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テロリストへの間違ったシグナル

先日のノースウェスト機(デルタ航空との昨年経営統合)でのテロ未遂事件を受けて、航空機での新たな安全規制が導入される予定だ。

New Restrictions Quickly Added for Air Passengers

The government was vague about the steps it was taking, saying that it wanted the security experience to be “unpredictable” and that passengers would not find the same measures at every airport — a prospect that may upset airlines and travelers alike.

新しい安全対策が具体的にどのようなものになるか、公式には明らかにされていないがいくつかの規則が報道されている。記事中では、

  • 機内持ち込み荷物数を一つに制限
  • 国際線における到着一時間前の着席義務
  • 手荷物へのアクセス禁止
  • ひざの上にものを置いておくことの禁止

などが航空会社からの情報として挙げられている。どのような安全対策が導入されるにせよ、既に長い国際線の搭乗のための時間はさらに伸び、機内での行動も制限されることは間違いない。

個々の対策の合理性については様々な議論があると思うが、そもそもテロ未遂を受けて安全対策を強化することが合理的なのだろうか。三つの疑問点がある。

一つ目は、今回の未遂事件によってテロの発生確率に関する認識を変える必要があるのかということだ。事件があると警備を強化する必要があるように感じるが必ずしもそうとはいえない。単に事前の予想通りテロを起こそうするものが現れそれを予定通り防いだとも考えられる。小さな地震があったとしてそれがこれから多くの地震が起きる予兆なのか、しばらく次がこないということなのかは簡単には分からない。

二つ目は、テロの危険性が増したとして、安全対策の強化が合理的な水準かどうかという問題だ。例えば対策強化により乗客が一時間余分に待つ必要があるならばそれは大きな経済損失だ。テロが発生する確率、その被害を考慮した上で損失に見合うかどうかを考える必要がある。再び地震を例にするなら、大地震が起きる可能性があるとしてどれだけの耐震基準を設定すべきかという話だ。厳しくすればいいという話ではない。

三つ目は、対策を強化することがテロリストの行動に与える影響だ。テロリストは地震とは異なり、相手の行動を読んで行動する。もしテロ未遂事件が起こることで安全対策が強化され経済損失が発生するとテロリストが認識すれば、テロを起こすインセンティブは大きくなる。安全対策の強化が合理的な水準を越えるならその効果は一段と高い。未遂事件でも効果があるのだからテロリストにとってはとても簡単なことだろう。

よくテロリストの要求には屈しないと言われる。これはテロリストの要求、例えば政治犯の釈放、が通るならテロ事件は増えるからだ。テロ未遂事件で安全対策を引き上げることは実質的にテロリストの要求に屈していることと変わらない。テロリストは未遂であっても莫大な損失をアメリカにもたらしたわけで、次からはどうせ成功しようもない作戦を実行して未遂になるだけでいい。

では何故アメリカはこのような対応をとったのか。それは政治的な理由だ。テロ対策を行うという意見に反対するのは政治的に極めて難しいこれを逆手にとれば、当局はテロ対策の名のもとに大きな権力を得られる。それによってテロ(未遂)が増えても、さらにテロ対策を強化し力を増していくだけで彼らに不都合はない。このサイクルの中で損をするのは国民・乗客ばかりだ。

コピペからペーパーミルへ

アメリカではかなり普及しているコピペ発見ソフト(Anti-Plagiarism Software)が日本でも登場した模様:

コピペ見破るソフト実用化 「学生らの悪癖なくす」 – 47NEWS(よんななニュース)

ソフト名は「コピペをするな」をもじって「コピペルナー」。論文の中にネット上に同じ文章がないか検索。完全に一致する部分は赤く表示され、単語を置き換えたり、語尾を変えた文章も度合いによって、該当部分がオレンジ色や黄色に表示される。コピペした部分が占める割合や転用した元の文献も割り出せるという。

大学での成績が重視されるアメリカでは、この問題は遥かに深刻だ。単なるコピペでは、同じ場所からコピーする人が多いので有料でレポートを販売するサイトも多い。日本でもハッピーキャンパスのようなサイトがある(よく検索で引っかかる)。

アメリカではさらに進化して、カスタムでレポートを作成してくれるペーパーミルが多い。例えば、Perfect Term Papersでは納期別に価格が設定されている:

