motorsavederby.co.uk

便乗値上げの被害?

便乗値上げという概念の掴みどころのなさについては前に紹介した(便乗値上げの規制)が、さらによく分からない法律ができようとしているという続報があったのでこれも紹介:

A private right of action on price gouging « Knowledge Problem

To that end, “the purpose of this bill is to grant citizens who are victims of illegal price gouging in times of emergency the right to directly sue the responsible party.” The proposal would allow a victim to sue to recover up to “actual damages” or $1000, whichever is greater, and give the court discretion to award a prevailing plaintiff up to $5000 and reasonable attorneys’ fees.

話題になっている法律は、便乗値上げが起きた時に司法(Attorney General)しか訴えを起こせなかったものを、被害者にも可能にするというものだ。「被害者」は「実際の被害」か$1,000のどちらか大きい方で訴えられるようにするそうだ。裁判所はさらに$5,000と弁護士費用を課すこともできるとのこと。

The bill does not specify who is considered a “victim” under the law. I can imagine a few problems that may result.

当然問題となるのは一体、誰が「被害者」で何が「実際の被害」なのかということだ。

the definition seems to apply in cases in which the “victim” incurs the hazard, i.e. could have purchased at other prices but chose to buy from a merchant offering the good or service for a much higher price.

法律の定義によれば、他の商人よりも有意に高い価格で購入すれば「被害者」となるようだが、これは消費者にゲームの機会を与える。消費者はわざと高い商店を探して商品を購入し後で訴えることができる。

what about consumers that would have purchased the good or service but for the unconscionably excessive price at which it is offered?

逆に、高すぎて変えなかった消費者はどうか。彼らもまた「被害者」となるはずだが、それが認められれば商人にとって災害地で商品を提供することのリスクは莫大なものとなる。

Well, nothing in New York’s anti-price gouging law requires merchants to remain open for business during market disruptions associated with declared emergencies.  And if remaining open might expose the store to large but hard-to-define liabilities, the store’s owner might reasonably just close up shop.

便乗値上げを防ぐという意味ではこの法律は非常に効果的だ(逆に今までの便乗値上げ規制は実効性がなかった)。しかし、災害時に商品を提供する義務はないので、商人はリスクをとってまで商売をしない。結果は目に見える「便乗値上げ」の害はなくなる代わりに、本来災害時にも供給されていたものが消えてなくなるということだ。

教養教育の終わり

学位の価値は落ちる一方だ。授業料の高いアメリカでは、一足先に価格に見合う価値があるのかという疑いが広がっている。

How to manage a college education | Penelope Trunk’s Brazen Careerist

大学の機能は主に二つある。一つは実際の学習、もう一つは能力を示すという意味でのシグナリングだ。

The idea of paying for a liberal arts education is over. It is elitist and a rip off and the Internet has democratized access to information and communication skills to the point that paying $30K a year to get them is insane.

しかし、教養教育を受ける場所としての大学の機能は消滅の瀬戸際だ。いまや多くの学問分野は自学自習が可能だ。インターネットにはリソースが溢れているし、勉強したい者同士集まることも可能だろう(そういう場所をもっと作れればよいとは思う)。そもそも現在の大学生のどれだけが「教養」を身につけているかだって疑わしい。

経済学にしたって社会人として必要なレベルの学習に大学という(機会費用を含めた)莫大な投資が必要だとは到底思えない。本当の専門教育以外、大学で勉強する必要は見つからない。そして、それだけの教育が社会的に必要な人間の数は現在大学に通う学生の数より遥かに少ないのではないだろうか。

これは教養教育の価値を否定するものではない。私自身、教養学部に四年間も在籍したし、文理問わず色々なことを勉強した。しかし、大学がなければ出来ないことではなかったし、大学で他の専攻にいたとしても同時に勉強することは出来ただろう。しかも私は教育の真の社会的費用を負担していたわけではない。国立大学の費用の多くは税金によりカバーされている。本当の費用を負担してなお、教養教育に何年間もかけようという人はどれくらいいるのだろう。

しばらく前にWillyさんが教養教育に関するポストを書かれていた。そこでは次のような一節がある。

これに対するレスは様々だが「教養賛成派」からは、
「意味がないからこそ面白い」
「教養こそが人間の価値」
といった、私からすれば驚愕の意見が並べられている。

教養学部卒の私としては耳の痛い話だが、こういった反論は間違っている。「意味が無いからこそ面白い」、「教養こそが人間の価値」だとしても、それを大学でやらなければならない理由にはならないし、それほど価値があるなら政府の支援は必要ないはずだ。教養がある市民が多いことが社会にとってプラスだという議論は可能だろうが、それなら一部の人間に限られた大学教育ではなく、幅広い教育にお金をかけるべきだ。私は、教養教育の価値が下がっているのは事実であって、それに反対するのは自分の教育の価値が下がることに対する反感に過ぎないと思う。

Ben Casnocha has one of the most thorough, self-examined discussions about the value of college on his blog. He went to college, probably, because so many people told him to.
Ben left college. Early. And he’s fascinating, and he’s educating himself through experience, which is what the Internet does not provide. The Internet provides books and discussion, so why would you need to go to school for those things?

