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日本国内のグローバル化

最近、○○すれば日本は勝ちみたいな記事が話題になった(○○には政治でも官僚でもマスコミでも好きなものをどうぞ)。しかし、何かを一つ解決すると日本の問題が解決するといううまい話は聞こえはいいが間違いだ。

日本が抱える問題の大きな部分が技術の変化によるものであり、コントロールできない部分が大きい。それについてよい記事があったのでご紹介:

Cotton Articles v6: 構造的に不可能に等しい挑戦

多国籍企業の合理的行動の及ぼす影響が三つ並んでいる:

1。消費者に取って同じ品質であれば、絶えず絶対コストの低い方へ生産は移動して行く。
2。良い製品、サービス、アイディアに対して、比較的短期間で投資、人材が集まる様になる。その結果として普遍的な価値を持ち、ローカライゼーションのニーズが低い物品とサービスが世界に波及するスピードはこれまでに無く早くなる。
3。さらに、グローバル人材と、ローカル人材に明確な区切りがつくだろう。全世界のオペレーションを担える人材を採用する枠と、そうではなくローカルな地域を担当する社員に明確にわかれる。

これは国内でのグローバル化と対比すると面白い。地域毎に分散していた日本国内の生産消費は戦後急速にグローバル化(!)した。輸送コストが下がれば生産は分業化し、相対的に有利な場所に集中していく。ある地域では農業をより、またあるところでは車を作るということだ。

日本国内において製品・サービス・アイデアに関するローカライゼーションの必要性はすくないので(参考:日本でFacebookは生まれない)、そういったものの生産は都市部に集中する。金融や広告なども都市に集まる。集積が集積を呼び、東京を中心に都市は超大規模化した。

地方の需要には一般職というローカル人材が当たり、全体のオペレーションは総合職というグローバル人材が担当する。もちろん舵を取るのは大都市に本拠をおく総合職だ。

ではこの流れが国際的なレベルで起こっている現在、日本はどうなるのだろうか国内の歴史をみれば分かる。地方の都道府県はある程度独自の文化を持ちながらも、多くの場緩やかな衰退をたどった。日本政府が地方の票を得るためもあり莫大な再分配を行ってきたが都市部への人口流入は止まらなかった。優秀な若者は都市部へと移動し、農村は高齢化する一方だ。地方でそれなりの経済を保っているのは県庁所在地ぐらいだろう。

これを日本全体にあてはめれば、

名目で見れば全体のGDPも一人当たりのGDPもゆるやかに減少。今後「日本国として」これまでのような成長を実現する可能性は無い。

東京といくつかの主要都市は全世界ハブの一つとしてこれからも主要都市として残り続ける。それはすでに資産を持つ層、そしてグローバル人材として活躍出来る層が集中して存在するマーケットであり、そして日本という依然として巨大なローカル市場の拠点だからである。

ということになる。東京が地方の政令指定都市のような存在になるといってもよい。もちろん日本と外国との違いは国内のそれに比べ遥に大きいし、物資・サービスの移動も困難なのでグローバル化がそれほど簡単に起きることはない。しかし、その兆しは既に見えているし、国内のように地方への再分配を行う組織はない。どれだけの速度で進行するかは分からないが、個人としてこの来たるべき変化に準備していく必要があるだろう。

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借り主の過剰保護はやめよう

「追い出し屋」が社会問題になっているが、問題解決の糸口は更なる保護にはない。

asahi.com(朝日新聞社):「追い出し屋」に刑事罰 法案、来春までに提出 – 社会 via ohuzak@Twitter

借り主の連帯保証を請け負う家賃債務保証業者に国への登録を義務づけ、悪質な取り立て行為には刑事罰を科す。滞納履歴など個人の信用情報を扱うデータベース(DB)の事業者も登録制にして国の監督が及ぶようにする。

悪質な取り立てが問題だから何とかしようというのはよい。しかし、まずすべきは何故悪質な取り立てが生じるかを考えることだ。成績が悪い子供がいたら、どんな理由があるのか考えてそれを取り除くのが正しい。悪い点をとったら廊下に立たせるというのは賢明ではない。

国土交通省によると、民間賃貸住宅(約1300万戸)の約4割が家賃保証業者と契約し、急速に市場が拡大。これに伴い、一部業者による追い出し行為が社会問題化した。

追い出し行為が生じるのはそれで利益があがるからであり、それで利益があがるのは家賃を払わない借り主が居座るからだ。そして、借り主が家賃を支払わずに居座れるのは借り主の過剰保護のためである。

借り主が家賃を滞納しても追い出せないなら、家主が賃貸を渋るのは当然だ。まず賃貸住宅の供給が細る。日本に家族向けのそれなりの広さの賃貸住宅があまりないのはこのせいだ。そのために住宅ローンを組めないひとや短期の在住者は望む物件を見つけることができない。

