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人種差別の現実

October 19th, 2009

巡回させて頂いているブログアメリカにおける人種差別の話について書かれていたので、前に読んでとても感心した黒人と白人の関係に関するエントリーを紹介(是非全文読んでいただきたい):

My Race Essay: What Whites Say Behind Blacks’ Backs « Colin Blog

著者は黒人が支配的なセントルイス出身で自らの経験から何故黒人に対する「差別」がなくならないのかについて論じている。まず現状については次のように述べている。

One such uncle of mine noted [...] America is generally an “equal opportunity country.” I wouldn’t go that far, but this is how most white people feel and I think the truth is somewhere in the middle.

基本的に機会は平等に近づいている。これは私の感覚にも一致する。アファーマティブアクションが議論になるよう、教育などにおいて明らかな差別はない。

In my school, there was no systematic exclusion of the black students from excelling in academics. Most of the black students excluded themselves.

学校教育において、黒人が差別を受けているという事実はなく、むしろ彼らが勝手に勉強から離れていくとかかれている。その例として、黒人がほとんどの高校で微積分を取る黒人がいなかったこと、高校を卒業しているのに字が読めない歌手が挙げられている(アメリカの識字率の現実については前に書いた)。実際大学において黒人の比率は非常に低い(うちの大学は特に低いため時折批判に会う)。また白人と黒人は社会的にも早いうちに分離する:

But somewhere along the line, 5th or 6th grade, the white and black students started to segregate themselves.

これは大学になっても続いている。多くの大学生は自分の人種のグループから出ようとしない。小学校あたりで既に分かれているのならその傾向も不思議はない。

では何故「差別」はなくならないのか。これについて著者は自らがレストランでサーバーとして働いた時の経験から説明している。少し長いがまとめて引用しよう:

I have a theory to explain why blacks often suffer discriminatory treatment in society. From my experience in the restaurant service industry, servers and bartenders will tell you that black people don’t tip. This is bullshit. I used to argue that the average gratuity percentage of all black customers, while certainly lower, is not much lower than the average percentage from all white customers. The difference is negligible given low gratuities from rural white people and elderly white people.

But those ghetto white people aren’t such a pain in the ass. They’re in and out. Servers don’t remember them. Nor do servers remember the nice black family that was easy to take care of and left 20%. They remember the ghetto black table that sent back their food for trivial reasons, asked for free samples, complained to a manager, or were a major pain in the ass in some other way while not leaving a tip. The treatment I have gotten from ghetto black tables is simply unconscionable. You don’t get that from any other kind of people. Only black ghetto. Even black servers don’t want to wait on black tables. I was the guy that used to argue that waiting on blacks is not as bad as people make it out to be. And even I would get a feeling in my stomach when I saw a black table sit down in my section. Just the chance that this black table could be a black ghetto table could completely ruin my night.

掻い摘んで説明しよう。黒人客のチップが他の(同じような社会経済的ステータスの)グループに比べすくないわけではない。しかし、チップを払わない客のほとんどは単に食事してさっさと帰るだけなのに対し、一部の黒人客は大した理由もなく食事を突き返し、無料サンプルを要求し、マネージャーに文句を言うなど非常に面倒なことをした挙句チップを置かずに帰る。この体験が余りにも酷いのでサーバーは黒人の客が来ただけでもしかしたらその客がそういう客なのではないかと思ってしまう。

That feeling is uncontrollable. You can’t teach someone not to feel what has been conditioned into their system through experience, like a dog getting its face rubbed in shit after pooping in the house.

そしてこれが繰り替えされると、人間は自分の感情をコントロールできなくなってしまう。

My theory is that discriminatory treatment stems from people trying to thwart or discourage the triflin’ behavior of the ghetto segment. Imagine how police officers, whose exposure to black ghetto must be much higher, could come to treat all black people. Unfortunately, non-ghetto black people are often subject to the backlash against ghetto black people when they are not to blame. They are being treated unfairly. In my view, one third of the black population is fucking it up for everybody.

