ネットとカスタマーサービス

日本メーカーのカスタマーサービスについての記事:

アゴラ : これでいいのか?最近のカスタマーサービス- 上村敏

元の文章は読みにくく、論点が整理されていないが、コメント欄で補足されている:

該当の件は液晶テレビの購入時の問題で、BS/CSチューナーを搭載している考え商品を購入したのですが、実際には搭載されない商品でした。ネットであわ せてパラボラアンテナも同時購入していたので、店頭での購入であればまずこのような事態にはなっていなかったのでしょう。販売店およびメーカーサイドでは開梱後の返品および交換は一切受けられないとに回答でした。消費者センターの見解ではBS/CSチューナー非搭載などのデ メリット表示が不十分であるとの指摘をうけましたので、販売店及びメーカーに文書にて回答をお願いいたしました。その結果販売店より商品交換の回答が、電 話にて(文書ではなく)あり昨日商品交換が完了しこの問題自体は解決いたしました。

小売店が商品説明のような正の外部性(=他の小売店も得をする)の強いサービスを行う場合、再販売価格維持制度がなければそのサービスが過小供給され社会厚生が低下することが知られている。

再販売価格が拘束されていなければ、小売店が頑張って商品説明を行っても他の安い店で買われてしまうからだ。ここで商品説明は一種の公共財となっている。

公正取引委員会による再販売価格拘束の取り締まりに加えて、ネット販売の普及により消費者が安い他の店で購入することはより簡単になった。この環境下で十分な商品説明が行われないのは自然な帰結だろう。

しかし、だからといって再販売価格拘束が正当化されるわけではない再販売価格を固定することは小売店間の競争を妨げるという問題があるからだ。その例外に当たるのが再販制度の認められている著作物だ。

ちなみに、

ただ私のように消費者センターまで問題を持ちこまなければこの程度の問題が解決できないのかという疑問がありました。

とあるが小売店同士の競争を確保するためにはある程度仕方ないだろう。商品情報が過小供給される以上、消費者はよりよく情報を集めて商品を購入する必要がある。小売店は商品販売にかかるリスクを負っており、表示不十分で間違って購入された商品の返品を受け入れるインセンティブがない(消費者センターに叩かれれば受け入れるようだが)。

アメリカでは家電製品はレシートがあれば無条件で返金に応じるという商習慣があるということを思い出しました。ただ結婚式に必要なビデオカメラを買い、終了後そのカメラを販売店に返品にくるといった例もあり、まったく信じられない商習慣であると感じました。

アメリカ式の返品制度には反対のようだが、解決策の一つであるのは確かだ。また、ある程度の問題はコストダウンのために受け入れるしかないという意見について、

熾烈な国際競争では決して生き残れません。

と述べているがそんなことはないだろう。現にアメリカのカスタマーサポート(ないしカスタマーサービス一般)は日本とは比べ物にならないほど低い。またそもそも小売店レベルのサポートの話が国際競争と何の関係があるのかもわからない。

トービン税の問題

トービン税については前取り上げたが、それに対する反対意見があったので紹介:

Tobin tax: How to reveal you don’t understand risk : Core Economics

A great way to reveal that you only understand risk management in static terms is to advocate a Tobin tax on financial transactions.

トービン税はリスクマネジメントを静的にしか理解していないことを示すという。

People who look at the financial system and see the massive growth in trading volumes of capital market and risk market instruments and conclude that it is all just speculation run amok, just don’t get it.  They don’t have a good understanding or intuition about how risk is dynamically managed in the economy.  They want a Tobin tax to suppress speculation, not realising that they will damage the allocative efficiency of the financial system.

著者によれば、資本市場・保険市場の拡大は投機ではなく、リスクが動的に管理されている証拠であって、トービン税を掛けると金融システムの効率を損なうそうだ。

市場のどこまでが投機なのかというのは実証的な問題なのでよく分からないがいまいち説得力がないように思う。理由は以下だ:

  • 現状はファーストベストではないだろうから税金を掛けると結果が悪くなるとは一概に言えない
  • トービン税が非効率性を生むとして、問題は他の経済活動に税金を掛けるのとどっちが非効率かということだ

