破ったら報復するという信頼性(crediblity)を上げる。最後は消費者に対して競合他社の価格が自社よりも低かったら値下げすると約束することだ。これは相手が価格を下げた場合に消費者が教えてくれるという情報面でのメリットがある上、自動的に価格戦争に突入するという状況を作ることでコミットメントの問題を解決する。

次の一節は若干誤解を招くので注釈しておく:

Sometimes it’s rational: when a company is genuinely more efficient than its competitors, lowering prices is usually a smart move.

価格戦争に突入することが合理的なことがあると述べているが、これは分かりにくい語法だ。経済学的にいえば、価格競争に突入した企業にとってその行動が個別に合理的であることは当然だ。そういう行動を取った以上それは合理的な意思決定の結果としてしか捉えられないためだ。

ここでのrationalは価格を下げることが明らかに価格競争を避けることよりも望ましいことがあるという意味だろう。これは自社が競合相手よりも遥に効率的である場合に該当する(自社の独占価格が相手の限界費用よりも低い)。

では今回のWal-MartとAmazonとの競争についてはどうか。

It’s to lure them online, away from big booksellers and other retailers, and then sell them other stuff. Usually, price wars wreak havoc because they erode the pricing power of an entire business. But, because this price war involves just ten items, its impact on revenue will be small, and outweighed by the positive effects of all the publicity.

これは価格競争というよりも広告のセール品のようなものだと捉えられる。目的は本を買いたい人を自社サイトに連れてくることだ。一旦アカウントを作って、支払い、購入を済ませれば次からオンラインで本(ないし他の製品)を買うのは簡単になる。またスーパーのセール同様品目は限られているため損失も小さい。

The real competition in this price war is not between Wal-Mart and Amazon but between those behemoths and everyone else—and the damage everyone else is incurring is deliberate, not collateral. Wal-Mart and Amazon have figured out how to fight a price war and win: make sure someone else takes the blows.

では何故Amazonは全く同じ本で価格を下げたのか。Wal-Martと戦うためというのは考えにくい。Amazonの顧客はオンラインで本をよく購入する比較的情報技術に明るい人だ。Wal-Martで少し本が売っているからといって客が移るとは考えにくい。多くのオンライン書店を価格比較しているユーザーは一部流れるかもしれないがそれはAmazonにとって特に望ましい顧客層ではない。

むしろAmazonはこの「価格戦争」に乗ることで、Wal-Martと協力したという指摘されている。AmazonはWal-Martと競争することで、オンラインで本を買っていない層へ自らをアピールすると共に、ネット上では価格競争があり本が安く買えるという事実を彼らに知らせることができた。これはAmazonにとってもWal-Martにとってもプラスだ。

同じようなことはオンラインvs既存小売店以外の文脈でもありうる。例えば、iPhoneアプリが互いに価格競争を行うことでiPhoneのユーザーを増やせれば長期的にはプラスになりうる。しかしこの例が示すように一筋縄にいかない。iPhoneの魅力が上がってもAppleがiPhone自体の価格を上げてしまえばAppleの利益が増すだけでアプリ開発者には利益がない。またAppleが何もしなくとも他のアプリ開発者の参入もあり得るし、競争相手が競争を辞めない可能性もある。

ブラックメールというビジネス

ブラックメールというのは脅迫状のことだ。脅迫状の法的な扱いについて非常に興味深い記事がある:

The Art of Blackmail – NYTimes.com via Market Design

Blackmail is a “wonderfully curious offense,” to use the phrase of Paul H. Robinson, a professor at the University of Pennsylvania Law School and his coauthors in a recent paper. A threat to tell the truth is no crime, and neither is asking someone for money. But if you demand money to prevent the truth from being told, Professor Robinson said, you’ve crossed the line. At its core, he explained, the offense is “a form of wrongful coercion.”

