ファイナンスとホールドアップ

ファイナンス業界の給与の問題を今話題の組織の経済学から説明している記事があった:

The Goldman Bonuses: I’m Shocked, Shocked – Conversation Starter – HarvardBusiness.org

They are looking at the size of the potential bonuses and, in the wake of the $10 billion of bailout money Goldman received in the darkest hours of the financial crisis, asking, “How could they?”

問題となっているのはゴールドマンサックスのボーナスだ。金融安定化のために政府から支援を受けながら多額のボーナスを支払うことの是非が議論されている。しかし、是非以前にどうしてそんなことが可能なのか。これは企業の所有形態から説明できる。

The natural form of business organization for a professional service firm, such as an investment bank, law firm, consulting firm or ad agency, is a partnership rather than a public company.

投資銀行を始めプロフェッショナルサービスを提供する組織の多くはパートナーシップを採用している。これには理由がある。

The key supplied input in a professional services firm is a group of talented professionals and their supplier power is immense. They have the power to extract a disproportionate amount of the profitability out of the enterprise by pushing up their own compensation.

そのような業界では業務に必要な最も限られた資源が人間である。ローファームなら弁護士でコンサルティングならコンサルタントだ。他の投入要素は限定的で代替の効くものだ。そのため、企業が労働者から多額の報酬を要求されることが当然予想される。

The way to do that is structure the enterprise as a partnership.

その一番の対策が労働者に所有権を移すことだ。会社自体を労働者が保有していれば、会社と労働者との間の利害対立は自動的に消滅する。これは自動車会社と部品製造会社の関係と同じだ。特殊な部品を製造している会社は自動車会社に多額の補償を要求できる。これに対して自動車会社はそのような重要な部品は自社生産でまかなうことをまず考える。

さらに、プロフェッショナルサービスの場合、プロフェッショナルの数は限られていて利害も一致しやすいため集団意思決定における費用も比較的小さいことが予想される。パートナーシップは非常に適切な所有形態と言える。

しかしゴールドマンに関して言えばそのような所有形態は成り立っていない。140年間の歴史のうち130年間は成り立っていた。しかし十年前に株式市場への上場を果たすことでゴールドマンの法的な所有者は株主となった。そして今、政府の支援も加わり、ついに通常の商業銀行へと転換した。この流れは上の議論とは整合しない。Roger Martinはそれを次のように説明している:

But in due course, these partnerships recognized that if they could convince naïve external capital to give them more resources, they would have a brand new pool of capital from which to extract value.

もし実質的な経営をパートナーの間で続けると同時に外部のナイーブな投資家から資金を集められればより多くの利益を上げられるということだ。この流れを止めるには投資家がインセンティブ構造を見極めて投資を行う必要がある。

Even Goldman saw its share price fall to $52 in November 2008, in the middle of the Lehman Brothers/Bear Stearns crisis, a dollar less than its $53/share IPO price in May 1999. It wasn’t much of a return for shareholders over ten years, though the Goldman bankers during that period earned wonderful compensation. But thankfully for those Goldman bankers, the taxpayers stepped in and stabilized the financial markets with a huge infusion of their current and future tax dollars and Goldman shares traded above $190/share within a year. Life is good again and it is time for the bonuses to flow, as they always have.

上場以来10年、株主へリターンは高くなかったがパートナーは多額の利益を挙げた。今回政府が支援を行ったことで株価は上昇し株主も利益をあげ、その結果パートナーはさらに多くのボーナスを手にしている。

この構造は外部から資本を注入する人がいる限り変わらない。自動車部品でいえば、自動車工場が多額のプレミアムを払いつづけてくれる限り何も問題はない。しかも今回融資しているのは政府であり、いくら払いすぎても競合企業がいるわけでもない。投資銀行は他人の資本でギャンブルが打てるようになっただけではなくそこで挙げた利益の多くを手にする事ができる。

ファイナンス業界と給与水準

ウォールストリートの報酬問題に関してThomas PhilipponとAriell Reshefのペーパーが取り上げられている。

Matthew Yglesias » The Real Problem With High Wall Street Pay

金融危機以来、ウォールストリートのサラリーには多くの批判が寄せられている。しかし、主な焦点となっているのは給与体系が過剰なリスクを助長するようになっているのではないかというインセンティブ上の問題である。しかし上のグラフから違う視点が見えてくる。ファイナンス業界における給与水準は労働者の教育水準とかなり近い動きをしていることが分かる。これは近年の給与水準上昇が何らかのインセンティブの歪みではなく、単により優れた労働者の流入によるものである可能性を示している。

しかしこのことは問題がないことを意味しない。むしろ、直感的には明らかな問題を浮き彫りにしている。それはファイナンス業界が優秀な人材を過剰に引き寄せているのではないかということだ。これは経済・数学・統計・物理などの分野では明らかだ。近年、高度な数学を学んだ人はファイナンス業界に行くことで他の就職先を遥かに上回る給与を受け取ることができた。別に研究者になることが社会的に最適だといっているのではないが(むしろ平均的にはマイナスだろう)、ファイナンスが特別に(給与差程には)社会的に望ましいとは思えない。

