日本でFacebookは生まれない

日本企業の弱点はプラットフォーム化ではなく消費者需要の把握だ

追記:ちょっと冗長になっちゃったと気にしていたポストにトラフィックが向き始めたので簡単に要約しておきます。

  1. 日本企業はプラットフォーム戦略が苦手なわけではない(例:ゲームコンソール)
  2. 苦手なのは需要の把握だ
  3. ソフトウェア化により需要へ複雑な対応が可能になりその適切な把握が決定的に重要になった
  4. これは大企業には難しいのでベンチャーが重要←日本苦手
  5. また細かな需要=選好は国により違う←日本企業がアメリカ相手とか無理(例:Facebook)
  6. やっぱそういう問題のない中間財とかで勝負すればよくね?(例:携帯部品)
  7. とはいっても日本国内での需要把握は重要だからベンチャーまわりはやっぱりなんとかしよう

という感じです。

アゴラ : 日本ITの国際競争力

「裏の技術力」と「表の技術力」という言葉を取り上げている。前者は基本的には製造技術のことだ。以下に安く質の高いものを作るかという技術であり、日本の製造業が得意にしてきた分野だ。

では「表の技術」とは何か。それはすなわち、ネットワークであると山田氏は説明した。

それに対して「表の技術力」とはネットワークを作ることだという。例としてiPodとウォークマンとの競争が挙げられている。

しかしiPodにはウォークマンにはない魅力があった。それがネットワークだ。音楽配信サービスのiTunes Storeと楽曲管理アプリケーションのiTunes、それに機器のiPodがシームレスにネットワーク化されることによって、どこでも自由に音楽が聴け るという環境を作り上げていたということだ。

iPodの魅力はiTunesによるネットワーク化だと指摘されている(但し「ネットワーク」の定義は見当たらない)。記事中ではさらにWindows, Google, Amazon, Facebook, Twitterなどの例から、なぜアメリカがこれらの事業で成功したかについての根拠が挙げられている。

しかし、プラットフォームを制する企業が競争に勝つというのはその通りだが本当に日本企業はプラットフォームが重要な市場に弱いのだろうか

しかし、80年代までものづくりや企業向けのビジネスで成功を勝ち取ることができていた日本企業はどこもネットワーク化の流れに乗り遅れ(任天堂など一 部の例外を別として)、ネットワーク化の流れが特に激しく進行している消費者向けビジネス分野では決定的に後手に回ってしまった。

本文中で挙げられている任天堂はゲーム機というプラットフォームビジネスで大成功を収めている。またゲーム機市場においてはSonyもいる。Sonyは前世代から比べるとシェアを落としているが、世界に三社しかいないゲーム機市場において日本の企業が二つ活躍しているというのは見落とせない。ゲーム機市場はコンテンツ企業と消費者という二種類の参加者が存在し、参加者間に外部性が顕著な典型的なプラットフォーム市場だ

また日本とアメリカだけを考えれば日本が負けているようにみえるが、世界中を見渡せばコンピュータソフトウェアやウェブ上のサービスでアメリカ以外の国の存在感はほとんどない。別に日本企業が特別にまずい行動をとっているわけではない。

では、日本企業が抱える問題は何かそれは消費者需要の把握だ。ゲーム機市場の場合これはそれほど大きな問題にならない。ゲーム機に求められる要素はそれなりに決まっているし、何よりも企業は複数のゲーム機を消費者に提供するわけではない。互換性が重要でアップデートのきかないゲーム機は基本的に一世代に一つで、異なるのはサードパーティーが開発するコンテンツだ。プラットフォーム企業は、ゲーム機の性能と生産コストを決定し、あとは基本的に価格と生産量で競争する。

それに比べるとiPodの設計は非常に難しい。物理的な設計が困難なのではない。音楽プレーヤーはプレーヤーというハードウェアの上で動くソフトウェアと接続先のコンピュータで動くソフトウェアを合わせてはじめて機能する。そして、このソフトウェアにはハードウェアにはない大きな特徴がある:

  • さまざまな機能・インタフェースがありうる
  • 簡単にアップデートできる

根本にあるのはソフトウェアの柔軟性だ。製品が複雑なインターフェースで消費者によりきめ細かい対応をできるようになったため、生産者は消費者が欲しがっているものを的確に、そう値段と性能だけではなく、把握して提供する必要が生まれた。ネットワークは音楽プレーヤーに求められていたことの一つだ。

日本企業はプラットフォーム市場で競争できなかったわけではなく、プラットフォームが必要とされているということに気づかなかったというのが正確だろう

ではなぜ日本企業がプラットフォームの重要性に気づかなかったのだろうか。それは日本企業が消費者から非常に離れて活動しているためだ。i-modeの使えないドコモの役員のように、企業が消費者の需要を把握できていない。その原因の一つは、お馴染みの労働市場の硬直性だ。アメリカでも大企業が消費者の細かい需要を理解しているわけではない。把握した社員が独立したり、若い人が会社を立ち上げることで需要を的確に捉えた製品が市場に供給される。これが日本の労働市場では難しい。

しかし、これだけが日本企業が「国際」競争力を持たない理由ではない。もう一つは、日本市場が世界市場とは異なることだ。日本企業は日本市場の動向なら適切に読めるかもしれないが、例えばアメリカの大学生が何を欲しているかを知るのは難しい。アメリカ支社を作ることも、アメリカ人を雇うこもとできるがアメリカ人が自分たちで必要だと思ったから立ち上げたような会社に勝てる理由がない。

