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調査報道の行方

November 19th, 2009

調査報道(investigative journalism)が非営利団体に及ぼす影響:

Carnegie Reporter, Vol. 6, No. 1 | Why Nonprofits Need Newspapers via Nieman Journalism Lab

Nonprofits have been increasingly sensitive to the watchful eyes of newspapers analyzing their budgets, compensation policies, potential conflicts of interest and governance practices. While difficult to measure, these watchdog efforts have made a real difference in preventing undesirable practices and causing institutional changes in behavior.

メディアの存在は非営利団体に規律を与える。これは非営利団体が抱えている最大の問題に対する一つの答えだ。以前、非営利団体の経済学については「非営利と営利との違い」で説明した。

非営利団体とは、残余請求者が存在することが事業の推進に支障をきたすような組織だ。典型的な例は寄付によって成り立 つ途上国支援団体だ。これを営利形態で行うことも原理的には可能だ。単に人を雇って寄付を募り、それを支援に使い、寄付者に報告すればいい。しかしこのビ ジネスはうまくいかない。何故ならば寄付をした人々=顧客は支援が適切に実行されたかを確認する手段を持たないからだ。支援額を減らせば簡単に利益を上げ られる。

非営利団体とは、組織が挙げた利益に対する最終的な権利者が存在しない組織だ。そしてそういう形態を取る主な理由は「寄付をした人々=顧客は支援が適切に実行されたかを確認する手段を持たない」ことだ。

残余請求者がいないということは企業が会計上の利益を上げたとしてもそれを組織の外に出すことができないということだ。よって留保金はいつか定款の定める事業目的に使われるし、そもそも過剰に留保を出すインセンティブがない。よって非営利団体は同じ事業を行う営利団体よりも多くの顧客=寄付を集め、よりよく目的を達成できる。

利益を手にできる人間が存在しないことが、寄付された資金が組織の目的どおりに使われることを担保し、寄付を促す。

しかしこれれは最低限の保証に過ぎない。例え利益が会計上留保されようと、高額の給与や過度の福利厚生で外部に流されることはありうる。

利益を上げてもそれを受け取れる人間が存在しないということは、事業を効率的に推進するもっとも簡単なインセンティブを持つ人間が組織に存在しないということだ。

また、利益を自分の手にできない以上、効率化のインセンティブは低い。

調査報道はこういった点を暴露することにより非営利団体の助けになりうる

The decline in daily newspapers and the reduction in newsroom staff, especially investigative reporters, is a worrisome development.

しかし、新聞業界の縮小により調査報道に携わる人間の数は減っていっている。現在の新聞業界のありかたには問題があるし、デジタル時代に紙の新聞が現象するのは自然なことだ。しかし、現状の新聞社が必要ないことと、新聞が担ってきた役割が必要ないこととは別のことだ

ある不正を調査するには費用がかかり、それが回収できる見込みがなければ報道は行われない。数が減れば回収できるようになるはずという意見もあるだろうが、報道が寡占化すればそもそも調査報道を行うインセンティブが減るだろう(日本の大手新聞社を見れば分かる)。

非営利団体の数は増えてるばかりだ。新聞社が衰退していくのを歓迎するだけではなく、社会的に必要な報道が行われるようなスキームを社会として考えて始める時期に来ている。

誰がオンラインニュースにお金を払うか

November 16th, 2009

オンラインニュースにどれだけの人がお金を払うかについてThe New York Timesが報じている:

About Half in U.S. Would Pay for Online News, Study Finds – NYTimes.com

こういったサーベイにはサンプリング問題があるし、聞かれて払うと答えることと実際に払うことは違うという問題はあるがとりあえずそれは置いておいて中身を見てみよう:

Among regular Internet users in the United States, 48 percent said in the survey, conducted in October, that they would pay to read news online, including on mobile devices.

アメリカでは約半数がオンラインニュースのためにお金を支払う用意があると答えているそうだ。これにはモバイルデバイスを含むので通常ネットアクセスだけを意味しているわけではないことには注意が必要だ。

That result tied with Britain for the lowest figure among nine countries where Boston Consulting commissioned surveys.

この割合はイギリスと並んで最も低い。

When asked how much they would pay, Americans averaged just $3 a month, tied with Australia for the lowest figure — and less than half the $7 average for Italians.

さらに払う金額についても平均$3とオーストラリアと並んで最低だという。ここから、

“Consumer willingness and intent to pay is related to the availability of a rich amount of free content,” said John Rose, a senior partner and head of the group’s global media practice. “There is more, better, richer free in the United States than anywhere else.”

消費者の支払意志額は無料のコンテンツの量で決まり、アメリカでは無料コンテンツの量・質が最も優れているという。これはアメリカというよりも英語のコンテンツというのが正確だろう。イギリスとオーストラリアが同様に支払意志の低い国として上がっているのと整合的だ。

The question is of crucial interest to the American newspaper industry, which is weighing whether and how to put toll gates on its Web sites, to make up for plummeting print advertising.