それどころが大学に行くことの価値自体への疑いもある。これは大学へ通う人間のほとんどが「専門」教育を受けるつもりではないことからして明らかだろう。私は上に挙げられているBen Casnochaの本もブログも読んでいるが、非常に洞察に富んでいる。教養が不必要なのではなく、教養のための大学が必要なくなっているのだ。これは「教養学部」や「リベラルアーツ大学」のことだけを指しているのではない。本当の専門教育を受けている学生の少ない(ほぼ全ての)大学に当てはまる。

また、この例は大学のもう一つの機能であるシグナリングもまた崩壊しつつあることを示している。大学入試に簡単になることによる学歴自体のインフレもあるが、もう一つの脅威は他のシグナリングデバイスの登場だ。今の時代、若者が自分の能力を示す方法はいい大学にいく以外にもいくらでもある。事業を自分で始めるのもそのひとつだろうし、様々な話題についてブログを書くこともそうだ。大学のシグナリング効果が一朝一夕になくなることはないだろうが、どれだけの費用・苦労を支払う価値があるかという観点で評価すれば大学の価値は薄らいでいる。

Students today don’t need teachers who don’t know how to write a blog post to teach them how to persuade people. Because the bar for communication is high, and it’s in the blogosphere, and if you can write a blog post that gets a decent conversation started, then you already know how to write a persuasive, engaging argument.

また教養教育の最も重要な要素の一つは論旨の一貫した説得力のある文章を書く能力だが、それはむしろブログを書いて人に読んでもらうことによって大学のクラスよりも効果的に身につく。先生からいい成績をもらう努力をするよりも、実際に読者になってもらう方が余程効率的だ。先生は仕事なのでどんな文章でも読んでくれるが、ネットで長い文章を読んでもらうためには事前にそれなりの価値があるという信用・評判を築く必要がある。どちらが難しいかは明らかだろう。

メディアの世論調査

(一部には)有名なウェブコミックであるPHD (Piled Higher & Deeper) Comicから。マスコミの出してくる世論調査をネタにしているが、実際どれも重要だ:

PHD Comics: 63% of internet readers will like this comic via Aleks Jakulin

特に三つ目で挙げられているインターネットを用いた調査は増える一方だ。コストが掛からないのが一番の理由だろう。しかし、ランダムサンプリングに近いことが可能な従来な調査に比べ、ネットを利用する場合には回答者が調査側にコントロールできない形で偏ってしまうため、一体何を測っているのかもよく分からない。もちろん従来の世論調査でも設問の作り方で結果をいくらでも左右できるという話はある。しかし、マスメディアの数字の扱いにはより慎重になる必要があるだろう。

働きたい会社

毎年恒例の100 Best Companies to Work Forの2010年版が発表された。これはアメリカの大手企業にかなり注目されているリストだ。調査会社が社員へ聞き取りを行うなどして指標を作成する。新卒学生の行きたい企業ランキングなんかよりも余程信頼できるだろう。

今年のトップはソフトウェア大手のSAS。金融や臨床などで非常によく使われる統計パッケージの開発元だ。私も半年程使っていたことがある。

100 Best Companies to Work For 2010: Full list – from FORTUNE

What makes it so great?

One of the Best Companies for all 13 years, SAS boasts a laundry list of benefits — high-quality child care at $410 a month, 90% coverage of the health insurance premium, unlimited sick days, a medical center staffed by four physicians and 10 nurse practitioners (at no cost to employees), a free 66,000-square-foot fitness center and natatorium, a lending library, and a summer camp for children.

ランク付け方法は企業秘密か公開されていないが、SASが一番になった理由として、月$410のチャイルドケア、健康保険の90%会社負担、無制限の(有給での)病欠(sick day / sick leave)、無料の医療施設、巨大なジム、プール、図書館に子供のためのサマーキャンプが挙げられている。

さらに調査会社のサイトには、SASの社内文化が紹介されている

Over 24 executives have active internal blogs. When executives update their blogs, they are automatically featured on the main page of the SAS Wide Web so that employees can read the blogs and offer their comments.

24人以上の重役が内部向けのブログを持っており従業員はそれを読んでコメントをつけられるという。

In response to a question asking what might be changed at SAS to make it a better place to work one employee responded: “I don’t think of anything. If I did think of something, I am confident that I could give that feedback to management, and have it considered”.

