日本は起業が難しいのか

日本では起業するのが難しく、どうにか改善する必要があるという議論をよく耳にするが実際のところどうだろうか。

Entrepreneurs – stuck on the starting blocks?

上のグラフは各国における起業に伴なう障害を数値化して並べたものだ。オレンジの部分は規制や行政の不透明性、紫の部分がスタートアップの事務負担、青い部分が競争の阻害要因(規制産業など)だ。OECD加盟国中、日本は真ん中より少し企業しにくいといった位置づけになっている。要素ごとの内訳も他国と余り変わらない。

加盟国全体で起業に対する障害は徐々に緩和されており、日本でも制度面では起業が難しいというわけではない。実際、行政書士の費用や収入印紙代、法人住民税などを用意すれば個人でも比較的簡単に設立できる。よって日本で起業が難しいという事実があるとすれば、それは起業にまつわる制度の問題ではないことが解る。

最も明らかな遠因としては雇用の硬直性だろう。起業するかどうかはキャリア選択であり、その費用には給与所得のために働かないという機会費用が含まれる労働市場が硬直的であればこの費用は大きくなる。副業で起業すればこの費用は抑えられるが、片手間で事業を行うのは難しいし、副業を禁止する雇用契約も多い。

起業に関する制度改革や起業家のサポートもいいが、労働市場が相変わらずであれば起業が増えることはなさそうだ(少子化の最大の原因が子育ての機会費用の増加であり、多少の金銭援助では効果が望めないのと似ている)。

消費者による差別

本当の人種差別は雇用主ではなく消費者にあるという研究(ht @ecohis):

Decomposition of the Black-White Wage Differential in the Physician Market

Hence, a firm that has a “taste for discrimination” would not pay a worker of a different race a wage commensurate to that worker’s productivity.

雇用における人種差別は二つに区別できる。一つは雇用主が被差別人種を雇いたくないという人種差別で、これは特定の人種の給与が生産性に比して低いという形で現れる。

if consumers are unwilling to purchase goods and services produced by minorities, then minority workers would not be as valuable to all firms and minority workers would receive lower wages than majority workers as a result.

もう一つの差別は消費者が特定の人種からのサービス提供を嫌うという種類の差別だ。消費者がこの種の選好を持っているなら、雇い主にが人種に対して無差別であったとしても被差別人種の労働者を雇うことによる便益が低いため給与も低くなる。

In general, if the number of nondiscriminating employers is large relative to the number of minority workers, or if the nondiscriminating firms have constant or increasing returns to scale technologies, then minority workers may not be affected by discrimination at all.

しかし前者の雇用側の差別は、差別的な雇用主の数が比較的小さい限り給与水準へ大きな影響を与えない。非差別的な雇用主が被差別人種の労働者を雇うために競争するためだ。そういった雇用主が多ければほぼ全ての被差別人種労働者が非差別的な労働者のもとで働くことになるし、その給与も生産性に見合う水準まで競り上がる。

それに対して、後者の消費者による差別は全ての被差別人種労働者の収益性を下げる(消費者がサービス提供者の人種を選択できない限り;これは雇用主に比べて消費者で困難だ)。また消費者の人種に関する選好を直接規制・是正することは倫理面・費用面で困難だ。

Since those who are self-employed would not encounter firm discrimination, any discrimination that is experienced by self-employed workers must have originated from consumers. Salaried workers, on the other hand, may face discrimination that is both employer- and consumer-based. Based on this intuition, we make two claims.

この二つの効果を分離するために、元ペーパーでは自営の労働者と雇用されている労働者の給与を比較している。自営の場合には雇用主による差別はないからだ。

The survey contains information on a wide range of variables—such as physician specialty, board certification status, and waiting time for patients—that would enable us to control for consumer demand and worker productivity, thereby effectively isolating the effects of different types of discrimination in the physician market.

もちろん自営の人と給与を貰っている人とではそもそも同じ母集団でないため、その差を計算に入れる必要がある。ここでは若手の医者に関するデータが利用されている。個々の医師についての詳細な情報を利用するためだ。

At most, discrimination lowers the hourly wages of black physicians by 3.3%. The decompositions show that consumer discrimination accounts for all of the potential discrimination in the physician market and that the effect of firm discrimination is actually in favor of black physicians.

