オリンピックの経済効果

「経済効果」という言葉は極めて胡散臭いが、オリンピックのような大規模イベント招致活動が起きると毎回大々的に発表される(逆に、「費用便益」とあれば、それなりの計算に基づいていることが多い)。

Olympic Games have no long-term impact on employment

Usually, they manage to obtain some public guarantees or even financing on the grounds that such an event and the infrastructure will kick-start an economy and encourage tourism beyond the event.

「経済効果」なんていうものが持て囃される理由は簡単で、イベント招致・開催のための予算を取ってくるためだ。しかし、イベント開催後にその「経済効果」が実際どうであったかを調べることはないし、後に残るのは大きな赤字ということが多い。

Arne Feddersen and Wolfgang Maennig show that these beliefs are wrong, at least for the 1996 Olympic Games in Atlanta.

こちらのペーパーによると、少なくとも1996年のアトランタ・オリンピックについては長期的な経済効果はなかったという。まあ誰もが気づいていたことではあるが、数字になると説得力が違う。

They concentrate on the impact of these games on employment, and using monthly data they cannot find any impact in any sector, except for the sectors directly affected by the event, and only for the duration of the Games: retail trade, accommodation and food services, arts, entertainment, and recreation.

雇用面での影響を見ると、オリンピックに直接関係する産業以外では何のインパクトもなく、それらの産業ですら開催期間中にしか影響は確認されなかったということだ。

I can only reiterate that such events should find a permanent home

もしオリンピックが長期的な効果を持たないのであれば、毎回競技場などを建設するのではなく、決まった場所で開催した方がいいというのは妥当な提案だろう。

オンラインコンテンツへお金を払うか

Nielsenによるオンラインのコンテンツにお金を払っている人や払う意思のある人の割合の調査:

Changing Models: A Global Perspective on Paying for Content Online | Nielsen Wire

青い部分が既にそのコンテンツにお金を払っている人の割合、オレンジの部分が払っても良いと考えている人の割合だ。

Online content for which consumers are most likely to pay—or have already paid—are those they normally pay for offline, including theatrical movies, music, games and select videos such as current television shows. These tend to be professionally produced at comparatively high costs.

消費者が対価を支払う可能性が高いのはオフラインで通常対価を払って消費するような生産コストの高いコンテンツとのこと。但し、このグラフで多くの人がゼロより大きな価格を払う(払っている)ことはその(オンライン)コンテンツの価値が高いことを意味しないには注意する必要がある。

まず、消費者は必ずしも自分にとってのコンテンツの価値を対価として払うわけではない。払わなくてもいいなら払わないわけだ。だからここで対価を支払う人の少ないコンテンツは価値がないのではなく、単に競争的に供給されているだけということが考えられる。ユーザーが作成するコンテンツはこの類だろう。

またゼロ以上の価格を支払う人が少ないことは支払いが総額として少ないことにもならない。多くの人にタダで配布しても一部の消費者から十分に収益をあげられるならそれで構わない。消費者でなく別のルートで利益をあげてもいい。利用者が多いほど価値が上がるタイプのコンテンツであれば、このような戦略を取るのが自然だ。個人のプロモーションでも広告でもよい。

Nielsen asked more than 27,000 consumers across 52 countries

しかし、多くの人に聞くのはいいがこの手の調査を52ヶ国分まとめて数字にしてもあまり役に立たない気もする。

テロリストへの間違ったシグナル

先日のノースウェスト機(デルタ航空との昨年経営統合)でのテロ未遂事件を受けて、航空機での新たな安全規制が導入される予定だ。

New Restrictions Quickly Added for Air Passengers

The government was vague about the steps it was taking, saying that it wanted the security experience to be “unpredictable” and that passengers would not find the same measures at every airport — a prospect that may upset airlines and travelers alike.

新しい安全対策が具体的にどのようなものになるか、公式には明らかにされていないがいくつかの規則が報道されている。記事中では、

  • 機内持ち込み荷物数を一つに制限
  • 国際線における到着一時間前の着席義務
  • 手荷物へのアクセス禁止
  • ひざの上にものを置いておくことの禁止

などが航空会社からの情報として挙げられている。どのような安全対策が導入されるにせよ、既に長い国際線の搭乗のための時間はさらに伸び、機内での行動も制限されることは間違いない。

個々の対策の合理性については様々な議論があると思うが、そもそもテロ未遂を受けて安全対策を強化することが合理的なのだろうか。三つの疑問点がある。

一つ目は、今回の未遂事件によってテロの発生確率に関する認識を変える必要があるのかということだ。事件があると警備を強化する必要があるように感じるが必ずしもそうとはいえない。単に事前の予想通りテロを起こそうするものが現れそれを予定通り防いだとも考えられる。小さな地震があったとしてそれがこれから多くの地震が起きる予兆なのか、しばらく次がこないということなのかは簡単には分からない。