何か改善の余地があれば経営陣に伝えて考慮してもらうことに自信がある」という社員の言葉を紹介している。こんな言葉が得られる日本企業はどれくらいあるだろうか。

And all salaries at SAS are set in the same way – by matching market data to the job title.

社員のサラリーは全て、ジョブタイトルごとに市場での水準に合わせて設定される。これは時代の流れだ。

All staff who might be contracted out in other organizations – gardeners, food service employees, healthcare staff – are SAS employees.

正社員(?)だけの特別待遇かというとそうではなく、通常は外部に委託される業務でも、従業員としてサラリーで雇用している。

もちろんSASは社員に対して慈善事業をやっているわけではない。ABCは次のように報道している

Managers say that investment pays off with extremely low employee turnover that in turn reduces training costs.

SASはこれにより極めて低い離職率を達成し、社員の研修・訓練費用を節約しているという。実際、離職率はソフトウェア業界にして僅か2%だ。社員が離れないために努力する終身雇用が理想で、転職が難しい社会との違いが現れているのかもしれない

Over 24 executives have active internal blogs. When ex-ecutives update their blogs, they are automatically featured on the main page of the SAS Wide Web so that employees can read the blogs and offer their comments.

反知性主義の広がり

面白いと思ったけど紹介していなかった記事:

Op-Ed Columnist – The Tea Party Teens – NYTimes.com

The public is not only shifting from left to right. Every single idea associated with the educated class has grown more unpopular over the past year.

アメリカでは将来見通しが暗くなり、現政権そして政府一般への信頼が揺らいでいるが、さらには教育水準の高い層に関連付けられる考えが一様に支持を失っているようだ。

The educated class believes in global warming, so public skepticism about global warming is on the rise. The educated class supports abortion rights, so public opinion is shifting against them. The educated class supports gun control, so opposition to gun control is mounting.

例として温暖化、中絶権、銃規制などが挙げられている。どれも教育水準の高い層では支持されているが、一般からの支持は落ちる一方だ外交に関しても同様で孤立主義が台頭してきていることが指摘されている。

The tea party movement is a large, fractious confederation of Americans who are defined by what they are against. They are against the concentrated power of the educated class. They believe big government, big business, big media and the affluent professionals are merging to form self-serving oligarchy — with bloated government, unsustainable deficits, high taxes and intrusive regulation.

これを象徴するのはTea Partyだ。ボストンのそれにちなんだティーパーティー運動に関して日本でどれほど報道されているか分からないが、大きな政府、大企業、巨大メディア・裕福な専門家が国を支配することへの反対運動だ。金融安定化法に端を発するティーパーティー運動への国民の支持は高く、二大政党をも上回る勢いのようだ。

The Obama administration is premised on the conviction that pragmatic federal leaders with professional expertise should have the power to implement programs to solve the country’s problems. Many Americans do not have faith in that sort of centralized expertise or in the political class generally.

オバマ政権は政府の抱える問題を現実感覚のある専門家の手に委ねるべきだとしているが、アメリカ人がそういった中央集権的な専門家へ寄せる信頼は揺らいでいるという。

これは一般にAnti-Intellectualismと呼ばれる現象で、反知性主義と訳される。その反対が「国家」におけるプラトンの哲人政治だろう。

… either philosophers become kings in our states or those whom we now call our kings and rulers take to the pursuit of philosophy seriously and adequately, and there is a conjunction of these two things, political power and philosophic intelligence, while the motley horde of the natures who at present pursue either apart from the other are compulsorily excluded, there can be no cessation of troubles, dear Glaucon, for our states, nor, I fancy, for the human race either.   (Republic, 473c-d)

哲人政治では、哲人という全てを修めたような人間が為政者になることで社会がよくなる。ただこれは共産主義と同じで、その哲人のインセンティブと能力の問題を無視している。プラトンなら哲人はイデアを見ているので能力には問題なく、私有財産の禁止と幼少期からの教育によってインセンティブの問題は解決できると言うのだろうが、現実にはそうはいかないのは共産主義の失敗からも明らかだ。だからこそ民主主義という政治形態がその多くの欠陥にも関わらず、世界中で支配的になった(言うまでもなく民主主義が生き残ったのはそれが「正しい」からではない)。

政治家や政策に関わる専門家はこのことを常に頭の隅に置いておく必要がある。どれだけ正しいことを言っていても市民の支持が得られなければ通らないし、そのシステムにはそれなりの合理性がある。反知性主義が起こるのは、市民の不信が限度を超えたときだ。どれだけバカバカしくとも、そのシグナルに耳を傾けなければ、単なるポピュリストが権力を握る危険がある。

http://fukui.livedoor.biz/archives/2130436.htmleither philosophers become kings