ブラックメールの定義は、真実の情報であり(substantially true)名誉毀損に当たらない情報を公開すると脅して金銭を巻き上げることだ。これは犯罪とされている。しかし法的にこれが違法であるのは非常に微妙だ:

  • 真実の情報を公開することは犯罪ではなく
  • 金銭を要求することも犯罪ではない
  • だが真実の情報を公開しないことを条件に金銭を要求することは犯罪である

ところがブラックメールとほぼ実質的に同じことをしても犯罪にならない方法がある。

Those confrontations, however, did not cross the line into the criminal realm, he said, because they had been sanitized by lawyering. Attorneys, he noted, can create a legal filing that promises to bring out unpleasant facts in depositions or during trial; a settlement is not, technically, a payoff. He called it “wrapping an extortion threat in a legal cloak.”

それは弁護士を雇うことだという。弁護士が示談に応じない限り裁判を起こしてその過程で相手が秘密にしたい情報を公開すると伝えることは犯罪ではない。示談は技術的に金銭的利得に当たらないからだ。

そもそも脅迫を犯罪にする根拠は何なのだろうか。私に公表されたくない情報があるとして、それを共有する人間と秘密を公開しないという契約を結ぶことの何が問題なのだろう。契約が成立するならば当事者ともに利得を得る。問題は情報が社会にでないことが社会的にマイナスかどうかだ。

これは以前に触れたインサイダー取引の場合に似ている。社会的に秘密にすべき情報は契約によって公表を規制する一方、公開すべき情報は資本市場における圧力によって自発的に公開される。

例えば脅迫の内容がある企業のビジネスモデルの欠陥だとする。その場合この情報は社会に公開されるべきで、脅迫が成功することは社会的に望ましくない。しかし、脅迫を犯罪にしたところで情報を公開するインセンティブがあるわけではない(公開会社であれば空売りした上で情報公開することは考えられる)。単に相対的交渉力の変化で脅迫で巻き上げられる金額が減るだけだろう。

また脅迫が刑事罰である点も気になる。情報を共有する前に結んだ情報保持契約を破ることは民事なはずだ。

この辺りの法的根拠はどうなっているのだろう。また日本でも同様の議論は成り立つのだろうか。

インサイダー取引の社会的効用

インサイダー取引は日本でも金融商品取引法で規制されており、刑事罰の対象にすらなるが、実のところその根拠はかなり脆弱だ:

Learning to Love Insider Trading – WSJ.com

Donald Boudreauxは結論をまず一行で示している:

The reassuring truth: Insider trading is impossible to police and helpful to markets and investors.

インサイダー取引を規制することの問題は二つだ。

  • インサイダー取引は市場と投資家にとってしばしば望ましい。
  • インサイダー取引の規制は施行不能である。

この二点が非常に説得的に示されている。一つ目から順に見ていこう。

Prohibitions on insider trading prevent the market from adjusting as quickly as possible to changes in the demand for, and supply of, corporate assets. The result is prices that lie.

まず株式市場の社会的な効用を理解する必要がある。株式市場の究極の目的は資源の最適配分だ。より生産的な事業に投資家が資本を移動する。それにより、限られた資本が全体的としてより効率的に利用され、企業は利益をだし、投資家は利潤を得て、消費者はよりより製品・サービスを享受する。

もしある企業がいつか潰れるということがインサイダーには理解されているとする。もしインサイダー取引が違法でなければ彼らは手持ちの株式を売却(ないし空売り)する。それによりインサイダーは多くの利益を上げるだろうが、市場における当該企業の株価は暴落する。これによりインサイダー情報を持たない外部投資家は損失を被るが、株価は適正水準に瞬時に調整され、潰れかけの企業に資源が配分されることはなくなる

もちろん既存の投資家は損失を被るだろうが、その損失は投資家からインサイダーへの所得移転に過ぎず社会的な損失ではない(=社会から消えたわけではない)。また企業が最終的に清算されるのであれば投資家が損失を出すことには変わりない。むしろ清算までに時間がかかることでより多くの資本が失われ投資家にとってもより大きな損失となる。

もっとも投資家もこの様な構造を全て考慮したうえで投資を行うので、そもそも公正性を問うこと自体に意味はない。仮にインサイダー取引による損失の可能性があるのであれば株式を購入する時点で企業はそのリスクを補償するためのプレミアムを投資家に払っているはずだ。

As Mr. Manne said a few years ago in a radio interview, “I don’t think the scandals would ever have erupted if we had allowed insider trading because there would be plenty of people in those companies who would know exactly what was going on, and who couldn’t resist the temptation to get rich by trading on the information, and the stock market would have reflected those problems months and months earlier than they did under this cockamamie regulatory system we have.”

