超ヤバい経済学

Superfreakonomics」の邦訳「超ヤバい経済学」が出版されるということで再度(Amazon Associateのテストを兼ねて)再度ご紹介。正直、この邦題はどうにかならないのかとも思うが、続き物なのでしょうがないのだろう(カタカナでいいと思う)。

超ヤバい経済学
超ヤバい経済学

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スティーヴン・D・レヴィット スティーヴン・J・ダブナー
東洋経済新報社
売り上げランキング: 2434

原書に対する海外での評価については「SuperFreakonomicsまとめ」で取り上げた。その時の主な意見は次のようなものだ:

  • 前作の「ヤバい経済学」と比べると、レヴィット個人が関わった研究を越えて様々な話題を取り扱っている。
  • その一方で個々の記事の質には疑問を持つ専門家が多い。
  • 取り上げられている話題は社会的にも重要なものが多い
  • 面白さを優先するあまり奇抜さを狙い過ぎている。

奇抜さを狙う(逆張りをする)人のことをコントラリアン(Contrarian)と言うが、この手の経済学啓蒙書の多くは常識に反する現象を経済学を使って説明するという構成を取る(簡単なところで最低賃金をあげると仕事が減る)のでそれ自体は珍しくない。前作「ヤバい経済学」が出版されたときには同じような本が少なかったこともあり大ベストセラーになったが、現在では同種の本はいくつもあり、この本でなければいけないということもないだろう。

とはいえ、売春市場に関する章など、かなり面白い部分もあるのでもっとこういう経済の本を読みたいという人にはおすすめできる。また、英語が比較的平易なので原書を英語の勉強に使うのも悪くない。統計に興味のある人は、本書に関する統計屋さんのツッコミリスト(※)あるので、読みながら説得力のない場所を探してどうして説得力がないのかを考えてみるのもいいトレーニングになりそうだ。

※このポストを書いたKaiser Fungの「Numbers Rule Your World: The Hidden Influence of Probabilities and Statistics on Everything You Do」も面白かったのでそのうち紹介したいけど邦訳はないのかな。

年金は経済問題じゃない

年金・社会保障の負担が大きな話題になっているが、それは経済問題なのだろうか。

Overcoming Bias : Old Are Lazy, But Fit

Scienceからの表で各国の高齢化の様子を三つの指標で表している。一番左側は65歳以上、すなわち高齢者が15-64歳の生産年齢人口に対してどれくらいいるのかを示している。小学校なんかでも習う、大人一人あたりが担う高齢者の数だ(しばしば逆数をとって、高齢者一人あたりを何人で支えるか、という形で紹介される数字だ)。

グラフにしてみるとこんな感じだ。高齢化が進んでいく様子がよくわかる。日本は既にここに登場する国の中では最も高齢者が多く、今後も伸び続けると予測されている。2045-2050年には15-64歳一人につき0.8人近くの高齢者がいる計算だ。高齢化が問題だと言われるのはこのせいだろう。

何故65歳以上を高齢者と呼ぶのだろう。統計上はそう定義されているし、年金の受給や定年も65歳を目安に設定されている。しかし、寿命が伸びているのだから65歳以上の割合が伸びるのは当たり前だ。では65歳以上ではなく、期待余命15年以下の人を高齢者と考えるとどうだろう。それが上のグラフだ(表の真ん中)。こうすると「高齢者」の割合は長期的に見ても2,3割で落ち着く。つまり、引退し年金で生活するのを(平均)最後の十五年とすれば、その負担が爆発することはない。

余命があっても健康でなければ働けないし、他人の助けが必要だ。そう考えると余命ベースで考えるのは恣意的だし、そもそも高齢だけを社会からサポートを受ける条件とする必要はない。年齢とは関係なく、(年齢によるものも当然に含まれる)障害を持つ人の割合を見てみるとどうだろう。それが上のグラフだ(表の右)。割合は一割前後で半世紀ほとんど変動しないと予測されているのが分かる。平均年齢が上がるため緩やかな上昇傾向にあるものの、上の二つグラフに比べると驚くほど安定している。

There is no basic economic problem; we have plenty of capable workers. We instead have a political problem – old folks feeling entitled to more leisure at the expense of their juniors.

