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分かりやすい既得権益

mixiのニュースにあったので説明することもないがサクッとつっこんでおく:

「1千円カット」も洗髪設備を、義務化が加速 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

「カットのみ、10分1000円」など低価格を売りものに店舗を増やすカット専門の理容店にも、洗髪設備を設置するよう条例で義務付ける動きが加速している。

カットのみの理容店に洗髪設備を義務付けるというがこれは非常に明らさまな既得権益維持を目的した政治だ。

こうした営業形態に、既存店が加盟する県理容生活衛生同業組合などは今年2月、理美容店には洗髪設備の設置を義務づけるよう県議会に請願した。日野恒雄理 事長は「新型インフルエンザが騒がれる中、業界の信用にもかかわる」と主張。県は一般に意見を募り、義務化賛成が多数を占めたため提案に踏み切った。

衛生面が原因だというが、それなら何故消費者や医療関係者ではなく既存店の代表が請願するのだろうか。どう考えても拡大するカット専門店に対してサービスや価格以外の手段で優位を得ようとしているこれは消費者のためにならない

一方で、理美容店のハサミやくしの消毒状況を点検した千葉県は「カット専門店と既存店に衛生管理上の違いはない」と条例化を見送った。ほかに岩手、大阪など7府県も見送っている。

そりゃそうだろう。別に切った髪の毛が残っていたって特段不潔というわけではないし、家の近くで切ってもらい直ぐ帰宅して洗髪するだろう。順番から言えば遥に不潔そうな髪で歩いている人間をまずどうにかすべきだ。

#まあ自分でクリップしているので関係ないですが。

Big Sister:風俗の多方向市場化

最近Freemiumなんていう言葉が話題になっている。わかりやすく(?)言うと、ネットワーク効果のある市場で、マージナルな価格をゼロにすることで利用者を増やし、収益は価格差別によりインフラマージナルな利用者から回収すればいいというビジネスモデルだ。これはネットワーク効果が大きく、支払意志額の小さな消費者が多く(=需要曲線が強く下に凸で)、価格差別が容易な場合には有効な戦略だ。

しかし、収益をあげるのが無料で財・サービスを手に入れるユーザーの一部でなければならない理由はない。三種類以上の参加者のいるマーケットであれば、財・サービスのやりとりをする以外の第三者から利益をあげることも当然可能だ

無料の新聞がそれはその一例だ。新聞はニュースなどを読者に提供する一方、広告主から収益をあげる。読者が増えれば増えるほど広告収入が増えるため一定の条件下では読者には何も課金しないことも正当化される(例:小額の支払のための費用が高い)。

Big Sister(NSFW)はこの収益体制を風俗に適用したものだ(「夜のオンナ」の経済白書という本で紹介されているそうだ via Feel Like A Fallinstar)。かなり有名なもののようでBloombergでも記事になっているしWikipediaにも説明がある。Big Sisterのビジネスモデルは次のようなものだ:

  • 無料で風俗サービスを提供する
  • 引きかえに行為を撮影する
  • 映像はネットで有料で公開する

これが、サービス提供者、サービス需要者、ネット会員という三種類のアクターを一つのプラットフォームで結びつけるビジネスであるのが分かる。

誰が誰にお金を払うかは、ネットワーク効果がどのように発生するかによって決まる。サービス提供者は多い方がよいので企業は賃金を支払う。閲覧者は少ない方がいいので料金を徴収する。需要者は特殊で、売春が法律で禁止されているため無料となる。需要者は撮影に必要だが簡単に見つかるので経済的にもそれほど間違った価格(=0)ではない。

このビジネスモデル自体は古典的な覗き部屋と同じだがインターネットがそのスケールを飛躍的に拡大させた。こういったニッチは市場は通常大都市でしか成り立たないが、インターネットがあれば多くの顧客を同時に相手にできる。また低コストな地域で営業して高所得な地域で収益をあげることも可能だ。これにより、映像からの利益が上がったことでサービス自体の価格をゼロにできれば、売春に関する規制も同時に回避できる(基本的にその場での金銭のやりとりさえなければ売春には該当しない以上取り締まりは不可能だろう)。

