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iTabletは出版業界を救うか

Applegがタブレットを発売するという噂が現実味を帯びているが、タブレットが出版業界を救うことはあるのだろうか:

In-App Sales and iTablet: The Killer Combo to Save Publishing? | Gadget Lab | Wired.com

Apple on Thursday made a subtle-yet-major revision to its App Store policy, enabling extra content to be sold through free iPhone apps.

先日AppleはApp Storeにおいてフリーのアプリケーションがコンテンツを販売するのを可能にした。以前はアプリケーション本体への課金のみであったが、今回の変更で二部料金のような多彩な価格付けが可能になったわけだ。これはプラットフォーム企業でAppleからすれば当然の変更といえる。

Picture a free magazine app that offers one sample issue and the ability to purchase future issues afterward. Or a newspaper app that only displays text articles with pictures, but paying a fee within the app unlocks an entire new digital experience packed with music and video.

メディア業界はフリーのアプリケーションを配り、追加のコンテンツを各ユーザーセグメントに対し販売することができる。

Who would wish to read a digital newspaper or magazine on the Kindle’s drab e-ink screen if Apple delivers a multimedia-centric tablet?

Appleからタブレットが発売されればKindleのような電子ブックリーダーを上回る普及を見せるのは確実なように思われる。結局のところ読書専用のデバイスを必要とする消費者というのは非常に少ない(読書よりも音楽を聴いている時間の方が長い人が大半!だろう)。

Can Apple redefine print media to save the publishing industry? It probably has a higher chance than any other tech company out there. Apple is a market-shaper, and that’s the kind of a company the publishing industry needs to resuscitate it as the traditional advertising model continues to collapse.

ではAppleのタブレットがヒットして出版業界がそこでコンテンツをうるプラットフォームを作れたとしてそれが出版業界を救うことになるのだろうか。著者は肯定的な評価を下しているが、出版「業界」がここで多額の利益を上げる可能性は低いように思われる。

Appleは確かにiPod+iTunesで音楽ダウンロード販売の流れを作った。しかし、iTunes上で音楽レーベルが満足のいく利益を上げているとは思えない。個別のメディアに対する価格付け能力する制限されているし、絶対的な価格水準も以前とは比べ物にならない。

原因は単純だ。AppleはiPodとiTunesというプラットフォームを作りだし、その上で音楽業界に商売の機会を提供した。Appleはプラットフォームをできるだけ消費者に魅力的にすることで多くのユーザーを集め、レーベルを集めた。しかし彼らはボランティアでそんなことをしているのではない。巨大なユーザーベースを元にレーベルには低価格でのメディア提供を要求し、低価格な音楽・品揃えを武器にiPodというハードウェアで利益を上げた。

タブレットでニュースや電子ブックが流通する場合でも同じだろう。AppleはKindleを越える唯一のプラットフォームとして多くの新聞社・出版社を引き込める。多くのコンテンツが流通すればするほどタブレットの消費者への価値は上昇するが、コンテンツ提供者はその価値の大部分を手にすることはできない。Appleはタブレットの価格を上げる(ないし製造価格の低下を製品価格に反映させない)ことでその価値を利益にする。

結果は音楽業界と同じだ。タブレット上では多くのコンテンツが提供され、消費者は今までに利便性を得ることになるが、コンテンツ提供企業にとっては楽園とはならない。利益は限られているが他の選択肢がないため提供を続けることになるだろう。これはAmazonがKindleで作り上げようとしているビジネスモデルと同じだ。ただKindleは電子インクという技術で書籍に特化したデバイスを提供しているのに対しAppleは多機能なコンピュータを提供するだろうということだ。どちらの戦略が有効であれプラットフォームを抑えられない以上メディア企業が以前のような利益を上げるのは不可能だろう(以前は紙媒体の物理特性が新聞社・出版社にプラットフォームとしての役割を与えていたといえる)。

ブログにおける広告の規制

連邦取引委員会(FTC)がブログにおける宣伝行動について発表した指針が波紋を読んでいる。

More transparency coming to blog reviews under new FTC rules – Ars Technica

指針の内容は以下の通りだ:

“Consumer-generated media” outlets (e.g., bloggers) will now have to disclose if they are being compensated by a manufacturer, advertiser, or service provider when they review an item.

ブロガーを一つとした消費者発信メディアにおいても、補償をうけて製品レビューについてはその情報を公開すべしというものだ。これには多くの問題が指摘されている。

  1. そもそも補償をうける(being compensated)が何を意味するのか不明確である(レビュー用サンプルを受け取ることは該当するのか。
  2. ルールが作られる過程に消費者メディア側の意見が取り入れられていない。
  3. オンラインとオフラインとの区別が恣意的である。
  4. そもそも言論の自由を侵害するのではないか。

2番目の問題が他の問題に深く関連している。消費者メディアにはわかりやすい代表団体がいない。参加者の数が膨大かつ利害が一致しないためだ。記事中では、Interactive Advertising Bureauという、ネット上での広告企業の団体がFTCを批判している。

さらにもう二点ほど重要な論点があるだろう。一つは規制をかけるとして誰に義務をおわせるのが適切かということだ。ブロガーが情報を適切に公開する義務を負うのと、製造者・広告主が義務を負うのとではどちらが効率的なのか。実際にエンフォースするための費用を考えるとブログの場合後者が適切なように思える。

