アメリカの携帯市場

最近、日本の携帯市場は今やガラパゴス状態などと揶揄され、その原因を日本とアメリカ、特にシリコンバレーとの差に求める論調もあるが、それは正確ではない。

Steve Jobs single-handedly restructured the mobile industry

With the introduction of the iPhone, Steve Jobs achieved something that might be unique in the history of business: he single-handedly upended the power structure of a major industry.

アメリカの携帯市場が現在のようになったのはひとえにiPhoneのせいだ。iPhoneはキャリア中心であって携帯市場をプラットフォーム中心に作り替えた。Androidのような競争相手もあるが、競争の舞台はプラットフォームに移った。

In the US, before the iPhone, the carriers (Verizon, AT&T, Sprint, T-Mobile) had an ironclad grip on the rest of the value chain – particularly, handset makers and app makers.

AppleがiPhoneを売り出すまで、アメリカでもキャリアが市場を支配していた(今でもスマートフォン以外はそうだ)。携帯のOSもその上で実行されるアプリケーションも、ハンドセットのような周辺機器までキャリアのコントロール化にあった。まさに日本の状況と変わらない。

Post-iPhone, tens of millions of people started choosing handsets over carriers.

iPhoneはこの状況を変えた。消費者をiPhoneを買うこと決定してから、キャリアを選ぶ(ないししぶしぶ受け入れる)。

The basis of competition was salesmanship and capital, not innovation or quality.

キャリアが力を持っていた時代には、アプリケーション開発で最も重要なのはキャリアとのコネや資本であり、アプリケーションの質ではなかった。

コメント欄にある次のメキシコでのエピソードは象徴的だ。

At a lunch recently, I found myself sitting next to a Telefónica executive in Mexico, where iPhones and Androids haven’t really taken off yet. We struck up a conversation, and I was showing him the Foursquare iPhone app (I work at Foursquare).

Foursquareの社員がメキシコのキャリアにアプリケーションをデモしてみせたという。

He said the app looked cool and asked me what carriers we had deals with. When I said we didn’t do deals with carriers–that we just developed for platforms and ran on any carrier–his eyes widened a bit.

キャリアの重役は、どのキャリアと取引しているかを聞いたが、Foursquareはプラットフォームに対して開発されていてどんなキャリアでも動くといったところ驚かれたそうだ。

Then he asked me how much we had to pay each time someone used the geolocation feature. (Telefónica in Mexico provides a geolocation service on their phones, but they charge consumers for every use.) When I said we didn’t have to pay, that it was provided by the platform and for free, he was visibly shocked.

さらにGPS機能はプラットフォームから無償で提供されているというとさらに驚かれたということだ。

このような話は別にメキシコや日本に限った話ではなく、アメリカでもiPhoneが普及するまではキャリア中心に回っていた。日本がアメリカにある点で遅れをとっているからといって、それをすぐに日本と海外との差と捉えるのではなく、本当の違いがどこにあるかを見極めたい

公約を守らない政治家

政治家が公約を守らないのは世界中どこでもあることだが、どうやったら約束を守らせることができるだろうか。

Overcoming Bias : Unwanted Politicians

約束を破るというのは何も政治にだけ存在するわけではない。ビジネスでも当然約束ぐらいはする。そしてその遵守は司法制度によって担保されている。破ればペナルティがあるから約束は守られるということだ。では何故同じ仕組みが政治家には適用されないのか。

“I promise that, if elected, I will do X, Y, and Z.  But I don’t just make promises; I show you I am committed to keeping my promises.  My word isn’t my only bond; my house is also my bond.

別に国がそれを強制しなくても、政治家個人が自分の資産を担保にしてもよい。公約を守らなければ家を第三者に寄付するという契約を結べばよい。もし有権者が公約を守らせることに大きな価値を認めるのであれば、このような契約を第三者と結んだ政治家は選挙で優位に立てるはずだ。

“If elected, every month I will impanel a new random jury of voters in my district.  I will inform them in detail about my upcoming decisions, and will ask them for their choices.  Then I will just do what they say.