記事中ではEnronの例が上げられている。Enronが継続可能なビジネスでないことはEnron内の多くの人間が知っていたはずである。インサイダー取引が違法でなければ彼らがその情報を利用することでEnronの株価は事前に暴落し、資本を調達できなくなったEnronは早期に清算されていただろう。そうであれば、貴重な資本が他の有益な事業を行っているからEnronに向けられて浪費されることもなかったはずだ。

二つ目のインサイダー取引の施行不能性については実際に刑事事件になるインサイダー取引の案件がほとんどないという事実からも明らかだが、次の一節が極めて説得力のある議論を展開している:

It follows that unbiased application of these prohibitions should target not only traders whose inside information prompts them to actively buy or sell assets, but also traders whose inside information prompts them not to make asset purchases or sales that they would have made were it not for their inside information.

インサイダー情報を利用して取引を行い、情報がない場合に比べて、大きな利益を上げることがインサイダー取引であれば、インサイダー情報を利用して保有している株を売却するのを止めることも当然インサイダー取引となる

投資家から冴えないと思われている企業が実は画期的な新製品を準備しているのであれば、自社株を持つ社員はそれを売るのをやめる。しかし、「何もしない」ことを規制するのは不可能だ

After all, if capital markets continue to function as well as they do given that many investment decisions potentially influenced by inside information are unstoppable because they are undetectable, why believe that the detectable portion of investment decisions influenced by inside information would be harmful if they were legal?

そして「何もしない」というインサイダー取引が株式市場に問題を引き起こしているようにも見えない。見えるインサイダー取引だけが刑事罰の対象となるほど悪質だという理由は見当たらない

逆に、インサイダー取引を規制する根拠は何だろうか。

There are, of course, situations in which it is in the interest of both a company and the public for that company to delay the release of information.

一つは非公開にすることが企業にとっても投資家にとっても望ましいインサイダー情報が存在することだ。例としては社会的に効率的な企業買収に関する情報がある。事前に買収意図が市場に漏れてしまえば、被買収企業の株価は買収企業が支払う意志のある限界まで釣り上がってしまい、買収は成立しない。これは仮定より社会的に望ましくない。

Discovering what types of inside information are proprietary and which are not proprietary—and, hence, which types of information are appropriate to protect and which not to protect from insider trading—can be left to corporations themselves.

しかし、このような問題は法律で対応する必要がない。どのインサイダー情報を公開するかは企業が自分で決められる問題だ。労働契約において一定の情報公開を禁止すればよい。

The reason is that corporations must compete for that most demanding and vigilant of all clients: capital.

何故なら、望ましいインサイダー取引の規制を行っていない企業は株式市場から資本を集められないためだ。

例えば、金融取引規制法は会社の取締役や重要な地位にいる従業員による自社株取引を規制している。しかし、そんな規制は本当に必要なのだろうか。私が投資家なら、取締役が制約なしに自社株を秘密裏に取引できる企業には投資しない。著者はさらに、異なる企業が異なるインサイダー取引制約を設けられることの効用で記事を締めくくっている。

ではインサイダー取引規制には全くが利点がないのかというとそうでもないだろう。とりあえず二点すぐに浮かんだ。

  • ほとんどの企業にとって適切なインサイダー取引に係る契約の雛形を示す。これにより、企業がいちいち契約を起草する費用、投資家が異なる契約を理解するための費用を節約できる。
  • 金融当局が効率的に監督をできる。企業自身が社員の株取引を監視しても信用がない。第三者が関わる必要があるが、企業毎に規程が異なれば監督は困難になる。

しかし、根本的な問題はインサイダー取引の有無それ自体というよりも、インサイダー取引を監督する側が規制する事柄についての深い理解を欠いていることだろう。規制するか自体は実証的に決まる事柄に過ぎない。