二点目はそもそも情報開示を強制する必要はどこにあるのかということだ。お金をもらって製品レビューをすることがそれほど読者にとって望ましくないのであれば、それをしていない人がそれを明示するようだろう。これは財務諸表などの会計情報開示や会計監査がそもそも必要なのかどうかという問題と同じだ。実際オフラインでのこのような規制がない一因はこれだろう。例えばコンピュータ雑誌をみてそこのレビューを本気で信用するひとはいないだろう。雑誌には広告主がいるわけで信用する理由がない。逆にレビュー対象から一切広告を含めた収入を得ないことを売りにしている雑誌もある。別に言論の自由に触れるまでもなくこれで十分ではないかということだ。

Wikileaksのプラットフォーム化

Wikileaksは匿名の告発情報を受け付け公開するウェブサイトである。そのWikileaksが自ら情報を募り公開するだけでなく、他の団体と告白者との間に入る活動を始めている:

Wikileaks plans to make the Web a leakier place

Wikileaks.org, the online clearinghouse for leaked documents, is working on a plan to make the Web leakier by enabling newspapers, human rights organizations, criminal investigators and others to embed an “upload a disclosure to me via Wikileaks” form onto their Web sites.

新聞社・人権団体・捜査当局などが「Wikileaksを通じて情報を公開する」というフォームをサイトに埋め込めるようにする。

The upload system will give potential whistleblowers around the world the ability to leak sensitive documents to an organization or journalist they trust over a secure connection, while giving the receiver legal protection they might not otherwise enjoy.

これにより、告発者は自分の信頼する団体・ジャーナリストに安全に書類を渡すことが可能になる。相手が信頼できるなら何故Wikileaksを挟む必要があるのかという疑問はあるかもしれない。しかしWikileaksのページを見れば分かるように、彼らは安全に情報を漏洩するための技術を要している。

たとえある新聞記者を信用していたとしても、彼女が通信に十分な暗号化を用いているか、例えばメールなら送信元を特定する情報をコンピュータ内に(キャッシュなどであれ)残していないか、漏洩元からの攻撃に対し技術的・法的に防御できているかという問題は残る。通常のEメールには何のセキュリティも備わっていないこと自体知らないジャーナリストの方が多いだろう。Wikileaksが間に入ることでそのような問題を解決することになる。

Once Wikileaks confirms the uploaded material is real, it will be handed over to the Web site that encouraged the submission for a period of time. This embargo period gives the journalist or rights group time to write a news story or report based on the material.

しかも、Wikileaksに送信された情報は当該ジャーナリストに一定期間独占的に供給される。

Wikileaks often runs into problems concerning how to present material and how to make it easier to sift through for vital information, said Assange.

何故独占供給されるのか。それにはWikileaksが抱えている問題がある。Wikileaksが機密情報を受け取ったとしても、情報をそのまま公開するだけでは世間に広まらないことが多い。生のデータ・情報は役に立たないという情報化社会のジレンマはここでも成り立っている。データを解析し、情報を取捨する作業が必要となる。この場合にはジャーナリストがその役割を負うことになる。

独占的に情報の供給を受けることで、ジャーナリストはより真剣に機密情報を集めようとするだろうし、入手した情報をよりよい形で公開するように勤める。一種の知的財産権がWikileaksにより私的に供給されるわけだ。もちろん個々のジャーナリストがきちんとセキュリティを確保していることが担保されていればWikileaksを通す必要はなく、秘密にしておくことはできる。しかし記事を公開すれば独占権は失われる(ニュース記事には一般的な著作権が適用されない)わけでWikileaksを通すことによりデメリットは殆どない。

Wikileaksには日本語インターフェースも用意されている。

半世紀に渡る新聞社の収入の推移

全米新聞協会(NAA)が公表した過去50年間のデータから興味深いグラフが幾つか作成されていた:

Can newspaper publishers survive this revenue freefall? Perhaps, if they embrace a digital future. » Nieman Journalism Lab

広告費におけるメディア別のシェア推移:

Media Share of the U.S. Media Expenditures
Media Share of the U.S. Media Expenditures

広告費のGDP比の推移:

Total U.S. Advertising Expenditures as a fraction of GDP
Total U.S. Advertising Expenditures as a fraction of GDP

これを見ると幾つかのことが分かる:

  • 景気変動の影響はあれど、広告費全体はGDP比2%前後で非常に安定している。
  • 新聞が広告費に占める割合は一貫して低下しており、新しい現象ではない。
  • インターネットは未だに5%程度である。
  • テレビ・インターネットの他ではダイレクトメールの伸びが著しい。

新聞社の規模

アメリカでは小規模な新聞の方が大規模な新聞よりもうまくやっているという話。

Small is beautiful (and successful) for newspapers – Yahoo! Finance

原因として挙げられているのは:

  1. 地域レベルでは競争が厳しくない。特にウェブ・ラジオなど他のメディアとの間の競争があまりない。
  2. Craigslistは小さな町をカバーしていないため案内広告(classified ads)からの収益が見込める。
  3. 購読者の興味に対応しやすい。
  4. 非公開会社が多く柔軟な対応ができる。

確かに自分も全国レベルの新聞は全くチェックしていない。ましてや紙の新聞は久しく読んだことがない。RSSリーダーによれば新聞でチェックしているのは、

  • East Bay Express
  • The Berkeley Daily Planet
  • The Daily Californian (campus)

だけだ。その他の新聞は何らかの記事で紹介されている場合にしか訪れない。理由は単純だ。大きな新聞のRSSを購読しても処理しきれないし、大概の記事は興味がない、ないし読む価値がない。重要なことは情報の有無ではなく、それを選別するリソースだ。その意味でローカルなニュースには価値がある。既に地域という要素でフィルターされている。

大手の新聞がこれに対抗するためには、読者によるコンテンツの選択を容易にするほかない。これは紙媒体を前提にするとそもそも不可能なように思われる。

追記:Craigslistのカバー都市が拡大したそうだ。