インセンティブの問題でいえば、成功時の報酬を制限する必要性はないが、全体的な給与水準を抑えることは国全体としてプラスである可能性はある。

マスキンによる金融危機の解説

メカニズム・デザインで2007年にノーベル賞を受賞しているEric Maskinによる今回の金融危機に関するインタビューがThe Browserにあった。

Economic theory and the financial crisis | Eric Maskin | The Browser

書籍の紹介をするセクションにも関わらず論文が挙げられていて面白い。紹介されているのは、

  1. Bank Runs, Deposit Insurance and Liquidity by Douglas Diamond and Philip Dybvig
  2. Private and Public Supply of Liquidity by Bengt Holmstrom and Jean Tirole
  3. The Prudential Regulation of Banks by Mathias Dewatripont and Jean Tirole
  4. Credit Cycles by Nobuhiro Kiyotaki and John Moore
  5. Leverage Cycles and the Anxious Economy by Ana Fostel and John Geanakoplos

の五つだ。三つ目のThe Prudential Regulation of Banks (MIT Press)以外は全て査読付きジャーナル論文だ(1,2,4がJournal of Political Economy、5がAmerican Economic Review)。当然インタビューも紹介されている文献の解説がメインとなる。

マスキンによる解説は非常にわかりやすいので詳しくは本文を参照して頂きたい。基本的な構図としては、

  • 金融機関は流動的な資産を流動性のない資産に投入する。
  • そのため一度に資産の引き上げや目減りが発生すると破綻する。
  • それを防ぐには何らかの保障が必要となる。
  • しかし保障を与えるとリスクをとるインセンティブが発生する(モラルハザード)。
  • レバレッジなどを通じ金融機関の行動を規制することが必要になる。

ということだ。銀行の取り付けと預金保険との関係がより広い金融機関に当てはまる。

彼の主張は、今回の金融危機は以前から既に理解されている現象であり理論的な対策は既に考案されていたというものだ。エコノミストに対する批判について、

I don’t accept the criticism that economic theory failed to provide a framework for understanding this crisis. Indeed, the papers we’re discussing today show pretty clearly why the crisis occurred and what we can do about it.

と述べている。ただし、市場が全てを解決するといった意見に対しては、

The sort of economics that deserves attack is Alan Greenspan’s idealized world, in which financial markets work perfectly well on their own and don’t require government action. There are, of course, still economists – probably fewer than before – who believe in that world.

グリーンスパンを引き合いに出して批判している。これは上に挙げたように、金融機関が構造上規制を必要とする産業であることを考えれば当然である。もちろん理論を実装する困難についても指摘されている。

A major task now is to devise regulations that will help prevent this kind of crisis from happening again. Theory will inform this undertaking, but translating the theory into simple, effective, enforceable rules is not a trivial undertaking.

オバマ政権がこの仕事をできるかという質問については、

Well, I believe that the economists in the Obama administration probably have a pretty good grasp of the principles we’ve been discussing. So I think that in the US there is a reasonable chance good regulation will be formulated. What I’m not so sure about is what will happen when Congress gets into the act.

楽観的な見方を示している。しかし、議会が絡んでくるとどうなるかは分からないということだ。議会が利益団体に影響されやすいというのはアメリカでよく指摘される事態だ。

フレディ・マックの新CFOの待遇

日本では報道されなさそうなので:

Freddie Mac hands out big bonus to new CFO | footnoted.org

実質国有化されている米連邦住宅金融抵当公庫(通称フレディ・マック)が新しいCFOを雇ったそうだが、その報酬が槍玉に挙げられている。政府が援助して存在している企業がこんなことをしていても世間にはほとんど気づかれないっていうのが凄い。まあ金額自体はアメリカの金融機関では驚くようなレベルではないというのもあるが。

  • annual compensation of $3.5 million (this includes $675K in salary, $1.6 million in something called “additional annual salary” and $1.1 million in a target incentive
  • a $1.95 million signing bonus
  • immediate buyout of Kari’s house (or perhaps houses)
  • reimbursement for travel between Washington D.C. and Kari’s residences in Ohio, Washington and Oregon

ボーナス入れて6億円というところでしょうか。

フランスがトービン税を支持

トービン税自体の是非よりも、大統領が自らその単語を利用していることが驚きだ。日本の政治家がトービン税を持ち出すなんて全く想像できない。

BBC NEWS | Business | Sarkozy to press for ‘Tobin Tax’

Mr Sarkozy wants a levy known as a Tobin Tax to be applied to every financial transaction.

The move is aimed at cutting excessively speculative trades and encouraging long-term decision-making.

サルコジ仏大統領が投機抑制のためにトービン税の導入を呼びかけている。

But senior EU officials told the BBC that the chances of getting a global agreement were “less than minimal”.

実際に世界的な導入がなされる可能性は低いとしているものの、政治の主流に取り上げられたのは大きな出来事だ。

トービン税とは国境を通貨取引に非常に小さな税金を掛けるという案だ。税率は元々1%が提案されているが0.005%まで様々だ。投機家以外にはほとんど影響を及ぼさない額だが、一日に大量の通貨を売り買いする投機家にとっては大きな障害となる。

Foreign Exchange Trade

元々の目的は為替市場の安定だが、通貨の取引高は一日3兆ドルを越えており僅かな税率であっても莫大な税収が見込める。そのため、主に途上国支援・貧困根絶・環境改善などを目指す多くの団体が税収目当てにトービン税の導入を訴えている。記事中でも

While it was originally supposed to be used for aid for developing countries, it could now be used to fund some of the bailouts in the financial industry or the multi-billion dollar stimulus packages under way to kick-start economies around the world.

そもそもの目的が途上国支援かのように扱われている。確かに世界規模の公共財の提供にはまたとない税金ではあるが、先の引用にあるよう多くの国々の協力が必要であり実際に導入される見込みはない。