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電子出版は誰に必要か

「電子出版の未来を考える会議」レポート « マガジン航[kɔː] via Geekなページ

電子化のメリットを多く受けるのは都市部ではなく、配本が行われない地方になるのかもしれません。

これはあまり強調されないがその通りだ。電子化というのは出版の限界費用を下げることであり、その最大の潜在的利益享受者は書籍を手に入れることができていない市場の消費者だ。企業は限界費用を下回る価格では財の販売をしないので当然だ。

同様の利益享受者としては私を含めた海外在住日本人があげられる。私は紙の本が好きなので週1,2冊はAmazon.comで注文しているが、アメリカで日本語の本を買ったことはない。わざわざジャパンタウンにいくのも大変だし、欲しい本がそこにあるとは限らない(というか多分ない)。日本のオンライン書店を使ったり、店舗で取り寄せしたりすることは可能だろうがかなりの費用がかかる。もし日本の本がKindleで簡単に手に入るなら紙の本が好きな私もKindleを即注文する。

こういう潜在顧客層は非常に貴重だ。電子出版化で限界費用が下がったからといって、市場価格を下げれば利益が落ちる。限界費用がゼロになったからといって価格をゼロにすれば固定費用が回収できないからだ。しかし、現在定価よりも1000円高く払っている層に定価で書籍を提供するなら既存の市場と共食いになり利潤が損なわれることはない。特に海外での販売であればおそらく海外の顧客と国内の顧客とを識別することが可能なので(第三種)価格差別でより効果的に利益をあげることができる。

もちろんDRMは不完全なので電子出版を一度行えばある程度の不正コピーは避けられない。しかし、電子出版をすべて避けて通ることはできない。特に入手が難しいような専門書の類など、もとから大した利益が上がっているとは思えない。そういった本の執筆の最大の目的は執筆者の名声・評判をあげることであり、書籍と補完的なサービスの提供で利益をあげればいいのではないだろうか。これは音楽業界で既にかなり進行していることだ。

追記:肉団子さんのRetweetにあるように、マニア向けの書籍を電子化するのも理にかなっている。マニアは既に他の人が欲しがらなくなった絶版本などを買いたがっているので彼らにそれを提供しても既存の売上には影響がない。紙であれば絶版した本を再び販売するコストが高すぎて不可能だろうが、電子化されていれば利益をだせる。すべての消費者に対して電子書籍を提供せずに、部分的な導入だけを考えても電子書籍を販売することはプラスだろう。

ソーダからワインへ

ジャーナリズムの将来についてのよいインタビュー(Umair Haque)がHarvard Business IdeaCastにあった。ジャーナリズムに興味があるかたはぜひ聞いてみてほしい。綺麗な発音なので英語の勉強しているかたもどうぞ。

Can Good Journalism Also Be Profitable? – Harvard Business IdeaCast – HarvardBusiness.org

これだけでは不親切過ぎるので要点を箇条書きにしておこう:

  • 新聞社はソーダからワインに移るべき
  • ソーダはどれを飲んでも同じ
  • ワインはそれぞれが特徴的な味をもっている
  • 現在の新聞社はソーダに近い
  • コカコーラやペプシコーラだって違う商品を開発している
  • インターネットは新聞に大きな影響を与える
  • 今ではローカルだった新聞が国全体で競争している
  • ニッチな市場が重要
  • 例えばTalking Points Memo (TPM)
  • 専門家がパースペクティブを提示する
  • ニッチなサイトは広告でも有利
  • でも読者が読みたいものだけ読むのは社会的に望ましくないのでは?
  • いや旧来の新聞だってそんな機能は果たしてないでしょ
  • 政治への関心なんて薄いじゃん
  • 新しいメディアの方がビジネス・広告主・ソース・エディターの利害対立も少ない
  • 非営利組織は社会的によいことをしている
  • 非営利なら商業的なプレッシャーから逃れられる
  • 利益を留保して再投資できる
  • ものではなくて人に注意すべき
  • 専門家と読者をどうつなげるか
  • ソーシャルネットワークも重要
  • 収入ではなく結果を重視すべき
  • 工場からコミュニティーへ

ニュース産業もまた、需要の把握が重要になってきており、生産者と消費者をつなげるのはそのもっとも効率的な方法だ。ニュースや意見に対する意見への需要は高まっておりメディアがなくなることはない。

