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お得な資格

November 4th, 2009

いつもコメント頂いているWillyさんのブログから:

統計学+ε: 米国留学・研究生活  日本で資格は取るな

もともとはこちらのエントリーへのコメントだ。主な主張は次の一節だ:

しかし、日本人には
「資格取得は効率の悪い差別化である」
という視点が余りにも欠落しているように思う。

あまり資格取得に邁進している知り合いがいないので日本人に一般化できるかどうかわからないが、大量の書籍がでることからすればそうなのだろう。

資格が平均的に見て割に合わないのは当然だ。資格をとる理由は主に二つだろう:

  • シグナリング
  • 独占利潤

前者は、資格をとることによって自分の能力ないし学んだことを信頼できる形で労働市場にアピールすることだ。多くの人にとって一流大学へいくことの経済的メリットはこれだ。企業は一流大学にいくことで学生が何かを学んだとは思っていない(少なくとも生産性が上昇するという意味では)。にも関わらず一流大学の学生を優先して雇用するのは、そういう学生の方が平均的にみて出来がいいからだ。

ではなぜそれが分かっているのに、みんな入ろうとしないのか。それは学習能力の低い学生にとって受験でいい成績を残すのが極端に難しいからだ。仮にそうでないとしたらより多くの人間が競争に参入し割に合わなくなるまで難易度は上がる。そしてまさにこれが大学がシグナリングとして有効な理由である。成績が非常にいいのは元々頭がよいか類稀なる努力ができるかどちらか(ないし両方)だ。

後者は、資格が一定の独占業務に結びついている場合に当てはまる。一定の業務につける人間の数が限られているということは、供給曲線が一定の場所で垂直に上がっているということだ。そのため、超過利得が発生する。よく挙げられるのはニューヨークのタクシー免許(メダリオン)だ。数が限られているため、タクシーの料金が上がるためもし保有していれば大きな利益がでる。ただこちらもうまい話はない利益が見込める以上、免許の価格がそれに釣り合うまで上昇する

両者の境界ははっきりしない。例えば弁護士資格を持っていれば頭もあって努力もできると推定されるし、独占業務もあるため独占利潤も発生する。大学であっても極めて入学が困難な場合、ある特定の仕事がそこの卒業生に限定されてしまうことはある。ただはっきりしているのはどちらであれ美味しい話なんてないということだ。広い意味での「資格」が「お得」である可能性は三つしかない。

  1. ある「資格」の取得が他の人に比べて非常に楽である(取得のための直接コストが低い)
  2. 他に出来ることがない(取得のための機会費用が低い)
  3. 他のひとが「資格」の価値に気づいていない(裁定取引)

誰にでもわかりやすい大学受験を使って説明しよう。1はもともと出来がいい場合だ。簡単に入れるなら入らない理由はない。これは「資格」以前に持っている能力という限られた投入要素からのリターンに過ぎない。2は、他に取り柄がない場合だ。逆の例を使えば、サッカーで食っていこうとしている人に大学は必要ない。より効率的な資源の使い道がある。例え、それほど勉強が得意でなくとも、他に使い道がなければ勉強するのは最善の選択肢だ。3はある大学ないしある専攻が将来価値を大きく増すと知っている場合だ。例えば数学オリンピックはこれに当たるかもしれない。数学オリンピックの金賞(これは上位1/12に与えられる賞のこと)はアカデミックな文脈では非常に役に立つ。しかし殆どの高校生はそのことを知らないように思う。このケースは限られた投入要素が「情報」だと解釈できる。一般に知られているような資格はどれも当てはまらない。これはWillyさんの挙げている次の三つに該当する。

・自分の情報のアドバンテージを認識すること
・自分の情報のアドバンテージを活用すること
・他人の努力していないところでこそ努力をすること

重要なことは1,2,3の全てを活用する事だ。情報面でのアドバンテージは単に探しているだけでは見つからない。何故なら、誰でも手に入るような情報ではアドバンテージにならないからだ。例えば、IT技術の利用法をよく知っていてもIT業界では普通のことだ。しかし同じ人間が一定のコミュニティにいけばその知識はアドバンテージになる。そしてアドバンテージが築けるようなコミュニティはしばしば「資格」で閉じられている。100年前の社会ではこれは明白だっただろう。上流階級の子弟はまさに上流階級というコミュニティにいることでアドバンテージを得た。そうでない人間は商売なり、勉強なりでそこに上がることを目指す。