政策を事前に決めるのが困難なのであれば、陪審のような制度を作っても良い。何か決定する度に選挙民をランダムで選んで議論してもらいその結果を政治家が実行することにコミットする。これは政治家の裁量を縛るだけでなく、統計的には直接民主主義になるので政治家が国民の声をきかないといった批判に対する答えになりうる。

もちろん、間接民主制にはその存在意義があるのでこのような方法が社会的に望ましいとは限らないが、何も議論をしてもらう人を選挙民からランダムで選ぶ必要はない。例えば20代、30代の官僚からランダムで選ぶということもできる。もし私が政治家になるなら、いかにこの層から意見を集約できるか考えたいぐらいだ。

利益誘導や政治的圧力を防ぐ仕組みは必要になるが、法的なコミットメントまでいかなくても、毎回ランダムに人を集めて議論を行うそのプロセス・結果を公開し、実際にそれに従ったかを自ら公開する政治家ぐらいはいてもいい。

本のある環境

親の収入や学歴が子供の教育水準に影響するというのはよく知られた話だが、家にある本の量の方が予測力が高いそうだ:

Book owners have smarter kids – Laura Miller – Salon.com

growing up in a household with 500 or more books is “as great an advantage as having university-educated rather than unschooled parents, and twice the advantage of having a professional rather than an unskilled father.

子供の教育年数に対して、500冊以上の本がある家で育つことは、親が大学教育を受けていることや、専門職で働いていることと同じレベルの効果をもたらしているそうだ。

simply giving low-income children 12 books (of their own choosing) on the first day of summer vacation “may be as effective as summer school” in preventing “summer slide”

夏休みに12冊の本を渡すだけで、低所得の家庭の子供が遅れを取るのも防げるそうだ。これは夏休み学校に行かない期間が長く続くことによって家庭環境の差が子供の成績や生活に強い影響を与えるという問題を解決しうる。

しかし、本を買うのが非常に困難というほど低所得の家庭は少ないし、図書館では無料で本が借りられる。これだけの効果があるならどうして本へアクセスできない子供が多いのか。

Most likely, books and reading feel like the privilege and practice of an unfamiliar world: a resource that’s out there somewhere, but not entirely accessible.

その答えの一つは、本を買って読むという行為が異質なものとして捉えられていることにある。要するに本屋や図書館に行くのに気後れするということだろう。

As homey as a bookstore or local library branch might feel to you or me, they can make other people feel insecure, out-of-place and clueless.

著者はコミックを友達に買ってきてもらおうとしたときにこの感覚に気付いたという。初めてクラブやバーに行った時の感覚に近いだろう。そこがどんな場所かも知ってるし、高すぎるというわけでもないのに何か浮いているように感じるものだ。

もしこういった気後れが原因で子供に読書の機会が与えられないのであれば、本を家庭に配ったり、親子で本屋や図書館に行くような機会を作ることは効果的な作戦となる。

広告を使って人種差別を調べる

オンラインクラシファイド広告のCraigslistを使って人種差別を調べる実験について。

The Visible Hand – Freakonomics Blog

I suspect that most people would say that the skin color of the iPod holder wouldn’t matter to them. […] Economists have never liked to rely on what people say, however.

iPodを売るという個人広告があったときに、出品者の肌の色を気にするかと聞かれれば多くの人は否定する。しかし、口で否定したら差別は存在しないというわけでは当然ない。

Over the course of a year, they placed hundreds of ads in local online markets, randomly altering whether the hand holding an iPod for sale was black, white, or white with a big tattoo.

