NTT組織改編議論

非常に情熱的な記事だがいくつか気になる部分があるので冷静にコメントしてみる:

アゴラ : やっぱりNTTの組織改編は必要だ – 松本徹三

まず最初に断っておくと、私個人としてはNTTの組織改編に反対というわけではない。アメリカの場合AT&Tが分割された後激しい競争が起きた(但し現在までにその多くは吸収合併により再統合されている)。

但し、コンピュータ・インターネット関連技術の多くを生み出したBell LabsはAT&T分割により現在のAlcatel-Lucentになり基礎技術開発をほぼ停止したことには注意が必要であろう。競争により技術が発展するという議論はそれほど明らかなことではない

NTTには、昔も今も、「通信技術の国際競争力」という話を持ち出して、技術の事が良くわからない一般の人達を煙に巻こうとする傾向があるので、「あらかじめ先手を打っておきたい」と考えたからに他なりません。

「国際競争力」という単語を使う殆どの相手に当てはまる議論であり、適切な指摘だろう。

今回は、「情報通信産業の競争力」とは「ユーザーが享受するサービスの質が高く、価格が低いこと」であるという「本来の真っ当な見地」から、本質的な話を進めたいと思います。

これは消費者余剰基準に近い。反トラストのケースでは生産者は通常効率上昇による総余剰の増大を主張するが、今回は同業者同士の言い争いなので若干様相が異なるのだろう。

それならば、この問題は、NTTではなく、NTTの競争相手に聞くのが一番の早道であることに、疑問の余地はないのではないでしょうか?(NTT自身は、本当は競争なんかしたくない筈なのですから。)

これは実は疑問の余地がある発言だ。NTTの競争相手にとって最も望ましいのはNTTと共謀することであり、その際の自分の分け前を増やすことだ。交渉における妥協点は協力による利益とそれぞれが協力しなかった場合の利益とで決まる。よっていざ価格競争となれば自分たちが有利になるような条件を引き出す必要があるが、それを引き出した後であれば協力することが望ましい。

この問題を検証するタスクフォースは、先ずはここから出発すべきです。(すぐにでもNTTと競争している会社を呼んで、意見を聞くべきです。)

結論は特に問題ないだろう。競争当局・規制当局に加えて競合他社の意見を取り入れるのは理にかなっている。

問題は、NTTがこれから売っていく「NGN」は、NTTが建設して所有する「光通信網」の上に構築され、NTTが開発する種々の「アプリケーション・サービス」と一体になるものであるということです。

次にNGN(次世代ネットワーク)と既存光通信網との垂直統合が問題とされている。

問題はどこにあるかといえば、「他の会社がどうしても敷設できない光回線網」と「NGN」が一体不可分になるという「構造」です。

しかしプラットフォーム(光通信網)提供者がその上でアプリケーションを提供することは一概に悪いこととは言えない。仮にNTTが光通信網の独占供給者だとすれば、光通信網上で動くサービス同士が競争することで光通信網の価値が上がることは望ましいためだ。競争によって通信網の価値が1000円上がるなら独占者たるNTTは1000円多く光通信網に課金すればよい。NTTがNGN上での第三者によるアプリケーション開発を奨励しているのはそのためだ。

同じことはiPhoneについても言える。iPhoneで動くアプリケーションはAppleが選定しているが基本的には自由競争に近い。なぜAppleは自らアプリケーションを提供しないか。それはアプリケーションをいろんな会社が提供し競争することでiPhoneの価値があるあがるからだ。Appleはそれを利用してiPhoneの価格を上げ、利益を出す(参考:iPod Touchはゲーム業界にとっての脅威か)。iPhone自体が成功したイノベーションであることには異論はないだろう。

一般に独占的なプラットフォーム事業者は、消費者にとって競争が望ましい場合は競争を、自社製品が望ましい場合は自社製品を提供するインセンティブがあるのが分かるだろう。消費者が得する部分(消費者余剰)はプラットフォームの価格アップで吸い上げればいいからだ。