子供がいたとしたら次のようなアドバイスをするだろう。まず、生まれつきの能力(1,2)を生かして普通はなかなか入れないコミュニティに入り、その中で情報的優位を築き(3)、こんどはその集団の中での相対的優位(1,2)を生かす(以下繰り返し)。自分からみて成功している人間はどれもこのサイクルに乗っている(追記:最初から人の入れないコミュニティにいる場合は最初のステップは既にクリアしている)。

この当たり前のサイクルがよく認識されていないのは教育システムの影響だろう。教育過程において、勉強すればよい人生が送れるといった間違ってはいないが正しくもない説法を聞かされ続けるのが一因のように思う。歴史的にみれば、頭のよい人間が社会の上に立てたのはごく最近だけの話だ。石器時代なら肉体的な強度が最重要だった。古代なら軍事能力、中世なら支配者に気に入られる能力といった風にだ。現代に入り頭のよい人間の価値は高まった。しかしこれも技術の発展によるものだ。そしてこの流れは逆に向かっているように思う。情報処理能力の発展は単純な頭のよさの希少価値を下げる。今のうちに特殊なコミュニティにおける人脈を築き、その中での相対的優位を確保することが重要だろう。

P.S. こう考えると自分の人生はあまり効率的ではないね。まあ、あまりにも一つのことに適性が集中してると市場の力に人生支配されちゃうけどね。

頭脳流出はあるのか

October 27th, 2009

国際的な頭脳流出についてForeign Policyから:

Think Again: Brain Drain | Foreign Policy

頭脳流出(brain drain)とは、技能・知識を持った個人が国外に流出する現象を言い、キャピタルフライトに大してヒューマンキャピタルフライトとも呼ばれる。この記事ではその「頭脳流出」が問題だという意見に反論を行っている。まず「頭脳流出」が開発途上国からの不当な奪取(stealing)ではないという三つの主張からみてみよう。

First, it requires us to assume that developing countries possess a finite stock of skilled workers, a stock depleted by one for every departure.

熟練労働者が海外に移住しても、新しい熟練労働者が供給されることが挙げられている。例として挙げられているフィリピンでは看護師の海外移住が有名だが、フィリピン国内の看護師数が少なくなったわけではないそうだ。逆に海外への移住が可能な職業になろうとする人が増えるらしい。

これが頭脳流出が不当な奪取でないことを意味するか。何が不当かによるが、新しい労働者が供給されることは問題がないことを意味しない。もしその供給のために社会の資源が利用されているかもしれないし、他の産業から優秀な人材が特定の職業に集中してしまうかもしれない。

また頭脳流出の頭脳(brain)と熟練労働者(skilled worker)との違いも無視できない。問題が誰でも習得可能なスキルなのか、生まれつきの能力なのかは大きな違いだ。

Second, believing that skilled emigration amounts to theft from the poor requires us to assume that skilled workers themselves are not poor.

熟練労働者の移住が窃盗(theft)であるためには、移住する労働者が貧しくない必要があると主張されている。これはかなり意味不明だ。貧しいが非常に能力の高い人を先進国に強制移住させる場合は窃盗には当たらないのだろうか。

Third, believing that a person’s choice to emigrate constitutes “stealing” requires problematic assumptions about that person’s rights.

最後の根拠は、そもそも政府が国民の移動を制限する人権上の問題だ。これはその通りだろう。人々が移動する権利を持っているなら、そのことを不当な奪取と考えるのは難しい。

頭脳流出(brain drain)と不当な奪取(stealing)がきちんと定義されていないため、以上の前者が後者に当たらないという議論は成功しているとは言い難い。そもそもそのような中途半端な倫理的な議論は省いて本題に入るべきだ。それは、熟練労働者の海外移住が移住元の国にとっても移住先の国にとっても有益だという主張だ。関連する二つの社会にとってプラスであり、労働者自身にとってもプラス(でなければ自発的に移動しない)であるなら、そのような移住が道徳的な問題を持つとは考えられない。別の言い方をすれば、海外移住を認めることはパレート改善である。社会のなかで損をする人はいるだろうが、それは再分配の問題だ。

いくつかの誤った認識が指摘されている:

  • 移住してしまう労働者の教育費用が無駄になる
  • 移住した人は戻ってこない
  • 医者が移住することでアフリカの人が死んでいる
  • 熟練労働者が貿易・投資のつながりを作る

