新聞と政治

新聞の政治的な傾向(slant)についての興味深い研究が紹介されている。

Econbrowser: What drives media slant?

Gentzkow and Shapiro propose to measure the slant of a particular newspaper by searching speeches entered into the Congressional Record and counting the number of times particular phrases were used by representatives of each party, mechanically identifying phrases favored by one party over the other.

議会で民主党と共和党が使用した語彙が各新聞で使われている頻度から政治的な傾向の指標を作っている。主観的な指標よりも望ましいだろうし、結果として主観とも整合的だ。日本でも知られている(?)ところではLA Times・SF Chronicle・NYT・WaPoなんかは民主寄り、WSJ・Washington Timesなんかは共和寄りだ。

面白いのは、新聞社の所有者が新聞の政治的な傾向に及ぼす影響だ。

右が政治的傾向、左が同じ所有者の新聞の政治的傾向の平均となっているが、統計的に有意な相関は見られないとのこと。つまり所有者ごとに強い政治的傾向があるわけではないということだ。新聞と流通地域の政治的傾向には相関があることからすれば面白い。

Gentzkow and Shapiro conclude that papers to some degree are just giving their readers what the readers want so as to maximize the newspapers’ profits.

これについて筆者らは新聞社は単に読者が望むものを提供しているだけだと結論づけている。確かに、読者が望まない主張を押し付けようとしても売上が他の新聞社に回ってしまうだけでは経営が成り立たない。

新聞がごく一部の強い好みを持った人だけが購読するものになれば、誰にでも売れる新聞よりも極端な主張の新聞が増えるだろう。

追記:後半の推定については全国紙(NYT・WSJ・CSM・USA Today)は除外している模様です(ht @TrinityNYC)。

新聞を取らない理由

若者の○○離れシリーズの中でも新聞離れには人気があるようだ。

若者はなぜ新聞取らないのか 情報にお金払うという感覚なし

実際若者の新聞の購読率は落ちているようだが、その理由はなんだろう。

もっとも多かった理由が「料金がかかるから」。新聞を読まない若者の62.6%が、この理由をあげた。

「料金がかかるから」となっているがこれ程意味のない結果もない。私が新聞を読まない理由は「内容が薄い割に」高いからだし、「ネットでより迅速に入手できる情報なのに」高いからだ。要するに、「料金がかかるから」というのは「得られるものに対して価格が高い」、すなわち「買わない」という言葉を言い換えただけに過ぎない

よって、ここから「情報にお金払うという感覚なし」と結論付けることはできない。新聞を買わない私も、プロバイダーには一番高いプランで料金を支払っているし、本は読むより買うほうが多いので積まれていく一方だ。

若者を代表するつもりはないが、ネットや携帯サイトを通じて小額決済を行うのは簡単になってきており、むしろ情報にお金を払うという感覚は増していってるように思える

次に多いのが「読むのに時間がかかるから」(37.9%)、3番目は「他のメディアから得られる情報で足りているから」(24.5%)というものだった。以下、「ゴミが増えるから」(22.8%)、「余計な情報が多いから」(18.3%)と続く。

2番目以降の理由は、どうして費用に見合う価値がないのかという具体的な記述であり、それなりに有用だ。

「読むのに時間がかかるから」、「余計な情報が多いから」はバンドリングの問題だ。新聞業界は様々な情報を集めて売ることで利益を上げてきた。読者一人一人が興味をもつ情報は新聞の中の一部であっても、紙面を増やすための追加費用は新聞を印刷して、配達するため費用に比べて小さい。それなら何でも載せてしまって読者を増やすと同時に購読者への価値を平準化することで利益を増やせる。しかし、こういったバンドリングはインターネットの登場によって難しくなった。ネット上で興味のある記事だけを選んで読むことができるからだ。

「他のメディアから得られる情報で足りているから」は単純に情報の供給が増えたため、新聞というメディアの市場支配力が落ちたということだ。同じような財を供給する主体が増えれば同じ価格では売れなくなるというだけの話だ。新聞だけは競争とは関係ないなどということはない。そもそも新聞業界が日本より寡占的な国もないわけで、その日本ですらついにと言った方がいいだろう。