また、賃貸をする場合でも家賃を滞納しないかどうかを厳重にチェックする。滞納したら丸損になるわけだから当然だ。ちょっとでも怪しい人には貸さないということになる。例えば外国人が日本で家を借りるのは難しい。

家賃保証業が成立のも当たり前だろう。家主がみんなお金持ちという時代ではない。賃貸物件を借金して運営する人も多い。当然滞納リスクを避けたいわけで保険として家賃保証業が生まれる。

もし家賃保証業者による追い出しが強く規制されると、家賃保証のための費用、すなわち保険料がまず上がるだろう。保険料が上がれば賃貸事業の魅力がなくなり、分譲への転換や新規の賃貸物件建設の減少が生じる。最終的には賃貸住宅の一段と供給が減り、よりリスクを負うことになる家主の借り手選別が深まる。データベースに関するの過度の規制も同様の効果がある。情報の共有ができなければ家賃滞納リスクをヘッジしにくくなるからだ。

しかも家賃保証業に対して規制を強めることで新たな行政コストが発生する汚職や天下りの温床にもなる

根底にはあるのは冒頭に述べた、間違った結果への対処だ。結果だけを見るのではなく何故そのような結果になるかを考える必要がある問題が滞納によって追い出される借り主なのであればそのリスクを関係ない家主に押し付けてもリスクが消えてなくなるわけではない。リスクを突きつけられた家主の行動が変わるだけだ。貧困については社会保障政策で対応し、緊急時にはシェルターを提供するなどするほうが望ましいだろう

追記

結論で「貧困については社会保障政策で対応し、緊急時にはシェルターを提供するなどするほうが望ましいだろう」としたが、これはあくまでさらなる貧困対策が必要で住居の提供を政府が行うべきだという前提に立った場合だ。社会保障が既に十分ないし費用超過であれば別に追加の保障が必要だとは思わない。また、過度の借り主保護がなくなれば賃貸物件の供給が増え審査も緩くなるので政府が住宅を提供する必要はおそらくないだろう。

郵政で高齢者配慮は必要か

わざわざ取り上げる程のものでもないと思うけど、よくある話なので:

asahi.com(朝日新聞社):日本郵政、高知で地方公聴会 「高齢者に配慮を」 – ビジネス・経済 via ohuzak@Twitter

郵便、貯金、保険の3事業を一体で運用し、高齢者らの使い勝手をよくするよう求める意見が相次いだ。

サービスの質は改善されるべきだが、それは他のサービスでも変わらない。違うのは、その要求が市場を通じて行われるか、政治を通じて行われるかということだ。市場を通す場合には、その改善で消費者がどれだけ得をするかとそのためにどれだけの費用がかかるかが比較される。それに対し、政治では票の数に応じて決まる。どちらが望ましいかは明らかではないだろうか。

「分社化で郵便配達人に貯金の出し入れを頼めなくなった」「電子メールやネットを使えない高齢者は多い。高齢者に優しい郵便局を目指してほしい」といった声が出た。

確かに不便な点あるかもしれない。しかし問題はその不便さを解消するための費用が便益に見合うかどうかだ。そしてある人が不満を述べるかどうかでそれを知ることはできない不満を表明すること自体には費用がかからないからだ。

二つの応答が考えられる。一つは過疎化だ。人口密度が減ることで採算が取れなくなる。しかし、採算が取れないということは概ね社会的な観点からみて費用の方が便益よりも大きいということなのでこれはサービスを維持する理由にはならない。高齢者は移動できないため過疎によって悪影響を受けるという議論は可能だが、それをサービスの維持で解消するというのは望ましくない。貧しい高齢者は他にもいるので過疎地の高齢者だけの対策で市場を歪めるよりも、再配分政策・社会保障政策で一元的に扱うべきだ

もう一つの可能性は、市場が競争的ではないというものだ。これは過疎地には当てはまるだろう。しかし、日本の郵便局が過疎地でだけ価格を釣り上げているという話は聞かない。また、過疎地における自然独占が問題なら消費者による事業の所有で対処できる。消費者が独占事業を垂直統合することで両者は一体化し、独占により消費者を搾取するという現象自体がなくなるからだ。これにはアメリカの過疎地で電力会社が消費者組合となっている例がある。

公聴会は作家で社外取締役の曽野綾子氏がまとめ役。来年1月には京都府、愛知県、新潟県で開く。

ミニスカの話(ミニスカートが悪いのかレイプのパターンを考える)でも出てきた曽根綾子氏だが、どうして郵政事業の必要性に彼女が登場するのだろう。経済の分かる人材を登用していただきたい。