5 Days & above

$7.95 per page

3-4 Days

$14.95 per page

2 Days

$19.95 per page

24 Hours

$26.95 per page

Next Morning

$34.95 per page

もはや一つの産業と化している。意図的に完成度を下げるサービスも存在し、こうなると発見は非常に困難だ。これは英語の場合ゴーストライターの確保が簡単であることが一因だろう。大学での成績を重視しない日本でこの手の商売はどの程度はやるだろうか。

次は何の自給率だ

お願い:剽窃行為にあい、現在相手側に適切な対応を求めています。よろしければ「剽窃の検証」で詳細をご覧ください(本文と関係のないこの文章は後日削除します)。

民主党政権の経済政策はどれもおかしなものばかりだが、またすごいのが出てきた:

NIKKEI NET(日経ネット):経済ニュース −マクロ経済の動向から金融政策、業界の動きまでカバー

官民の研究開発投資を国内総生産(GDP)比4%、食料自給率と木材自給率を50%にする目標も明記する。来年春に具体策をまとめる。

少し前に「木材の自給率は、食糧自給率よりも深刻かも。」というエントリーが話題にのぼった。

食糧よりも、深刻な問題になってきているのが、木材のほうじゃないでしょうか。木材の日本国内で消費される総需要に占める国産材の比率は、平成20年で24%ですから、ほぼ四分の三は輸入材に頼っています。

林業が抱える問題については次のように指摘している:

日本の林業の問題は、第一は価格競争力がないこと、第二は、日本の木材は水分を多く含んでおり、長期に乾燥させないと反ってしまうなど品質が安定しないこ と、さらにもっとも重要だと思うのは産業化が遅れており、技術開発や長期的な視点で林業経営を行うプレイヤーがいないということのように思います。

しかし先進国である日本に第一次産業である林業の比較優位がないのはごく自然なことだ。お金をばらまいても無駄になる。逆に世界的に木材が足りなくなれば国内林業の相対的な競争力は勝手に上がり、生産は増える。原油価格が上がれば採掘コストの高い地域でも商売になるのと同じだ。このメカニズムには政府の助けは必要ない。上の指摘のように産業化進めるのが適切だろう。

食料自給率同様に有事の際の供給問題は存在するが、食料程の説得力はない(注)。木材は貯蔵可能だし、戦略資源でもなく、いざとなれば切り出せばよい(貯蔵不可能という指摘があるが、植えとくのは貯蔵の一種だろう)。

一方、木材の自給率をあげようという政策には多くの問題がある。まず、市場で決定される国内供給量を変えるのだから生産者か消費者(ほぼ確実に前者)へ補助金を出す必要がある。これは市場を歪め死加重損失を出すし、税金が必要なので課税によるそれに伴う死加重損失も生じる。しかも、一部の生産者が莫大な利益を上げ、ほとんどの消費者には大きな影響がでないのでロビー活動の恰好の目標でもある。利益の一部を政治家に供与することで見返りとして補助金を導入させるのだ。

今回の木材自給率を上げようという方針の根拠は報道されないが慎重に吟味する必要がある。適当な理由をつけて自給率を上げようというやり方が認められるなら、好きなように生産者に補助金をばらまくことが認められるも同然だ

(注)食料でもほとんどないだろう。一番問題なのはエネルギーだろうがそちらはまともな解決策がない。

追記

新しい情報があった:木材自給率10年で50%へ 政府の再生プラン

日本の林業は零細な森林所有者が多く、作業道の整備も不十分で、木材の大量、安定供給が課題となっている。このため人工林の3分の2程度を対象に、1ヘクタール当たり100メートルの密度で作業道を整備。林業先進国のドイツ並みとし、低コスト化を図る。伐採作業を集約化するため、森林所有者や流通関係者と連携して収益の出る作業計画をつくれる専門家を、11年度までに2100人育成する。

問題は「日本の林業は零細な森林所有者が多く」という部分だろう。よって森林の売買を簡単にし企業が参入できるようにするというのが標準的な解答なはずだ。規模があれば作業道の整備も内部化され、勝手に低コスト化を図るはずだ。国が出てくる必要はない。

