出版と印刷は違う

出版社と印刷は違うので、電子書籍は出版社にとっての脅威ではない:

Will technology kill book publishing? Not even close

電子書籍が書籍の大きな部分を占めるようになるのは確実だ。読みたい情報をパッケージして届けるという機能を考えればそれが便利になることは消費者の利益になる(もっとも、その時に「書籍」というカテゴリー自体に何の意味があるかという話はあるが)。

しかし、このことは出版業界というものの行末が、グレーかもしれないが、真っ暗であることは意味しない。その理由が挙げられている。

Myth No. 1.Publishers are merely printers. That would be news to companies like ours, which don’t even operate their own printing presses. Publishers today are in the content business.

出版社は印刷所ではない。紙の書籍が激減すれば印刷所は困るが、出版社はコンテンツビジネスだ。私自身、最近紙の書籍を出版したが、出版社は印刷ビジネスではないのは明らかだった。実際、印刷自体は外注だろう。

Myth No. 2.Authors don’t need publishers in the digital age. Anyone who has ever written a book knows this to be false.

また、著者が出版社を必要としないというのも間違えだ。ある題材(この場合Facebook)について書くことができるかと、その題材が投入する資源に見合うだけの市場をもっているかを知っているかは違うことだ。

企業法務マンサバイバルさんも「この本を企画した編集者の慧眼はすごいと思いました」と指摘されているように、市場の需要と生産要素とを結びつけるのが出版のコアビジネスだ。生産要素の一つで非常にコモディタイズされている紙での印刷自体は言われているほど重要ではないはずだ。

These relationships are even more critical to a book’s success in the digital age. With the ascent of e-books, authors will need publishers to serve as digital artists who can bring words to life by pairing text with multimedia features such as audio, video and search.

書籍におけるデザインの仕事もなくならない。ある程度の分量の文章を効率的にみせるためにはデザインが必要で、これは素人にはなかなかできない。インターネットの普及は紙媒体での仕事を減らしたかもしれないが、WordpressのようなCMSのテンプレート作成への需要が創出された。

むしろ出版「社」にとって危険なのは、会社として軽量化を目指す過程でこうしたコア機能を外注してしまうことだろう。編集者やデザイナーといったネットワークが外にでてしまえば出版社にはディストリビューションしか残らない。

P.S. この記事をTweetされていた大原ケイさんの本は読んでおきたい。

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出版業界の矛盾

日本の出版業界で最近よく目にする矛盾が分かりやすく一枚に収まっている名作:

電子書籍:「元年」出版界に危機感 東京電機大出版局長・植村八潮さんに聞く

音楽業界のようにほぼ一手に握られることになれば、間違いなく日本の出版活動は続かなくなり、書店や流通の問題というより、日本の国策、出版文化として不幸だと思う。

まずは「文化」だ。文化として不幸かどうかより、消費者が不幸になっていないかを気にして欲しい。ところで日本の音楽業界が停滞しているのはiTunesのせいだという前提があるのだろうか。

アマゾンやアップル、グーグルなど「プラットフォーマー(基本的な仕組みを提供する企業)」の時代になるといわれている。

[…]

米国でプラットフォーマーに対抗できるのは、複数のメディアを傘下に収める巨大企業だけ。

アマゾン、アップル、グーグルが複数のメディアを傘下に収めているという話は聞かないが何か大型買収でもあったのだろうか(それとも日本企業がプラットフォームを作るというのは想定外なのだろうか??)。そもそもコンテンツを垂直統合していたらそれはもうプラットフォームではない(プレイステーションのゲームが全てソニー製だったらプレイステーションはプラットフォームとは呼べない)。

出版社4000社、書店数1万6000もある日本の出版業界が、このままで対抗できるわけがない。

[…]

