Appleのプライシング

Appleの巧みな価格付けを解説した記事。

How Apple plays the pricing game

一つの戦略は囮価格(price decoy)だ。本当に買わせたいものと、それより劣った製品・サービスを同じような値段で提示することで前者が魅力的に映る。

[…] Apple has started to build smaller, 7-inch versions of its iPad tablet, […] If you wonder why in the world Apple would add yet another potentially cannibalizing product to its lineup of iPods, iPod Touches, iPads, laptops and computers, realize that this gadget is likely a decoy.

その例として登場が取り沙汰されている7インチサイズのiPadが挙げられている。Appleの製品ポートフォーリオを見ると、iPad, iPhone, iPod Touchなど非常に似たような機能を持つデバイスが多く、これ以上それを増やすのはどうしてだろうと首を傾げるところもある。しかし、Apple自身も7インチサイズを大量に捌くとは考えておらず、あくまで上位製品の引き立て役と見ている可能性はある。

次に挙げられているのが参照価格(reference price)だ。こちらは高価格なイメージを最初に刷り込むことでお買い得感を出す作戦だ。

Apple has played this game with itself by launching products such as the iPhone at artificially high reference prices – the iPhone cost $599 when it first hit the streets – and then rapidly lowering that price. Today, a $199 iPhone seems like a steal;

例としてiPhoneお価格を$599からスタートし、下げていったことが挙げられている。これはすぐに手に入れたい熱心なファンからより多くの収益を上げるための価格差別とも理解できる。

逆に参照すべき価格自体を隠すという方法も実践している。ユニークな製品を作ることは製品自体の価値を高めると同時に、その製品の価格が妥当なのか判断するのを難しくする。

Is the new $99 Apple TV box a good deal? Who knows? It looks like nothing else on the planet.

例えば$99のApple TVが安いのか高いのかはよく分からない。マッチする比較対象がないためだ。

最後はバンドリングによって本当の価格を隠すやり方だ。これはどこの業界でもよく見られるもので、携帯に販売奨励金を出して実際には通話料で儲けるというようなものだ。

That sexy new Apple TV thing doesn’t store anything, so you’ll pay to play.

Appleはここでもうまくやっていて、例えば新しいApple TVはセットボックスではあるがコンテンツを保存しない。よって実際に利用すると多くのコンテンツを買うことになり実際の対価は$99とはならない。

元記事のコメント欄はAppleネタということで若干炎上気味だが、コモディティ化が早い業界でどうやって利益を出すかというケースとしておもしろい。

新成長戦略?

産業政策は未だに根強い支持を集めているようだ。

政府が国内産業をリードしていく それが成長のポイントだ/経済産業省の近藤洋介政務官に聞く

今回の新成長戦略が、以前のものとは違う点をひとつだけ挙げて下さい。

具体的な数値目標を出したという点です。

新成長戦略が以前の成長戦略と違うのは具体的数値目標があることだという。しかし、例えば第五世代コンピュータ達成すべき数値目標があったら成功したのだろうか「当初の目標を達成した」と主張することはできなくなるが、うまくいかない事自体は変わらないだろう。日の丸検索エンジンでも同じことだ。

そもそも産業政策が支持されなくなったのは、過去の事例を事後的に評価した結果としてその有効性が否定されたからだ。数値目標があるだけで結果が変わるというモデルでもあるのだろうか。

産業政策(特定産業分野へ予算を重点配分する等)については、そもそも「時代遅れ」「不要だ」との指摘もあります。政府は、教育分野での人材育成や規制緩和に力を注ぐべきだ、という主張です。

むしろ、そうした批判の方が時代遅れだと思います。政府は産業政策に関与せず、規制緩和だけを進めていれば後は自由市場がうまくやってくれる、というのは小泉政権時代の発想です。それは結果として失敗し、今の日本の厳しい状況があるわけです。

だから、産業政策が支持されなくなったのは過去の事例の分析によるものであって、「時代遅れ」とか「小泉政権時代の発想」とかではない。自由市場はうまくいくかいかないかというのは間違った切り口で、単にうまくいく場合とうまく行かない場合があり、データからすると産業政策はうまく行かないということだ(小泉政権下の規制緩和が失敗したとも思わないが)。