前者についてはそもそもトービン税の推進派も税金が何らかの非効率を招くことは否定しないだろう。しかし実体経済へのマイナスの影響を与える投機行動を直接規制できないのであれば取引全体を規制することは正当化しうる(公害を取り締まる方法がないことを前提とすれば競争を促さないことが正当化されるのと同じだ)。

後者は税の超過負担の問題だ。一定の税収が必要なことを前提とすれば、必要悪としての税金はなるべく経済に歪みをもたらさない場所に掛けるのが望ましい。よってトービン税の非効率性を議論するなら、他の税金にくらべて非効率だという必要がある。

まあ、トービン税が導入されることは政治的になさそうなので実質的にはどうでもいい気もする。

保険市場の非効率性

保険市場は極めて非効率な市場だ。支払った保険料のうち自分に支払われる額は期待値で1/3から2/3にすぎない。いざという場合に備えるのならある程度の貯金をすべきであって、それではどうしてもカバーできないようなリスクにだけ保険を買うべきだろう。

アゴラ : それでもあなたは生保に入りますか?

書評している本が手に入らないので何ともいえないが、保険購入に関するアドバイスがある:

  • 加入は必要最小限にしよう
  • 死亡保障は掛け捨てでよい。貯蓄としては損
  • 医療保障は公的保険でかなりカバーされているので、あまり必要ない
  • 「途中で解約したら損」というのは嘘
  • 必ず複数の会社の保険を比較して選ぼう

とても妥当な助言だろう。保険とは自分のリスクを誰かに負担してもらって代わりにフィーを払うことだ。お金をたくさんもっている人は多少のリスクを負ってもかまわないし、異なるリスクをまとめれば全体のリスクを減らせるので、リスクを売り買いすること自体は社会の効率を改善する

しかし、保険市場は効率的に運営するのが極めて難しい。リンク先では心理バイアスによる間違った選択や売り込みのための費用が指摘されているが、もっとも大きな問題はモラル・ハザードと逆選択だ。前者は保険が掛かっていることによって非保険者が社会的に望ましい注意を払わないこと、後者はリスクの高い人間ばかり加入したがるので市場が成立しなくなる現象だ。どちらも保険市場における情報の非対称性、前者であれば被保険者の行動、後者であればその情報が保険会社からは観察できないために起きる。

保険会社はこれらの問題を免責(deductible)や健康診断で防ごうとするし、国民健康保険なら強制加入によって対応する。それでも非効率であることは変わらない。よってなるべく保険の購入量は減らすというのが望ましい戦略になる。

書評されている本の著者は自分で新しい保険会社を立ち上げたという:

著者は、このような詐欺的な生保の商法に挑戦し、営業経費をほとんどかけないネット生保「ライフネット生命保険」を設立し、その副社長になった。

これは非常によいビジネスのやりかただ。社会の中の非効率性を解決するビジネスを提案し、自分もそれで利益をあげることだ。

以下、気になったので指摘しておく:

  1. 保険料が10万円で、病気になったら医療費を払ってくれる「掛け捨て」
  2. 保険料が20万円で、病気になったら医療費を払い、無事に満期を迎えたら10万円の「ボーナス」が払い戻される

この二つの保険のリスク保障機能は同じで、Bのほうが10万円を無利子で固定するだけ損なので、あなたが合理的なら、Aを選ぶはずだ。ところが、ある外資 系保険会社が行なったアンケートによると、実に95%がBを選んだという。これは「掛け捨て」と「ボーナス」という言葉に引っかかる(行動経済学でよく知 られる)バイアスだ。

AとBは本当に同じリスク保障機能と言えるだろうか。Aなら健康なら-10万円、病気なら-10万円で、Bだと健康なら-10万円、病気なら-20万円だろう。病気のときの出費が100万円だとすると保険なしでは健康なら0万円、病気なら-100万円なのでAもBもリスク回避機能はあるが、明らかにAのほうがその機能は高いだろう。実際には満期までの割引もあるのでAのほうが望ましい。

また保険会社がBを勧めるのは消費者の錯覚を悪用しているだけではない。Bは病気の場合のリスクを一部温存するため、被保険者はある程度の健康への配慮を続けるだろうし、不健康だと認識している人はBを選ばない。よって、この例ではAとBの期待支払額は変わらないが、通常はBを選ぶ客のほうが保険会社にとって低リスクなのでBの期待支払額を割安に設定するだろう(でなければ競合他社が割安に提供して顧客を奪うだろう)。自分は平均より健康だと思っている消費者はこのことを経験的に知っているので計算をせずにBを選んでいるだけかもしれない。