今の議論(一般にシカゴ学派と呼ばれる議論)が成立しない条件は多数存在する(例:プラットフォームにおける価格規制・価格差別動機・プラットフォームにおける潜在競争)が、それを議論せずにただ垂直統合はまずいというのはよくない。

これは「MicrosoftのOSと一体不可分になったapplicationをMicrosoftが販売すれば、他のapplication会社は競争 できなくなる」という構造と似ています。それ故にNetscapeは破綻に追い込まれ、Microsoftには独禁法上の罰則が課せられることになったの です。

MicrosoftとNetscapeの例が挙げられているが、これは組織改変が必要であることの論拠にならない。U.S. v. Microsoft (2000)において裁判所はMicrosoftの行動が反競争的であると認定しているが分割のような構造的な処置は支持しなかった。またこのケースは司法省並びに州とマイクロソフトとの間に和解(settlement)が成立しており、独占禁止法上の罰則が課せられたというのは不正確だ。

P.S. 元記事の読者の多くは執筆者の松本さんがソフトバンクモバイルの副社長だと認識しているかもしれないが、利害関係については冒頭に述べるべきだろう。

Live Nationのプラットフォーム化

Live NationはメディアコングロマリットのClear Channel Communicationsの子会社でレコードレーベルとプロモーターの中間のような企業だ。通常のレコードレーベル同様にアーティストと契約を結ぶが、音楽自体に対する権利はアーティストに残したまま、コンサートの運営を行うなどプロモーターとしての性格が強い。

このような事業形態は非常に理にかなっている。デジタル著作権管理が(DRM)がうまくいかない以上、アーティストを利益を付随するサービスで上げる必要がある。その最も大きな部分がパフォーマンスであり、レコードレーベルもそこからの利益をシェアする形であれば、正しいインセンティブのもとで運営される。

Live Nation Opens Web Platform To Artists & Fans – hypebot via Techdirt

Concert promoters Live Nation have made changes to their web site that places more of the site’s content int the hands fans and artists. LiveNation.com is a top 50 ecommerce site and a top 5 online music network.

Live Nationは自社サイトをプラットフォームとして作り替えている。ファンとアーティストが(この区分けに意味があるとも思わないが)ともにサイト上で活動する。FacebookやTwitterとも接続し、自社のイベントだけでなくユーザーがイベントを追加することもできる。

Live Nation is the largest producer of live concerts in the world, annually producing over 22,000 shows for 1,600 artists in 33 countries.  During 2008, the company sold over 50 million concert tickets and drove over 70 million unique visitors to LiveNation.com.

Live nationはコンサートプロデューサーとしては世界最大であり、5000万のチケット売上に加え、自社さ糸への7000万人にユニークビジターがいるそうだ。

ファンとアーティストが共に存在するプラットフォームとしてはMySpaceが未だに強いが、Live Nationの業界におけるプレゼンスを考えるとプラットフォーム運営の如何によっては一番の座を掴める可能性は十分にある。特にMySpaceはテクニカルな面で遅れており、新技術をうまく取り入れた上で、ユーザーによるイノベーションを促すことが重要だろう。

ソーシャルサーチとグーグルの戦略

Googleによるソーシャルサーチへの試みが紹介されている:

Google’s new Social Search surprisingly useful – Ars Technica

ソーシャルサーチとは検索結果を検索する人と検索対象との関係を使って重み付けする検索方法だ。例えば友人の書いたものを上位に持ってくる、購読しているブログの内容を上位にもってくると言った風にだ。

一見すると単なる検索技術の向上とも言える。検索精度を挙げるためにリンク構造やテキスト以外の情報を用いるのは自然な流れだ。

しかし、ソーシャルサーチはグーグルがソーシャルネットワークサイトと競争する上で非常に重要になる。例えば、Twitterは最新でかつ自分と関係のある人間が発信する情報を集約する。サーチと比べるとプッシュ型という違いはあるが、ソーシャルサーチは同じ方法で情報の集約ができる。Facebookは友達登録が相互的である点でアグリゲーターとしての機能は弱いがやはり人間関係に基づいて情報を集めてくる点は変わらない。

