1000ページの温暖化対策法案

温暖化対策の法案であるAmerican Power ActKerry-Lieberman climate change bill)が987ページもあるのは何故か。

Making the Simple Complicated

経済学入門レベルでの温暖化対策は実に単純だ。温暖化が起きてしまうのは、大気汚染同様に、温暖化ガスを排出している主体=生産者が排出の本当のコストを負担していないからだ。二酸化炭素を出しても温暖化の分だけ罰金がかかるわけではないので出しすぎてしまう。

これを是正するのは簡単だ。生産者が排出の本当のコストを全て負担するように税金をかければいい。このような税金をピグー税という。税方式は、直接排出を規制するのに比べて多くの利点がある。以下はその例だ:

  • 経済主体が各自最適化するので情報面での政府の負担が少ない
  • 投資に関するインセンティブを歪めることなく税収が得られる

では、この法案はどうして1000ページ近くなってしまったのか。

First, it tries to do far more than just charge for carbon emissions.

一つ目の理由は二酸化炭素排出抑制以上のことに手を伸ばしすぎていることだ。

Standard economics suggests that many of these interventions would be unnecessary if we had the right tax on carbon emissions; if companies pay the full social costs of their actions, they have the right incentives to invest in greener technologies without any further help from Uncle Sam.

上に述べたように、適切な税(ないし排出権取引市場)を整備すればこうした政府によるマイクロマネジメントは本来必要ない。省エネ技術を直接補助しなくても、エネルギーが高くなれば投資・開発・利用は進むということだ。

The second reason that the bill is so big is that it uses a complicated cap-and-trade system rather than a simple Pigouvian tax.

二つ目の理由は、この法案が税方式ではなく排出権取引を利用していることだ。税方式であれば排出量さえ分かればあとは単に課税するだけだが、排出権取引の場合には権利の割り当てから取引市場の整備など制度的な負担は大きくなる。

In theory, a permit system can be identical to a tax.

排出権が税金に理論上劣っているということではない。どちらにしろ最適な水準を計算して、それだけの排出権を割り当てるかそれを実現するのに適切な税率を設定することになる。

Fixing the number of permits may actually be the right thing to do. As my colleague Martin Weitzman wrote almost 40 years ago, quantity controls are better than prices if we are more certain about the right quantity than we are about the right tax.

排出権という形で量を先に固定することは、税率よりも排出量に関する不確実性が大きい場合には(社会厚生的)に有利な政策となる。温暖化の場合でいえば、どれだけ温暖化ガス排出を抑えるべきかの方が単位当たりの費用を考える方がらくであれば排出権のほうが望ましいということになる。

Giving away permits rather than selling them is often defended as a means of ensuring that global warming doesn’t become an excuse for higher taxes.

排出権を無償で割り当てることは、温暖化対策を新たな税源とするのを防ぐという効果がある。これは税金に対する反感が根強いアメリカでは政治的に重要だろう。しかし、ピグー税による課税のメリットを享受できなくなる。

制度が複雑になる社会的な費用も考えればどちらが望ましいかは微妙なところだろう。

International trade is a third reason that this bill is so complicated, because we are trying to use domestic legislation to handle a global externality.

三つ目の理由は国際貿易だ。温暖化対策は国際的な枠組みで行わなければ効果がないが、現状では各国の国内法と条約を組み合わせていくしかなく、これによって制度が複雑になるのは避けられない。

If such treaties fail to materialize, the United States may start charging imports for the carbon used in their production.

ちなみに法案によれば貿易相手国が条約を遵守しない場合には、炭素量に応じて関税をかけるとのことだ。

While I understand the economic and political logic behind this approach, it is a distinctly dangerous path. Our trading partners will argue that these charges are tariffs in disguise.

これは、水掛け論から貿易戦争に突入する危険を孕んでいる。

中小企業は社会の主役?

同じような話で連投になるが、先のポストと合わせると実に皮肉な話だと思う。

中小企業は「社会の主役」 経産省が憲章案

経済産業省は12日、中小企業政策の指針となる「中小企業憲章」の同省案を公表した。中小企業を「経済や暮らしを支え、けん引する力であり、社会の主役」と位置付け、「国の総力を挙げて、どんな問題も中小企業の立場で考えていく」とした。

別に経済産業省を取り立てて批判したいわけではないし、中小企業の重要性を否定するつもりは全くない。しかし、中小企業という一定の条件を満たす企業を特別に保護する必要はあるのだろうか。すでに多くの優遇措置もある。

同省案は、政府が取り組む中小企業政策の基本原則として(1)資金や人材など経営資源の確保支援(2)起業の促進(3)新市場の開拓(4)公正な市場環境の整備(5)セーフティーネット(安全網)の整備―の5項目を列挙した。

1,4,5は中小企業とは直接関係ないし経産省が受け持つべき仕事かも分からない。2のスタートアップについては確かに中小企業の一つには該当するが、一般的な中小企業とは性格が全く異なる。3に至っては何をやりたいのか分からない。

本当に中小企業を応援したいなら、必要なことは官主導での市場開拓などではなく出来るだけ下手な介入をしないことだろう。「官主導の就活サイト」を業界最大手と組んで推進し、他の(中小)企業を駆逐している場合ではない。