二つ目は、テロの危険性が増したとして、安全対策の強化が合理的な水準かどうかという問題だ。例えば対策強化により乗客が一時間余分に待つ必要があるならばそれは大きな経済損失だ。テロが発生する確率、その被害を考慮した上で損失に見合うかどうかを考える必要がある。再び地震を例にするなら、大地震が起きる可能性があるとしてどれだけの耐震基準を設定すべきかという話だ。厳しくすればいいという話ではない。

三つ目は、対策を強化することがテロリストの行動に与える影響だ。テロリストは地震とは異なり、相手の行動を読んで行動する。もしテロ未遂事件が起こることで安全対策が強化され経済損失が発生するとテロリストが認識すれば、テロを起こすインセンティブは大きくなる。安全対策の強化が合理的な水準を越えるならその効果は一段と高い。未遂事件でも効果があるのだからテロリストにとってはとても簡単なことだろう。

よくテロリストの要求には屈しないと言われる。これはテロリストの要求、例えば政治犯の釈放、が通るならテロ事件は増えるからだ。テロ未遂事件で安全対策を引き上げることは実質的にテロリストの要求に屈していることと変わらない。テロリストは未遂であっても莫大な損失をアメリカにもたらしたわけで、次からはどうせ成功しようもない作戦を実行して未遂になるだけでいい。

では何故アメリカはこのような対応をとったのか。それは政治的な理由だ。テロ対策を行うという意見に反対するのは政治的に極めて難しいこれを逆手にとれば、当局はテロ対策の名のもとに大きな権力を得られる。それによってテロ(未遂)が増えても、さらにテロ対策を強化し力を増していくだけで彼らに不都合はない。このサイクルの中で損をするのは国民・乗客ばかりだ。

ナッシュ均衡は本当に見つかるのか

ゲーム理論とコンピュータサイエンスとの関わりについて:

What computer science can teach economics

ゲーム理論はビジネススクールでも教えられる程、現代社会では重要な分野となっている。しかし、ゲーム理論の課題の一つに、均衡が存在するとしてそれを本当に経済主体がそれを発見できるのかという問題がある。これに対しMITのConstantinos Daskalakisによる研究が紹介されている(BerkeleyでのPh.D. Dissertationだ)。

ナッシュ均衡自体については説明は必要ないだろう。非協力ゲームのおいて、他のプレーヤーの戦略を所与としたときにどのプレーヤーも自分の戦略を変更することで利得を増やすことができないような戦略の組である。

In soccer, a penalty kick gives the offensive player a shot on goal with only the goalie defending. The goalie has so little reaction time that she has to guess which half of the goal to protect just as the ball is struck; the shooter tries to go the opposite way. In the game-theory version, the goalie always wins if both players pick the same half of the goal, and the shooter wins if they pick different halves. So each player has two strategies — go left or go right — and there are two outcomes — kicker wins or goalie wins.

It’s probably obvious that the best strategy for both players is to randomly go left or right with equal probability; that way, both will win about half the time. And indeed, that pair of strategies is what’s called the “Nash equilibrium” for the game.

記事中ではサッカーのペナルティーキックが上げられている。キッカーとキーパーは右と左の二つの選択肢しか持っていない。キーパーはキッカーの動きを見てから行動する暇がないのでこれは実質的に二人の行動は同時に起きていると考えられる。この時、最適な戦略は右と左を同じ確率で選択することだ。相手がそういしているならこちらが確率を変えても結果は同じだ。これがペナルティーキックというゲームのナッシュ均衡になっている。

Of course, most games are more complicated than the penalty-kick game, and their Nash equilibria are more difficult to calculate. But the reason the Nash equilibrium is associated with Nash’s name  — and not the names of other mathematicians who, over the preceding century, had described Nash equilibria for particular games — is that Nash was the first to prove that every game must have a Nash equilibrium.

大抵のゲームはペナルティーキックよりも複雑であり、ナッシュ均衡もまた計算が困難だ。ジョン・ナッシュが素晴らしいのは、均衡概念を定義した点ではなく、どんなゲームもナッシュ均衡を持つことを証明四タテんである。

Many economists assume that, while the Nash equilibrium for a particular market may be hard to find, once found, it will accurately describe the market’s behavior.

そしてエコノミストの多くはナッシュ均衡を実際に見つけるのが困難であっても、一度見つかれば市場の行動を性格に記述すると仮定している。

Daskalakis, working with Christos Papadimitriou of the University of California, Berkeley, and the University of Liverpool’s Paul Goldberg, has shown that for some games, the Nash equilibrium is so hard to calculate that all the computers in the world couldn’t find it in the lifetime of the universe.

紹介されている論文は、このようなエコノミストの仮定に疑問を投げかけるものだ。それによれば、いくつかのゲームにおいて(存在することは証明されている)ナッシュ均衡を見つけるのは極めて困難で、全世界のコンピュータを世界が終わるまで使いつづけても見つからないという。

The argument has some empirical support. Approximations of the Nash equilibrium for two-player poker have been calculated, and professional poker players tend to adhere to it — particularly if they’ve read any of the many books or articles on game theory’s implications for poker. The Nash equilibrium for three-player poker, however, is intractably hard to calculate, and professional poker players don’t seem to have found it.