レイプのパターンを考える

終身雇用はなくなる

日本の雇用についてのポストから:

終身雇用はなぜなくならないか – Chikirinの日記

(1)新卒採用
(2)年功序列
(3)終身雇用

これらが日本型雇用だという。何故これらがなくならないかについて以下のように説明している:

大企業は、解雇規制があるからイヤイヤ“日本的雇用”を維持しているのではなく、それが自分達にとって得だと思える強固な理由があるからこそ、それを維持しているのだ。

これは市場の仕組みを考えれば当然だろう。もし解雇規制が原因で合理性のない雇用慣習を採用しているのであれば、解雇規制が問題にならない新規企業に駆逐されるはずだ

終身雇用の主なメリットは二種類ある:

  1. 社員のリスクを雇用主が負担できる
  2. 社員が雇用主に固有の人的投資をできる

1は社員の方がリスク回避的であるため、会社がそれをカバーできるなら給料を節約できるからだ(これはWin-Winだ)。会社員にとって解雇のコストが高いことを考えれば妥当だろう。

2は「“仕事のやり方”ではなく、“我が社のやり方”を知っている社員が望ましい」という部分と重なる。そういった企業固有の知識を習得するのは雇用が保証されていない限り割に合わない。

それに対して終身雇用最大のデメリットはまさに解雇が難しいことだ。解雇という脅しなしに社員を働かせなければならない。ただ、これは成果主義が成立しないということではない。将来の処遇を使ってそれなりのインセンティブを与えることは可能だ。

このように長年続いてきた終身雇用制度にはそれなりの合理性があるでなければそんなシステムが維持されるわけはない。しかし、終身雇用が続く、最も大きな原因は労働市場の硬直性だ:

今や日本の労働市場では中途人材の新規獲得コストが異常に高くなり(=高品質人材の中途採用市場が整備されないままとなり)、企業は今更方針を変えられなくなってしまっている。

上の部分がそれを表している。長年、新卒採用・終身雇用に依存してきた社会には健全な労働市場が育たない。終身雇用が当たり前だと途中で労働市場でる人間は何か問題があるという悪いシグナルを送ってしまう。そのため中途労働市場が機能せず、新卒採用・終身雇用という制度はさらに強化されてしまう。これを何十年も続けた結果が履歴書が気になってブラック企業を辞めることもできない社会だ

しかし、この一見強固に見えるサイクルにも解れが見え始めた。この悪循環は中途の労働者が悪いシグナルをもっているというのが原因だ。リストラをする企業や破産する企業が出てくれば、悪いシグナルは減少し、逆のサイクルがまわり始める。中途労働市場が改善、新卒採用の重要性低下、労働者にとっての終身雇用の価値低下、転職の増加、さらなる中途労働市場の改善という流れだ。

つまりはこのように大企業側にも日本的雇用はいろいろメリットがあるわけで、だから簡単には崩れないのだと思った。

確かに今すぐに日本的雇用がなくなることはないだろうが、上のサイクルが逆にまわり始める時に一気に崩れ去っていくだろう。経済全体が伸びていかない以上、この流れを止めることはできない。

ガラパゴス携帯市場

日本の携帯は世界一だという人もいればガラパゴスだという人もいる。残念ながら(やはりとも言うが)後者が正しいことを示唆するポストをArsTechnicaから:

iPhone blowing up worldwide, big in Japan after all

iphone

Japan has seen the biggest increase—over 300 percent—which may help explain why the iPhone commanded nearly half of the Japanese smartphone market in 2009.

Admobのデータよると、日本でのiPhoneの増加率は世界最大で年間300%にものぼったそうだ。計測方法の詳細は分からないが、大きな伸びであるのは間違いない。元々ほぼ存在しなかったスマートフォン市場の半分近くがiPhoneということだ。

n fact, data from market research firm Impress R&D shows that the iPhone is the number one smartphone in Japan by a huge margin—the iPhone commands 46 percent of the smartphone market, while its nearest competitor has just under 15 percent and the nearest Android phone slight more than 2 percent.

iPhoneにつぐスマートフォンメーカーは12パーセントしかない。これは日本の携帯キャリア・メーカーのプラットフォーム戦略の失敗を意味するだろう。日本のキャリアは独自のネットワークを構築し、マイクロペイメントを容易にすることで多くのサービスを呼び込んだ。着うたなどの成功を見るにこの作戦自体はそれなりにうまくいったとは言える。

しかし、通常のインターネットと融和し、世界中の市場をカバーするiPhoneにはサービスの面で競争できない。もし日本がこのまま戦略を転換することができなければ、現在2%強と言われるAndroidがiPhoneに次ぐシェアを持つようになる日も近そうだ。