これはペイウォールで収益を挙げようという新聞業界には大きな問題だ。それに対し、

The study, which drew from a survey of 5,000 people, concluded that charging for online access to news would not greatly increase a newspaper’s revenue, but since the cost of reaching Internet readers was very low, it could significantly increase profit.

一人当たり収益は小さくとも費用も小さいので利益が上がると結論付けている。

この結論には問題がある。それはニュースに関する著作権の問題だ。単純な事実には著作権がないため、単なるニュースをペイウォールの中にいれても意味がない。著作権が生じるような内容を付け加えても部分的な引用はフェアユースに守られている。書籍化すればネットで引用されないなんてことはないのと同じだ。

そして「ニュース」の部分さえあればそれについて第三者、例えばブロガー、がペイウォールの外でその「ニュース」について論じることができる。多くの読者が望んでいるのはそういったコンテンツだ。伝統的に新聞社はコラム・社説・解説記事をニュースと一緒に提供してきたが、オンラインではそれらをまとめなければならない物理的制約は存在しない。新聞社はそういったコンテンツにおいて、ニュース自体は提供しない外部の主体と競争しなければならない

新聞社は例えばコラムニストに対して給料を支払うことができるという点でブログに対してアドバンテージを持っている。しかし、ブログを書いている人間の多くはブログそれ自体から利益を得ているのではなく、間接的に本業から利益を得ていることが多い。このような状況では新聞社が給料を支払えることは絶対的な優位にならないし、もしペイウォールのようなもので読者が限定されてしまえばコラムニストにとっては望ましくない条件だ。

情報技術が発展する中、情報を集めて売るという新聞社のビジネスモデルは立ち行かない。情報の流通コストがゼロに近づいている以上情報の流通業者たる新聞業界で働く人間は減っていくこれは、非常に効率的な農業技術が農業従事者の数を激減させたのと同じことだ。

ただし、流通させる情報の生産自体のコストがゼロになったわけではないことには注意する必要がある。これについては先に情報化の進んだ音楽業界が参考になる。ニュースの解説をしたり、それについてコラムを書く人間は、解説やコラムを売ることで利益をあげるのではなく、書籍を売ったり、講演をしたりすることで生計を立てるだろう。ニュースの取材を行うひとも同様だろう。

もちろんこういった間接的な収益方法で社会的に望ましい量のコンテンツが生産されるとは限らない。それは無料で流通させるコンテンツが収益を発生させる仕事に対してどれだけの正の外部性をもつかで決まる。

オンライン数学コラボレーション

November 13th, 2009

ブログでの議論が数学の論文が生まれたというニュースがUCLAの学生新聞The Daily Bruinから:

The Daily Bruin | UCLA mathematician Terence Tao’s site has audience of 40,000 via Environmental and Urban Economics

取り上げられているのはフィールズ賞まで受賞しているスター数学者であるテレンス・タオ(Terence Tao)のブログだ。

After six months and more than 1,000 comments from more than 50 mathematicians, a paper titled “A new proof of the density Hales-Jewett theorem” is ready to be submitted under the pseudonym D.H.J. Polymath because of the difficulty in determining how much each person has contributed. The paper is one of the first to be collaborated through a blog.

多くの数学者からのコメントをもとに完成した論文はD. H. J. Polymathという著者名のもとジャーナルに投稿されるそうだ。これはPolymathプロジェクトの一部だ(ポリマスとは博学なひとのことだ)。Polymathプロジェクトで扱われる問題はプロジェクトのブログで公開されている。

プロジェクト自体の構想についてはTim Gowersのポストに詳しい。このプロジェクトの鍵は次の問いにある:

What about the solving of a problem that does not naturally split up into a vast number of subtasks?

自然に分割できないような問題を解く場合に多くの人間が関わることの意味が何かということだ。これはインターネットという複数の人間が同時に作業をする環境が出現したことで生じた問題だ。彼は、この問いに肯定的な回答をする:

(i) Sometimes luck is needed to have the idea that solves a problem. If lots of people think about a problem, then just on probabilistic grounds there is more chance that one of them will have that bit of luck.