またグーグルがソーシャルサーチの分野で優位にたつことはこれらのソーシャルネットワークサイトが情報を隠してしまうことへの対策にもなる。ユーザーが情報を自分から探す場合、多くのネットワークを検索するのは手間になる。またソーシャルネットワークは検索ノウハウにかけている。そのため、ユーザーは自発的に自分のソーシャルネットワークでの情報をグーグルに提供するだろう。

これはソーシャルネットワークが情報を閉じ込めようとすることへの牽制となるし、仮にプラットフォームを閉鎖したとしてもユーザーが第三者に協力しているのなら閉鎖は有効にはならない。例えばFacebookが外部への情報をコントロールしようとしても、ユーザーがログイン情報を外に出してしまうならそれは不可能だ(DRMが根本的に不可能であることに似ている)。

ソーシャルサーチが単なる精度向上を越えた、戦略的な価値を持つ以上、これから大々的な開発・導入・普及が始まっていくだろう。

iPod Touchはゲーム業界にとっての脅威か

iPod Touchがゲーム会社にとって最大の脅威だという記事があった:

Pachter: iPod Touch is “dangerous” for publishers // News

Putting well established franchises such as Madden on the iPod Touch for USD 10 cheapens their value, he explained. “Whether it’s the same experience or not, and it’s not, why would I ever spend USD 60 for Madden if I can get it for USD 10 on my iPod Touch?”

問題はiPod Touch上のゲームの価格が非常に低いということだ。ここではMadden NFLが例に挙げられている。通常のMaddenは$60で売られているがiPod Touch(ないしiPhone)では$10だという。

しかしこれがゲーム会社にとって脅威だというのは余り説得力がない。EAはMaddenをiPod Touch / iPhone上で発売しないこともできた。それを$10で発売したのは単なる価格差別だろう。iPod Touch / iPhoneユーザーのMaddenへの支払い意志額は明らかにゲームコンソールのそれよりも遥に小さい。しかもコンソールユーザーは質の違いを理解しているので価格差があるからといってiPod Touch / iPhone版で済ますとは考えにくい(そもそも両者を保有しているとも限らない)。

While he believes the iPod Touch versions of games are geared towards a different audience, he doesn’t think that makes the device’s surge in popularity any more desirable.

この点については指摘されているが、それでも脅威だという。

When it’s USD 99, every nine year old kid is going to have one of those instead of a DS or a PSP, and if you train kids that this is the game that you want to play…

価格が下がるにつれて子供がDSやPSPよりもiPod Touchを選び、それに従ってゲームへの支払い意志額も減るとのことだ。しかしこの主張が成立するためにはDSやPSPの価格帯が変わらないという仮定が必要だ。もし強力な競争相手が存在するならコンソールの価格は下がるはずでこれはゲーム会社にとってはプラスだ。

How about Tetris? Why would you pay USD 20 for Tetris when you can get it for USD 6.99 or USD 3.99 on iPod Touch?

テトリスが$20で売れなくなるというがそれは当たり前だろう。単純なゲームを開発するのは簡単なので高値で販売するのは困難だ。

Furthermore, the analyst believes the device could spawn a whole generation that won’t ever move on from playing games on their Apple device.

さらにはゲーム機を使わない世代が出現するのではないかと予想している。これは杞憂だろう。ゲーム機が登場する前にはとうぜんゲーム機を見たこともない人しかいなかった。Wiiが新しい市場を開拓したのもごく最近だ。コンテンツに価値があり、値段が価値を下回っている限り市場はなくならない。

むしろ最大の問題はiPod Touchが音楽プレーヤーとしてのiPod+iTunesと携帯電話としてのiPhoneとの互換性から携帯ゲーム機市場で独占的な地位を築くことだ。ゲーム機市場は常に限られた数のコンソールメーカーで占められているがメーカー感の競争はかなり熾烈だ。これがコンソール開発への技術投入、コンソール価格の低下を促し、ひいてはゲーム開発会社の利益となってきた。Appleは新しいプラットフォームを作ってきた実績があるが、プラットフォームの運営に関してはMicrosoftやIntelのように中立的な立場をとることに熱心ではない(MSのどこが中立的かという話はるがAppleとは比べ物にならない)。ゲーム会社はプラットフォームのオープン化を要求するか、androidのようなよりオープンなプラットフォームへ展開するなど対策を講じるべきだ。

iTabletは出版業界を救うか

Applegがタブレットを発売するという噂が現実味を帯びているが、タブレットが出版業界を救うことはあるのだろうか:

In-App Sales and iTablet: The Killer Combo to Save Publishing? | Gadget Lab | Wired.com

Apple on Thursday made a subtle-yet-major revision to its App Store policy, enabling extra content to be sold through free iPhone apps.