日本人は紙質や装丁にこだわり、読み終えても取っておく人が多い。米国で成功したから日本でもというのは、分析が足りないと思う。

あれ?アメリカのプラットフォームが日本では成功しないなら、日本の出版業界は対抗できるのではないだろうか

iPadはそんな新しいメディアとしての可能性が高い。ただ、熱狂的なアップルファンは買うだろうけれど、広く日本人に支持されるかは分からない。

これも同じだ。日本の文化だから守る必要があるというために日本の特殊性を主張すればするほど、じゃあ保護の必要はないのでは?という矛盾に陥る

電子書籍統一規格

電子書籍に関する懇親会が開かれたそうだ:

電子書籍に統一規格、流通や著作権を官民で整備

政府は17日、本や雑誌をデジタル化した電子書籍の普及に向けた環境整備に着手した。[…]国が関与して国内ルールを整えることで、中小の 出版業者の保護を図る狙いがある。

しかし規格統一の狙いが中小の出版業者というのはどういうことだろう。

電子書籍の形式は各メーカーが定めており、共通のルール、規格がない。端末ごとに読める書籍が限定されるほか、「資本力で勝るメーカーに規格決定の主導権を握られると、出版関連業界は中抜きにされる恐れがある」(総務省幹部)との指摘がある。

日本だけでしか流通しない独自規格を官民で整備したとして、それが誰にメリットになるのだろう。Amazon, Apple, Googleなど先進的な企業が競争した結果生き残る規格に日本発の規格が競争できる訳はないので、国外展開は絶望的だ。当然、電子書籍の流通やリーダーなどに関しても取り残されるだろう。消費者にとっても海外で使われている優れた規格が日本では利用できないという結果になりはしないだろうか。

また、テクノロジーが進歩したときに流通の一部が「中抜き」されるのは当然のことだ。出版の場合だけ政府が心配するのは何故だろう。

ちなみに懇親会のメンバーは総務省で公開されている。現職以外のプロフィールぐらい載せて欲しいと思うが、生まれ年だけ簡単に調べてみた(Googleで検索してすぐに見える情報で正確性は保障できないので間違いがあればご指摘下さい)。

  • 安達俊雄 シャープ株式会社代表取締役副社長:1948年
  • 足立 直樹 凸版印刷株式会社代表取締役社長:1935年
  • 阿刀田 高 作家・社団法人日本ペンクラブ会長:1935年
  • 内山 斉 社団法人日本新聞協会会長・株式会社読売新聞グループ本社代表取締役社長:1935年
  • 相賀昌宏 社団法人日本雑誌協会副理事長・株式会社小学館代表取締役社長:1951年
  • 大橋信夫 日本書店商業組合連合会代表理事・株式会社東京堂書店代表取締役:1943年
  • 小城武彦 丸善株式会社代表取締役社長:1961年
  • 金原優 社団法人日本書籍出版協会副理事長・株式会社医学書院代表取締役社長:調査中
  • 北島義俊 大日本印刷株式会社代表取締役社長:1933年
  • 喜多埜裕明 ヤフー株式会社取締役最高執行責任者:1962年
  • 佐藤隆信 社団法人日本書籍出版協会デジタル化対応特別委員会委員長・株式会社新潮社取締役社長:1942年
  • 里中満智子 マンガ家・デジタルマンガ協会副会長:1948年
  • 渋谷達紀 早稲田大学法学部教授:不明・一度大学から退職されています
  • 末松安晴 東京工業大学名誉教授・国立情報学研究所顧問:1932年
  • 杉本重雄 筑波大学大学院図書館情報メディア研究科教授:不明・1977年に大学卒業
  • 鈴木正俊 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ代表取締役副社長:1951年
  • 高井昌史 株式会社紀伊國屋書店代表取締役社長:1947年
  • 高橋誠 KDDI株式会社取締役執行役員常務 コンシューマ商品統括本部長:1961年
  • 徳田英幸 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科委員長兼環境情報学部教授:1952年
  • 長尾真 国立国会図書館長:1936年
  • 楡周平 作家・社団法人日本推理作家協会常任理事:1957年
  • 野口不二夫 米国法人ソニーエレクトロ二クス上級副社長:不明・1982年ソニー入社
  • 野間省伸 株式会社講談社副社長:1937年
  • 三田誠広 作家・社団法人日本文藝家協会副理事長:1948年
  • 村上憲郎 グーグル株式会社名誉会長:1947年
  • 山口政廣 社団法人日本印刷産業連合会会長・共同印刷株式会社取締役会:1937年