ただ現存の新聞社が生き残るかは不透明だ。彼らは本当に読者とつなぐべき「専門家」を擁しているのだろうか。アメリカの新聞は専門家を確保しようと動いているようだが、日本の新聞はいまだに自分たちは専門家だと自称しているだけのように思う

フィルターとしての人間

ニュース・アグリゲーターのTechmemeがスタッフを三人増やして倍増させたというニュース:

Techmeme Doubles Down On Its Staff

When Rivera announced the addition of a human editor last year, it caused some controversy. Many people believed that only using a set of algorithms for surfacing news was better because it would take out much of the bias that a human might introduce to the system. But Rivera believes this curation is an integral part of the process to help with fast breaking news and to better filter out spam and old news being re-reported.

アグリゲーションをDiggのようにユーザーインプットで行ったり、Google Newsのようにアルゴリズムで行うのは今や当然のことだが、そこに人間を加えるというのは非常によいアイデアだ。

デジタル化は情報を流通させるための費用を減らし、流通で成立してきた旧来のメディア産業を衰退させている。前にも述べたように、産業が効率化すると従事する人間は減る。

しかし、情報量の増大はフィルタリングの必要性を意味する。そして、コンピュータは人間が必要とする情報を見つけ出すことがそれほど得意ではない

これは、メディア産業の中での人間の移動につながる。コンテンツを生産・流通させる側から、そうして出回る情報を選別する側に人が移っていく。検索エンジンもソーシャル・ブックマークもその一部だ。

調査報道の行方

調査報道(investigative journalism)が非営利団体に及ぼす影響:

Carnegie Reporter, Vol. 6, No. 1 | Why Nonprofits Need Newspapers via Nieman Journalism Lab

Nonprofits have been increasingly sensitive to the watchful eyes of newspapers analyzing their budgets, compensation policies, potential conflicts of interest and governance practices. While difficult to measure, these watchdog efforts have made a real difference in preventing undesirable practices and causing institutional changes in behavior.

メディアの存在は非営利団体に規律を与える。これは非営利団体が抱えている最大の問題に対する一つの答えだ。以前、非営利団体の経済学については「非営利と営利との違い」で説明した。

非営利団体とは、残余請求者が存在することが事業の推進に支障をきたすような組織だ。典型的な例は寄付によって成り立 つ途上国支援団体だ。これを営利形態で行うことも原理的には可能だ。単に人を雇って寄付を募り、それを支援に使い、寄付者に報告すればいい。しかしこのビ ジネスはうまくいかない。何故ならば寄付をした人々=顧客は支援が適切に実行されたかを確認する手段を持たないからだ。支援額を減らせば簡単に利益を上げ られる。

非営利団体とは、組織が挙げた利益に対する最終的な権利者が存在しない組織だ。そしてそういう形態を取る主な理由は「寄付をした人々=顧客は支援が適切に実行されたかを確認する手段を持たない」ことだ。

残余請求者がいないということは企業が会計上の利益を上げたとしてもそれを組織の外に出すことができないということだ。よって留保金はいつか定款の定める事業目的に使われるし、そもそも過剰に留保を出すインセンティブがない。よって非営利団体は同じ事業を行う営利団体よりも多くの顧客=寄付を集め、よりよく目的を達成できる。

利益を手にできる人間が存在しないことが、寄付された資金が組織の目的どおりに使われることを担保し、寄付を促す。

しかしこれれは最低限の保証に過ぎない。例え利益が会計上留保されようと、高額の給与や過度の福利厚生で外部に流されることはありうる。

利益を上げてもそれを受け取れる人間が存在しないということは、事業を効率的に推進するもっとも簡単なインセンティブを持つ人間が組織に存在しないということだ。

また、利益を自分の手にできない以上、効率化のインセンティブは低い。

調査報道はこういった点を暴露することにより非営利団体の助けになりうる

The decline in daily newspapers and the reduction in newsroom staff, especially investigative reporters, is a worrisome development.