まず運という要素があるなら多くの人間が関与した方が望ましい。これは特許制度の設計でも重要だ。ある発明の価値が決まっていて、発明を試みる度に決まった確率で成功するとしよう。すると発明を試みる人間が多ければ多いほうが発明できる確率は上がっていく。

これが社会的に望ましいとは限らないことに注意が必要だ。社会的に望ましいのは発明の確率をできるだけ上げることではなく(何人が参加しても発明確率は100%にはならない)、試行のコストが限界的な試行の価値=発明の価値×発明確率のその試行による上昇分(marginal value)となった時だ。しかし、参加者は試行の費用が平均的な発明の価値=発明の価値×発明確率÷参加人数(inframarginal value)となった場合だ。この時、社会余剰はゼロになり、当然人数が過剰になっている。但し、発明の価値と発明者にとって私的利益は一致しないため必ずしも過剰にはならない。過剰になるか過少になるかは私的利益の割合によるが最適な値になる理由はない。

(ii) Furthermore, we don’t have to confine ourselves to a purely probabilistic argument: different people know different things, so the knowledge that a large group can bring to bear on a problem is significantly greater than the knowledge that one or two individuals will have.

二つ目の利点は分業だ。これについては異論はないだろう。異なる知識や強みをもつ人間の協力は生産性を上昇させる。

(iii) Different people have different characteristics when it comes to research. Some like to throw out ideas, others to criticize them, others to work out details, others to re-explain ideas in a different language, others to formulate different but related problems, others to step back from a big muddle of ideas and fashion some more coherent picture out of them, and so on.

三つ目の利点もまた分業の一種だが、研究の仕方に関するものだ。アイデアを出すのがうまいひともいれば、それを反駁するのが得意な人もいる。

ここから、

In short, if a large group of mathematicians could connect their brains efficiently, they could perhaps solve problems very efficiently as well.

数学者がうまく協力できれば問題を効率的に解いていけると結論付ける。

Why would anyone agree to share their ideas? Surely we work on problems in order to be able to publish solutions and get credit for them. And what if the big collaboration resulted in a very good idea? Isn’t there a danger that somebody would manage to use the idea to solve the problem and rush to (individual) publication?

次の課題は、ではどうやってうまく協力させるかというインセンティブの問題だ。

Here is where the beauty of blogs, wikis, forums etc. comes in: they are completely public, as is their entire history.

ここでブログやWiki、フォーラムの利点が指摘される。それは完全な公開性であり、証拠が残るという特性だ。

Instead of the usual reaction of being afraid to share it in case someone else beat you to the solution, you would be afraid not to share it in case someone beat you to that particular idea

アイデアを公開して他人に先に使われてしまうのを恐れるのではなく、早く共有することで誰かが先にそれを発表してしまうのを防げるという。

この問題も特許制度が抱えている問題と極めて類似している。特許は重要な発明が企業秘密にされてしまうことを防ぐという目的がある。特許があることで発明者は自分の発明を共有するインセンティブを持つ。インターネットは数学の問題を解く場合において部分的な貢献を公開・共有することを可能にした。これはジャーナルによる公開・共有が基本であった時代では不可能なことだ。

しかし、この方法がうまくいくかは数学におけるイノベーションの発生の方法に依存している。これは以前ふれた特許制度の問題とまったく同じだ。よってその弊害も同様に存在する:

  • 研究の途中で公開できるようになると最適な状態にたどり着く前に公開して終わりにしてしまうインセンティブがある
  • 細かい成果が公表されすぎると後続の研究がそれらを言及するための費用が増える

前者は以前のポストにおけるBoldrinとLevineの指摘を数学に適用したものだ。アイデアを得た人が本当なら最後まで頑張って仕上げたものを途中で公開してしまうということだ。これはいろんな学術分野に当てはまるだろう。

経済でいえばアイデアを出し、直感的な説明をするところはまでは楽しい。しかし、それを示す数理モデルを書いて、解いて、実証やシミュレーションを行うのは面倒だ。ジャーナルしか発表の場がなければそこまで頑張ってやるしかないが、ブログなどでさっさと世の中に公表できるなら最初のステップで終わりしてしまうかもしれない。誰かが後半をやっても前半部分は評価されるわけだ(前半のほうがセンスがいる)。Matthew Kahnは何故このような方法が経済でうまくいかないかと問いかけているがこれが答えだろう。経済学はアイデアと直感というセンスを要する部分が最も評価されるため後半を誰もやりたがらない。数学では重要な問題はいくらでもあって解くという後半のステップの比重が高い(そしてそれが好きな人が集まっている)。

後者は金銭支払いのない研究では大きな問題にはならないがそれでもややこしいことには変わらない。何かの定理を証明したとして既に誰かが発表している内容とかぶっていたらそれを引用する必要がある。もし、その定理に関する情報が学術ジャーナル以外の場所にも散在しているとなると、文献調査作業は非常に手間の掛かるものとなる。今までならその分野を研究している先生に聞いて、ジャーナルデータベースでも検索するだけだったが、そうもいかなくなるだろう。