ここから見えるのは、高齢化・年金問題が基本的に経済の問題ではないということだ。働ける人はたくさんいて、助けが必要な人の割合はあまり変わっていない。歳を取って働けない人を養うことは難しいことではないはずだ。では何故それが社会問題になるのか。それは65歳を過ぎたら働かずに年金=若い世代の稼ぎで暮らすのが当然という人が大勢いるためだ。しかしこの状況を打破するのが極めて困難であることは一番最初のグラフを見れば明らかだろう。

食べログの収益化

飲食店のレビューサイトである食べログがiPhone用アプリの課金を始めたそうだが評判はあまり良くない。

カカクコム、初の利用者向け有料サービス 「食べログ」で

検索した飲食店を、評価点数やアクセス数などで自由に並べ替えられる機能を加える。料金は月額315円。

まあ、iPhoneユーザーはブラウザでもアクセスできるし、アプリにだけ課金してもあまり害はない。しかし、こういったサービスはいかに利用者を増やすかが鍵だ。しかも、iPhoneから専用アプリを使ってまでアクセスしたいユーザーはレビューを書くようなコアユーザーである可能性が高くそこに課金するのは賢明とは思えない(アプリを使ってレビューしたら料金免除というのもありだが)。

逆にこういったユーザー層をいかに優遇するかがポイントだ。例えば同種のサービスをアメリカで展開するYelpはYelp Elite Eventというものを開催している。これは一定の条件を満たす貢献度の高いユーザーをエリートと認定し、お得な(しばしば無料の)イベントに招待するというプログラムだ。これにより、開催地となった飲食店では大きなPRが行えると同時にたくさんのレビューがYelpに追加される。コアユーザーの満足度も上がるし、エリートになろうとさらにレビューを書くユーザーもいるだろう。同時に参加者同士の交流の場ともなる。もともとレビュワー同士のつながりがレビューを投稿する理由の一つであり、直接コアなユーザー同士をマッチさせるのはいい戦略だ。

ではどこに課金すべきか。食べログの飲食店向けのページに現在の課金メニューが載っている。

  1. お店ページの強化
  2. 広告スペース
  3. 検索順位優先
  4. 特集
  5. 食べログチケット(グルーポン式)

どれも非常に妥当な課金方法だろう。さらに付け加えるとすれば、次のようなものが考えられる。

  • 客のコメントにリプライを付ける回数に課金
  • お店ページのページで競合店をサジェストしない
  • 競合店のページへのアクセス状況を含めたより広範な解析情報の提供

またグルーポン式のマネタイゼーションに関してはレビューサイトならではのやり方も可能だろう。

  • クーポンの販売対象を一定以上の貢献者(やその紹介)に限る:他の消費者の行動に大きな影響力を持つユーザーに限ることでお店にとってより有効なPRになる。食べログにとってもレビューの投稿を促す仕組みになる。
  • 割引ではなく、特別メニューを提供する:例えば、全メニューを摘み食いできるような特別コースを用意する。これによってレビューの数を効果的に増やせる。それなりの価格でも参加希望者は集まるだろうから客単価も下がりにくい。食べログはその日の利益を貰うないし折半すればよい。

レビューサイトのように二種類(以上)の顧客が存在するマーケットではどちらにどのように課金するかが重要だ。

デンマークの雇用

反貧困を掲げ内閣府参与にまでなった湯浅誠氏に関する記事が興味深い。

湯浅誠氏のとまどい: EU労働法政策雑記帳

興味深いのは、湯浅氏が北欧は福祉国家だから人を働かせようなんてする国じゃないというイメージを持っていて、それが行ってみたらそうじゃなかったと、いささかとまどっているらしいところです。