生まれ年から類推するに70歳以上が7人、60-70歳が7人、50-60歳が4人、40-50歳が3人となっている(3人は不明だが50代、60代、70代一人ずつといったところか)。

年齢が高いことが一概に悪いとは言わないが、電子書籍という新しいメディアを論じるに当たってもう少し若い世代の意見を取り入れることはできないのだろうか。50歳以下だと産業再生機構から丸紅社長に就任した小城武彦氏、ヤフーの喜多埜裕明氏、KDDIの高橋誠氏となっている。

ネットの利用に関しては喜多埜氏と高橋氏の二人についてTwitterのアカウントが確認できた(@kitano123@makjob)。あとは三田誠広がかなり古風な個人サイトを運営されている。しかしこれらも例外であり、参加者のテクノロジーの利用は進んでいないと見るべきだろう。。

業種別では、大学4、作家4、出版4、書店3、印刷3、ネット2、メーカー2、通信2、図書館1となっている(これに省庁関係者が加わる)。既存の出版の仕組みから利益を得ていると考えられる作家・出版・書店・印刷が14に対して、電子書籍を推進するであろうネット・メーカー・通信は6しかいない(作家は本来ニュートラルと考えられるが参加者はどなたも既に業界団体の上に立つ立場であるからして、既存の仕組みを支持していると考えるのが妥当だろう)。言うまでもなく経済学関係の人は見当たらない。

「中小の 出版業者の保護を図る狙い」とある割には中小出版業者の代表は少なく、むしろ大手出版社関係者が多い。金原氏が社長をつとめる医学書院が中小出版業と言えるが(訂正:年齢が違っている模様です)、医学書院の出版物の価格を考えると保護を図るという主張は消費者にとって受け入れがたいのではないだろうか

最後に、シャープの安達俊雄氏および丸紅の小城武彦氏は旧通商産業省出身だ。経済産業省が関わる懇親会なのだからこういった情報は公開するのが筋だろう

追記:金原氏の情報が違っているという情報を頂いたので注記しました。

衰退産業が持ち出す文化議論

今日、仲俣暁生さん(@solar1964)が「そもそも出版文化って、文化なんだろうか」と発言されていた。しかし、出版業界の人間でもない私にとって出版が文化かどうか自体にはあまり興味がない。単に「文化」の定義によって決まるだけの話で、出版業に特別な文化的要素があるのなら銀行にも医療にも、当然アカデミアにもある(そして保護したいようなものでもない)。それなりに閉鎖的な業界ならどこでも「文化」と呼びうるものがあるだろう。消費者にとっては重要なのはその「文化」が何を生み出すかであって、「文化」そのものではない。

では何故今になって出版業界は文化について論じ始めたのか。これは業界を保護してもらう口実だ。それも、「出版」ではなく「業界」であることがポイントだ。「出版」を守るためなら出版「業界」を守る必要はない。日本の農業や林業を守るために既存の業界における「文化」を保護する必要がないのと同じだ。だから、農業・林業保護の議論に株式会社導入は表立って出てこない。

文化そのものである著作物の生産やその流通を政府が支援する理由はいくらでもある。最も大きいのは著作物の公共財的性質であり、著作権は(本来期間を限定された)独占権を与えることで著作者にインセンティブを与え、出版に関わる人々はその権利から生じる利益の一部を得る。しかし、今出版業界に起きているのは競争相手の出現だ。そして著作者にとってはダウンストリームで競争が起きることは取り分が増えるという意味で望ましい(出版社がKindleとiPadが競争するといいと思うのと同じだ)。