何故それらが誤っているとされるかについては本文を参照してほしい。

個人的には「頭脳流出」という現象は実際に存在すると考えている。特に、スキルを持った労働者というよりは極めて優秀な人材の流出は深刻だ。絶対数が少なく、統計だけを見ているとは分かりにくいだろうが社会に対する影響は広範に渡る。新しい技術を開発したり、企業を起こしたりする人々である。

これはアメリカの教育制度をみるとよく分かる。アメリカの教育は控えめに言ってもかなりお粗末だ。周辺の地価が高くよいとされる学校であっても教科書は人数分ないのが当たり前だ。大学生の平均的基礎学力も低い。中学高校での教育内容が薄いためだ。またちょっと出来のよい学生が給与水準の高い金融・コンサルティングなどに集中する。

その中で研究などを引き受けているの外国人だ。高校まではお粗末な学校制度も、大学レベルで一気にレベルがあがる。この傾向は大学院になるとさらに顕著で、世界のトップとされる大学のほとんどはアメリカにある。学生の多くは外国人であり、アメリカ人のも親が移住してきたなどということが多い。

もし、能力の高い人間が社会にとって重要である(になった)のであればこの影響は甚大だ。海外からの移住がないとすればどうなるか考えてみよう。国内で教育を行って優秀な人材を生産する必要がある。教育に携わったことがあればすぐにわかるだろうが、これは非常に困難だ。勉強で言えば、できる学生はできるのであって、どう教え方が大きな影響を及ぼすことは例外的だ。トップ1%の人間を作り出すよりも、他の国から持って来てしまったほうが遥かに効率がよい。私はアメリカが技術進歩・経済発展を続けている最大の理由はここにあると考えている。

では「頭脳流出」が存在するとしてどう対処すべきか。特に有効な対策はない。優秀な人材を引き寄せようとする国が多ければ、よほどの人権侵害を行わない限りその動きを止めることはできない。例えば、イギリス・カナダなどではビザ・永住権の申請は点数方式だ。年齢・語学能力・学歴・収入・資産などに応じて点数がつき一定レベルを越えれば受給要件を満たす(一般的認識と異なり、アメリカの移民政策は緩くない)。例えばイギリスの労働者ビザは75点を要求しているが、Ph.D.を保有しているだけで50点になる。これに給与26,000ポンド(日本円で400万円以下だ)あれば25点追加でクリアだ。年齢が低かったり、低所得国の出身であればさらに簡単にポイントが集まる。

これは日本にとっては非常に頭の痛い問題だろう。日本社会で普通に生活するためには日本語の習得が必要だが、これは外国人にとっては難しい。実際どんだけ予算をばらまいても優秀な外国人が日本の大学を占拠しているなどという状況は想像もできない。優秀な人材が海外に移住してしまう可能性を認めた上で、それを以下に日本の利益にするかを考えるほうが効率的だろう。具体的な方法については日を改めて考えたい。

移民と送金規模

October 26th, 2009

国際的な移民と送金の規模についてわかりやすいビデオがThe Economistにあがっている:

主な情報は次の通りだ:

  • 地域間の移動より地域内での移動が多い
  • 送金は高所得の国から中所得の国へのものが多い
  • 移住のコストは大きく、経済の発展に伴い移民が増える
  • 低所得の国から移民と自国へ送金は小規模に留まっている

アメリカの機会の平等

October 20th, 2009

昨日、相対貧困率の問題について触れたが、アメリカにおける所得階層間の移動について:

National Journal Magazine – Is The American Dream A Myth? via Economist’s View

アメリカでは機会の平等さえあれば結果の平等は気にしなくてよい、ないし無視すべきだという主張が支配的だ。しかし、実際に所得階層を移動する人は少ないことが指摘されてきた。

A study of attitudes in 27 countries found that Americans, more than people elsewhere, tend to believe that intelligence, skill, and effort will be rewarded with success.

アメリカ人が、能力・技術・努力で成功をつかめると思っていることにはかわりないようだが、

Though we venerate the American Dream, studies show that children born to low-income parents in the United States are more likely to remain trapped near the bottom than their counterparts in Europe, the authors report.

実際に親の所得階層と異なる階層に移動する人の数は限定的で、貧しい家庭に生まれた子供が貧困層に止まる可能性はヨーロッパよりも高い。

These are deeply unhealthy, even destabilizing, patterns. If advanced education is the key to economic success, it’s dangerous to reserve it primarily for those who start out on top.

ここでは教育費用が問題となっている。大学卒業の賃金プレミアムは非常に高い水準になっており、これは当然といえる。

Although affordability remains a challenge, they say that enough financial aid is available for needy students that money is not the principal obstacle.