大学生は多すぎるのか

大学に進学する学生は多すぎるんじゃないかということについて様々な専門家が意見を出している:

Are Too Many Students Going to College? – The Chronicle Review – The Chronicle of Higher Education

中でも面白いと思ったのは次の二つだ。

Charles Murray: It has been empirically demonstrated that doing well (B average or better) in a traditional college major in the arts and sciences requires levels of linguistic and logical/mathematical ability that only 10 to 15 percent of the nation’s youth possess. That doesn’t mean that only 10 to 15 percent should get more than a high-school education. It does mean that the four-year residential program leading to a B.A. is the wrong model for a large majority of young people.

実証研究によれば、普通の専攻でそれなりの成績(平均B以上)を取れるだけの言語・論理・数理能力を持っている人間は10-15%に過ぎないという。もしこれが正しければ過半数の若者が大学に進学するのは非常に非効率ということになる。

Bryan Caplan: There are two ways to read this question. One is: “Who gets a good financial and/or personal return from college?” My answer: people in the top 25 percent of academic ability who also have the work ethic to actually finish college. The other way to read this is: “For whom is college attendance socially beneficial?” My answer: no more than 5 percent of high-school graduates, because college is mostly what economists call a “signaling game.” Most college courses teach few useful job skills; their main function is to signal to employers that students are smart, hard-working, and conformist. The upshot: Going to college is a lot like standing up at a concert to see better. Selfishly speaking, it works, but from a social point of view, we shouldn’t encourage it.

こちらは経済学者だ。個人レベルでは大学へ進学することがプラスになるのは25%だという。しかし、大学進学の個人へのリターンの多くがシグナリングに過ぎないことを計算にいれれば社会的な望ましい水準は5%だという。何故なら大学の授業は現実社会で役に立たないからだ。また進学者が少ないほうがシグナリングの効果は高いだろう。

彼は大学進学をコンサートで立ち上がることに例えている。これはとてもわかりやすい例えだ。四分の三の人が立ち上がっていたらもうどうせ前は見えないので立ち上がるのを辞めるだろう(現実進学率<75%)。しかし立ち上がっている人が四分の一なら立ち上がることは個人的にメリットがある(現実進学率>25%)。しかし、社会的に望ましいのは特別に背が低いなどを除き全員座っている状態だ(最適進学率=5%)。

これは日本にも当てはまる。どちらにしろ大学進学率が50%を越えるような水準で大学への資金援助・進学費用の補助などを行うことは正当化しにくいだろう(注)。

(注)教育が民主主義のために必要だと考えることはできるが、大学が学習を強制しない以上あまり有効な批判とは言い難いだろう。

低所得者層の限界税率

限界税率といえば普通、高所得者について議論されるものだ。累進税率によって所得が上がるほど限界税率は上昇するためだ。しかし、低所得者層においても限界税率の労働意欲に対する影響はおおきい:

The Dead Zone: The Implicit Marginal Tax Rate – Clifford F. Thies – Mises Institute

income

このグラフは給料の額と実質的な可処分所得との関係を表したものだ。高所得者層では税金があるため可処分所得のほうが小さいが、低所得者層ではフードスタンプのような生活保護政策によって給料の方が少ない。

問題は四万ドル以下の平らな部分だ。平らというのは給料が増えても実質的に使える金額が変わらないためだ。給料が上がることで税金がかかり、補助の額が減るため、給料の上昇が打ち消されている。

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こちらは最初のグラフから逆算した限界税率だ。2万ドルから4万ドルの間の限界税率が著しく高いことが分かる。

Everywhere, the government’s desire (meaning the left-liberal do-gooders’ desire) to be generous to the poor is destroying the positive incentives to work and to save that are so necessary for a well-functioning economy.

これにより、低所得者層が所得を上昇させるインセンティブは極めて小さくなる。対策としてはまず生活保護のような給付金を所得に対してよりなめらかに設定させること、絶対的な水準をしぼること、対象基準を所得以外の要因にすることが考えられるだろう。

日本のケースについても同じようなグラフはないだろうか。