黒人の一部が余りにも酷いため、多くの人はそれに対策を講じる。ある路地に黒人が集まっていればそれなりの確率でそれが犯罪に結びつくかもしれないので避ける。これは極めて合理的な行動だ。観察できない情報(危険かどうか)が分からないのでそれと相関している他の観察可能な情報(黒人である)を利用しているに過ぎない。そしておそらく人間は単に相関している出来事にも恐怖感といった感情を持つようにできているのだろう(いちいち考えているよりも生存に有利だ)。だがこれは他の心理的問題とは異なる。なぜなら頭で考えたとしてもこの行動は(本人の利得を最大化するという意味で)正しいからだ。

しかも是非はともかく正そうとしても難しい。学歴「差別」を表面上禁止するのは簡単だ。単に求職者に学歴を聞くのを禁止すればよい。学歴はシグナルなので禁止するのは非効率的だろうし、実際に執行するのは困難だろうが理論上は可能だ。しかし黒人に対する「差別」を禁止するのは非常に難しい。肌の色は見れば分かるのでその情報を利用しないように強制することはできない。実際、黒人に多い名前を書いた履歴書を企業に送るとごく標準的な名前で同じ履歴書を送った場合よりも企業から反応がある可能性が有意に低いことが知られている。企業は少しでも観察不可能な情報と相関している情報を意思決定に利用する。

I can’t think of how normal, mainstream black people can disassociate themselves with the ghetto segment in order to receive normal treatment. The black ghetto segment is so triflin’ that the mere presence of a black person can cause worry in worrisome types.

ではまともな黒人はどうやってこの構造が抜け出すのかという疑問が掲げられている。これはそういう黒人を観察していれば分かる。多くの、ここでいうghettoでtriflin’な、黒人は大きなTシャツにダブダブのジーパンを腰ばきし、キャップやフッディー、指輪・ネックレスなどを着ている。それに対してまともな黒人はそれと限りなく反対の着こなしをする。Tシャツはほとんど着ないし、着てもサイズをきちんと合わせる。大抵はYシャツ。ジーパンもぴっちりとしたものを履くし、チノパンであることも多い。シャツはタックインしてしばしば上にはジャケットだ。スーツを着ている人も多い(これはカリフォルニアでは非常に珍しい姿だ)。しゃべり方もまったく異なる。アメリカの多くの黒人は特徴的なしゃべり方をすることが多くなかなか聞き取れないのに対し、彼らは他の人種よりもわかりやすいしゃべり方をする。オバマの演説なんかがいい例だ。

ではこの問題はどうやったら解決するのだろうか。「差別」が黒人であるという情報に基づいて異なる行動をとることを意味するなら上述のように極めて困難だ。「差別」的な行動により不利な扱いを受ける黒人に対する補償が目的であればアファーマティブアクションが該当するだろう。しかしこれは「差別」自体をなくすのには役に立たない。また、他にも観測不可能な情報と相関する特性を持っているがゆえに不利な扱いを受けているグループは存在する。

根本的な解決には、「差別」自体に対処するのではなく、通常の福祉政策・教育政策・再配分政策によって問題となっている層を何とかするのが唯一の対策だろう。人種によって明らかな優劣は存在しない以上、これらの政策によりいつかは人種との相関は消えていくはずだ(逆に言えば本質的な違いが存在しているタイプの「差別」に関してはこの方策は効果がない)。

アラブ諸国における教育

October 17th, 2009

アラブ諸国における教育についてのThe Economistの記事:

Education in the Arab world: Laggards trying to catch up | The Economist

アラブの国々が経済発展を遂げられない最大の理由は教育水準の低さだと考えられる。例えば、

According to surveys, barely a third of Egyptian adults have ever heard of Charles Darwin and just 8% think there is any evidence to back his famous theory.

エジプト人の三分の一はダーウィンについて聞いたこともなく、証拠のある理論だと考えている人は8%しかいない。アメリカの教育とキリスト教の関係はよく問題にされるが、聞いたこともないというのはそれを遥に上回る大問題だ。そんなことがおきうるのは教育内容が宗教によってコントロールされているからだろう。

Until recent reforms, state primary schools in Saudi Arabia devoted 31% of classroom time to religion, compared with just 20% for mathematics and science.

つい最近までサウジアラビアの初等教育の31%が宗教に当てられていたそうだ。

It is one reason why Arab countries suffer unusually high rates of youth unemployment. According to a recent study by a team of Egyptian economists, the lack of skills in the workforce largely explains why a decade of fast economic growth has failed to lift more people out of poverty.

この影響は単なる面白い話に止まらず、適当な労働力供給不足による経済発展の停滞にまで及んでいる。教育システムの改善を進めている国もあるが一朝一夕な効果は望めないし、宗教的な反発も強い。

TIMSSの学力調査でもアラブ諸国は全て平均を下回り、しかも優秀な学生の割合は極端に低い。包括的な大学ランキングとして知られているSJTUのトップ500ランキングにはアラブの大学が一つもない。それに対してイスラエルの大学は六つもランクインしており、一般に高い学力で知られている。

P.S. それにしてもThe Economistの記事の質は安定的に高いように思う。日本にはこういうレベルの経済ジャーナリズムは存在しないのではないか。

オックスフォードの面接問題

October 9th, 2009

オックスフォード大学の選考過程で聞かれる質問の例がTimesに掲載されている。こういう選考を行っているのなら日本とは全く違う大学生が生まれるのはよく分かる。ただ日本では二つの文化から現実性は薄そうだ。一つは、筆記試験という明確な基準を好む強い傾向。もう一つは大学入試に対する考え方の違いだ。ここであげられている質問は本当に頭のよい学生を選ぶことを目標としているが、日本の大学入試は選ぶことが主な目的というよりも、勉強をすればいい大学にいけるというシステムを作ることで勉強を促すメカニズムになっている。

Oxford University interview questions: the examples – Times Online

Subject: Geography

Q: If I were to visit the area where you live, what would I be interested in?