実際に肌の色やタトゥーの有無が異なるiPod広告を出品してみるという実験が行われた。その結果は、

  • 黒人の出品者は白人に比べて13%レスポンスが17%オファーが少なかった
  • オファーがあった場合に限っても2-4%オファーの金額は少なかった
  • コンタクト人が名前を書かない割合が17%、郵送を受け付けない割合が44%少なく、遠隔地への振り込みを懸念する割合は56%高かった
  • 犯罪の多い地域ではさらにこの差はひろがった

とのことで、黒人と白人とで買い手の行動は明白に違うことが分かる。しかし、これは「人種差別」を示すとは限らない。

With statistical discrimination, on the other hand, the black hand is serving as a proxy for some sort of negative

単に人種を観察できない属性の代理変数として統計的に差をつけることがありえるからだ。人種をシグナルとして利用するのは差別とは言えないだろう。相手が差別されているなら低めの価格でオファーしても通る可能性が高いということもある。

If the ad is really high quality, the authors conjecture, maybe that provides a signal that could trump the statistical discrimination motive for not buying from the black seller.

この統計的区別と単純な差別とを分離するためにはシグナルとしての役割が必要ない状態にすればよい。ここでは広告を非常に信頼できるものにするという実験を行っているが、結果は変わらないということで人種差別の存在を示している。但し、広告の書き方でどれほど信頼性が変わるのかよくわからない。

Black sellers do especially bad in high crime cities, which the authors interpret as evidence that it is statistical discrimination at work.

一方、犯罪率の高低をみると、犯罪の高い地域ほど差は大きく、こちらは統計的な区別があることを示している。犯罪が少なければシグナルの必要はない(=どちらにしろ犯罪はない)からだ。コメント欄には同じ人種には「差別」がないとして、同じ人種同士の取引とそうでない取引とを比べたらどうかという意見もついている。

ツイッターでは○○

昨日は首相辞任のニュースが駆け巡ったが、それに関する不思議な報道:

asahi.com(朝日新聞社):ツイッターも首相辞任一色「当然」「小沢さん道連れに」 – 政治

書き込みには、「当然」「賞味期限の書き換え」「どっちみち選挙は大敗しそう」「政治とカネの問題からいうと、本当は議員辞職だろ」「辞められてほっとしているのでは」などと、驚きよりも、当然だと受け止める冷静なコメントが多かった。一方で、「鳩山さんは小沢さんを道連れにしたなあ」「最後まで努力したんだろうけど、結果がついていかなかったな」「任期途中じゃ、できる仕事もできないだろうに」などと鳩山首相に同情する声もあった。

ツイッターの書き込みを大手新聞がニュースソースとして挙げるのはどうだろう。ツイッターでユーザーが目にするのは自分が選んでフォローした人たちの発言だ(TL=タイムラインと呼ばれる)。よって構造上ツイッターで目にするコメントは自分が聞きたい意見だったり、自分と同じ考え・レベルの人(しばしばクラスターと呼ばれる)の意見だったりする。

ツイッターでこんな発言が多かったというのはユーザーの代表的見解よりも、本人がどんな人達と絡んでいるか=どんなクラスターにいるかについてより多くの情報を与えてくれるのだ

もしツイッターの構造が分かっていない読者に自分の意見を一般的であるかのように装って報道しているのであれば悪質だし、そもそも自分が目にする内容は自分の選択の結果であることに気付いていないのであれば報道している本人がツイッターの構造を理解していないということになる。

Twitterで見る、鳩山首相辞任表明

Twitterでよく書かれている単語を拾う「buzztter」(ばずったー)も、「鳩山辞意表明」「小沢幹事長も辞任」といった関連語で埋め尽くされている。

それでもツイッターの一般的意見を採用したいというならこちらのITMediaの記事のように何らかのアグリゲーターの情報を利用する必要があるだろう。但しこの場合でもRTした場合など賛否が不明な発言も数多いので単にどんな言葉が多かっただけを見てもユーザーの意見を代表しているとは限らないことには注意する必要がある。