電子出版は誰に必要か

「電子出版の未来を考える会議」レポート « マガジン航[kɔː] via Geekなページ

電子化のメリットを多く受けるのは都市部ではなく、配本が行われない地方になるのかもしれません。

これはあまり強調されないがその通りだ。電子化というのは出版の限界費用を下げることであり、その最大の潜在的利益享受者は書籍を手に入れることができていない市場の消費者だ。企業は限界費用を下回る価格では財の販売をしないので当然だ。

同様の利益享受者としては私を含めた海外在住日本人があげられる。私は紙の本が好きなので週1,2冊はAmazon.comで注文しているが、アメリカで日本語の本を買ったことはない。わざわざジャパンタウンにいくのも大変だし、欲しい本がそこにあるとは限らない(というか多分ない)。日本のオンライン書店を使ったり、店舗で取り寄せしたりすることは可能だろうがかなりの費用がかかる。もし日本の本がKindleで簡単に手に入るなら紙の本が好きな私もKindleを即注文する。

こういう潜在顧客層は非常に貴重だ。電子出版化で限界費用が下がったからといって、市場価格を下げれば利益が落ちる。限界費用がゼロになったからといって価格をゼロにすれば固定費用が回収できないからだ。しかし、現在定価よりも1000円高く払っている層に定価で書籍を提供するなら既存の市場と共食いになり利潤が損なわれることはない。特に海外での販売であればおそらく海外の顧客と国内の顧客とを識別することが可能なので(第三種)価格差別でより効果的に利益をあげることができる。

もちろんDRMは不完全なので電子出版を一度行えばある程度の不正コピーは避けられない。しかし、電子出版をすべて避けて通ることはできない。特に入手が難しいような専門書の類など、もとから大した利益が上がっているとは思えない。そういった本の執筆の最大の目的は執筆者の名声・評判をあげることであり、書籍と補完的なサービスの提供で利益をあげればいいのではないだろうか。これは音楽業界で既にかなり進行していることだ。

追記:肉団子さんのRetweetにあるように、マニア向けの書籍を電子化するのも理にかなっている。マニアは既に他の人が欲しがらなくなった絶版本などを買いたがっているので彼らにそれを提供しても既存の売上には影響がない。紙であれば絶版した本を再び販売するコストが高すぎて不可能だろうが、電子化されていれば利益をだせる。すべての消費者に対して電子書籍を提供せずに、部分的な導入だけを考えても電子書籍を販売することはプラスだろう。

マイクロソフトの価格付け

エコノミストが書いているはずなのに何かおかしな記事があったのでコメント:

Why Microsoft Doesn’t Understand Win7 Upgrades : Core Economics

著者はWindows 7へのアップグレード版の価格設定に文句を付けている:

The second lesson I learnt is that Microsoft does not understand how to price an upgrade.

マイクロソフトはアップグレードにどう値段をつけるか理解していないという。

It is clear enough that one should pay a lower price if you one is upgrading from an earlier version of Windows than if one is not.

前のバージョンからアップグレードする客の支払いは少なくてしかるべきだそうだ。しかしこれはそれほど明らかではない。問題はアップグレードを購入する客と通常版を購入する客がどれだけお金を払う用意があるかということだ

アップグレードするユーザーは既にWindowsを長く使用しており、Windowsの価値を高く見積もっている。よって、彼らが値段が違った場合に通常版に乗り換えないのであればアップグレード版を高くするのは理にかなっている。コンピュータに詳しいユーザーであればバックアップしてからフレッシュインストールしてリストアするのが普通だろうが、そうでない人もいるし、まさにそういった人々こそが多くのお金をWindowsに払いそうな客層だ。

But in addition, Microsoft charges a different upgrade price depending on whether the installation wipes your original Windows installation before overwriting it. This is plainly wrong because the Utility of Windows 7 minus Utility of your earlier version is the same regardless of how you did the install.