しかし、新聞業界の縮小により調査報道に携わる人間の数は減っていっている。現在の新聞業界のありかたには問題があるし、デジタル時代に紙の新聞が現象するのは自然なことだ。しかし、現状の新聞社が必要ないことと、新聞が担ってきた役割が必要ないこととは別のことだ

ある不正を調査するには費用がかかり、それが回収できる見込みがなければ報道は行われない。数が減れば回収できるようになるはずという意見もあるだろうが、報道が寡占化すればそもそも調査報道を行うインセンティブが減るだろう(日本の大手新聞社を見れば分かる)。

非営利団体の数は増えてるばかりだ。新聞社が衰退していくのを歓迎するだけではなく、社会的に必要な報道が行われるようなスキームを社会として考えて始める時期に来ている。

誰がオンラインニュースにお金を払うか

オンラインニュースにどれだけの人がお金を払うかについてThe New York Timesが報じている:

About Half in U.S. Would Pay for Online News, Study Finds – NYTimes.com

こういったサーベイにはサンプリング問題があるし、聞かれて払うと答えることと実際に払うことは違うという問題はあるがとりあえずそれは置いておいて中身を見てみよう:

Among regular Internet users in the United States, 48 percent said in the survey, conducted in October, that they would pay to read news online, including on mobile devices.

アメリカでは約半数がオンラインニュースのためにお金を支払う用意があると答えているそうだ。これにはモバイルデバイスを含むので通常ネットアクセスだけを意味しているわけではないことには注意が必要だ。

That result tied with Britain for the lowest figure among nine countries where Boston Consulting commissioned surveys.

この割合はイギリスと並んで最も低い。

When asked how much they would pay, Americans averaged just $3 a month, tied with Australia for the lowest figure — and less than half the $7 average for Italians.

さらに払う金額についても平均$3とオーストラリアと並んで最低だという。ここから、

“Consumer willingness and intent to pay is related to the availability of a rich amount of free content,” said John Rose, a senior partner and head of the group’s global media practice. “There is more, better, richer free in the United States than anywhere else.”

消費者の支払意志額は無料のコンテンツの量で決まり、アメリカでは無料コンテンツの量・質が最も優れているという。これはアメリカというよりも英語のコンテンツというのが正確だろう。イギリスとオーストラリアが同様に支払意志の低い国として上がっているのと整合的だ。

The question is of crucial interest to the American newspaper industry, which is weighing whether and how to put toll gates on its Web sites, to make up for plummeting print advertising.

これはペイウォールで収益を挙げようという新聞業界には大きな問題だ。それに対し、

The study, which drew from a survey of 5,000 people, concluded that charging for online access to news would not greatly increase a newspaper’s revenue, but since the cost of reaching Internet readers was very low, it could significantly increase profit.

一人当たり収益は小さくとも費用も小さいので利益が上がると結論付けている。

この結論には問題がある。それはニュースに関する著作権の問題だ。単純な事実には著作権がないため、単なるニュースをペイウォールの中にいれても意味がない。著作権が生じるような内容を付け加えても部分的な引用はフェアユースに守られている。書籍化すればネットで引用されないなんてことはないのと同じだ。

そして「ニュース」の部分さえあればそれについて第三者、例えばブロガー、がペイウォールの外でその「ニュース」について論じることができる。多くの読者が望んでいるのはそういったコンテンツだ。伝統的に新聞社はコラム・社説・解説記事をニュースと一緒に提供してきたが、オンラインではそれらをまとめなければならない物理的制約は存在しない。新聞社はそういったコンテンツにおいて、ニュース自体は提供しない外部の主体と競争しなければならない

新聞社は例えばコラムニストに対して給料を支払うことができるという点でブログに対してアドバンテージを持っている。しかし、ブログを書いている人間の多くはブログそれ自体から利益を得ているのではなく、間接的に本業から利益を得ていることが多い。このような状況では新聞社が給料を支払えることは絶対的な優位にならないし、もしペイウォールのようなもので読者が限定されてしまえばコラムニストにとっては望ましくない条件だ。

情報技術が発展する中、情報を集めて売るという新聞社のビジネスモデルは立ち行かない。情報の流通コストがゼロに近づいている以上情報の流通業者たる新聞業界で働く人間は減っていくこれは、非常に効率的な農業技術が農業従事者の数を激減させたのと同じことだ。

ただし、流通させる情報の生産自体のコストがゼロになったわけではないことには注意する必要がある。これについては先に情報化の進んだ音楽業界が参考になる。ニュースの解説をしたり、それについてコラムを書く人間は、解説やコラムを売ることで利益をあげるのではなく、書籍を売ったり、講演をしたりすることで生計を立てるだろう。ニュースの取材を行うひとも同様だろう。

もちろんこういった間接的な収益方法で社会的に望ましい量のコンテンツが生産されるとは限らない。それは無料で流通させるコンテンツが収益を発生させる仕事に対してどれだけの正の外部性をもつかで決まる。