一産業が自分たちのやっていることは文化だと言い出す時、その業界は回復の見込みがない程に衰退へと向かっている。重要なのはその産業が担っていた機能が社会に提供されているかであって、以前その機能を果たしていた業界が存続しているかではない。既存企業を保護することは技術変化に対応して新しい価値を提供する新規企業を潰すことでもあり、業界が「文化」と言う言葉を使った時は特別に慎重になる必要がある。

タブレットと新聞業界 by Google

Advertising AgeにGoogleでChief EconomistをつとめるHal Varianによるタブレットと出版業界との関係についての発言がまとめられている(今週の水曜日にJ-schoolであった)。

Google Exec Says Newspapers Need to Re-Think Their Models – Advertising Age – Digital

まず新聞業界が直面している問題についてはこう述べている:

The trouble is the audience for news has been declining. Newspaper circulation has been slipping since 1990 and has plummeted in the past five years. Online, only 39% of internet users surveyed by Pew said they spent time online looking for news.

紙の発行数が落ちているにも関わらず、オンラインでニュースを探している人は39%しかいないという。

“The verticals that drive traffic are things like sports, weather and current news, but the money is in things like travel and shopping,” says Mr. Varian. “Pure news is the unique product that newspapers provide, but it is very hard to monetize.”

しかもそのオンラインで人々が読むのはスポーツ・天気予報・最近のニュースなどであって、新聞社にとってお金になる旅行やショッピングではない。そういったものは専門のサイトにいけばいいからだ。紙の流通費用によってさまざまな情報をバンドルして売っていた新聞はその能力を失っている。本当に新聞特有の情報である純粋なニュースは(著作権の保護もなく)利益にするのが非常に難しい

Typically, 53% of newspaper spending goes to traditional printing for distribution — costs eliminated through digital distribution — compared with 35% on what the Google exec called the “core” functions of news gathering, editorial and administration.

これに対抗する一つの方法は支出を減らすことだ。新聞社の支出の53%は印刷や配達などに充てられており、ニュースを作ることには35%程しか使われていないそうだ。よって、オンラインに移る過程で前者の支出をカットしていくことが収益改善につながる。The Huffington Postなどがいい例だろうか。

Google wants to help publishers use web technology to grow, Mr. Varian said. “I think papers could better exploit the data they have. They need better contextual targeting and ad-effectiveness measurement.”

逆に収益を増やす方法としては、Googleらしく情報の活用を上げている。オンラインでの行動は現実世界のそれに比べて情報収集が容易だ。これを利用すればより効果的な広告を打つことができる。個人の情報に基づいたきめ細かな価格差別によって収益率を上げることも可能だろう。

“We know there will be eventual competition from other devices, like the Kindle,” he said, “and of course there’s still the whole web. I don’t think the tablet should be viewed as the be-all and end-all of distribution.”

iPadがiPodのようにプラットフォームを支配して、消費者余剰を吸収してしまうことについてはKindleのような競争相手がいるので大丈夫だとしている。

“Users will likely engage with the tablet during peak leisure hours, and you would imagine that’s very attractive to publishers.”

むしろタブレットの存在はニュースが読まれる時間を増やすことにつながるため、新聞社にとっては魅力的だという。これはまず全体のパイを考えるエコノミスト的な視点だ。

しかし、一つGoogleにとって都合の悪いことが抜けているようにも思われる。確かにiPadがe-bookの市場を独占し余剰を吸収することはありそうにない。しかし、オンライン収益の鍵となる広告の市場はどうだろう。Googleが圧倒的なシェアを握る広告市場において、Googleはオークションの設計を通じて市場支配力を行使できる。もちろん既存のチャンネルよりも効率的なチャンネルを可能にした企業が利益をえるのは正当なことだが、それによって実際にコンテンツを生産している人間の利得が減ることはコンテンツ生産のインセンティブを与える著作権制度の趣旨からすると懸案事項だろう。

Mr. Varian’s list of suggestions doesn’t include pay walls, such as the New York Times’ plan for a metered approach to charging users. “It’s too easy to bypass,” he says.

ちなみにNYTの有料化については、簡単に回避できるという技術的な理由でうまくいかないとしている。