地理:もし私があなたの住んでいる場所を訪れるとしたら、どんなことに興味を持つと思いますか?

今住んでいるバークレーであれば、容積率規制とゾーニングが与える景観への影響や、以前紹介した街並みに現れる保守性と政治思想との間の不整合について論じたい。

Subject: Modern languages

Q: What is language?

現代語:言語とはなんですか。

言葉が通じることと人間か否かの判定、どうして言語が倫理の範囲を確定するか、全く異なる言語体系を持つ民族ないし異星人を想定することの意味などが面白いかな。月並みでよければゲームの均衡としての言語を論じればよさそう。

Subject: English

Q: Why might it be useful for an English student to read the Twilight series?

英語:英文学の学生がTwilightシリーズ(吸血鬼が題材の小説)を読むことの意義は何ですか。

読んでいないので分からない…。

Subject: Medicine

Q: Why does your heart rate increase when you exercise?

医学:運動時に脈拍が上がるのは何故ですか。

三レベルの説明が可能か。酸素の供給が必要なこと、そのことを伝達するインフラが存在すること、そのようなシステムを持つ生物が進化論的に生き延びること。

Subject: Biological sciences

Q: If you could save either the rainforests or the coral reefs, which would you choose?

生物学:熱帯雨林か珊瑚礁を救えるとしたらどちらを選びますか。

生物学なので熱帯雨林・珊瑚礁が環境に与える影響を論じるべきだろうが、個人的には費用便益分析を持ち出したい。

Subject: Law

Q: What does it mean for someone to ‘take’ another’s car?

法学:誰かが他の人の車をtakeするとはどういう意味ですか。

まずいろいろな意味がありうることを述べる。そしてそれぞれの用法において社会への影響が異なり、法律的に別の行動として扱われていること、それが言葉の選択にも現れていることなどを述べたい。

Subject: Engineering

Q: How would you design a gravity dam for holding back water?

工学:水を保持する重力ダムを作るとしたらあなたはどう設計しますか。

適当な角度の斜面にダムを作ることを想定し、形状により構造物への負荷がどう変わるかを計算してみるかな。

元記事には面接官のコメントも掲載されている。

教育はペイすべきか

September 28th, 2009

mixiで見かけたのでコメント:

教育のもたらす利益について (内田樹の研究室)

さきゆき自己利益を増大させるという保証があるなら、公教育に税金を投じるにやぶさかではない。そういう経済合理性に基づいて、アメリカのブルジョワたちは公教育の導入を受け容れたのである。

しかし、これはこの「教育はペイする」というロジックそのものが内包していた背理であると私は考えている。
教育をビジネスの語法で語ってはならない、というのは私の年来の主張である。

公教育の正当化が、自己利益に基づく経済合理性であること批判している(しかしブルジョワなんて単語が使われているのは久しぶりに見た)。ではどう正当化するのか。

教育は私人たちに「自己利益」をもたらすから制度化されたのではない。
そのことを改めて確認しなければならない。
そうではなくて、教育は人々を「社会化」するために作られた制度である。

「社会化」のためだそうだ。しかし、では何故「社会化」は必要なのか。「社会化」が必要だと社会を説得するためには結局のところそれが構成員にとって何らかの意味で「得」である主張する必要がある(そうする気がないのならこんな文章を書くはずがない)。それは狭義の「自己利益」に当たらなくても同じことだ。大多数の人間が「社会化」されている社会のほうが大抵の人にとって望ましい=「得」であるだけだ。そしてそれは最もな意見だ。

しかし同時に経済合理性が何らかの形で担保される必要があるのは明白だ。公教育に無限の資源を投じることはできない。「社会化」が目的の一つだと認識した上で最も効率的な投資を行う必要がある。「社会化」という言葉だけでは例えば教育予算をGDP比何パーセントにすべきかだって決めることができない。欧米諸国より少ないから増やそうという意見はあまり説得力がない。