他にも、家族構成の変化も考えられる。新聞は一家に一契約という家が多いだろうが、家族の人数が減れば実質的な一人当たり負担は増える。四人・五人で一緒に読んでいた時代と一人・二人で暮らしている時代とで大差ない価格で売れば、高すぎると思われるのは当たり前だ

「効率的に情報収集できるから」という理由が46.1%で1位になったのだ。新聞を読まない若者は「食わず嫌い」の可能性もあるというわけだ。

逆に読む理由は「効率的に情報収集できるから」とのことだが、これを「新聞を読まない若者は「食わず嫌い」の可能性もある」というのはかなり苦しいだろう。若者が新聞を読まなくなっているとはいえ、現在20-34歳の人で子供の頃から新聞が家になかったという人は少ないだろう。「可能性がある」というのは勝手だが、その可能性はゼロに近い

数理経済学とマッチング

数理経済学(Mathematical Economics)というかマッチングとは何かについての分かりやすいスライド(Herb Scarf)があったのでご紹介。数理経済学が何かというのは定義が難しい。Wikipediaによれば、

Mathematical economics refers to the application of mathematical methods to represent economic theories and analyze problems posed in economics.

とあるが数学を使わない経済学の分野なんてないので具体的に何のことか分からない。大学で経済学を勉強していて数理経済学とは何哉と思った方はどうぞ。

What is Mathematical Economics

結婚相手、ルームメイト、研修医と病院、腎臓移植のマッチングが取り上げられ、割り当てのメカニズム(の存在)とその安定性・一意性なんかを論じる様子が分かる。

エスニシティ別所得ギャップ

アメリカのエスニシティ別の所得の推移を示した綺麗なグラフ:

The US Income Gap | MintLife Blog | Personal Finance News & Advice

内容自体は極めて常識的で、白人およびアジア系の所得が高く、女性の所得は低い。但し、このことから直接結論を出すのは難しい。このグラフはむしろ単純なグラフを読む上での落とし穴を考えるのにいい。ぱっと思いつくだけでも以下のような問題点がある:

  • 平均所得であってメジアン所得ではないので、外れ値に大きく影響される
  • 労働時間で調整されていない;アジア系の所得が高いのは労働時間が長いためでもあるし、女性が低いのも労働時間が短い部分が大きいだろう
  • 推移だけを見るとギャップが開いているように見えるが、片対数グラフではないし、インフレが調整されていないように見える
  • 教育水準などで条件付されていないので、エスニシティ別の所得を見ているつもりで学歴別の所得を見ているだけかもしれない

最近アメリカではグラフを含めた視覚化を行うサイトが相当数あるが日本でも似たような試みがあると面白い。

イノベーションのコスト

研究開発費に関するグラフが幾つか。大まかな数字をつかんでおくのは重要。

Paying for Innovation – Economix Blog – NYTimes.com

国立科学財団(National Science Foundation; NSF)によるレポート(Science and Engineering Indicators: 2010)からグラフが引用されている。

まずは研究開発費の内訳だ。現在企業による投資が70%近くで、連邦政府のシェアは戦後下がり続け30%を切っている。これは1930年代の水準に迫るものだ。とはいえ、この数字がすなわち研究開発における政府の役割の低下を示すものではない。

Academic performers are estimated to account for 55% of U.S. basic research ($69 billion), 31% of total (basic plus applied) research ($157 billion), and 13% of all R&D ($395 billion) estimated to have been conducted in the United States in 2008.

大学は研究開発費の13%しか占めていないが、基礎研究の55%を占めている。

ちなみに日本はというと、やはり企業に研究開発の割合は近年70%前後で安定している。上のグラフは科学技術研究調査から作った。NSFのグラフの連邦政府は大学や企業への補助金を含むので直接の比較はできないが、研究開発費の大部分を民間企業が請け負っているのは共通している。

研究開発費そのものは世界中で上昇している。国ごとの相対的な量では中国が急激に伸びている以外、比較的安定している。

GDP比でみると日本は非常に高い水準を保っているが近年韓国に追い抜かれている。アメリカ・EUは安定しているが、中国はここでも急上昇を見せている。採集データは2007年となっており、現在では絶対量で中国に負けているようだ

但し、本来はイノベーションのアウトプットを比較するべきだが、測定が極めて困難なため費用を比べざるをえない点には注意が必要だ。使った金額だけにとらわれずどれだけ効率に使うかという視点は忘れてはならない。