>イギリスでもデンマークでも、訪問する先々で、私は「とにかく仕事」というメッセージを受け取り続けた。イギリスではすべての中高生の在籍データを行政機関が共有し、学校に来なくなった子どもなどの情報を地域の若者担当部局に提供、ソーシャルワーカーの家庭訪問やユースワーカーの本人対応に結びつけていた。失業者は、日本のハローワークに当たるジョブセンタープラスでの定期的面接を義務づけられており、若年者は一般失業者に比べてより厳しいプログラムへの参加を求められていた。

ヨーロッパで就業支援に大きな資源が割かれていることに驚いたようだ。

もし、働けるのに働かなくても福祉でぬくぬく、という福祉国家のイメージを追い求めていたのだとすれば、それはやはり見当はずれだったといわざるを得ないのでしょう。

このような指摘がなされるのは当然だろう。セーフティネットが整備されているのに就業支援に力を入れなければ単に働かないことを選ぶ人が増えてしまう。これを読んで思い出したのが次のNYTの記事だ。

Why Denmark Is Shrinking Its Social Safety Net

デンマークで失業者が職を得るまでの期間を表したグラフだ。緑色の線は失業給付が四年間であった2005-2007の推移を示し、赤い線は五年間であった1998年を示している。失業して2,3ヶ月の内に就職する人が多い一方で、給付打ち切り直前に就業率が跳ね上がるのが分かる。

“It shows that people are not seeking all the jobs they could get, but just the jobs they would like to have,” said Steen Bocian, chief economist at Danske Bank.

ここから、失業給付があるために本当なら仕事に就くことが出来てもそうしていない人が相当数いると結論付けるのは自然だ。

In addition to halving the unemployment benefits period, the government is pinning high hopes on job activation programs, one of the three pillars in Denmark’s famed “flexicurity” model. Employers have carte blanche to hire and fire, and in turn, the jobless are guaranteed benefits if they attend retraining and job placement programs tailored to prepare them for work where labor is scarce.

デンマーク政府もこのような問題に対応して、失業給付の期間削減と就業支援の強化を同時に打ち出した。企業は雇用・解雇において大きな裁量(carte blanche)を持つ一方で、失業者は労働者の不足している産業向けのトレーニングプログラムを受ける条件で給付を受けられる。就業支援・職場復帰によって失業問題に対処し、そのつなぎとして給付が存在するという構造になっている。前者だけではセーフティネットがないし、後者だけではモラルハザードの温床になってしまう。同時に取り組んでいくことが重要だ(まあBIのような制度であればモラルハザードの問題はクリアできるが)。

すでに行政の中枢にいる方がヨーロッパの制度を実際に見て驚くというのは困ったことではあるが、その驚きを世間に明らかにするというのはこれからの軌道修正に期待できるかもしれない。

アフリカは何を指すか

開発の話になると「アフリカ」が一番のトピックになる。しかし、「アフリカ」という括り自体にはあまり意味が無いようだ。

Economics: That depends on what you mean by “Africa”

Now take the 45 countries in Sub-Saharan Africa. Over 2000-2005 the average growth rate was 2.2%—exactly the global average—but the standard deviation among African countries was 6.1%—much higher than the global variance.

アフリカは成長しているのか停滞しているのかという議論をよく目にするが、どうも成長率に関して「アフリカ」という枠で見るのはあまり得策ではないようだ。 例えば2000-2005年のサブサハラアフリカ諸国の平均一人当たりGDP成長率は2.2%だったが、その標準偏差は6.1%もあったそうだ。

いまさら説明するほどのことでもないが、標準偏差はサンプルの散らばり具合を現す数値だ。元の分布が正規分布だとすれば平均から標準偏差一つ離れたところまでに約68%のサンプルが含まれる計算になる(以下はWikipediaの挿絵だ)。 つまり、平均2.2%といっても2/3程度の国が-3.9%から8.3%に入るよ、という程度の精度しかないということだ。これではある国がサブサハラアフリカと言われても成長率がプラスなのかマイナスなのかすら確信を持って言うことができない。こういった問題が生じるのは、サブサハラアフリカ諸国がまとめて成長率を論じるほど、(少なくとも経済的には)似ていないためだ。アフリカについて語る場合にはその地域内での差異をよく認識する必要がある。