局面によっては政府が産業をリードしていく、という姿勢の方が、力がある企業が集まる国々の間ではスタンダードになっています。

例えば韓国では、サムスン電子が凄まじい高収益を上げるなどしています。為替の影響もありますが、背景としては1997年のアジア通貨危機を機に政府主導で分野ごとに企業を集約した、ということがあります。こうした政府関与の結果、サムスン電子などが強くなり韓国経済を引っ張っています。アメリカでも、オバマ政権がグリーン・ニューディール政策で環境・エネルギー分野での産業政策を進めています。また、フランス政府は原発などの海外商談で企業と力を合わせています。

これは単なる印象論と権威主義だろう。サムスン電子が凄まじい高収益を上げるのは、市場を人為的に独占させたのだから当然だ。例えば電話市場を再びNTTだけにすればNTTの収益は爆発的に上がるが、それが日本経済を引っ張るだろうか。引っ張るとしたら方向は下だ。オバマ政権のグリーン・ニューディール政策を産業政策と考えるのは難しい(「ニューディール」という名前から明らかだろう)し、フランス政府が民間企業に口を出すのは昔からだ(そしてそれがフランス経済にネットで貢献しているという話は聞かない)。

結局のところ、どうして終身雇用で安定した給与を貰う公務員が、身銭を切る民間の企業・投資家よりも将来の産業の行末をうまく予想できるのかという問題に答えない限り、産業政策が支持を集めることはないだろう(市場の失敗が明白な場合を除く)。

ギャングは犯罪を減らす

日本では指定暴力団という不思議な制度があって説明が難しい。これに関連するエントリー:

Russell S. Sobel, More Gangs, Less Crime

The implication would seem clear: to reduce crime, just break up gangs.

一般にギャングは暴力・犯罪の象徴とみなされ、犯罪を減らすためにはギャングを叩けばいいと考えられがちだ。しかし、なぜギャングが発生するのかを考えるとそう単純な話ではない。

Our analysis suggests not that gangs cause violence, but that violence causes gangs. In other words, gangs form in response to government’s failure to protect youths against violence.

ギャングを一種の政府・自警団と考えると、ギャングが犯罪を引き起こすというよりも、犯罪が多く警察力の低い地域でギャングが自然発生すると考えるのが自然だ。ギャングは集団報復をちらつかせることでメンバーを守る。治安のよい地域ではこんな機能は必要ない。

In other words, individuals form gangs for the same reason that national governments form mutual defense alliances such as NATO.

これはNATOのような軍事同盟が存在するのと同じ理由だ。世界政府が存在しない以上国が自分を守るには自分が桁外れに強くない限り徒党を組むしかない。

A clear example of our logic is the case of gangs in the prison system.

刑務所の中でギャングが発生するのも同じ理屈だ。(少なくともアメリカの)刑務所で受刑者が他の受刑者に暴行を加えられても処罰されることはなく、自分の身を守るためには強い集団に加わるしかない。

While gangs, like governments, do use force to retaliate against aggression and to enforce rules, the net effect of both is to reduce the level of violence relative to what would exist without them.

もちろんギャングは暴力による報復を行うことで安全を確保する。しかし、それはあくまで脅しであって報復が日常化することはあまりない。結果として暴力は減少する。だからこそ、ギャング同士の抗争が発生すると目立つともいえる。

why the data on gang membership do not show an abrupt drop at age 18.

これはギャングの構成員が18を過ぎても減らないという謎も解明するという。ギャングが単に犯罪を生業とする集団であるなら刑罰の緩い未成年を積極的に雇用するはずだ。しかし現実にはそうではない。

ギャングを一種の自警団と捉えるとうまく説明できる。ギャングに入るか否かが犯罪のターゲットになるかどうかで決まるとすれば、17歳と18歳の間に大きな差はないからだ。

upward spikes in the crime rate were followed by subsequent increases in gang membership, but not vice versa.

時系列を追っても、犯罪が増えてからギャングが増えるのであって、その逆ではないそうだ。

こう考えると暴力団というものが一定の規制のもとでいわば放置されているのも理にかなっているように思える。暴力団が存在するのは犯罪が多いからで、暴力団それ自体を叩く努力をするよりも先に全般的な治安の上昇を進める方が先となるからだ。それが現代の日本の状況にも適しているかは分からないが。

プライオリティ・インボックス

IDをめぐる争い」ではFacebookが電話を駆逐するという記事を取り上げた。今回はGoogleの取り組みを見てみる。

Gmailが電話に進化 – Googleが米国で「Call phone」開始 | ネット | マイコミジャーナル

電話の弱点としてあげられていたものの一つはノイズだ。

制御不能 誰でもその10桁をダイヤルできる。別れた彼女も、選挙運動員も、押し売りも。番号非掲載、ナンバーディスプレー、着信拒否リスト等々でこの問題を解決しようとしたが、いずれの方法も望まれない電話を防いでくれない。