Facebookが分かりやすい例だ。日本の企業がFacebookを作れただろうかどれだけ人材がいて資本があってもFacebookができることだけはない。参加者が本名を名乗り、自分の顔写真をのせ、在籍・出身大学から勤め先まで公表するソーシャル・ネットワークサイトが日本で生まれることはないのだ。それは、ベンチャーキャピタル不足のせいでも技術者不足のせいでもなく、日本とアメリカは違うという話だ(注)。そして、ネットワーク効果の高い分野で世界最大の市場を取れないことは決定的な弱点となる。ある意味どうしようもない。

ソフトウェアにより消費者需要を把握することが重要になった時代に、日本企業が世界市場で競争するのは非常に難しいことが分かるだろう。ではどうするか。二種類の方向性がある。

  1. 一つは、(労働市場・資本市場の問題は解決したうえで)企業が真に国際化することで世界で求められる製品を提供すること、
  2. もう一つは、需要の把握が決定的な市場を避け、輸入に必要な外貨は他の産業で稼ぐことだ。

一つ目の道は現実には厳しいだろう。アメリカでも大企業は消費者需要の把握を苦手としている。また、前述したように日本以外の国、例えばヨーロッパの国々、でもアメリカの需要を把握できていない。そして、日本は世界で最も国際化していない国の一つだ。

残るのは二つめの道だ。これは現在であれば自動車など日本が極めて強い産業に注力していくことを意味する。例えば、携帯電話本体ではガラパゴス状態の日本だが携帯に使われている半導体においては圧倒的なシェアを誇っている。何も最終消費財だけが市場ではない。

もちろんそうした産業で外貨を稼ぐことは、労働市場や資本市場を改革しない理由にはならない。ハードウェアのソフトウェア化、産業のサービス化は進む一方であり、日本でもベンチャー企業が消費者心理を理解した製品を提供していくことはさらに重要になる。単に、そこから生まれた製品が世界を制することはないというだけだ。

(注)匿名性に対する態度は労働市場の硬直性に依存しているので、本当に労働市場が流動化すればFacebookが生まれることはありうる。しかし、ベンチャーに行く若者が増える程度の変化では関係ないだろう。

鶏が先か卵が先か

Chicken & Eggという問題はネットワーク効果の強い市場では非常に重要である。とくに双方向性市場(two-sided market)では顕著だ。例えばアマゾンがそうだ。本を買う顧客がいなければ出版社は商品を卸さない。

以下のエントリーで起業家でベンチャーキャピタリストであるChris DixonがChicken & Egg問題への対策を挙げている。

cdixon.org / Six strategies for overcoming “chicken and egg” problems

彼の提案は六つだ:

  1. Signal long-term commitment to platform success and competitive pricing.
  2. Use backwards and sideways compatibility to benefit from existing complements.
  3. Exploit irregular network topologies.
  4. Influence the firms that produce vital complements.
  5. Provide standalone value for the base product.
  6. Integrate vertically into critical complements when supply is not certain.

一つ目は人々の期待を変えるものだ。アマゾンの例でいえば出版社が商品を卸すのに必要なのは顧客が来るだろうという期待だ。別に卸す時点で客がいる必要はない。コミットメントデバイスとしてGoogleのオープンソースソフトウェアが挙げられている。より適切な例としてはIntelのIntel Architecture Labが挙げられるだろう。Intelはx86という自社が実質支配するプラットフォームに関連する投資を行った。IntelがIALにおいて如何にコミットメントの問題にを注意していたかはPlatform Owner Entry and Innovation in Complementary Markets: Evidence from Intelに詳しい。

二つ目は互換性を持たせることで既存のネットワーク効果を利用するというものだ。個の場合もコミットメントが問題になる。MicrosoftがMac互換のOfficeを提供する際、それがいつまで維持されるかはユーザーにとって重要だ。Silverlightも同様だ。この戦略はEmbrace, extend and extinguishと呼ばれる。しかし必ずしもうまくいくとは限らない。OS/2の例もある。この戦略がどのような場合にどうやって成功するかも興味深い。

三つ目はとくに興味深い。一部のグループに的を絞ることで既存のネットワークを打ち破るというものだ。ここでは大学生が多いfacebookがどうやってFriendsterを追い抜いたかが例として挙げられている。いかに特定のグループを発見するかが鍵となる。

四つ目はプラットフォームの問題だ。不可欠なコンポーネントを持っている企業を味方につければ確かに競争には勝てるだろう。しかし、それを提携相手の企業はそれを知っているのでそれなりの見返りがなければ協力しないため、最終的に利益になるかは微妙だ。Sony / PhilipsのCDが事例として挙げらているが、この場合最も重要な点は交渉のやりかただろう。複数いる提携相手に別々に交渉していくことで「見返り」を減らすことができる。

五つ目は見落とされがちだが、要するにネットワーク性を減らしてしまうということだ。ユーザーがリスク回避的であれば有効だ。

最後の六つ目もやはりコミットメントが問題になる。AppleはMac OSX上で多くのアプリケーションを持っているがこのことは外部のデベロッパーにとっては大きな脅威となる。