結果、白人と黒人との間の給与差は僅か3.3%でその殆どは消費者によるものだということが分かったそうだ。もちろんこれは医療という業界の特殊性かもしれないし、自営と給与所得者との差異のコントロールがあまりうまくいっていない可能性もあるが、直感的な結果だ。但し、雇用主の差別が給与差に影響を与えていないのは差別的な雇用主が比較的少ないというだけで、差別がないということではないことには注意する必要がある。

もっと子供を育てよう

もっと多くの子供を育てるべき理由を説明した父の日の記事:

The Case for Having More Kids – WSJ.com

アメリカの出生率は先進国では最も高い水準にあるが、それでも合計特殊出生率は2を若干超える程度だ。

ここでは、もっと子供を持つべきであるいくつかの根拠が示されているが、二つに分けられる。一つは子供を育てることの苦労は過大評価されていること(1-5)、もう一つは子育てに対して過剰なプレッシャーを感じていること(6-8)だ。

  1. 子供の経済的価値が減少したというが、狩猟民族の時代から子供は親の面倒を見ておらず、親が子供の面倒を見ていた。むしろ、近代になって年金などの社会制度が引退した親をサポートするようになった。
  2. 子供のいるカップルはそうでないカップルよりも「とても幸せだ」と答える割合が低いが、その差は1.3%に過ぎない。
  3. 結婚の幸福感に対する効果はそれよりも遥かに大きく、18%に上る。
  4. 子供がいることによる幸福感の減少は一人目の子供にほぼ限られ(5.6%)、二人目以降はほとんど影響を及ぼさない(0.6%)。
  5. 91%の親はやり直せるとしてもやはり子供が欲しいと答えている。
  6. 子供の生涯の健康度は遺伝要素が強い。
  7. 知能や幸福感についても生物学的な繋がりの方が育て方よりも強い。
  8. 子供の教育年数や所得に対する影響もほとんどない。

    要するに、子供を育てるのは言われているほど辛いことではないし、もっと気楽にやってもいいということだ。

    In fact, relaxing is better for the whole family. Riding your kids “for their own good” rarely pays off, and it may hurt how your children feel about you.

    確かに、子供に過度の期待をして育てて、うまくいく例はあまりない。放任気味で構わないというのは納得できる。

    Once parents stop overcharging themselves for every child, the next logical step is straight out of Econ 101: Buy more.

    もし、子育てのコストが思ったより低いのであればもっと多くの子供を育てるのが理にかなっている。二人目以降の子供のコストが小さいなら尚更だろう。ここでの「コスト」というのは子育ての金額ではない。幸福度自体を測定しているので金額は問題にはならない(子育てに幾らかかったとしても幸福度が高ければそちらの方がいいということだ)。複数の子供を育てることでリスクを分散することもできる。

    Focus on the big picture, consider the ideal number of children to have when you’re 30, 40, 60 and 80, and strike a happy medium. Remember: The more kids you have, the more grandkids you can expect. As an old saying goes, “If I had known grandchildren were this much fun I would have had them first.”

    しかも、子供を持つことのコストは、育て始める時に集中しており、その便益は長く続く。例えば、子供を持つことが親の幸福度に与える影響を調べるとき、数十年後に孫を持つことの便益はカウントされていない。子供を育てるかどうかを考える際に人生全体の視点から考える必要があるというのはその通りだろう。

    In the data, the people to pity are singles, not parents.

    この議論は、子育てに対する補助金の是非にも疑問を投げかける。もし子供を持つカップルが独身の人よりも幸福度が高いのなら、子供のいる家庭に対する(再)分配は幸福度に関して逆進的になる。

    iPadは大成功

    iPadに対する賛否両論はあるが、iPadが製品として大成功なのは明らかだ。

    Apple iPad Sales Could Top 2 Million a Month – DailyFinance

    Apple (AAPL) iPad sales have already reached about 1.2 million a month, according to the DigiTimes, a daily Taiwanese newspaper. The figure is based on Samsung’s production of displays for the tablet, which will ship in July.