電話番号さえ分かればコールできるのでコミュニケーション手段として効率が悪いのに対して、Facebookならポリシーを使ってコントロールできるというわけだ。同じ問題はメールにも当てはまる。スパムの判定は正確になってきたものの、膨大なメール処理に終われている人が多いだろう。Googleのこの問題に対する答えがPriority Inboxだ。

Gmail Priority Inbox Sorts Your Email For You. And It’s Fantastic

Priority Boxは入ってきたメールを過去の情報に基づき分類する。今まではスパムかそうでないかだけを区別していたのに対して、今度は重要性まで判定する。これによってまず処理すべきメールに優先的に対応することができる。スパムフィルター同様「鍛える」ことができるので重要性判定の精度も徐々に上昇するだろう。Facebookが交友関係をベースにメッセージを区別するのに対し、過去のメールやユーザーの行動をもとにアルゴリズムでメッセージを分別するのはいかにもGoogleらしい

Googleの本当の目的はGMailをさらに便利にすることには留まらないはずだ。Priority Inboxが便利であれば、ユーザーはその精度を高めるためにより多くの情報を登録し、アドレス帳にはソーシャルな情報が集まってくる。最近、GoogleがGMailのアドレス帳機能を強化してることとも整合的だ。BuzzではGMailにソーシャルな機能を後付しようしたが、今回はGMailそのものをソーシャルな方向に進ませているように見える。Facebookの登録にもメールアドレスが必要なようにIDとしてのメールアドレスの地位は電話並に強固だ。今後の展開が興味深い。


うまくいかないフリーミアム

無料版を公開しても上手くいかない実例の紹介。

fladdict » 無料版10日で20万ダウンロード、広告料$200

勢いきってリリースした TIltShift Generator for free, 10日で20万ダウンロードを突破しました。ところが問題は、その勢いにみあわない広告費。20万本ダウンロードされて、広告料はたったの$200でございます。

とあるiPhoneアプリの無料広告版を公開したところ爆発的にダウンロードされたものの、それに見合う広告費が得られなかったとのこと。

本来20万本販売していれば、1600万円分の売り上げだったわけですが、1598万円ちかい機会損失という結末に。ついでに有料版のランキングも22位から40位以下に大幅ダウンとあいなりました。

有料版に比べて収益は微々たるもので、しかも有料版の売上すら奪ってしまったようだ。

また気になったのは、カメラアプリのインプレッション効率の悪さですね。遷移毎に広告を表示できるRSSやTwitter、ゲーム系と違い、写真編集は1回の起動にたいするインプレッション効率が悪い。これがダイレクトに響いている印象です。

この無料版自体が収益に貢献しない理由はこの通りだろう。写真編集は一日中使うソフトではないので広告収入に結びつかない

では、無料版が儲からないばかりか有料版の売上が落ちたのは何故か。フリーミアムの落とし穴でフリーミアムがうまくいく条件を挙げた。

  1. ユーザー数が増えることで製品の魅力が上がり(外部性)、有料アカウントにより多くチャージできる
  2. 製品の価値が分かっていない製品を使ってもらう
  3. 無料であることで製品が口コミで広まる

まず基本となる外部性だが、このアプリが画像にエフェクトを加えるものだ。同じエフェクトを使うひとが世の中に多く存在するというのはユーザーにとって好ましいことではない。だから無料版が大量にダウンロードされると、有料版のユーザーは逆に減ってしまう。しかも有料版と無料版の差は広告の表示だけで、そもそも無料版と有料版とで有効な差別化ができていない

またこの製品の価値を分かってもらうにしても、無料版を公開する必要性がない。既に公開されているAdobe Air版で十分だ。

無料での口コミ効果もほとんどない。に有名なアプリであるようだし、iPhoneアプリが無料というのは全く珍しくない

フリーミアムもプライシングの一種であり、需要のあり方=ユーザーの行動をよく読んだ上で設定する必要がある。なんとなくフリー版も提供してみたではうまくいかないのはしょうがないことだろう。

結論としてはフリーミアムの落とし穴で述べた通りで、フリーミアムがうまくいくかは個別ケース毎に考える必要がある。