では何故彼は「利益」を通じた経済合理性の適用に反対するのか。これは捕鯨問題と全く同じ倫理(学)的問題だ。教育は(あらゆる社会問題)同様、何らかの経済合理性に基づいて正当化される。しかし教育内部においては、教育が必要な理由が経済合理性であっては困る。経済合理性を個人の立場だけで考えれば、望ましい量の教育を受ける理由は無いからだ。何故自分の時間をさいてまわりの人間のために「社会化」しないといけないのか、ということだ。教育内部での論理を教育の是非といったメタな問題に適用することはできない。

「悪いこと」をしてはいけないのはなぜか子供に教えるとする。「悪いこと」してはいけないのは刑法に反するからだとは言わないだろう。「悪いこと」をしてはいけないのはそれが「悪いこと」だからだと教えるはずだ。しかしこの説得はトートロジーであって何が悪いことであるかを決めるのには何の訳にも立たない。例えばインサイダー取引が悪いかどうかどうやって決めるのか。それが悪いとしてどれだけの罰則を定めるべきか。「悪いこと」は「悪いこと」だと唱える教育者は必要だが、教育の外=政策決定に出張ってこない良識は持つべきだろう。出てこないことが社会の構成員にとって得であるという意味でだ。

確信犯的に政策決定に口を出すことも考えられる。政策決定に携わる人間は経済合理性を担保する必要がある一方で政策内部での論理、例えば教育は経済合理性ではないという意見、を声高に否定することはできない。そこを逆手にとって政策決定を歪めることもできるだろう。

大学の価値は何か

September 26th, 2009

大学の経済的価値についてEconomistから:

What’s college all about? | Free exchange | Economist.com

So, the question: are colleges selling an information-based product or an aura-based product (or something else altogether)?

It could be that the key value is in being in a room with an expert and other interested students, in participating in dorm-room bull sessions, in napping on a pile of texts in a musty old library, and in running naked across the quad at three in the morning. These things can’t be digitised and infinitely replicated.

情報に加えてオーラが重要だと主張している。技術により情報の価値は失われるが大学での経験はデジタル化できないというわけだ。この意見には賛成だ。大学に行くことは、二十歳前後にある意味好きなことができる時間を持てることだ。知識を伝えることが全てなら大学は短いほうがいいだろうが、早く卒業したくてしょうがないという学部生にはお目にかからない。それに対し学部卒業してからの教育(大学院・職業訓練など)は短期間なのが好まれる。

One other thing to think about; it could be that a key value of universities has nothing at all to do with what a student does while enrolled, and instead stems from the filtering mechanism of the admissions process. [...] They act as ratings agencies, in a sense, screening products and declaring them “safe” or “risky”.

もちろんフィルタリングの価値が最も高いのは否めないだろう。高校生が大学での実生活を想像するのは難しいが、大学のランクなら簡単に分かる。

It would be interesting if in the future there are organisations which play this role more explicitly, offering to investigate a candidate’s history and skillset for a fee, and certifying qualified candidates, all in a fraction of the time and at a fraction of the cost of an actual university education.

フィルタリングが重要ならそれを専門に提供する企業が出てもおかしくない。例えば東大に行くことの価値が東大を卒業すればある程度賢いと思われることなら別に模試の結果でもあれば構わないんじゃないかということだ。むしろ中での順位まで分かるのでより情報量は多い。

今のところそういう企業はないが、これは十分にありえる。大学から中退して成功する人々を見れば分かる。フィルタリングが全てなら中退しても問題はないわけだ。もちろん中退者は大学生の代表値ではないので単純に比較できないが、誰から見てもやむを得ない理由で中退せざる追えなかった人の労働市場の評価を見れば分かるだろう。

ただこの手の企業が市場に信頼されるのは非常に困難だ。しかし信頼を獲得する方法もとりあえず二つほど思いつく。一つは既にある権威を利用することだ。具体的には教育学なんかのPh.D.をつれてきて事業を始めることだ。企業や個人向けに職業適正のパーソナリティ判定を提供する企業はこれに非常に近い。しばしば心理学者が会社を設立しているし、MBTIなどは認定機関が存在している。

もう一つの方法は単純な信頼獲得を目指すのではなく、フィルタリングを行う企業がリスクを負担することだ。ある労働者の能力を認定するだけでなく、その質を制度的に担保する。これは人材派遣という形式をとることで実現できる。企業は派遣されてきた労働者の質に問題があれば交換を要求できるので評判に依存する必要が無い。人材派遣会社というとイメージが合わないかもれしれないが、コンサルティングファームの実態はこれに限りなく近いだろう。特に戦略系などは会計やITなど特定の業務を売っているわけではないのでこの要素がほぼ全てではないだろうか。彼らの採用がトップスクールよりも厳しいと言われるのはこのことの証左のように思われる。