ちなみにテレンス・タオは学術的に成功した天才児(Child Prodigy)としても有名だ。10歳で数学オリンピックに出場し銅メダル、13歳のときには現在に至るまでの最年少で金メダルをとっている。17歳で地元の大学(Flinders University)で修士号、20歳でプリンストン大学でPh.Dを取得し25歳には最年少でUCLAでテニュアを得ている。

http://rionaoki.net/2009/11/1464

Chorussの実態

November 10th, 2009

Choruss(コーラス)というのはワーナーによって進められている実験的音楽ライセンスプロジェクトだ。数ヶ月前に報道されて以来、その実態は明らかにされていなかった。今回はその仕組みについてかなり詳しい記事がThe Chronicle of Higher Educationで紹介されている:

Music Industry Changes Tune of New Program to Fight File Sharing – Technology – The Chronicle of Higher Education

On the basis of those initial talks, the colleges would pay the music industry a blanket licensing fee, similar to what radio stations pay to air popular songs.

コーラスの一つの特徴はブランケットフィーだ。これはJASRACのような著作権団体がラジオ局などに対し行っているライセンス方法である。音楽のような限界費用がゼロに近い財の場合、このような純バンドリング(pure bundling)が取引費用まで考慮すれば有効なことは多い。

For instance, when asked about the “covenant not to sue,” Mr. Griffin said, “We’d initially considered the idea but have now decided to use a traditional license approach.”

また、単に訴訟を起こさないというだけの契約(covenant not to sue)として批判されていたが、従来通りのライセンス形態になっているようだ。

Another substantial change from the early days of the proj ect is that the licenses now would be with individual students rather than with colleges

契約主体も大学キャンパスから学生個人へと変更されている。

The most unusual feature of Choruss is that users would be able to download any song in the collection to their own computers, with no restrictions.

さらに契約期間中にダウンロードされた楽曲は半永久的に利用が許可されるというのは新しい。聴き放題式の音楽サービスでは契約期間が過ぎれば再生できなくなるのが普通だ。

どれも音楽レーベルや著作権管理団体を批判する人々にとっては望ましい方向性だろう。

Users would install software that would count every time they played a song, for the purpose of distributing royalties to the musicians.

ミュージシャンへの報酬分配目的のソフトウェアインストールは問題となりうるが、課金ではなく統計的処理が目的である以上利用者全員に強制する必要はないのである程度は緩和されるだろう。

そういえばアメリカに比べると音楽の不正コピー問題を日本のメディアで聞くことは少ないが何か理由があるのだろうか。それとも単に私が気付いていないだけなのだろうか。

スポーツ面は必要?

November 5th, 2009

The New York Timesがスポーツ面の必要性について議論しているようだ:

Marginal Revolution: How to save The New York Times?

More radical moves, like dropping the sports section, have been rejected because they would undermine the quality of The Times or would not save much money, Keller said.

明らかにスポーツが強みではない新聞にスポーツ面がある理由はバンドリングの理論で説明できる。スポーツ面を追加することによる限界費用(紙面の増加による費用)は小さい。しかし一部の顧客はスポーツ面に大きな需要を持っている。そのような客のスポーツ面以外への需要は他の顧客より少ないだろう。よってスポーツ面を加えることで顧客全体の支払い意志額を平準化できる。支払い意志額が均一ということは需要曲線にフラットな部分があるということであり、独占的な生産者は総余剰のより大きな部分を単一価格で取り込むことができる

ではなぜ今、スポーツ面の是非が問われているのか。それはニューヨークタイムすがスポーツ情報の供給を独占していないからだ。新聞におけるスポーツ面に限ろう。以前であればある街で売られている新聞の数は少なかった。ある新聞社がスポーツ面に力をいれてニューヨークタイムスから顧客を奪おうとすることは可能だが非常に難しい。新聞の流通費用が大きく、利益を挙げるためには上に述べたように様々な情報を集めて売る必要がある。しかしそうなると、スポーツ面を売りにしている新聞も新聞全体としての価値でニューヨークタイムスと競争する必要があるからだ。よってそのような新聞はいつのまにか総合紙となっているか、スポーツに極めて関心のある層だけを対象とした新聞になるだろう。

この構造は新聞による情報流通の独占と共に崩れた。スポーツ情報だけを提供したい企業はスポーツ情報だけのウェブサイトでも運営すればよい。スポーツにさほど関心のない人間であっても新聞をまるごと買わなくてもよいのであれば利用する。ニューヨークタイムスがそのような競争相手以上のスポーツ情報を提供できなければ、スポーツ面を残すことは彼らの利益にならない。それどころかバンドリングによる支払い意志額の均一化がうまくできなくなり、スポーツ面に止まらず全体としての利益は一段と減少する

私はこのような情報のアンバンドリングが新聞業界衰退の最大の理由だと考えている。インターネットの普及は新聞社による情報のバンドリングとそれにより効率的な価格戦略を不可能にした。おそらくもとからニュースという財はそのような戦略がなければ固定費用をカバーするだけの収益を得られない産業だったのではないだろうか。