著者は大学による価格差別によりこの問題はそれなりに対処されていると考えている。

個人的にはこの問題は情報化社会の進展よりむしろ深刻になっていくように思う。大学教育を必要とする職業の数は減少しており、ネットワーキングの場としての側面が重要になりつつあるためだ。ネットワーキングは生まれ育った環境は両親のネットワークによる部分が非常に大きく、貧困層で育った子供が大学に入って突然社交的になることはほとんどない。むしろ在学中もアルバイトに励み周りに馴染めない傾向が強いだろう。

ファイナンスとホールドアップ

October 16th, 2009

ファイナンス業界の給与の問題を今話題の組織の経済学から説明している記事があった:

The Goldman Bonuses: I’m Shocked, Shocked – Conversation Starter – HarvardBusiness.org

They are looking at the size of the potential bonuses and, in the wake of the $10 billion of bailout money Goldman received in the darkest hours of the financial crisis, asking, “How could they?”

問題となっているのはゴールドマンサックスのボーナスだ。金融安定化のために政府から支援を受けながら多額のボーナスを支払うことの是非が議論されている。しかし、是非以前にどうしてそんなことが可能なのか。これは企業の所有形態から説明できる。

The natural form of business organization for a professional service firm, such as an investment bank, law firm, consulting firm or ad agency, is a partnership rather than a public company.

投資銀行を始めプロフェッショナルサービスを提供する組織の多くはパートナーシップを採用している。これには理由がある。

The key supplied input in a professional services firm is a group of talented professionals and their supplier power is immense. They have the power to extract a disproportionate amount of the profitability out of the enterprise by pushing up their own compensation.

そのような業界では業務に必要な最も限られた資源が人間である。ローファームなら弁護士でコンサルティングならコンサルタントだ。他の投入要素は限定的で代替の効くものだ。そのため、企業が労働者から多額の報酬を要求されることが当然予想される。

The way to do that is structure the enterprise as a partnership.

その一番の対策が労働者に所有権を移すことだ。会社自体を労働者が保有していれば、会社と労働者との間の利害対立は自動的に消滅する。これは自動車会社と部品製造会社の関係と同じだ。特殊な部品を製造している会社は自動車会社に多額の補償を要求できる。これに対して自動車会社はそのような重要な部品は自社生産でまかなうことをまず考える。

さらに、プロフェッショナルサービスの場合、プロフェッショナルの数は限られていて利害も一致しやすいため集団意思決定における費用も比較的小さいことが予想される。パートナーシップは非常に適切な所有形態と言える。

しかしゴールドマンに関して言えばそのような所有形態は成り立っていない。140年間の歴史のうち130年間は成り立っていた。しかし十年前に株式市場への上場を果たすことでゴールドマンの法的な所有者は株主となった。そして今、政府の支援も加わり、ついに通常の商業銀行へと転換した。この流れは上の議論とは整合しない。Roger Martinはそれを次のように説明している:

But in due course, these partnerships recognized that if they could convince naïve external capital to give them more resources, they would have a brand new pool of capital from which to extract value.

もし実質的な経営をパートナーの間で続けると同時に外部のナイーブな投資家から資金を集められればより多くの利益を上げられるということだ。この流れを止めるには投資家がインセンティブ構造を見極めて投資を行う必要がある。

Even Goldman saw its share price fall to $52 in November 2008, in the middle of the Lehman Brothers/Bear Stearns crisis, a dollar less than its $53/share IPO price in May 1999. It wasn’t much of a return for shareholders over ten years, though the Goldman bankers during that period earned wonderful compensation. But thankfully for those Goldman bankers, the taxpayers stepped in and stabilized the financial markets with a huge infusion of their current and future tax dollars and Goldman shares traded above $190/share within a year. Life is good again and it is time for the bonuses to flow, as they always have.

上場以来10年、株主へリターンは高くなかったがパートナーは多額の利益を挙げた。今回政府が支援を行ったことで株価は上昇し株主も利益をあげ、その結果パートナーはさらに多くのボーナスを手にしている。

この構造は外部から資本を注入する人がいる限り変わらない。自動車部品でいえば、自動車工場が多額のプレミアムを払いつづけてくれる限り何も問題はない。しかも今回融資しているのは政府であり、いくら払いすぎても競合企業がいるわけでもない。投資銀行は他人の資本でギャンブルが打てるようになっただけではなくそこで挙げた利益の多くを手にする事ができる。