    iPadは既に月120万に上っており、毎月伸びている。AAPLの株価も好調だ。少なくとも会社の利益に貢献するという点で既に成功としかいいようがない。

    iPadは「残念なプロダクト」かどうかで議論白熱 | web R25 via gshibayama

    iPad発売をとても楽しみにしていて、ようやく手に入れた藤沢氏が「残念」とした根拠は以下のとおり。

    「iTunesがイントールされたPCがないとびくりとも動かない」――これについて藤沢氏は「iPadというのはPCを使ったことがない人でも使えるコンピュータではなく、PC、それもiTunesというAppleの集金マシーンがインストールされたPCがないと起ち上げることさえできないのです」と説明している。

    これはiPadが全ての人にとって素晴らしい製品かとはあまり関係ない。私自身iPadをうまく使う方法が思いつかない。家にいるときはデスクでコンピュータを並べているし、外出時にはラップトップを持っている。wifiがつながらない場所にはいかないので3Gが必要な理由もない。

    しかし、製品がある人間にとって有用かどうかと製品としての優秀さはあまり関係ない。製品が売れるのは、その製品の価値が価格より上である場合で、収益を伸ばすには次のような方法が考えられるだろう。

    1. 価格を下げることでより多く売る。但し一人当たり収益は落ちる。
    2. まだ買ってない人への価値を上げて売上台数を伸ばす。
    3. 買っている人への価値を上げてより多くチャージする。
    4. 価格差別をうまく行って購入者から製品個別単価以上の収益を上げる。

    iPadの場合はどうか。Appleは自社製品を安売りするつもりはないし、生産能力にも制限がある(=安くして需要を増やしても供給が追いつかない)ので1の安売り作戦はとらない。iPadは欲しい人は欲しい、いらない人にはいらない製品なので2のように欲しくない人に欲しがらせるのは難しい。それによって元から購買意欲のある人にとっての製品価値が落ちてしまっては元も子もないからだ。

    望ましい戦略は3,4を組み合わせたものとなる。非常に尖った製品を作り価格を上げる。全員に買ってもらう必要はない。買ってもらう人に高い価値を認めてもらえば良いのだ。さらに買う人の間でも非常に価値を認める人とそうでない人がいるので適切な価格差別によってより多くの余剰を収益に変える。これはiPadというプラットフォーム上でApple自身が収益を上げることで達成出来る。ビデオゲーム会社がビデオソフトの売上の一部を収益とすることで、ゲームをよりプレイする人からより多くチャージするのと同じことだ。

    Oprah gifts big bonus | Welcome to S2Smagazine.com via TrinityNYC

    O gifted each member of her magazine staff with an iPad and personalized iPad case with their initials.

    尖った製品を作ることのメリットはマーケティングにもある。ここではオプラ・ウィンフリーが自分の雑誌を作っている社員にiPadとイニシャル入りのケース(と一万ドル)を配ったというニュースが紹介されている。オプラ・ウィンフリーはアメリカの消費者に絶大な影響をもっており、Appleは実質タダで極めて効果的なマーケティングをしたといえる。先のR.25における賛否両論も同じだ。賛否を問わず強い意見が巻き起こることはいい製品の証であり、何も意見がでてこないことが最大の失敗だ

    結婚とダイエットのインセンティブ

    結婚や離婚が適正体重を維持するインセンティブに大きな影響を与えるという(当たり前の)話(NYTの元記事参照論文):

    The divorce diet

    まずは結婚を境にしたBMIの変化がグラフになっている。非常に分かりやすく結婚を機にBMIが急上昇していく様が見て取れる。結婚相手を探す必要がなくなるためにダイエットするインセンティブが減るという以外にも多くの理由が考えられる:

    • 共同生活によって自炊をして食べる量が増える
    • 二人だとデザートを食べることが多い(これはデート中でも同じか)
    • 結婚と出産が重なっている
    • ホルモンの影響
    • 同居によるストレス

    逆に離婚後のBMIの急減も明らかだ。特に女性で体重減少が甚だしい。これもまた、結婚市場での価値だけでなく様々な要因で説明できる:

    • 別居によるポーションの現象
    • 離婚に伴なう心理的な要因
    • そもそも太り過ぎてたのが離婚の一因

    さらっと眺めた限りでは特にこれらのファクターを分離している様子はないが、結婚相手を探しているかがダイエットするかどうかに強い影響を与えているのは明らかだろう。