先日AppleはApp Storeにおいてフリーのアプリケーションがコンテンツを販売するのを可能にした。以前はアプリケーション本体への課金のみであったが、今回の変更で二部料金のような多彩な価格付けが可能になったわけだ。これはプラットフォーム企業でAppleからすれば当然の変更といえる。

Picture a free magazine app that offers one sample issue and the ability to purchase future issues afterward. Or a newspaper app that only displays text articles with pictures, but paying a fee within the app unlocks an entire new digital experience packed with music and video.

メディア業界はフリーのアプリケーションを配り、追加のコンテンツを各ユーザーセグメントに対し販売することができる。

Who would wish to read a digital newspaper or magazine on the Kindle’s drab e-ink screen if Apple delivers a multimedia-centric tablet?

Appleからタブレットが発売されればKindleのような電子ブックリーダーを上回る普及を見せるのは確実なように思われる。結局のところ読書専用のデバイスを必要とする消費者というのは非常に少ない(読書よりも音楽を聴いている時間の方が長い人が大半!だろう)。

Can Apple redefine print media to save the publishing industry? It probably has a higher chance than any other tech company out there. Apple is a market-shaper, and that’s the kind of a company the publishing industry needs to resuscitate it as the traditional advertising model continues to collapse.

ではAppleのタブレットがヒットして出版業界がそこでコンテンツをうるプラットフォームを作れたとしてそれが出版業界を救うことになるのだろうか。著者は肯定的な評価を下しているが、出版「業界」がここで多額の利益を上げる可能性は低いように思われる。

Appleは確かにiPod+iTunesで音楽ダウンロード販売の流れを作った。しかし、iTunes上で音楽レーベルが満足のいく利益を上げているとは思えない。個別のメディアに対する価格付け能力する制限されているし、絶対的な価格水準も以前とは比べ物にならない。

原因は単純だ。AppleはiPodとiTunesというプラットフォームを作りだし、その上で音楽業界に商売の機会を提供した。Appleはプラットフォームをできるだけ消費者に魅力的にすることで多くのユーザーを集め、レーベルを集めた。しかし彼らはボランティアでそんなことをしているのではない。巨大なユーザーベースを元にレーベルには低価格でのメディア提供を要求し、低価格な音楽・品揃えを武器にiPodというハードウェアで利益を上げた。

タブレットでニュースや電子ブックが流通する場合でも同じだろう。AppleはKindleを越える唯一のプラットフォームとして多くの新聞社・出版社を引き込める。多くのコンテンツが流通すればするほどタブレットの消費者への価値は上昇するが、コンテンツ提供者はその価値の大部分を手にすることはできない。Appleはタブレットの価格を上げる(ないし製造価格の低下を製品価格に反映させない)ことでその価値を利益にする。

結果は音楽業界と同じだ。タブレット上では多くのコンテンツが提供され、消費者は今までに利便性を得ることになるが、コンテンツ提供企業にとっては楽園とはならない。利益は限られているが他の選択肢がないため提供を続けることになるだろう。これはAmazonがKindleで作り上げようとしているビジネスモデルと同じだ。ただKindleは電子インクという技術で書籍に特化したデバイスを提供しているのに対しAppleは多機能なコンピュータを提供するだろうということだ。どちらの戦略が有効であれプラットフォームを抑えられない以上メディア企業が以前のような利益を上げるのは不可能だろう(以前は紙媒体の物理特性が新聞社・出版社にプラットフォームとしての役割を与えていたといえる)。