参考

この話がTwitterに出た時のny47thさんの次の発言は以上の内容を一行で表している。

自給率という言葉は比較優位性のない分野への補助金誘導や保護貿易政策を正当化するための方便ではないかと昔から思っていたりする。

全くその通りとしか言いようがない。補助金誘導・保護貿易正当化に使える以上、こういった政策をとる場合には通常よりも重い説明責任があってしかるべきだ。

コメント

  • 「競争すれば生産が増える←これ笑ってもいい?」:切り出してくる量は増えるのでは。常に整備が必要という意見はありそうですが、価格の高騰が予測されるならそれを見越して需要が低い間も整備を行うかと。どうぞ盛大にお笑いください。

日本の強みは東京にある

日本の強みは集積経済

日本国内のグローバル化において、グローバル化が日本に及ぼす影響を日本国内での地方の衰退と比較し、「東京が地方の政令指定都市のような存在になる」と主張した。この変化はWillyさんが指摘されたように、

もっともマクロ的な指標から考えると日本が他の先進国対比で衰退するスピードはそれほど急速ではないと思います。例えば日米の一人当たり経済成長率を比べ ると米の方が高いと思いますが、その差は大きめに見積もって1%程度です。Medianで比べたらもっと小さいか、逆転の可能性もあるでしょう。

一部の論者が騒ぎ立てるほど急速には進まないが、徐々に進行していく。そのとき、日本の強みは何だろうか。

私は、将来日本の最大の強みは東京という巨大集積経済になると考える。都市の集積経済(urban agglomeration)の経済効果は莫大だ。規模の小さな経済地域では成立しないようなビジネスも可能だし、集中した都市機能は企業活動を効率化する。また環境税を含めた資源価格の高騰は地理的な集中を有利にする。地価が高すぎると言う向きもあるが、地価の高さは逆に集積経済のメリットがどれだけ大きいかを示している。

再び国内との対比に戻れば都市の優位性は明らかだろう。都心部への労働人口の集中は総体としての地方の衰退をもたらしたが、その程度は地方の中でも辺境の地域において深刻であり、地方でもっともうまくやっているのはもともと規模のある都市部である。それが世界規模で進行するのなら、日本の頼みの綱は東京ということになる。

東京の規模

東京が大都市であることは誰でも知っているが、その経済規模が本当にずば抜けたものであることはあまり知られていない。行政区域としての東京、すなわち東京二十三区、の人口は約880万人で世界11位に過ぎない(首位はインドのムンバイで約1,300万人だ)。しかし、行政区域がどこでしきられているかは経済的には重要ではない。例え、街の名前が違っていても街が完全に連続していれば途中で区切ることに経済的な意味はないし、ほとんどの人が東京に勤めているようなベッドタウンは実質的には東京の一部だ。

このような実質的な指標においては東京という都市は世界でも群を抜いて大規模だ。例えば、人口密度を元にしている国連による都市圏のトップ10は以下の通りだ(Wikipedia; World Urbanization Prospects: The 2007 Revision Population Database):

  1. 東京(日本):35,676,000人
  2. ニューヨーク(アメリカ):19,040,000人
  3. メキシコシティ(メキシコ):19,028,000人
  4. ムンバイ(インド):18,978,000人
  5. サンパウロ(ブラジル):18,845,000人
  6. デリー(インド):15,926,000人
  7. 上海(中国):14,987,000人
  8. カルカッタ(インド):14,787,000人
  9. ダッカ(バングラディシュ):13,485,000人
  10. ブエノスアイレス(アルゼンチン):12,795,000人

東京がいかに巨大かがよく分かる。人口が急激に伸びているインドの都市が目立つが、それでも東京の半分程度の規模だ。私が今住んでいるサンフランシスコとイーストベイを含む都市圏は人口・面積ともに東京都市圏の十分の一だ(道理で田舎っぽい気がするわけだ)。

もしグローバル化によって都市への集積が進行し、都市経済の重要性が増すのであれば日本という国にとって東京の重要性はさらに増していくはずだ。

東京に集中するビジネス

近年の資源価格の高騰・去年からの世界的な不況・円高の急速な進行もあり、日本企業の収益は悪化しているが、東京への主要ビジネスの集積は変わっていない。これをFortune Global 500を使って見てみよう。2009年度のGlobal 500のトップ10は石油会社が台頭しており(参考:原油買うので手一杯)、日本の企業としては唯一トヨタ自動車が10位に入っているだけだ(石油関連以外ではあとWalmartとING Groupが入っている)。しかもトヨタは今年赤字決算であった。