さらにマイクロソフトはインストール時に前のバージョンのインストールを消去するかで値段を変えている。Windows 7に価値はインストールによって変わるわけではないのでこれはおかしいと言うが、それは価格を変えることへの反論になっているのだろうか。

もしも、アップグレードの仕方によって顧客がグループ分けでき、グループ毎にWindows 7へ払ってもいい金額が違うのであればアップグレード方法によって価格を変えるのは利益を増やすはずだ。問題は、何らかの指標によって支払意志額の違うグループに顧客を分けられるかだ。インストールの方法が価格差別のデバイスとして利用できるかがポイントとなっている。

価格差別とブラックフライデー

価格差別のいい説明があったのでご紹介:

Price Discrimination Explains Everything, Arnold Kling | EconLog | Library of Economics and Liberty

Suppose that a new video game console comes out. BZ likes video games, but he is only willing to pay about $200 for the console. JS lives for video games, and he would pay $400 for the console. The manufacturer would like to charge $400 to JS and $200 to BZ. However, to do so blatantly would be illegal. It might also be impractical–what is to stop BZ from buying two consoles for $200 and selling one of them to JS for much less than $400?

これが典型的な状況。同じ財に多くのお金を払う人と、そうでない人がいたときに同じ金額しか請求できないというのは売り手にとってはうれしくない。でも誰が多くのお金を払えるのかは分からないし、場合によっては違う金額を請求するのは違法になる(区別する基準が人種や性別だったり、相手が小売店の場合∵ロビンソン・パットマン法)。ではどうするか:

The console maker looks for ways to price discriminate. There might be a “standard” version of the console that sells for $200 and a “deluxe” version that sells for $400. If the features in the deluxe version appeal to JS but not to BZ, this will work. Or the maker might release the console initially at a price of $400, wait three months, and cut the price to $200. If BZ is willing to wait but JS is not, then this will work.

二種類の客の微妙な違いを利用すればよい。例えば、お金持ちはデラックスバージョンを欲しがるけど、他の人は欲しがらないなら、デラックスバージョンだけ高くすることで資産に応じて違う値段をつけられる。

ブラックフライデーのようなセールも同じだ:

If you need something now, you have to buy it whether or not it is “on sale.” But if the purchase is discretionary, you may only buy it “on sale.” The store keeps its prices high ordinarily, in order to pick up profits from the price-insensitive shoppers. The store puts items “on sale” on rare occasions, hoping to pick up profits from price-sensitive shoppers.

値段にうるさいひとはセールを探してくるけど、そうじゃない人はいつでも必要な時に買う。だから普段は高くしといてそういう人からお金をとり、時々のセールで値段にうるさいひとにも売りつける

Unfortunately, they lose profits from price-insensitive shoppers who happen to come in the day of the sale.

ただ、値段にうるさくない人でもセールの日に買いにくることはある。

The beauty of holding sales on “Black Friday” is that stores know that many price-insensitive shoppers will stay away in order to “avoid the crowds.”

でもブラックフライデーのようなもの凄いセールなら話は別だ。お店は異常に混むし、それを誰もが知っているので普通の人はこない。並んでまで安いものを探す客は限られているからだ。

ちなみにArnold Klingは冒頭で、

I think that price discrimination really deserves a lot more attention than it gets in the economics curriculum.

価格差別はもっと経済学のカリキュラムで取り上げるべきだと述べているが、これには大賛成だ。うまく価格差別を行うことは大きな利益につながる。例えばセールスで売る側が先に値段を言わないのもその一つだ。値切りをするかどうかは、客がいくら払えるかと強く相関しているのでそれを狙うわけだ。

こういった手法はデジタル化された社会では一段と重要になる。デジタルな財は限界費用がほぼゼロなので単純な価格競争を行うと利益がなくなる。また音楽・映画・ニュース・ソフトウェアなどはどれも人によって非常に評価が異なる財だ。そういった財の需要曲線は強く下に凸なので独占価格をつけても総余剰のごく一部しか回収できない。逆にデジタル技術は多くの情報を集めることで価格差別を容易にする。

また最近話題になる経済格差も価格差別の必要性を大きなものにする。例えばアメリカでは一枚数十¢の割引になるクーポンがたくさんある。チラシから切り抜いたり、ネットから印刷したりして使用するわけだが、これもそういった手間を惜しまない人にだけ値引きをする価格差別の一種だ。メールインリベートも同様だ。バーコードを切ってはって、郵便を出して、数ヶ月待つ気のある人をターゲットにしている。さらに、電話で抗議しない限り返信しないことでさらに効果的な価格差別になる。