このことは実証面でも支持されている。二人ポーカーのナッシュ均衡は計算されているし、実際のプレーヤーの行動もそれに近い。しかし三人ポーカーのナッシュ均衡は計算が困難でプロプレーヤーもそれを発見しているようには思われない。

Daskalakis’s thesis showed that the Nash equilibrium belongs to a set of problems that is well studied in computer science: those whose solutions may be hard to find but are always relatively easy to verify.

DaskalakisはこれをコンピュータサイエンスにおけるP/NP問題として捉える。ナッシュ均衡の計算は、解を得るのが難しいが確認するのは簡単なNP問題の一種だと証明した。

これに対し彼は三つの方向性を提示している:

One is to say, We know that there exist games that are hard, but maybe most of them are not hard.”

一つは、計算が簡単なナッシュ均衡の集合を確定すること、

The second route, Daskalakis says, is to find mathematical models other than Nash equilibria to characterize markets — models that describe transition states on the way to equilibrium, for example, or other types of equilibria that aren’t so hard to calculate.

二つ目はナッシュ均衡とは異なる概念を用いること、

Finally, he says, it may be that where the Nash equilibrium is hard to calculate, some approximation of it — where the players’ strategies are almost the best responses to their opponents’ strategies — might not be.

三つ目は近似的な解を見つけることだ。

応用分野であればそもそも解の計算が非常に困難なモデルを避けるのが普通だから三つ目の対策にあたるだろうか。

著作権侵害の取り締まり

著作権侵害を決まった順番にしたがって取り締まることでより効果的にしようという試み:

Targeted Copyright Enforcement: Deterring Many Users with a Few Lawsuits | Freedom to Tinker

元ネタはこちら

Consider the following hypothetical. There are 26 players, whom we’ll name A through Z. Each player can choose whether or not to “cheat”. Every player who cheats gets a dollar. There’s also an enforcer. The enforcer knows exactly who cheated, and can punish one (and only one) cheater by taking $10 from him. We’ll assume that players have no moral qualms about cheating — they’ll do whatever maximizes their expected profit.

26人がチートするかしないかを選べるとする。チートすれば$1手に入るが、捕まった場合には$10失う。

This situation has two stable outcomes, one in which nobody cheats, and the other in which everybody cheats. The everybody-cheats outcome is stable because each player figures that he has only a 1/26 chance of facing enforcement, and a 1/26 chance of losing $10 is not enough to scare him away from the $1 he can get by cheating.

この状況では全員がチートするという解が安定だ。捕まる確率は1/26しかないからだ。

The enforcer gets everyone together and says, “Listen up, A through Z. From now on, I’m going to punish the cheater who comes first in the alphabet.” Now A will stop cheating, because he knows he’ll face certain punishment if he cheats. B, knowing that A won’t cheat, will then realize that if he cheats, he’ll face certain punishment, so B will stop cheating. Now C, knowing that A and B won’t cheat, will reason that he had better stop cheating too. And so on … with the result that nobody will cheat.

しかし取り締まり側がアルファベット順に捕まえていくことにコミットできればこの問題は解決する。Aさんは捕まる確率が1なのでチートしない。Bはこれを見越してチートしない。これが続けばチートする人間はいなくなる。

Notice also that this trick might work even if some of the players don’t think things through. Suppose A through J are all smart enough not to cheat, but K is clueless and cheats anyway. K will get punished. If he cheats again, he’ll get punished again. K will learn quickly, by experience, that cheating doesn’t pay. And once K learns not to cheat, the next clueless player will be exposed and will start learning not to cheat. Eventually, all of the clueless players will learn not to cheat.

プレーヤーがこの解を発見できるかという問題もない。理解していないユーザーは繰り返し捕まるため学習するからだ。

これを現実に移すなら現在ほぼランダムで100人を訴えるているとして、何らかの指標(IPアドレスなどで)を使って順番に訴えると宣言することになる。

この仕組み自体は経済をやっている人には自然なものだが、むしろ面白いのはどう考えてもこれが現実に有効な気がしないことだ。いくつかの理由が考えられる:

  • もしプレーヤーがチートしないなら事後的には取り締まるインセンティブがないため、コミットメントが難しい
  • 適切な指標が存在しない(自分のIPアドレスを認識している人自体が少ない)
  • 利用できる指標があるとして法律上の問題になる(毎回同じ順番でやるとした場合不平等ではないか)
  • プレーヤー同士が協力できれば全く効果がない(一人目がチートしたうえで残りの人が補償すればよい)

とはいえこの仕組みは実際に実験でどうなるかを試すことができるのでどういう結果が出るかは興味深い。