官主導の就活サイト

就職関連のビジネスをされている佐藤純さんから次のニュースを頂いた。政府主導で就活支援サイトが開設されるそうだ。

交通費いらず?中小2500社が就活サイト

厳しい就職戦線にのぞむ学生と、採用活動にコストをかけられずに人材不足に陥っている中小企業の橋渡しをする“ネット上の合同説明会”ともいえ、雇用のミスマッチの解消を目指す。

雇用のミスマッチの解消を目指すのはいいが、それを政府が行うのは何故だろうか。就活の支援は産業として成立しており、経済産業省のアイデアを税金で推進する意義はどこにあるのだろう

開設するサイトは「ドリーム・マッチ プロジェクト」で、リクルートが運営する。

しかも、実際に運営するのは最大手であるリクルートだ。もちろん政府に運営ノウハウがあるわけではないので委託するのは構わない。しかし、単に最大手にやらせるだけなら簡単だし、リクルートと競争している企業にとっては自分たちのビジネスを台無しにされたようなものだ

リクルートの観点から見れば、これは単純な売上だ。予算から出る以上とりっぱぐれもないし、全くうまくいかなくても損失はでない。単に儲けてずるいとかいう話ではなく、インセンティブの観点から問題がある。成功してもしなくても同じならどれだけの努力が期待できるだろうか。

結局のところ、このスキームの問題はその内容ではなく、リスクのあり方にある。官庁は自分たちの思いついたアイデアを(民間企業の経営者とは異なり)リスクをとらずに推進する。そして実際の運営もまた、何のリスクもとらずに業界トップ企業が担当する。リスクは全て税金によってカバーされる。

リスクのないところには、考え抜かれたアイデアも成功に全てを賭ける努力もない。何となく良さそうなアイデアを無難に推進するだけでうまくいくなら既に誰かがやっているはずだろう。うまく行かなかった時の尻拭いをするのは国民だ。

追記:@clydemenderさんによるとドリーム・マッチというバラエティ番組の名前にもあるそうです…。

ネット選挙

ネットはマーケティングに欠かせない存在だが、政治活動にも必要だ。

ネット選挙 まずはホームページ更新から

選挙中のホームページ更新やメール送信は、はがきやビラ以外の「文書図画」の頒布を禁じる公職選挙法に抵触するというのが、現在の法解釈だ。

ウェブサイトの更新を認めるというのは妥当だろう。有権者が自ら閲覧するという点が単なるメールとは異なる。メールの場合はスパムを考えれば分かるように、送り手はコストを負担せずに勝手に送り付けることができるため慎重になる理由がある。同様の理由で自らフォローしない限り見ることの出来ないTwitterや登録が必要なメールマガジンも問題ないだろう(但し、後者については解除の方法を平易かつ画一にする必要はありそうだ)。

一方、ネット選挙の解禁に慎重な議員たちの間には、メールは他人が候補者の名をかたる「なりすまし」が容易で、虚偽情報を広めることに悪用される、と懸念する声が少なくない。

「なりすまし」を懸念する声もあるようだが、適切な手段を講じればいいだけの話だ。でなければオンラインショッピングなど出来るはずがない(注)。これを気に、ネット上でのセキュリティやアイデンティティの問題について包括的な啓蒙を行ってはどうだろう。

利用者が急増している簡易投稿サイト「ツイッター」でも、本人認証の仕組みが未整備のため、鳩山首相のなりすましが“登場”したばかりだ。

未整備なのは本人認証の仕組みではなく、議員やマスコミのリテラシーなのだから。

(注)SMTP自体はセキュアではないが、電子署名したりセキュアなサイトへ呼び込めいい。

追記:改変してRT=流布される可能性はあるが、それは他のメディアでも同じだ。それどころかネット上であれば一次ソース=発言を確認することもできる。ネットが使われている国でも政治家のなりすましが大きな問題となっているニュースは聞かない。

GMの借金はどこに

トヨタの話がずっと話題になっていたが、GMの新しいテレビ広告が注目を集めている。

Fair Game – At G.M., Repaying Taxpayers With Their Own Cash


広告の中でCEOは、GMが政府からの借金を利子付きで本来の期限より大幅に早く返済したと宣言している。これによって、世間の批判を和らげ、新しく生まれ変わったイメージを打ち出している。問題は、その借金の返済が本当の返済とは呼べないことだ。

the money G.M. used to repay its bailout loan had come from a taxpayer-financed escrow account held for the automaker at the Treasury.

GMは確かにTARP (Troubled Asset Relief Program)からの借入金を返済したわけだが、なんとその原資はやはり税金が原資である財務省のエスクローアカウントだという。要するに政府にお金を返したのではなく、借り換えしただけなのだ。

It’s certainly understandable that G.M. would want to spin its repayment as proof of improving operations. But Mr. Grassley said he was troubled that the Treasury went along with the public relations campaign and didn’t spell out how the loan was retired.

特に問題視されているのはGMというよりも財務省だ。財務省はTARPの返済が順調に進んでいるというイメージを作るインセンティブがあり、GMが非常に誤解を招くキャンペーンを行うのを黙認しているためだ。

“Much of it will never be repaid,” Mr. Grassley added. “The Congressional Budget Office estimates that taxpayers will lose around $30 billion on G.M.”

実際には、納税者はGMで300億ドルを失うと予測されている。