しかし、Fortune 500に入る企業がどこに所在しているかを見ると面白いことが分かる(Wikipedia)。

  1. アメリカ:140社
  2. 日本:68社
  3. フランス:40社
  4. ドイツ:39社
  5. 中国:37社

中国経済の拡大もあり、徐々に数は減らしているものの日本には多くの大企業が残っている。これをさらに都市別にすると、その東京への一極集中具合が分かる。

  1. 東京:51社
  2. パリ:27社
  3. 北京:26社
  4. ニューヨーク:18社
  5. ロンドン:15社

ここでも東京の規模は圧倒的だ。二位・三位のフランス・中国もまた中央集権的な国家だ。

まとめ

グローバル化が国内での都心への人口集中同様の効果をもたらすのであれば、日本の中心としての東京の重要性は増していく。東京は現時点で世界最大の集積経済であり、グローバル化で日本の国としての相対的優位がなくなっても、その地位を維持していく。地方へのばらまきをやめ、東京都市圏への適切な投資を行っていくことが重要になるだろう

コメントに関する追記

  • ソウルが都市圏トップ10に入っていないのは都市圏の定義の仕方とデータ不足によるものです。雇用をベースにした都市圏の定義では2位につけるものもありますね。しかし東京都市圏が群を抜いているというのはかなり頑強な事実ないように思います。
  • 東京一極集中のリスクについて複数のコメントを頂きました。最もな懸念であり、都市国家である香港やシンガポールはいずれも国防の面で脆弱なのは否めません。ただ、リスクを理由に第二新都心設置や首都移転をしてもよい結果になるとは思いませんし、何より現在の地方への移転の根拠は東京の都市としてのリスク分散ではないでしょう。また、ここでの主張は東京へ資源を集中させるというよりも、現状の地方への莫大な移転を控えて適切な投資を行うという穏当なものです。この問題についてはコメント欄の毒之助さんやWillyさんの発言をご覧ください。
  • 都市部と地方での公平性の問題についてはasatsumaさんから、相続税をキーにコメントを頂いたのでご覧ください。
  • 日本で二番目の規模を誇る大阪大都市圏は世界で見ると大体十位ぐらいです。ちなみに都市の規模についてはジップの法則が成立することが知られています。
  • 東京に消費地以外の意味があるのかについては、世界規模の企業の本社が集中しているということで十分説明できています。工場だけが東京になくても付加価値を生み出しているのは東京でしょう。
  • 「金融もITもサービス産業も生産性が低い」:輸出入は比較優位で決まるのですべての生産性が低い国はありません。分散したら一段と生産性が落ちるでしょう。
  • 「東京には大半の人は住めない。子供を生んで育てるサイクルがない。」:先進国なら概ねどこでも同じです。親が地方にいる過渡期なのが原因かもしれません。
  • 「地方都市集積はダメ?」できればいいですが、補助金を回しても寂れる一方なので現実的な財政出動では不可能でしょう。
  • 「東京の込み具合は頭おかしいとしか思えない。」あれはあれで非常に効率的ですし、きちんと投資すればかなり緩和できるのでは。密度の低い街は人と会うのも大変ですよね。
  • 「東京に投資するいうても、道路と高層建築(基本その地代)につっこんでるだけやん。」:高層建築と交通機関への投資は重要では。同じことを地方でやる現状よりははるかに効率的でしょう。
  • 「「東京都市圏は世界的にも凄い→東京への投資が重要」って物凄い論理の飛躍だな。」:東京の資源が地方へ吸い上げられていても東京都市圏がすごいというのは東京への投資が効率的である可能性の高さを示すと考えます。
  • 「東京だけの一極集中は賛成できない。」:他のコメントにも共通しますが、一極集中を推し進めようという積極主張ではありません。大都市へ集中していくという経済の流れに税金で対抗するのはやめよう程度です。
  • 「多くの物の遠隔地からの供給コストが抜けてる。」:地方も自給自足ではありません。また供給コストはすでに価格に織り込まれています。
  • 小泉政権で既に行われた的コメントがいくつかありましたが、それは正しいかどうかとは関係ありません。
  • 他所で既に同様のことが論じられているというのも当然そうだと思います。リンクされている場所以外は見ていないので何か新しい見方を提示できていれば幸いです。
  • トヨタは愛知ですがトヨタが発展したのは地方への所得移転ではないでしょう。またこれから国際的な規模の企業が生まれるとしたらそれは大都市、特に東京になるように思います。
  • 都道府県のデータを表にされている方がいらっしゃいました。
  • 「データが都市人口と会社数だけで、この主張を信用していいものか正直疑う。」:どんな主張も疑うべきだと思います。これはブログなのでとりあえず二点程意外に知られていない事実を紹介しました。定性的にはこういう考え方もできるということなので、定量的な話は実証しないと分かりません。
東京だけの一極集中は賛成できない。

人間も労働も特別じゃない

人間を他の生物とは違うものと捉えたり、労働を他の財・サービスとは違うと考えたりする人が多いのはどうしてだろうか。

人間はどうして労働するのか (内田樹の研究室)

動物は当面の生存に必要な以上のものをその環境から取り出して作り置きをしたり、それを交換したりしない。

ほとんどの動物が食料の作り置きをしないのは単にできないからだ。できるならする。例えばリスは食料を地中に埋めるし、冬眠する動物は脂肪を蓄える。

狼は獲物を群れに持ち帰り、狩りに参加しなかった個体にも食料を与える。常に同じ個体が群れに出るのでない限りこれは時間軸を通じた交換だ。その場での交換でないのは、貨幣が存在しないからだ。貨幣がなければ価値の一致する取引を一時点で行うのは困難だ。貨幣経済成立以前の人間でも変わらない。

「労働」とは生物学的に必要である以上のものを環境から取り出す活動のことであり、そういう余計なことをするのは人間だけである。

これも同じだ。生物学的に必要な以上の生産を行う動物がいないようにみえるのは、大抵の動物にそれができないからだ。牧草地にやぎを大量に放てば牧草はなくなり、やぎの数は減る。結果的に牧草とやぎの量にバランスがとれるが、これはやぎが必要以上の食事を行わないからではない。むしろ必要以上のものを環境から取り出した結果だ。

人間もまた例外ではない。産業革命以前の経済はマルサス経済であり、技術発展は人口増によって打ち消された。人間だけが環境から余分な生産を行っているように見えるのは生産性が高く必要以上の生産が行えるからに過ぎない。ちなみにマルクスが資本論でマルサスを辛辣に批判しており、人間を特別視する見方と労働を特別視する見方には共通するものがあるのだろう。

どうして人間だけがそんなことをするのか。それは「贈与する」ためである。ほかに理由は見当たらない。

「贈与する」生物は人間だけではない。ほかに見当たらないのはよく見てないからだ。他の例で考えれば分かる。多くの個体が肥満な生物は人間だけだが、人間が肥満になるのはなぜか。それは余分な栄養を溜め込むのが自然界で有利だからだ。多くの動物が脂肪を使って栄養を貯蔵する。人間だけが太るのは単にいくらでも食料が手に入るからであって、人間には特別の太る「理由」があるからではない。

労働も同じだ。単に生存に必要なものしか欲しがらない人間は生存競争に勝ち残れない。よってほとんどの人間は必要以上のものを欲する欲望を持っている。現代ではそんな欲望がなくなても子孫を残せるだろうが、人間の性質は百年やそこらで変わらない。

「働く」ことの本質は「贈与すること」にあり、それは「親族を形成する」とか「言語を用いる」と同レベルの類的宿命であり、人間の人間性を形成する根源的な営みである。

原文ではこの命題に基づき演繹的に働くことについて論じているが、そもそもの議論が間違っているのでこれ以上論じる意味はないだろう。「本質」とか「宿命」とか「根源的営み」とか言えば結論が正当化されるわけではない。

経済学者が誰も言わないので、私が代わりに言っているのである。

そりゃそうだ。そんなことを言われても困る。

追記

  • 「それを踏まえても人間は他の生物とは違うし、労働も他の財・サービスとは色々な意味で違いますよ?」:それは内田さんが考えるべきことで、私のここでの主張はこれの議論は前提がおかしいのでどうしようもないということです。色々な意味で違う点を正しく把握することが必要だと思います。